第150話 我が威にひれ伏すがよい
そして、あれよあれよの間に当日。全ての準備は整ったとばかりに自信満々なアイリとルナ、それと対称的に、まだ準備し足りない様子でいるのがユキと、そしてハルだ。
「ハル君、調子はどう?」
「緊張で眠れなかった」
「もともと寝ないじゃんキミ。でも私も眠れなかったー」
「体はポッドの中で寝てんじゃんキミ」
「お二人とも、大丈夫そうですね!」
調整されたドレス、白無垢のパワードスーツに身を包んだアイリが、そんな風に渋々と出てきた二人を出迎えてくれた。彼女自身は気合十分といった感じだ。
今回のパーティーに際して、ドレスの形も少々変更を加えた。大きく変わったのは首筋。
顎から頬に少しかかるくらいまでを覆っていた布地はその面積を減らし、首の根元を少し隠す程度に留まった。
反面、動きやすさのため丈の短かったスカートは、足先までをすっぽりと隠すほどに長めになっている。とはいえ、この状態でも花びらのように四つのピースに分かれたスカートは、動きを遮ることなく自立展開し、高速機動を可能とする。
全体的に、機能よりもデザイン重視となる変更が加えられていた。戦闘用の面影の無くなったそれは、もうどこから見てもただのドレスだ。
隣のユキもそれと同型の、真紅のドレスを身に纏っている。着慣れないドレスに少し困惑気味だが、流石はユキ、何を着ても似合う。
すらりと高い彼女の長身に合わせ、装飾は抑えたすっきりとした作りだ。ふわふわや、ふりふりは控えめで、彼女も一安心だったようである。
胸から上、そして腕にかけては白へと変わり、アイリとの同一感を演出している。本質は戦闘用の鎧であるため、そこに露出は一切無い。
「ちょっと不思議。全身覆われてるのに、死ぬほど動きやすいんだもん」
「肩出したいって言ってたもんね」
「『じゃあ胸元も出しましょうか』のルナさんの一言に撃沈してましたね!」
「うぐぅ」
普段は袖の無いシャツをよく着ているユキだ。普通は大して気にならない、服に腕が引っ張られる感覚でも気になるとのこと。
だがこのドレスはそれは無く、逆に動きを補強してくれる。
「そのルナちーはどしたん?」
「応接間の方でお茶を飲んでいます!」
「余裕だね」
「あ、私も飲むー」
これからお城へ馳せ参じようというのに余裕なことだ。だがそこはプレイヤー、どれだけ飲んだところで、お手洗いの心配などしなくても良い。
せっかくなので、ハル達も頂くことにした。
特に誰も応接する事の無い応接間では、ルナが完全武装のメイドさんにお茶を淹れてもらっていた。すごい絵だ。
メイドさんも今日は全員、戦闘用メイド服を着用済み。ゴテゴテのガントレットで器用にお茶を淹れている。ああ見えてあの指先は繊細に動く。
今日はメイドさんも、アイリのお供に四人ほど登城。お留守番のメイドさんも有事に備え、武装して待機するようだ。
「あら、おはようハル。ユキも。似合っているわ?」
「ルナちーもかわいーよ」
「おはようルナ。子供っぽいね」
「言い方を選びましょう? ……まあ、私もすこしやり過ぎたと思っていた所よ?」
ルナのドレスは、ユキとはこれまた間逆で、これでもかと装飾過多だった。ふわふわで、ふりふり。どこの魔法少女かというその装いが、彼女の姿をひときわ幼く演出していた。
色は青、普段アイリが好んで身に着けている色だが、今日はアイリは白なのでルナが担当している形だ。薄い金髪によく映えている。
「不思議の国にでも行きそうな色合いだね。ちゃんと似合ってるよルナも。かわいい」
「エプロンが要りそうね? ……フリルで胸の大きさを隠せると思ったのだけれど」
「隠して切れてません!」
「迂闊だったわね……」
子供に見られるのが嫌な割にやけにフリルを身に着けていると思ったら、そんな理由だったらしい。
だが、キャラクターエディットをし直して、胸を小さく縮めるという選択肢は無いようだ。どうやら、そこは譲れないみたいだった。
「アイリもお茶飲んじゃって大丈夫だよ」
「なんだか、悪いことをしているみたいでドキドキしますね!」
何に対して悪いのだろうか。世界の法則とかにだろうか?
ともあれ、余計な水分はハルの操作によって、すぐに彼女の体内から分解が可能だ。アイリには出発前に存分にお茶を楽しんでもらえる。
そうして城からの迎えが来るのを待つ間、ハル達は優雅にお茶を楽しんで過ごすのだった。
優雅と言うには、お茶菓子とお茶のおかわりが多かった気がするが、まあ些細な問題である。
*
そうして、王都からの迎えの馬車が到着する。流石は王族のお迎えといった所か、大きく豪華な馬車と、前後に護衛の馬車の三両編成だった。
王女であるアイリと、この地の特殊性を鑑みてか、御者や兵も、全てが女性騎士だった。門前に整列する様が、練度の高さを物語る。
その彼女たちの前に、ハルとアイリが出て行くと、いや正確にはハルが出て行くと、さしもの彼女達も動揺を隠せないようだった。やはり、ハルが発する神気の威圧は健在のようだ。
職業意識か、王女への忠誠心か。それに圧倒されたのは最初だけ。その後はなるべくそれをこちらに感じさせないように、忠実に職務に励んだのは流石であろう。メイドさん同様、彼女らにもプロ意識を感じる。
ただ、まだ優雅に楽しくおしゃべり、とまではいかないようだ。言葉少ないまま、ハル達は彼女らに導かれて馬車へと乗り込んだ。<神眼>でハルが外の様子を確認すると、ほっ、と胸を撫で下ろし、すぐさま気合を入れ直す微笑ましい様子が目に映るのだった。
「ここまで来ると、ハル君がちょっと可哀そうになってくるよ」
「まあ、カナリーちゃんが気兼ねなく生活できる事の方が重要だし。買い物に行けないくらいかな、不便なのは」
「値切る時に、ついて来てちょうだいな。店主を威圧するわ?」
「お金を余分に用意するから、やめてさしあげろ」
この様子だと、ルナの言う物全てをタダで差し出してしまいそうだ。恐喝である。
「ハル、彼女達の感情は読み取れた?」
「厄介だね。根源的な畏怖が先に来るから、この神気は心を読む妨げにもなりそうだ。まあ、言い訳は置いておいて、アイリへの敬意は本物だったのは、確かかな」
「騎士は、王族へ仕え、また神への信仰心も高いです。その為、わたくしに対する感情も良くなるのです」
「アイリちゃんちょっと他人事っぽいね」
「それは、なんと言いますか……」
「ハル、そちらではないわ? あなたへ対する感情よ? 彼女らは神気を受けて、どう感じていたのかしら? 恐怖?」
「恐怖では無いだろうね。敬意かな? 身を守ろう、逃げ出そう、臨戦態勢を取ろう、といった様子は全く見せなかったよ」
威圧感、と言っても、猛獣を前にした時のそれとは異なるようだ。強者の気配の前に思わず剣を抜く、といった様子は全く見えなかった。
言うなれば困惑、混乱。ハルを相手にどういった対応を取っていいのか、決めかねている様子だ。異世界人であり、王女の婿。理性で分かっているその内容で、マニュアルとして決めてきた対応で、本当に良いのだろうかという困惑だ。
「これがオーラを発してるのがアイリだったら、まだ分かりやすかったんだろうけどね」
「わたくしでは、荷が勝ちすぎます。ハルさんでなくては扱えませんよ?」
「いやカナリーちゃんじゃなきゃ扱えないから……」
「私だって面倒だからヤですー」
「うわでた。姿見せてあげれば? 外の彼女たちに」
「ハルさんに抱きついたままで良いですかー?」
「噂になりそうだからダメ」
どうやら神気の移し替えは相当に面倒らしい。オーラを発していない自分を見せるのも問題になりかねないので、妥協案としてハルに抱きついて登場なら良いようだ。凄い理屈だ。
だが少し分かった事もある。この神気、感じるのはハルを認識している者に限られるらしい。
密閉されたこの馬車の外に居る、御者や護衛の彼女たちは、今は一安心といった感じで持ち場についている。車内のハルの気に当てられている様子はあまり無い。
だが、全くのゼロではないようだ。車内にハルが居る、と意識する事でまた威圧も感じるらしく、たまに背筋を伸ばす様子も見受けられた。
馬車が神域を出て、王都へと差し掛かる頃には、その説は更に補強される。
王女の歓迎に沸く市民達は、ハルの神気をまるで気にする事なく馬車へと歓声を送っている。道沿いに整列する者、遠くから見守る者、そのどちらにも違いは無い。
「どうも複雑らしいね。単純に距離で変わるのかと思ってたよ」
「なして?」
「メイドさんは、ドアの外の気配を察知してたから」
「私共は皆、警戒のため感知能力に優れていますので」
「なるほど。あの時は有事として、結界に接続してる人も多かったか」
ハルがセレステと戦い、彼女とカナリーの本体を初めて連れ帰った時だ。
「じゃあ外で急に気分が悪くなった人が出たら、それはこの馬車の中を覗き見してた人って事だ」
「僕はトラップか!」
「でも良い判定方法ね?」
「まあ、この馬車はそういった防犯対策は堅牢です。相当の使い手でなければ、覗き見などは不可能ですよ?」
「ここに覗き見可能な人が二人居るから、説得力が一気に下がるわね……」
「私は覗き見したりしませんよぉー」
今回の宴に際して、既にこの王都もハルの魔力で侵食済みだった。何処でも自由に視線が通る。そこに魔法的な防御はまるで意味を成さない。
元々、対抗戦の報酬によって、神域にほど近いこの王都の一部に掛かるまで、カナリーの領域は拡大されていた。どうせならと、ハルがそれを拡大させて全域に広げた。ほぼこの作業で、当日までの時間を全て使ってしまったような物だ。
そこに<神眼>で視界を飛ばし、馬車の外の景色をウィンドウに投射して皆と眺める。王都の通りは、普段とは様変わりして人で溢れていた。まるでお祭りだ。
「大人気だね、アイリちゃん!」
「そうね。皆、王女様を歓迎しているわ?」
「ええ、まあ……」
「歯切れが悪いわね?」
「どったの? 人気は嫌かな?」
「いえ、嫌ではないと言うか、この人気はそもそもわたくしが仕向けたものです。民の支持を背景に、わたくしは今の生活を勝ち取りました」
「その作られた人気に引け目を感じてるんだよね。いいじゃん、人気には違いないんだし」
「おお、理解が旦那様っぽい! ……そうだね、ハル君の言う通りかな。私らの世界でも、有名人の人気はみんな作り上げられたものだよ。それでも構わず応援される」
絶大な信仰心を集めるカナリー、その唯一の信徒であるアイリもまた民に大人気である。この人気の火付け役は、アイリ自身であった。
これを利用し、王族のしがらみから解放され、今の静かな生活を手に入れた。そういった経緯が彼女にはある。
貴族による政治的な決定において、民の意思は軽視されるのが殆どだが無力ではない。むしろ場合によっては地盤を揺るがしかねないほど、大きな流れとなる事もある。
自分の為にそれを使った事に引け目を感じているようだが、ハルとしては問題には思わない。彼女から色々と聞いたが、人気を出す為に彼女が民を想って動いた事は事実なのだ。
「ですが、今のわたくしを見たら何と言われるか」
「なんでさ? むしろ人気爆発だよアイリちゃん」
「そうね? そしてハルが石を投げられる」
「なんでさ……、いや僕もそう思うけどね」
「今のハルさんに石を投げられたらー、凄い胆力ですよねー」
「反射されそう」
「しないて」
「でも無効化はするわよね?」
「ハルさんあれやりませんー? 『我が威にひれ伏せ愚民どもー、ふはははー』、ってー」
「君の威だからねカナリーちゃん?」
そんな冗談で、アイリの表情も少し明るくなった。メイドさんも慈しむような表情を向けている。ずっとアイリについて行った彼女らが、ある意味民の代表なのだろう。
外では道に溢れんばかりの人々が、アイリの結婚を祝福してくれている。
実際にここで顔を見せたらどうなるだろうか。俺たちの王女様を奪っていきやがって、となじられてしまうだろうか。それとも気の良い彼らのことだ、そんな事はおくびにも出さずに祝ってくれるだろうか。
いずれにせよ、顔は出せないだろう。アイリの顔は見せてやりたいが、防犯上の都合もある。それに、ハルの神気が漏れ出てしまっては混乱が起きる。
そうして市民の大歓声に見送られながら、ハル達は伏魔殿たる王城へと足を踏み入れるのだった。
アイリが去ることを選んだ場所、そう考えると気が乗らないが仕方ない。明るい彼らの顔を目に焼きつけつつ、ハルも気合を入れるのだった。




