第1498話 そして大樹は燃え落ちて
イシスの龍脈操作により、この世界に広がった龍脈中から力がハルたちの元に集結する。
それは『悠久の夢幻回路』の力により使いきれぬコストとして、世界樹を完全に葬り去るための世界からの祝福と化していった。
「凄いじゃないかイシスさん。全盛期なみだ」
「どうやら、私たちが支配した龍脈の所有権は、まだ生きているようでしたから。感覚は完全に今まで通りです」
「そうなのか」
「はい。そして世界樹が一か所に集まり、龍脈上から引いた事で、遮る物がなくなり視界が完全にクリアになっています」
「だそうだよ。失敗したね、アメジスト」
「くっ……、だとしても、<世界呪歌>を発動しない訳にはいきませんでしたから……」
そう。アメジストの選択は決して間違ってはいなかった。
あのままハルたちに時間をいたずらに与えたままでは、いずれ対抗策を構築されてしまっていたかも知れない。
ならば、短期決戦で削り切ってしまおうという考えは至極妥当なものだ。
誤算があったとすればアメジスト本人にではなく、イシスの『龍脈の巫女』としての才能が思ったよりもずっと優れていたという点につきるだろう。
「っ、いいえ、いいえ! まだ負けておりません。負けていませんわ! ハル様がたの残るHPはあとわずか。世界樹を消し去るスキルが組み上がるより前に、このまま完全に存在を消失させてさしあげましょう」
「確かにまずいね……」
既に最大HPは九割がた削られ終わっており、HPゲージはマックスなれど事実上の瀕死と変わらない。
心なしか、自分たちのキャラクターボディが透けてブレはじめてきたようにも思える。
対世界樹決戦スキルを完成させ、力をチャージし、世界樹に向けて放ち完全消滅させるまで、残りの体力で<世界呪歌>を受けきらねばならなかった。
「もはや間に合うことはないでしょう。わたくしの、勝利ですわ」
「いいやジスちゃん。それはどうかな?」
「なんですって!? ……こほん。いえ、ハッタリは通じませんよユキさん。どう考えても、時間が足りるはずがございません」
「それは<世界呪歌>がこのまま続いていたらの話だろうジスちゃん。<天星魔剣>でぶった切られた時、女神像は少しだけだが歌うのを止めていた」
「そうです! ならば、ばっさばっさと切り続ければ、歌にやられることはないのです!」
「しかしそれでは、世界樹を完全に倒すことは出来ませんよ?」
「それは、ハルの手を煩わせたなら、の話でしょう?」
「ハルさんは開発に集中するんですよー」
ユキたちが何を言っているかを瞬時に理解したハルは、彼女らにスキルを付与していく。
与えるスキルはもちろん、<天星魔剣>。スキルとしてパッケージングされたこの技術、もはやハルのみに使える専門技能ではなくなっている。
「よっし! これで、うちらが四人がかりで世界樹を伐採じゃ!」
「切り倒して、材木にしてやりますよー? もうこれで勝負ついちゃうのではー?」
「おやめなさい! あとその程度では終わりませんわ!」
「……少々心苦しいですが、女神像に刃を入れさせてもらうのです!」
「あまりいい気分はしないわよね?」
「ならやめてくださいな!」
四本に増えた巨大な、巨大すぎる刃。空を切り裂きながら振り下ろされるその猛攻に、再び世界を呪う女神の歌は中断された。
その攻撃にはもちろん先ほど以上の莫大なコストが消費されているが、イシスが世界中からかき集めてくれた力はそれを補って余りある。使えど使えど、尽きることなし。
「これは意外と、むつかしいのです……! わわっ、雷が飛んで来ました!」
「任せろアイリちゃん! 雷も斬っちゃる!」
「なんで切れるのよ……」
「よろけちゃいますねー。バランスの取り方がキモですねー」
「危なっかしいわカナリー?」
「ルナさんは慎重すぎですよー。ケーキ入刀ですかー。そんなんじゃ歌を止められませんー」
「うっ、うるさいわね……、正確にやらないと危険でしょう……?」
「新郎さーん。新婦のルナちーが大変そーだよー」
「いやそこで僕が手伝ったら本末転倒だよね……?」
「わたくしをダシに結婚式をしないでくださいな!」
女の子たちも希望が見えてきたからか、いつもの調子を取り戻し騒がしくも楽しそうだ。
彼女らの顔をまた曇らせぬためにも、この先失敗は許されない。
「イシスさん、龍脈エネルギーはまだ平気?」
「もちろんです! これでもまだ、全体の一部だけですから。みんなで使ったって、絶対に使いきれませんよ!」
「そうか、なら安心だ」
「……どれだけ使う気なんですぅ?」
ハルの悪い笑顔に、得意げだったイシスの顔が一転して引きつった。彼女も、徐々にハルのやり方に慣れてきたらしい。
ハルたちは今アメジストによって、スキルレベルの上昇を封じられている。そのため威力上昇は、強引な消費コストの増大で賄うしかない。
ハルはその準備として、スキル完成前に前もってエネルギーチャージを先んじて開始する。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……」
「あー、なんかそれ周囲に竜宝玉飛ばしてた魔王モード思い出しますねぇ」
ハルは体の周囲に天体の衛星のようにオーブを展開し、ぐるりぐるりと周回させる。
これ一つ一つが、効率化された属性加速器、いわゆる『わたあめ』だ。一つに見えるオーブには既に十二の属性が内包されている。
内部では互いに力を循環させながら、周囲の龍脈エネルギーをわたあめの如く次々と絡め取って成長していく。
「それって全部<天>の魔法でアップグレードしてるんですか?」
「いや、そう単純にもいかなくってね。ほら、<天>版の魔法スキルって、属性相性に左右されずに必ず一定のダメージを押し付ける優位性を持ってるでしょ? そこが残ったままだと逆に困るから、あえてオミットして下級スキルの特性も混ぜつつそれでいて消滅相性だけは無視するように、」
「あっ、すみません。たぶん聞いても分からないかなぁ、と」
「解説しがいのないイシスさんめ……」
分からなくてもいいのでとりあえず聞いて欲しかった。と思うのは技術系の悲しい性でありワガママだろうか?
ともかくそうして最新版にアップデートされた『わたあめ』を、複数周囲に展開させておくハル。
最初は竜宝玉よりも小さな球体だったが、すぐにバスケットボール状に膨れ上がり、その後も一気に、人類の使うボールでは例えられない大きさに成長していく。
「成長はやっ! あ、あのーっ……、デカすぎんじゃないですかねぇ……? 足ります? 龍脈エネルギー?」
「だから聞いたでしょ? まだ行けるかって。ほら、もっと必要だから、きりきり働いてイシスさん」
「やっぱりこの職場ブラックなのでは……?」
問題ない。この世界にまでは労働法の手も届かない。
とそんな冗談を言い合いながら、作戦の要である彼女にはもう少しだけ頑張ってもらう。あとで、とびきり甘いスイーツでもご馳走して労おう。
そんな最大級の解体鉄球レベルに成長した複合属性球。だがこのままではただの、爆発を待つだけの危険物。雷でも撃ち込まれたらアウトである。
国一つを吹き飛ばすだけの超破壊力を誇るだろうこれも、重力固定された世界樹にはヒビひとつ入れられない。更なる加工が必要だ。
その物理干渉を受けぬようロックされた『神力』の構造体を、バラバラに解きほぐし霧散させる。
その為に使う力はやはり重力、<星魔法>こそが相応しい。
構築は難しいものではない。この力が通ると証明された以上、あとはマゼンタたちから教わった知識になぞらえてただ再現するのみ。
ハルは必要なエッセンスを既にあるスキルから抽出すると、それを組み合わせてこの世界に対応した魔法効果として練り上げ、属性球の溜めた力の出口として後付けしていく。
「あとは、これをあの世界樹まで届ける力が必要だ」
「剣じゃないんですか?」
「今回はちょっと相性が悪くてね。剣でもいけないことはないが、切断面にしか効果が出ないし、結局切っ先にある効力しか有効化されない」
「確かに。根元からあっちまでまるまる無駄ですね」
「私たちが必死に使ってる剣を無駄とか言うなぁー!」
「ご、ごめんなさいぃ……」
「悪いねユキ。それはそれできちんと仕事しているよ。要は使い分けさ」
「まあ知ってたけど」
「……んっ? ……じゃあ私、なんで怒られたんでしょう?」
それはきっとイシスの反応がいいからなのである。その事実を、口に出さない分別がハルにもあった。
「……まあつまりだ。この溜め込んだエネルギーを全て、現地で余すことなく発散するような、そんな仕様が望ましい」
「それで、“コレ”ですか……」
そうして出来上がった魔法を見上げ、イシスが何度目か分からぬ呆れ混じりのため息をもらす。
属性球が姿を変じ生まれ変わったのは、宙に浮かぶ複数の岩石の群れ。
当然、<土魔法>ではない。<星魔法>による隕石群であった。
「私にとってハルさんとやるこのゲーム、メテオバーストに始まってメテオバーストで終わるんですねぇ……」
「安心して欲しい。今回乗るのはアメジストだけさ」
「ハル様ぁ? わたくしもご遠慮したいのですけれどぉ……」
「だめ」
可愛くおねだりしたところで許されるはずもなし。すぐに隕石はその身に火を纏い、凄まじいスピードで世界樹に向かい飛翔していった。
「なぜかしら……? 箱が付いていないのに、見るだけで悪寒が……」
「完全に、ルナさんのトラウマなのです!」
「ハル君、剣はしまった方がいいか!?」
「いや、問題ない。そのまま攻撃は続行して」
「最後まで気を抜かずに、ズタボロですよー?」
「カナリーちゃんは危なっかしいから、しまった方がいいかもね……」
「えー。そんなー」
振り回される巨大剣の合間を縫って、隕石は切断されることなく直進していく。同系統の魔法だ、対策もお手の物。
アメジストは最後まで、<世界呪歌>による攻撃も封じられたまま。
また隕石を撃墜すべく放たれた雷も、その勢いを殺すことは出来ない。
重力操作の魔法の塊であるそれは、周囲の空間を歪めて雷撃の軌跡の中をくぐりぬけてしまうのだった。
「ううぅっ……、撃ち落とせません……!」
「無駄だよアメジスト。例え撃ち落とされたとしても、一発二発じゃ焼け石に水だ」
雨のように迫る隕石の群れ。そのスピードは相変わらず驚異的であり、瞬く間に豆粒のようになって世界樹へと届く。
そして、それら全てが世界樹と、その根の下へと伸びる逆さの女神像へと突き刺さり、一斉に大爆発を引き起こした。
「やったか! なのです!」
「爆煙は失敗フラグだアイリちゃん! だがこれは確かに、やったか! だね!」
「やってるよ、確実にね」
もはやどれだけフラグを重ねられようとも失敗する気がまるでしない。それだけ、必勝のスキルを練り上げた。
爆炎、爆煙と共にまき散らされた魔法効果は、世界樹の素材である神力の固着に干渉し強制解除する。
物理攻撃に対して絶対の無敵性を崩さなかった世界樹も、そんな己にとっての『毒』を全身に浴びせられれば成す術もなし。
そうして煙幕が晴れ姿を現したのは、完全にハルの想定通りの、分解され空に塵と消えてゆく最中の世界樹の姿なのだった。
「やったわ……!」
「ええ、やりましたよー。完全勝利ですよー」
「お、終わった……? 終わったんですねハルさん! 勝った! すごい!」
「ああ、終わりだ。……これで、アメジストがまだ何か隠し玉でも持っていない限りはね?」
さすがにここにきて、『こんなこともあろうかと』などと言われたら、いかにハルでもどうしようもない。
皆の視線がそんなアメジストに一斉に突き刺さる。彼女なら、やってこないとは言い切れなかった。だが。
「……いえ。負けましたわ。もはや、これ以上なす術なしです」
アメジストは静かに目を閉じて、自身の敗北を認める宣言をする。流石の彼女も、今回ばかりは手札が尽きたようだった。
それはそうである。まだ切り札があるならば、すでに先に切っているはずなのだから。
「ですが!」
「うわびっくりした」
そんなしんみりした雰囲気も一瞬のこと、すぐに、かっ、と顔を上げて彼女は周囲を見据える。切り替えの早いことだ。
「わたくしはまた敗れましたが、ここでおしまいではございません! 何度でも、また何度でも挑戦いたします。ですから、その時はまた遊びましょうね、ハル様?」
「……やれやれ」
まあ、それも最初から覚悟していたこと。あくまで今回は世界樹の排除が目的で、彼女を捕らえるのはまた後回しとなる。
面倒だが、また付き合ってやるのもそう悪くはないだろう。ハルが納得しようとしたその瞬間、そんなアメジストを否定する声がどこからか聞こえてきたのであった。
「《いや、それは我が許さない。我の庭で暴れ回った、代償を支払ってもらおうアメジスト》」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




