第1491話 どこのご家庭にも雷をお届け
「そんで、どーすんハル君? この虚無穴をどんどんでっかくして、世界樹吸いこんじゃう?」
「それって、世界全体を『コレ』で埋め尽くす、ということになるのではないでしょうか……? さすがに、まずいのでは!」
「どうかしらね? 世界樹の本体、幹と葉さえ枯らしてしまえば、残りの根も自動的にどうにかなったりはしない?」
「別にいいんじゃないでしょーかー。アメジストさえどうにかすればー、この世界にはもう用はない訳ですしー」
「どうなんだろうね? 新たな事件を自分自身の手で生み出してしまうことになっても嫌だし……」
それに、そもそも作戦が実行可能かどうかが問題だ。
この虚無空間が広がり世界樹を飲み込む。それ自体は可能だとハルも思う。無敵の世界樹も、この空間が起こす万物の消滅現象にだけは抗えない。
だが、それは勿論ハルたちだって例外ではないのだ。別に、『コレ』がハルたちの味方になった訳ではない。
この何者も存在できない空間を広げるにあたり、ハルたちはその拡大ペースに合わせて逃げなくてはいけない。
そしてもし、世界全土に広がることにでもなったら、それはすなわち逃げるために世界の果てを目指して飛ばなければいけないことと同義なのである。
「……僕らが逃げるの無理では?」
「諦めるなハル君! ポケットから便利なスキルを取り出してなんとかするんじゃ!」
「悪いけどそんな万能のスキルは無いってばユキ。いやあるかも知れないが、どこにしまったかが分からない」
「エリクシルは整頓不足ですねー。実はズボラなのでしょーかー」
「いや他人が見ること想定してないだけでしょカナリーちゃん……」
とんだ風評被害であった。実はズボラなのはイシスだけで十分である。
「でも、確かにそうです! 世界の端っこまで飛ぶのは、飛空艇が要るのです!」
「逆に、私たちが逃げ切れる速度となると、この世界全体にいきわたるまで何日かかるか分からないわ?」
「だいじょぶだってルナちー。情報屋の奴だってイヤッホウと叫びながらちゃーんと駆け抜けたんだし、私らだっていけるいける」
「情報屋はアメジストの邪魔が入らなかったでしょうに……」
「安定して走れる地面も、今はないのです!」
そう、時間をかければ逆に、アメジストに妨害を許してしまうことになる。まさか、ゆっくりじっくり虚無を育てていくことを、彼女が許してくれるはずもない。
今のところ周囲からは世界樹の根は退避しているが、もたもたしていたら自滅覚悟で戻って来てしまいそうだ。
ハルたちはこの周囲、しかも世界樹から見て裏側にしか居られないので、そこを埋め尽くし押しつぶしてしまえばいい。
「でもー、しばらくは安全地帯ですよー。今のうちに実験を進めちゃいましょー」
「あら。それはどうでしょうねカナリー」
「むー。でましたねー。あっちいけーですよー」
「それは出来ませんわ? せっかく同じ遊び場に居るのですから、どうぞ一緒に遊んでくださいな」
ハルたちが作戦会議をしていると、見覚えのある派手な服が唐突に視界の中に映り込む。
ゴシックロリータのフリルを翻しながら、何度目かになるアメジストの登場であった。
「……君がこうして姿を見せたってことは、何か対抗手段を思いついた、ってことなんだろうね」
「あら嬉しい。ハル様に、わたくしの事をどんどん理解していただいていますのね」
「『ワンパターンだ』って言われるのに、前向きだなジスちゃん!」
「見習わなくては、いけないかもしれません!」
「しかしどうする気なの? 雷の方向を、そこまで器用に操れるのかしら?」
「さすがに、わたくしにとってもこの世界は何も無さ過ぎるので、そこまでの操作はできません」
アメジストの降参宣言に、ハルたちはひとまずホッと胸をなでおろす。しかし、電撃の誘導は出来ないと言っただけで、攻撃そのものが無理だと言った訳ではない。警戒を解いていい理由はどこにもなかった。
「操作は出来ないが、だが攻撃手段はあると……?」
「はい。あちらをご覧くださいませハル様。少々遠くなりましたが、ハル様なら見えるはずですわ?」
優雅に世界樹の方角を指し示すアメジスト。それにつられて皆が目を細めそちらを見る。<遠見>も見つけたので付与しておいた。
さすがに今までの巨大さは薄れたが、だがこの距離でもなお存在を主張してくる小さな世界樹を、ハルたち一行はよくよく注視した。
「げっ……」
「なにか、生えているのです!」
「そうですよアイリちゃん。しかも、ただ生えている訳ではありません。どんどん、成長しているのですわ」
「むむむ……!!」
「生やしたから何だっていうんですー。いまさら枝攻撃なんて、ききませんよー。と言いたいとこですがー……」
「そだねカナちゃん。ありゃ、『砲身』だ」
「……砲身なんて無くても、雷は発射できるのに?」
「うん。そだよルナちー。それでも世界樹の枝で砲身を作ったのは、私らも同じだからね。ぶっちゃけあれは砲というよりも増幅器。世界樹の無敵さを使って、内部のエネルギーを強引に一方向へ収束させるヤバい装置だ」
ウィスト自慢の『竜宝玉弾頭』はそうして作られた。
何をしても壊れない反則じみた砲の内部で、やりたい放題にエネルギーを爆発させる。その全てが砲口へ向けて飛び出して、これまた何をしても壊れない竜宝玉を超加速させる。
しかし、アメジストの目指すのは竜宝玉弾頭ではない。結局は攻撃は直線に飛ぶため、どれだけ威力を凝縮したところで無意味。
なので、目指すのはもっと原理的に単純で、ある意味ばかばかしいもの。
「パイプみたいに雷を中に通して、最後に『蛇口』をこちらに向ける気か……!」
「正解ですわ♪ これがわたくしの精密誘導。とっても楽しそうでしょう♪」
「脳筋が過ぎる!」
まるでゲームで狙撃が当たらないからと、ターゲットの目の前まで通路を建設して、そこにしこたま弾薬を投入するかのような所業である。それを狙撃と呼んでいいのだろうか?
だが正確にターゲットまで飛んで行けば、撃破という結果は同じこと。過程が指定されていなければ、脳筋だろうとどう見ても反則だろうとS評価である。
「どんどんパイプが、伸びてくるのです!」
「急げハル君! こっちもどんどんコイツを成長させるんだ!」
「餌がないですよーユキさんー」
「諦めるなカナちゃん! <土魔法>で岩とか色々生み出したり、やれることはある!」
「無駄ですわ。個人で生み出せる物質量など、たかが知れています。それに、スキルレベルはわたくしが上げさせません。全盛期のような大威力はだせないでしょう?」
そう。デバッグモードのためMPを気にする必要はないのだが、代わりに威力が上げられない。
これではいくら土砂を生み出しても、たいして虚無を成長させられはしない。
「ならハルさん! 『わたあめ』を使うのです!」
「そうだ! あれなら時間を掛けて“巻き取れば”、でっかい魔法に成長させられるはず!」
「……いや無理だ。わたあめ、『属性加速器』を成立させるには僕に『属性中毒』のバッドステータスがかかってる必要がある……」
「ここにきて世界樹の吐息が恋しくなりますねー?」
「いや……、それはないかな……」
「代わりに世界樹の精たるわたくしが、甘ぁい息を『は~~っ』ってしてさしあげましょうか」
「その瞬間に口んなかに手ぇ突っ込んでやりますからねー?」
「おお、こわい♪」
慌てふためくハルたちの様子を、アメジストはくすくすといたずらっぽく微笑んで見守る。
その間にも、枝のパイプ管はこの距離からでも目に見えて確認できる速度で、スルスルとこちらへ伸びて来ていた。
あれがこの場所まで到達したら、その時点で死を覚悟した方がいい。
パイプというのはただの例えであり、必ずしも出口が一か所である必要はない。分岐、拡散、思いのまま。
元々が世界樹の枝をぎっしりと編んで作った通り道だ。その編み目を少しほどいてやることで、簡単に全方位拡散兵器の出来上がりである。
「……仕方ない。あれが到着する前に、なんとか今ある材料で対処方法を組み上げるしかないか」
「そうね? どうせいずれはやらなくてはならない事よ? 時間制限があった方が、気合が入るというものだわ?」
「具体的にはどーするん?」
「この虚無の内部に入り込んでしまうというのはどーでしょー」
「カナリー様! それが出来たら、苦労しないのです!」
あらゆる干渉を受け付けない貪食の球体だ。きっと<天衣>ですらも無効化し消滅させてくるだろう。
仮に平気であったとしても、重力に引かれてしまうのですぐに足元から飛び出て終わりである。
「さっきユキの言った、属性加速器を採用するのが楽だろう」
「まるで楽そうには思えませんわ?」
「しれっと会話に入って来るなアメジスト……、敵の自覚がないのか……」
「はぁい。大人しくしておきますわ」
「まあ、『比較的』って話だよ。他の手よりはね。世界樹の枝を切り離せる攻撃を生み出すのも、再び世界樹へのアクセス方法を確立させるのも、現実的じゃない」
運よく<龍脈接続>が発見できればまた違うのかも知れないが、相当特殊なスキルなのか、未だに影も掴めない。<天衣>の方がずっと分かりやすかった。
その点、各種魔法スキルは非常に分かりやすい位置に配置されている。そのため、まず弄るならここと思われた。
ハルに『属性中毒』の無い今、加速器の再現は不可能だが、逆にいえば中毒ステータスさえ再現してしまえば、あとはなんとかなる可能性がある。
「……各種属性魔法の構造内部に、他の属性の要素を強引に埋め込む。落ち着け僕。仕様は十二属性で共通だ。属性を定義するコードなんて、すぐに見つけられるはず」
「ですが見つかったとしても、果たしてそれを的確に組み合わせられるでしょうか?」
「アメジスト。大人しくしているんじゃなかったの……?」
「いえここは、敵の自覚をもって、最大限ハル様の集中を乱すことにしましたの」
「アメジスト様、さん。実は、寂しがり屋さんだったのでしょうか……!?」
どうしてもお喋りがしたいようだった。まあ、口を塞ぐ手段もないので好きにさせておく。
……甘やかしすぎだろうか?
「ですがそんな楽しいお喋りの時間も、そう長くは持たないようです。雷道管が、完成してしまいますわ?」
「ええい、もうかっ!」
恐るべきは世界樹の成長速度。雷を内部に流し運ぶパイプが、既にすぐそこにまで迫っている。
ハルのスキル改造は、当然まだまだ終わらない。いや終わっていたとしても、属性加速し威力をチャージする時間が圧倒的に足りなかった。
「では、名残惜しいですがこれにて」
「お喋りしたいんでしょー? もう少しくらい待ちなさいー」
「それはそれ、勝負は勝負です♪」
世界樹のパイプが虚無空間を越えて頭を出す、それと共にすぐに、首をひねるようにして『蛇口』をハルたちへと向ける。
ハルは初期装備の刀を取り出し構えるが、そんなもので防御できる威力のはずもなし。
そして容赦なく、蛇口から勢いよく水代わりの雷撃が噴出してきたのだった。




