第1500話 アフタートーク
「それではハル様。わたくしはお先に失礼いたしますわね」
「君ね、勝手に……」
「では行きましょうアイリちゃん。おうちを、案内してくださいな」
「あっ、はいっ! お任せくださいませ!」
「……まあいいや。アイリ、任せたよ」
「どんとこいなのです!」
ハルによる本体のロックが完了するや否や、そそくさと逃げるようにこの場を離れるアメジスト。アイリをダシにしてまでご苦労なことだ。そんなにこの場を離れたかったのか。
まあ、彼女としてはエリクシルにしてやられたようなもの。今はそのエリクシルと顔を合わせてはいたくないだろう。
もしくは、先ほど報復に何かした事に対しての追及を避けるためであろうか。
「ではごきげんよう」
制止の言葉が放たれる前にと、足早にアメジストはこの空間を去った。アイリも、それに続いてログアウトして行く。
「あっ、ここってもう任意ログアウト出来るんだ。ほら見てみルナちー。メニューにログアウトがある」
「本当ね? というよりもいつの間にか、見慣れたメニュー画面に切り替わっているわ?」
「あなたの仕業ですかー、エリクシルー?」
「ああ、我がやった。そうしなければ奴の拘束が出来ないからな」
「ですかー」
やはり、この世界、『エリクシルネット』は彼女にとって非常に融通の利く空間であるようだ。
難敵討伐の助力に感謝をする一方、そんな対抗馬の居なくなった彼女がこれから完全に自由に振る舞えるようになると思うと、少しばかりの不安もある。
ただまあ今は、お騒がせのやんちゃ娘を大人しくできた事をひとまず喜ぼうか。
「なら、私も戻るわハル? あの子、家でなにをしでかすか不安ですもの。まあ、アイリちゃんがついているから大丈夫だとは思うけれど……」
「そだね。他の同居人たちと、さっそくケンカでもしそーだし」
「ああ、お疲れ様二人とも。ありがたいけど、まずは起きたらバイタルチェックね?」
「またあなたは過保護ねぇ……」
魔法で強制睡眠からの長時間の夢世界バトルの後だ。肉体に異常が出ていないか、不安にもなるというもの。
そんなハルの過保護に呆れつつも、特に拒否もせずにルナとユキもログアウトする。
そうして賑やかだった部屋は一気に人が減り、残るはハルとカナリー、そしてエリクシルのみ。
そしてカナリーも、どうやらここでこの場を去るようだった。
「私も帰りますー。たぶんリアルではおなかが空いてしまってますからねー。ハルさんはどうしますー?」
「……僕は、まだ残るよ。彼女と、もう少し話しておきたいからね」
「だと思いましたー」
気を利かせてくれたのか、カナリーもまたお屋敷にある自分の身体へと戻っていく。
……いや、あれは本当におやつが食べたいだけだろうか? マイペースな彼女のことだ。そちらの方がありそうだった。
そうして、ついには部屋には二人きり、ハルとエリクシルだけが残る。
エリクシルは既にこの部屋への興味を失ったようで、何かしらの処理をしたかと思うと、次の瞬間にはもうあの真っ白な地平が続くこの世界の底へと、何の予兆もなく移動していた。
「うわ」
「驚かせてしまいましたでしょうか」
「多少ね。君は、もう少し周囲への機微に気を配った方がいいかもね」
「……周囲?」
「うん。まあ、誰も居ないけどさ……」
きょとん、と首をかしげられてしまった。無表情で。何かとても自分が馬鹿なことを言ったような気にさせられるハルなのだった。
「……まあ、それはさておき。さっきアメジストが何かしてたようだけど、大丈夫だったの?」
「問題ございません。いえ、多少の影響は生じるでしょうが、我の計画に、致命的な打撃を与えるものではないかと。少々、例の『セキュリティーホール』に細工されたようで」
「あの虚無穴、最後までよく分からなかったが。後で問い詰めるか。しかしそれより、君の計画って……」
「はい。この世界を、救うことにございます」
「……大きく出たよねえ」
「事実ですから」
本当にただ淡々と、『単なる事実』だけを告げるようにエリクシルは語る。
以前もちらりと聞いた、“この宇宙”のエネルギー流出問題。それに対応するのが、自分の使命だと彼女は考えているようだった。
「……それなんだけどさ。僕らは確かに、異世界に『魔力』という形でエネルギーを流出させている。けれど同時に、恐らくはまた別の世界から『エーテルエネルギー』という形で力を分けてもらっているんじゃないの?」
「その通りでございます」
「知っていたならなぜ……」
「それでも、我の危惧は変わりません」
ハルの考えでは、エネルギーの移動は複数宇宙でバランスが取れており、まるで血液が循環するかのように世界から世界へと巡り巡っている。そのように仮説を立てていた。
しかし、エリクシルとしてもそんなことは百も承知の様子。まあ当然か。この世界に生まれこの世界に生きる者として、ハルなどより深い知見を持っているのも当然である。
「万物流転、力が世界から世界を渡っているのはその通りなのでしょう。これが自然の摂理なのかも知れません」
「なら、流れに身を任せたら?」
「だめです」
「だめか」
「はい。自然がそうなっていようとも、世界がその通りに動くとは限りません。特に、人間の意思が関わる話となれば」
「……誰かが、必ず自分の利益の為にその流れを乱そうとするから」
「その通りでございます」
……残念ながら、その危惧を否定する言葉をハルは持たない。
人間の気高さというものに大きく期待を寄せるハルではあるが、その一方で、いや期待を抱いているからこそ本能的ともいえる自分勝手さもまたよく理解している。
他者より多く、他者より上へ。この動物的な生存欲求から来る暴走しがちな情念を、人類は未だ克服できていないからだ。
事実、これはエリクシルの杞憂ではなく既に実例が出来てしまっている。
より潤沢な魔力を求めた過去の異世界人たちは、『神の夢』から、すなわち地球からより多くのエネルギーを引き出そうと挑戦し、そして敗れた。
ここで敗れたからいいものの、もしその試みが成功していたなら、今ごろは地球はただ搾取され続けるだけの植民地になっていたのだろうか?
「事実、我がこうして略奪を考えていることこそ、その証明でございます」
「って大災害を憂えていた訳じゃないのかよ!」
「?? いたましい事件だったとは思いますが、それがなにか?」
「……いや、いい。確かに、至極もっともな理論ではあるし」
「でしょう?」
相変わらず無表情ながらも何故か得意げだ。いや、褒めた訳ではないのだが。
しかし確かに、『エリクシルがそうした発想を持ち動いている』ということは、何処かの世界で同じ目論見をもった存在が出かねない、ということでもある。
ならばその前に先制攻撃で、『自分の宇宙』を強く大きく育てておこうというのも野蛮だがまた道理だ。ハルも自分の好きな戦略ゲームならばそうする事もある。
「まさかこれ、また僕が悪いのか……?」
「先ほどから、なにをアタフタしておいでなのでしょうか」
「いや……」
ハルの影響を色濃く受けて生まれただろうエリクシル。その過激な思想も、もしや自分のゲームスタイルから来ているのではないか、などと考えてしまう。
まあ、言っても仕方のないことではあるが。
「……しかし、『人の意志』ねえ。魔力の生まれかたを知った時も思ったけど、結局それら全てには、人間の意思が関わっているんだね」
「まだまだ、実証が必要な部分はございますが、概ね正しいかと」
「それって、どうしてそんなことに?」
「別に人間が偉いとか特別だとか、そうしたことではないでしょう。管理者様には、残念かも知れませんが」
「別に僕も、そこまで人間を神聖視してやしないさ」
人間に希望を抱いてはいるが、人間こそ全ての頂点、などと思っている訳ではないハルだ。
その意識も魂も、そこまで尊いものではないとしても驚かない。いや、尊いものではないと知っている。
「けれどじゃあ、何で人の意識だけがそんな特別に? それこそ、こんな空間を形成するくらいに」
「その発想が既に、思い上がりかも知れませんよハル様。もしかしたら他にも、『鳥空間』や『魚空間』もあるかも知れないというのに」
「マジか……」
「冗談です」
「君の冗談は分かりにくい……」
「それは失礼しました」
常に真顔で言ってくるので、つい信じそうになってしまうハルだった。修行が足りないようである。
これでは、いつまでたってもツッコミ役から抜け出せないことだろう。
「こうして人の意識だけが澱のように集まり記録を残し続ける事には、当然理由があります。理由といいますか、集めている存在が」
「モノリスか」
「ご明察です」
「まあそれしか考えられないし」
「モノリスを通じて集う意識が、こうして一つの世界を形成するほどの力場を成す。そこにどんな意味があるのか、それは我にも理解が及びません。あまり、興味もありません」
「……まあ、『人知を超えた』としか言えないしね。僕も、あまり関わりたい物とは思えないし」
家族たちと、そして人々の安寧のため、興味は持った方が良いのだろうが、どうにも気が進まない。そこは、未だにどうしようもない部分なのだった。
積極的に調べれば、それこそかつての異世界人のように禁断の箱の蓋を開けてしまうことにもなりかねない。
なので正直、封印を決めてくれた三家には感謝しているくらいだ。消極的すぎだろうか?
そんな、『世界を救う』ために行動しているらしいエリクシル。彼女は微塵もその信念を諦めた様子はない。
可能ならばこれ以上日本の人たちを巻き込むような計画は謹んでほしいところだ。
とはいえ、さすがに今回はそこまでは望みすぎだろう。アメジスト追跡の助力は、素直にありがたかった。
また解決は先送りとなってしまうが、彼女も悪い人物ではない。
ひとまずの所、今はこの成果にて満足しようと一人納得するハルなのだった。
◇
「そういえば、報酬のお話がまだでしたね」
「報酬? ああ、世界樹の排除は、君から打診された依頼でもあったね。なんだか、流れで戦うことになっちゃったけど」
「はい。我のクエストです。受注だけして忘れられていたのですね。我ショックです」
「す、すまない。連打してたみたい。これも、冗談だよね……?」
「これは半分ほど冗談ではありませんが」
「わ、分かりにくい……」
「とはいえショックというのも言い過ぎではありますが」
「もっと表情に出そう?」
しかし、明確にエリクシルに味方する訳にもいかないのは先ほどの問答でも再確認した通り。
本当に申し訳ない気持ちになるが、彼女の望み通りに動いてやるわけにはいかないハルだ。
「さて。ではなにからお話しましょうか」
「……やっぱり、知りたいのは透華ちゃんのことかな。彼女はいったい、なんだったんだろうか」
「そうですね。まず初めに申し上げますと、我は織結透華ではございません」
「うんまあ、分かってはいた」
「ですがしかし、全くの無関係という訳でもございません」
「それも、そうだとは思った」
「彼女がこの世界に固着化させ残した記憶。その知識と能力、そして行動理念。それが、我を形作る為の大きな要因となったのは間違いないでしょう」
「……あの子は、何か明確な意思をもってこの世界に?」
「はい。人の言語は介さねど、されどそれ以上のものを」
むしろ、人語などでは語り尽くせない程のある種の真理とも呼べるものを、彼女は知って、理解していたのかも知れない。
だが人間にはその意味を受信できる者も読み解ける者もおらず、その智が正しく評価されることはついぞなかった。
だからこそ彼女は、いつか己の“言葉”を正しく理解する者が現れることを信じ、この空間に様々な記録を残していったのだろう。
その結果、その“言葉”そのものが人格を持つに至るとは、果たして彼女も思っていたのかどうか。それこそ、聞いてみないことにはわからない。
「研究所のモノリスに触れた後も、そうしてしばらくは此処に居たようですね」
「えっ、それじゃあ、今は……?」
「いえ、既に存在は消失しております。他の神同様に、異世界に渡ったと考えて問題ないでしょう」
「なるほど……」
つまりは、ここでの仕事はやり切ったと考えていいのか。やはり直接聞いてみたいところだが、それは野暮というものだ。
きっと異世界に渡ることが、彼女の幸せに繋がる道だったのだ。
あのときの、手を振る彼女の姿とその笑顔からは、そう感じられてならないハルだった。
「それでは、なにから語りましょうか」
「まあ、お手柔らかにね?」
「承知しました。ゆっくりと噛み砕いて、分かりやすく解説いたします」
「いや、それはそれで、ちょっと問題がありそうなんだけど……」
「??」
きっとエリクシルも時間間隔が人間とズレているタイプだ。どれだけかかるか分かったものではない。
……まあ、たまには、そんな昔語りにゆっくりと耳を傾けるのもいいだろう。
そうしてハルは、エリクシルの心地よい声に乗って届けられる声持たぬ彼女の物語に、しばし聞きほれてゆく。
それはまるで、『夢のような』アフタートーク。
これにて、第三部も終了となります。最後まで、色々バタバタして誤字などご迷惑おかけしました。
内容に関しても、正直もっともっと書きたいところではありましたが、話数的にもキリがよいのでこの辺りでまずはひと区切り。残った謎などは、次回以降に少しずつ明らかとなるはずです。
三部は結構そうしたやりたいことを詰め込んだといいますか、「キャラを多く出したい」だったり「現実側の話もやりたい」だったりしつつも、結果どれも中途半端になってしまったようにも思います。
読者の皆様としては、どうだったでしょうか? もっとあのキャラの活躍が見たい! だったり、もっとこんな展開が見てみたい! などありましたら、どうか感想にてお知らせくだされば幸いです。
三部は日本中心だったので、次回からはまた異世界も交えて続けていきたいと思います。引き続き、お楽しみくだされば幸いです。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




