第1492話 合体する世界樹
「<天剣>」
蛇口、いや銃口を向けるようにはるばる伸ばされた世界樹のパイプ。その口から放たれた強力な電撃を、ハルは<天剣>の一刀で切り伏せる。
「うん。やはり頭のおかしな威力だね、天剣は。適当に振るだけで、『世界樹システム』の雷以上だ」
「チートですわね。そのうえ発動条件が、『ただ剣を振るだけ』なんていう」
アメジストもびっくりの無法ぶりだ。しかも付け加えるならば、このスキルの発動には一切のコストがかからない。
今はデバッグモード中で元々そうなので関係はないが、開催中においてはまさにバランス破壊のチートスキル。
さすがにハルも雷の速度以上に速く剣を振れる訳ではないが、その代わりに<天剣>には効果エフェクトの残留時間がある。
剣の軌跡を延長した光の斬撃。その力は空中に数秒残り続け、雷に対して先置きが可能。
さらにはそれに重ねるように連射をすることで、もはや面のバリアに近い制圧力を発揮することが出来るのだった。
「ヤマトに使われた時は、苦労させられたからね……」
「すごいですー! いつのまにか、<天剣>も探し当ててしまったのですね!」
「うん。上位スキルの割に、<天>シリーズは分かりやすい位置にいてくれたからね」
「そういえば言っていたわね? <天衣>の方が楽だったと」
「簡単に<天衣>を付与していたことから、もっと警戒すべきでしたわ?」
「警戒したってあなたにはどうにも出来ませんよー?」
「そうですわねカナリー。しかし、どんなスキルを付与しようとも、ハル様がたにも世界樹はどうしようもありません」
それもまた事実だ。かつての使い手であるヤマトも、<天剣>で世界樹に打ち勝つことはついに出来なかった。
「まあいいさ、時間稼ぎにはなる」
ハルは『蛇口』の先を思い切り押さえつけるかのように、休む間もなく<天剣>の光を連打する。
三日月状の軌道は高速で重ね合わされすぎて円形に近くなり、雷の出口を隙間なくしっかりと埋めてゆく。
それでも相手は世界樹、パイプそのものの破壊は出来ないが、その内部から飛び出てくる電撃は完全に抑え込むことに成功していた。
「……凄まじいですね。いかに上位スキルとはいえ、わたくしがこれだけ高めた雷の威力を封じ込めるとは」
「僕も苦労したよ。当時は」
奇しくも、当時のハルの<天剣>攻略は世界樹のパイプを使ったものであった。
あの時は今とは逆、ハル自身がヤマトと共にパイプの内部に取り込まれ、その内側を全てエネルギーで満たす形で逃げ場を奪い勝利した。
つまり今回も自分がそうされてしまえば成す術もないということだが、その心配をする必要は薄そうだ。
今ハルたちのすぐ隣にはあらゆる物を飲み込む虚無空間がある。アメジストは、不用意にそこに世界樹の枝を近づけられない。
「ならば、剣の軌道では抑えきれぬほどに拡散するのみです。それだけで、対処は追いつかなくなるでしょう?」
「それはどうかな?」
アメジストは雷の出口を複数に分岐させ、ハチの巣のように穴だらけにする。
まるで弾丸の出口を取り付けられるだけ取り付ければ、一発は当たるだろうという脳筋の考えた銃。
もっと知性派だと思っていたが、意外とおちゃめなのだろうか?
だがハルの<天剣>は、問題なくその全てを防御し尽くした。
いや、正確には『全て』ではない。自分と仲間たちに当たる範囲だけは的確に防御し、後は周囲へと流れるに任せているのだ。
「アホですかー?」
「やってみなければ分からないでしょうに。まあ、何となくこうなるとは分かっておりましたけれど……」
「やっぱりあなたアホですよねー」
「いや実際、そこそこキツいよ。このまま発射口を増やされたら、そのうち対処出来なくなる」
「ではアメジスト様は、どうしてそうしないのでしょう? いえ、わたくしたちにとっては、良いことですけど」
「あまり増やしすぎると、威力が分散しすぎて有効打にならないからでなくって?」
ただでさえ、電流をこの長距離を渡り運んできているのだ。相当な減衰が起こる。
確かに世界樹の枝自体は、雷を完全な形でロスなく反射させるだろう。しかし、内部の空気は違う。距離がかさむほど、電撃の威力は目減りしていく。
……これは、元の完全な『世界樹システム』を再現されていなくて本当に良かったと内心思うハル。
ハルの生み出した世界樹システムは樹木でさえあれば一切のロスなく電流を遠方に伝達可能。根から直接電撃を流されていたら、既に終わっていたかも知れない。
「それに、なるべくコイツに雷を吸わせたくないんだきっとジスちゃんは」
そう、そしてアメジストがあまり攻撃範囲を広げることなく躊躇している理由はきっと今ユキが言った通り。
拡散した雷はハルたちの身を逸れ、一部は虚無の空間に吸い込まれて行く。
それは電撃でさえも構わず吸い尽くし、虚無の範囲を広げる材料にしているのであった。
「……厄介ですね。ハル様を狙えば、必ず一部はそこへと吸い込まれる。これでは、わたくし自ら餌を与えているのと変わりません」
「君の電気は強力だからね。そのぶん成長も進む。しかし、ずいぶんと警戒しているようだねアメジスト」
「現状この世界で、わたくしにとっては唯一の天敵ですから」
それにしても、怖れすぎているように思う。
現状この透明な球体はかなり大きく成長している。見えないが。
見えないが、きっと恐らくかつての龍骸の地を埋め尽くす範囲以上の巨大さのはずだ。
その巨大さゆえに、今は多少の餌を与えたところでそこまで急速に成長したりはしない。なので一気に、被害を気にせず攻撃してハルたちを排除するのがベターなはずなのだが。
「つまり、ジスちゃんにとってそれだけ都合の悪い何かが、コレにはあるってこと?」
「どうかしらね? あるいはそう思わせておいて、私たちにこれを広げさせない気かも知れないわ?」
「単に可能な限り長く世界樹を維持したいだけじゃないですかー?」
「さて、どうでしょうか?」
嘘はつけない彼女だが、引っかけ程度は自由である。
この空間の秘密をアメジストは何か掴んだのか、それともただハルたちを脅かして下ろそうという戦術なのか。
なんにせよ、彼女との戦いはここにきてもう一段階、戦局を進行させたようだった。
*
「……仕方がありませんね。その空間のことはさておき、もうわたくしもチマチマと攻撃している段階ではなくなったようです」
「そうかい? 虚無エリアの拡大覚悟で、全方位雷撃でもすれば案外あっさり勝てるかもよ?」
「わたくし、そこまでハル様を甘くみてはおりませんわ? <天剣>以外の対処手段も、既にこっそり付与していらっしゃるのでしょう?」
「……さてね」
バレていたようだ。<天衣><天剣>に続きこの辺の上位スキルは、思ったよりも習得が楽だったのは前述の通り。
なので例えアメジストが更に攻撃範囲を広げても、ハルにはもう一段対処の手だてに準備があった。
それらを小出しにしてアメジストを引き付け、時間を稼ぐ算段であったが、どうやらそれは見抜かれていたらしい。
「ですが、どうするのでしょうか! 雷攻撃を止めたら、いよいよ攻撃手段がなくなってしまいます!」
「心配ありがとうアイリちゃん? でも安心してくださいな。わたくし、奥の手が残っておりますので」
「どれだけ奥の手があるのよこの子は……」
雷撃が奥の手ではなかったようだ。まあ、元よりこれで終わりとはハルも思っていなかった。
「では、わたくしは準備がございますので、完了までしばしお待ちを」
「……事実上の『制限時間』だね僕らにとっては」
アメジストはこの場に映し出していた姿を消すと、何かの準備に取り掛かったようだ。
ハルたちは、その彼女の何かが終わるまでに、対抗策を生み出しておかねばならない。間に合わなければ、きっとこの虚無空間の裏に隠れた程度では対処不可だろう。
「どうしますー、というかどうですー、ハルさんー」
「……まだ完成はしていないが、属性加速器の再現は恐らく可能だ」
「おおっ! すごいですー! これで、この『きょむちゃん』をおおきく育てることができますね!」
「そうだねアイリ。けど、それには少し問題があるんだ」
「なんだなんだー、こんどはなんだー? まあうちら問題がない時ないもんね」
「そうね? 今さら驚かないわ?」
「『燃料』が足りないんですよねー?」
「その通り」
属性加速器は、別に無からエネルギーを取り出している訳ではない。絡め取るべきエネルギー、わたあめにとっての砂糖が必要になる。
そのエネルギーは属性を帯びている必要があり、今まではやはり世界樹を使って便利に生成していた。
「いやホント便利だったね世界樹」
「敵になってありがたみを実感しますかー」
「あれが無かったら、クリアはもっと遅れてたろーし複雑なとこだねぇ」
ユキの言う通り、強大な負の遺産を残してしまうことになったが、それが分かっていたとしても頼らざるを得なかっただろう。
最後のツケを払う時が来たのだ。責任をもって、処理は果たしたい。
「どうしますー」
「ひとまずは龍脈エネルギーだ。また再びあれを増産して、それをどうにかして何だかんだで上手く行く」
「つまり行き当たりばったりですねー」
「じゃあリアル側に連絡せんきゃね。どーする? 私が自爆して、知らせてこよっか」
「いや、それには及ばないよユキ」
ここで一時とはいえ、ユキという戦力を失うのは痛い。だが、魂の繋がりのある者は今みなこちらへと来てしまっている。
ならばどうするのかといえば、今のハルたちには、もう一つ現実と繋がるルートが存在している。それを使うのだ。
「スキルシステムの接続経路を使って、アイリスに連絡を取る」
「連絡といっても、通話ができるようなものじゃないですけどねー」
「大丈夫さ。こっちから“紐”を引っ張った感触があれば、あの子は合図だと理解する」
精神の繋がりをたぐるのと似たイメージで、ハルはアイリスに合図を飛ばす。これを受け取った彼女は、龍脈エネルギーの増産作業を外から実行してくれるだろう。
そんなアイリスの仕事を待つ間にも、この世界には大きく異変が生じ始めていた。アメジストは待ってはくれない。
地面の無いはずのこの世界に、地鳴りのような鈍い音が断続的に響き始める。
それは、世界樹のそびえる方向からだけでなく、左右に背後、あらゆる方角から聞こえてくる不気味な音だった。
「……しかし上下からの音は無し。だいたい予想はつくね。みんな、ギリギリまで高度を上げるよ」
世界樹の雷に撃ちぬかれないギリギリの高度に、ハルたちは上昇する。あまり上げすぎると、虚無の球体の影から頭をはみ出してしまうので慎重に。
そして、すぐにその音の正体がなんなのか、ハルたちはその目で知ることになる。
「根がっ! 触手がっ! ものすごい勢いでいっぱい押し寄せてくるのです!!」
「まるで触手の波ね……?」
「うぉー、壮観」
世界の果てからこちらに向けて、いや世界樹に向かって、大きくのたうちながら世界樹の根が“巻き取られて”ゆく。
フィールドの外周に行くほど枝分かれし広がったその根が一気に本体へと巻き戻る様は、まるで荒れ狂う大海の大波。
ハルたちの周囲だけを避けるようにして、それは中心の世界樹へと戻っていった。
「ジスちゃんめ! パーフェクト世界樹合体して何をする気だ!」
「そりゃー、私たちを倒すんですねー」
「きっと世界樹ロボになって襲ってくるんだよハル君!」
「楽しそうだねユキ……」
たしかに規模があまりに大きすぎて、何故だかわくわくしてくる気持ちもハルにも分かる。
しかし、敵の『変身』を行儀よく待ってばかりもいられない。今のうちに、対抗策を編み出さねばならない。
「アイリスの奴はまだですかー。給料分働きなさい~~」
その為には、龍脈エネルギーの到着を待たねばならないが、一向にその気配はない。
さすがに気になって、ハルが催促をいれようとしたときに、それは現れた。
「うわぁっ!? 足場が! 足場が無いんですけどぉ!!」
それはエネルギーの代わりにこの場に現れた、成すすべなく落下していくイシスの姿なのだった。




