第1497話 そして矛盾は矛が貫く
現実側からの支援によって、龍脈からエネルギーが溢れ出る。
その力を束ねることで、ハルの魔法はより強大な力を発揮し、遠く離れたあの世界樹にさえも刃を届かせることが出来るはずだ。
しかし、それでもまだ課題はある。龍脈エネルギーはそのままでは、魔法の威力を高めるための燃料としては使えないのだ。
「……つくづく、<龍脈接続>に頼り切っていたと実感するね。というかアレはなんでまだ見つからないんだよ!」
「どうどう。落ち着けハル君」
「それだけ、特殊なスキルということなのでしょうか……!」
失って初めて気付く、ではないが、ハルのプレイスタイルは完全に<龍脈接続>ありきで構築されていた。
自分自身を変換器とすることで、魔力関係で困ることは一切なかった。
特殊な台座状のアイテムを用いる方法もあるが、当然限られた時間でそんなものを作っている余裕はない。
「あっ、あのっ! それなら、大丈夫な可能性があります!」
「この『悠久の夢幻回路』だけれどね? どうやら現状におあつらえ向きの性能みたいよハル?」
「それってつまり、龍脈エネルギーを属性エネルギーに変換できる装置ってこと?」
「いえ! このアイテムを接続した周囲のエリアでは、あらゆるコストを龍脈で代用して踏み倒しながら発動できます!」
「都合が良すぎる!」
「チート、なのです!」
「さっすがスキル封印とタメはるアイテムだねぇ。うちらもこの機会になんか作り放題に……、する余裕はないかぁ……」
「スキルレベルが足りませんからねー」
あつらえたように今のハルが求める効果が、エリクシルからの贈り物たるそのアイテムには秘められているようだった。
これは偶然か、はたまた彼女がハルたちに必要だと見越してあえて用意してくれたのか。
後者の可能性が高いが、それならエリクシルはどこまで状況を読んで行動しているのだろう。そんなに分かっているならばもっと手伝って欲しい。
「いや、今はなんだっていい。アメジストに勝てるなら。イシスさん、ルナ、アイテムを発動してくれる?」
「もう使ってます!」
「いいね、仕事が早い」
メニュー画面を見てみると、HPやMPの欄に『無消費』といった表示が追加されていた。
今は元々デバッグモードにより消費ゼロでスキルを撃てるが、このアイテムの効果はそれ以上。HPMPに限らず、あらゆるコストを龍脈で代用できる。恐らくアイテム生産すらも。
「これがあったら、材料ゼロで『世界樹の吐息』が出て来てたのかな……」
「レア食材も全て踏み倒しですからねー。きっとそれで終わらず毎日フルコースでしたよー」
……ぞっとした。やはり便利すぎるアイテムはゲームにとって良いことばかりではないようだ。
「……いや今はそんなことより、せっかくのコイツを使えるように仕上げないと」
現状では、せっかくエリクシルが送ってくれた宝物も真価を発揮しきれない。改造スキルを一部、更に組み替える必要がある。
ひたすら威力を膨張させて極大威力の魔法を生み出すループ機関、『属性加速器』。その構造をまた少し変更し、束ねたエネルギーに出口を作る。
その膨大な力の出力先は、もちろん先ほど作った<天星魔剣>だ。呼び名はまあこれでいいだろう。
「『生命』属性から始まり、『火』、『風』、『闇』に『暗黒』、『虚空』ときて『雷』へ続き、『水』から『地』へと流れて『光』に続き『聖』に転じる」
そして、その経路を辿り増幅された属性エネルギーは、終端に待つ『星属性』に注ぎ込まれる。
更にはその逆回転。聖から始まり生命に向かう力の流れもハルは構築すると、それらのラインを二重螺旋のように絡めて<天星魔剣>の柄へと接続していった。
「おお! 力がぎゅんぎゅんと、剣に吸い上げられていくのです!」
「やったれハル君! がんがん集めて、月までぶった切れ!」
「だから<星魔法>なのね?」
「ルナさん真顔で言うから、冗談なのかそうじゃないのか判断に困りますねぇ……」
もちろん、月まで伸ばす必要はない。たかだか何キロか何十キロかの距離だ。
しかし、それだけの距離でもちっぽけな人間から見たスケールとしては大差がなく思える。
ハルが掲げ天を衝くその巨大な剣は、切っ先が空の果てを飛び越して宇宙にまでも届いてしまうのではないかと錯覚する。
「題して、『空を支える男』。ハル君それ重くないん?」
「勝手に題すな。重くはないけど、結構バランス取るの難しい」
「なら危ないのでそのまま手を放してしまうことをおすすめしますわ?」
「その方がどう考えても危ないでしょアメジスト。まあ、ともかくようやく答え合わせの時間だ。もうじき剣先は、世界樹へと届く」
成長し続ける切っ先は、ついにハルと世界樹の距離を埋めるに至る。
そして、ハルはその長すぎる剣をおもいきりに振り下ろす。ついに星の刃は逆さの女神像へと突き刺さり、その魔法効果を叩き込んだのだった。
◇
「やったか!?」
「フラグやめてユキ!? ……けど、やってる! 浅くはあるけど、あのどれだけやっても傷一つ付かなかった世界樹の根を、確実に両断した!」
遠すぎて実感がないが、人間の体よりもずっと太い世界樹の根を何本か、<天星魔剣>はしっかりと切断した。
この成果は、ダメージこそ大したことはないだろうが、完璧を誇っていた世界樹の防御に、確かな疵を与えた初めての非常に大きな成果であった。
「ですが、まだ浅いのです! このまま一気に、やっつけちゃいましょう!」
「そうですよー。女神像ずったずたの、バラバラ殺人事件ですよー」
「躊躇の生まれる発言やめて?」
イメージ的に少し気が引けるが、胸の前で手を組み祈るポーズの木製女神像を、ハルは巨大すぎる剣を振り回して切り刻んでゆく。
その度に遠く離れた現地では材料である根が刻まれ、飛び散って少しずつそのシルエットを破損させていった。
「あっ、こっちの体へのダメージが、抜けてますね」
イシスの言葉で皆が自分のメニューを確認すると、確かにじわじわと削られていたハルたちの最大HPの減少が、一時的にストップしたようだった。
逆さの女神像が破損したことで、<世界呪歌>の発動に支障をきたしたという事なのだろう。
「けれど、私たちの体が回復した訳ではないわ?」
「はい、油断は禁物です。しかし、時間に少し余裕ができました!」
「このままじっくり、なぶり殺しですよー?」
「やったな!」
「いいえ、やっておりませんわ! 例え切り刻んだところで、世界樹が消える訳ではないのですから!」
アメジストの必死な叫びを肯定するかのように、木片がぱらぱらと飛び散った世界樹は次第に再生をはじめてゆく。
切断面から新たな根が生えると、その破片へと触手のように伸びて行き回収する。そして、そのまま癒着し取り込むと、すぐに元通りの位置に収まってしまうのだった。
「……ふう。……ふふん! どうです、再生したから、無効ですわ!」
「小学生かジスちゃん!」
「はい、ばーりあー。バリア突破されても、全回復で無効~~」
「小学生だった……!!」
「見た目がお若いから、許されるのです……!」
「アイリちゃんも対抗しましょうー」
「!! ばりあ解除ー! 再生も無効です! 無効になるのです!」
「ならわたくしは再生無効を無効ですぅー」
「緊張感がないわね……」
しかし実際、やっていることは小学生の考えそうな最強ボスそのものだ。
無敵の防御をようやく貫通できたと思ったら、そんな労もむなしく全てはすぐさま元通り。
ただしかし、仕方のない所でもある。この<天星魔剣>による攻撃は、世界樹の『素材』たる重力を用いた力場の結合を強制解除するというもの。
いわばケーキを切り分けたようなもので、それによって食べられる量が劇的に減った訳ではない。
もちろん人間なら腕を飛ばされてしまえば致命傷だが、アメジストの小学生理論では、腕を元通りくっつけてしまえばセーフなのである。そもそも女神像は人間ではない。
「ふう。危ない所でした。再生能力がなければ、即死でした」
「本当しぶといね君……」
「往生際の悪さだけで食べていますので。ですが、冗談は抜きにしてもこれだけでわたくしの世界樹は攻略できません。少々焦りはしましたが……」
「だろうね」
「わたくしは、断面を補修さえすればいいだけのこと。エネルギー切れは、ご期待なさいませんよう。逆に、ハル様がたのエネルギーは底が見えているのではないでしょうか?」
「それもその通り」
コストを踏み倒せるといっても、それは無限ではない。龍脈から生まれるエネルギーは消費され、それが尽きてしまえば終了だ。
事実、アイリスが用意してくれた救援物資としてのエネルギー、それは既にかなりの勢いで消費されてしまっている。これでは敵の再生に追いつかない。
「……それにしては、落ち着いていらっしゃるのですね?」
「僕も別に、この剣だけで勝てるとは思っていないからね。最初に言ったろ? あくまでこれはテストだって」
ハルは長すぎる<天星魔剣>を引いて一度、暴れ馬のご機嫌を取るようなバランス取りから解放される。
そう、これは必殺の切り札ではなく、あくまで本命前のテストでしかない。
この剣がしっかり世界樹に通るか否かによって、この先のスキル構築の方向性が決まる、その為の確認作業なのだ。
この検証により、あの世界樹の構造はこの世界に再現された『神力』であるとほぼ確定した。
ならば、あとは現実で得た魔法知識を総動員して、その神力構造を崩壊させるためのスキルを作るのみ。
「……ですが! もし反世界樹のスキルが生み出せたとて、エネルギー問題は無視できませんわ!」
「そっ、それは私が、なんとかします!」
「イシスさん、いけそうなの?」
「はい、な、なんとか……! たぶん世界樹の根が消えた影響で、視界がずいぶんクリアになりました。世界各地から、力を引っ張って来れる、はず、です……」
「流石は『龍脈の巫女』。もっと自信もって?」
「まさか、<龍脈接続>のスキル無しで……」
「いやまあ元々スキルなんてそんな頼るものじゃないしね」
特にハルとしては。スキル生成の対象外として、人間扱いされない差別をシステムから受けてきたハルとしては元よりそれに頼りきりになるつもりはなかった。
イシスにも同様のことを求めたのは半ば賭けではあったが、龍脈の操作に関してはハルより優れた感覚を持っていた彼女だ、やってくれると信じていた。
「では、あとはやるだけですね! わたくしは、応援しか出来ませんが……! ハルさん、やっちゃってくださいっ……!」
「……このゲームでの私たちの歩み、全ての集大成ね?」
「ですねー。紡いで来た全てが、ここに繋がってますよー?」
「がんばれ! ハル君!」
「やりましょう、ハルさん!」
彼女らの声援を受け、ハルも改めて気合を入れなおしアメジストに、そして世界樹に向き直る。
世界は消えても、なおこの地に残った物。その集大成をもって、ついにあの世界樹と雌雄を決す時が来たのだった。




