第1496話 神力と世界樹
世界樹は重力制御によって、その無敵性を確保している。
ハルのその推測が正しければ、そのために使われている重力制御を乱す、無効化する等の干渉を行えば鉄壁のその樹皮に傷をつけることも可能であるはずだった。
「でもそれさ、<星魔法>じゃ駄目なん? あれも重力使ってるんでしょ?」
「ユキの疑問はもっともだけど、単純に重力系の効果をぶつければ済むって訳でもないだろうし、<星魔法>も重力関係なら何でも出来る訳じゃない。こっちじゃ厳しいだろうね」
「そっかー。残念」
「そもそも、今の私たちじゃ当時のような大規模な魔法は使えないわ?」
「わたくしが、レベルアップを封じておりますからね」
「だまってなさいー、この敵ー」
ついに名前も呼んでもらえなくなったアメジストである。さすがにちょっと悲しそうだった。
とはいえ今は申し訳ないがとり合っている暇はない。話を進めさせてもらう。
ユキの言うように<星魔法>も確かに重力制御要素を多分に含んでいるが、きっと基本的な重力攻撃では効き目はない。アメジストも当然そう設計しているだろう。
スキルとして用意された<星魔法>は、重力制御ならば何でも出来る訳ではなく、あらかじめパッケージングされた魔法構築の中から選んで使用する。
ある程度の応用はきくが、当然ゲームバランスを考えて、あまりに無法すぎる効果は用意されていない。
今回ハルたちが求めているのは、その『無法すぎる』バランス崩壊技なのだ。使用したら敵が全て即死するような技でもないだろうか?
「……馬鹿なことを考えてないで現実を見よう。ただ、<星魔法>が全て無意味とも言えないね」
「<天衣>にはしっかり、有効ですもんね!」
「そうだねアイリ。その<天衣>とも融合し、それぞれのエッセンスから複合新スキルを組み上げる。それが世界樹攻略のキースキルになる」
……なる、予定だ。結局はぶっつけ本番。実際に組み上げてみなければ分からない。
ちなみに重力を使っていても『星属性』という訳ではないので、世界樹に属性相性は存在しない。
属性もまたゲームバランスの都合で各種魔法にパッケージングされた物でしかなく、それを排除した存在には干渉できない。虚空属性の打ち消しも、神聖属性と生命属性の吸収も効果を表さないだろう。
逆にいえば後付けのものでしかないが故に、『属性加速器』のようなバグじみた応用が可能となっている。
「という訳で取り出したるは<天衣>と<天魔・星>略して<天星>。こいつから都合の良いパーツを取り出した複合スキルを作っていく」
「おお、新顔だ」
「<星魔法>の、上位スキルですね! なにげに、持っていませんでしたよね?」
「あれですねー。当時は<煌翼天魔>が更に上位として複合してたからですねー」
「だね。でも最終決戦で使ってたプレイヤーは少しは居たはずだよ」
「ん? でもさでもさ? その命名規則だと<天星>と<天聖>が紛らわしくなんない?」
「……<星魔法>はそこまで育てる人ほぼ居なかったからセーフってことで」
「さすがは四不遇の一画なのです!」
ハルは最後まで非常に便利に使っていた星属性だが、いわゆる『環境』における使用率は最後まで著しく低かった。
こんなに便利なのに、とは言うまい。皆が使いこなせなかったからこそ、ハルたちが独占的に利益を享受できたのである。
……まあ、メテオバーストシリーズが飛び交い、戦闘となれば挨拶代わりに重力倍化による足止めが飛んでくるゲームにならなくて良かったのかも知れない。実にカオスだ。
「そのお二つで、なにをするおつもりで?」
「どーにかこーにかして、お前を殺しますよー」
「まあ怖い」
常に憎まれ口ではあるが、会話に入ってこようとするアメジストには毎回しっかり対応しているカナリーだ。
こう見えて、無視はしないように気を遣っているのかも知れない。なんだかんだ、同類としての絆があるのだろうか。
……ただ、憎まれ口ではあるが。憎まれ口ではあるのだが。
そんなアメジストの対応はカナリーたちに任せて、ハルはスキルの改造に集中する。
これで『実は重力は無関係』と言われたら絶望しかないが、今は自分の推測の正しさを信じて進むしかない。
朗報があるとすれば、重力による構築であるならば、ハルは既にその対策を心得ているということだ。
「以前、マゼンタ君から色々習っておいてよかったよ。重力制御、すなわち<神力操作>の際のコツの数々」
重力の制御というものは、神様たちの間では実によく使われている彼らの技術力の高さの象徴ともいえる。
それは戦艦の高速安定飛行にとどまらず、その主砲やマゼンタも利用していた『神力砲』の赤い砲弾、果ては空間に固着させての疑似的な物質化までもを行っていた。
今回深く関わってくるのは、その固着化。これは主に神界の施設を建築する際に活用されており、ユーザー広場だったりプレイヤーそれぞれの『マイルーム』はほぼこれで作られている。
要するに、アメジストの世界樹もまた、同様の仕組みで樹の形に成形された『神力』なのではないか。そうハルは思うのだ。
「神力ブロックを使った無敵の防壁は作れるのか? マゼンタ君によればこれはイエスでもありノーでもあるらしい」
「なんだ哲学か?」
「相性の問題だよユキ。物理攻撃に対してはほぼ完全に遮断することは出来るが、別の弱点も多いので作るコストに見合わない。らしい」
「なーる」
「しかし、攻撃の種類が限定されたこの世界なら……!」
そう、事実上弱点無しの無敵の存在として君臨できる。ハルはアイリに向けて、そう力強く頷いた。
「その弱点というのは、なんなのでしょうか!?」
「それはですねー、アイリちゃんー。同様に重力を使ってちょーっと刺激を与えてあげれば、簡単にその構造が崩れちゃうんですよねー。まあー、崩す方法がなかったら、神界の複雑な建築物を再現出来ませんものねー」
「カナリー? ハル様の解説を横から奪うのは、感心しませんわ?」
「うるさいですよーそこの敵ー。私だって当時は神界作るの頑張ったんですからねー? これくらい自慢する権利はあるんですー」
「流石はカナリー様なのです! すごいですー!」
「えっへん」
そう、カナリーもまた、『エーテルの夢』の運営としてその作業に深く関わっている。
ハルたちに限定した話としては、神界に自分たち専用の巨大プールを作った際の思い出が鮮明だ。
あの時はプール本体の建築や植栽だけではなく、なんと水までも神力を使って構成していた。硬い物以外でもなんでもござれ。
そしてハルは、作る手段だけではなく壊す手段もまた心得ている。
これはカナリーの言った通り。壊す、柔らかく言えば形を整える手段がなかったら、極論シンプルな球体しか作れないことになる。あるいは立方体か。
「そこでこの<天衣>が生きてくる」
「……そこが、分からないのです! <天衣>は逆に、『干渉しない』スキルではないのでしょうか!」
「うん。結果としてはね。しかしどうやら、その完全非干渉の状態を作り出す為に重力操作が使われているらしい。これは、重力で無理矢理に空間へ隙間を作って、体を半ば別次元へと滑り込ませているようだ」
「戻って来れなくなりそ」
「だから接地面を『縁』として、現世に残しているのかも知れませんねー?」
だからユリアは<星魔法>による重力倍化で無様な姿を晒してしまう事になった。そして同系統の力であるがために、世界樹の防御にも阻まれない。そういう仮説だ。
だから、ゲームシステム的に真に『侵入不能』が定義づけられた地下遺跡には、ユリアですら手も足も出なかった。あの遺跡の壁は、この世界において物理法則を超越した位置にある。
ならばその干渉を更に強力にしてやれば、あの世界樹にもダメージを与えることが出来るのではないか?
例えば、ソフィーの<次元斬撃>のように薄い断面を根の内側に滑り込ませて、完全にその部分の接続を断ってしまうとか。
方針が決まれば、あとは早い。一度は使ったことのある技術。
ハルは既存のスキルからそのために必要な材料を取り外し、プラモデルのパーツを組みかえでもするようにして、新たなスキルを生成していくのだった。
◇
「よし、出来た」
「すごいですー! やりましたね!」
「どれどれ! どんなスキル?」
「切断面を完全に別次元に繋がる穴にすることで、あらゆる存在を両断する魔法の刃だ。ちなみに<天剣>も混ぜた」
「まあこわい」
「さっそくそこに浮いてるアメジストの体で試し切りしましょー」
「……やめましょう? そんなことしませんよね、ハル様?」
「あっ、その幻影にも効くのね……」
妙なところで自白するアメジストであった。これも何かしら重力を利用した技術なのだろうか?
「スキル名は<天魔剣>? あっ、<天星魔剣>の方がいいかな? いや聖剣とかけて<天魔星剣>」
「いや名前はなんでもいいが……」
「世界樹さんに、その魔剣を叩き込んであげましょう!」
「うん。そうしたい所は山々なんだが」
「何か問題がー?」
「このスキル、射程が短い」
「届かんのかーいっ」
そう、ここからでは世界樹に届かない。射程はせいぜい十メートルといったところで、何キロも離れたあの世界樹まではどう足掻いても届かない。
かといって剣の距離まで接近すれば、あちらも至近距離からの容赦のない雷撃を思う存分にくり出してくるだろう。
「仕方がない。危険を承知で接近して試すしかないか……? <天>の魔法を使って雷を重力で歪めたり、真空で電気の通らない空間を作ったりすれば……」
「果たして、その時間は残っているでしょうかハル様? 世界呪歌により皆様の存在は既に消えかけております。無事にやり過ごせようとも、行って戻って、改めてスキルを調整する暇があるとでも?」
「……うるさいな。分かっているよそんなことは」
アメジストの的確な指摘が痛い。確かにその通りだ。重力のレンズを盾にするにも、余計にスキル調整の手間がいる。真空もまた同じ。
今はそんな事よりも、全てのリソースをこの切り札に回したかった。
だが、それも一度テストを行い、本当に世界樹に対して有効なのかどうか、それを実証してからでないと踏み切れない。本当に、痛し痒しだ。
こうしている間に今もなお、<世界呪歌>の効果でハルたちのHPは最大値ごと削れていっている。
「!! はっ、ハルさん! 来ました! 増量キャンペーンきましたよ! 龍脈エネルギーが増えていってます!」
「……アイリス、やってくれたか」
「ようやくですねー」
「だったらハル君さ? これ使って、剣を何キロも伸ばしてやればいいんじゃない?」
「なるほど! 巨大ボスには、巨大ソードで対抗なのです!」
「また無茶を言う……」
しかし、無理でも無茶でもやるしかないのかも知れない。
剣に大量のエネルギーを強引に叩き込めば、ここからあの世界樹にまで届くだけの大きすぎる魔剣に、もしかしたら成長させられるかも知れなかった。




