第149話 正装、聖装
「しかし何を着て行こうかね? パーティーなんでしょ、普段着はやっぱりマズいよね」
「マズいわ?」
「見栄の張り合いの舞台、という面もあります。いえ、その面が大半です。あまり侮られる服装は、わたくしもおすすめ出来ませんね」
ハルも本気で普段着で行くつもりは無いが、反射的にルナとアイリからダメ出しが入る所を見るに、本当に駄目なようだ。諦めた方がいいだろう。
「でもハル君、神のオーラ出してるんでしょ? 何着てても芸能人みたいに見えるんじゃない?」
「芸能人て」
「最近やってたみたいに、浴衣着て胸元開いて悩殺オーラ放とう」
「ふおおぉぉ! あれは素晴らしいものでした!」
「悩殺て」
「ダメよ。そんな事したら帰る頃には嫁が二、三人増えているわ?」
皆して何を言っているのだろうか。先ほどまでキリリとした表情だったアイリも、何だか残念な感じになってしまっている。
最近、夏の装いをルナが色々と作ってくれているのだが、その一環として皆で浴衣を着た時があった。
女性陣の華やかな装いが目に嬉しいイベントだったが、彼女達もハルの浴衣姿を気に入ってくれていたようだ。アイリが特にお気に入りのようで、その日はベッドの中までお互い浴衣姿で過ごしたものだった。
胸元を開くのも、ハルではなく彼女たちこそ相応しい。あれは本当に素敵な光景だ。
「でもさ、でもさ、やっぱり強い人ほど服装には縛られないものだって。カナちゃんだって、服装は普通じゃん?」
「そうですねー、あんまり派手派手したものは好みじゃないですかねー」
神であるカナリーの服装は、そういえば神々しいとは言いがたい。飾り気の無いふんわりとしたワンピースが基本で、たまにハルたちが渡した衣服を身に着けている。先日も一緒に浴衣を着ていた。
そんな風に、彼女達は服装で威厳を演出せずとも、その身から発する神気で自らを証明する。ハルも今はそれと同じだと、ユキは言いたいのだろう。
変に着飾らずとも、神と同じように畏怖、畏敬を受ける。ならば、無理してドレスコードに合わせる必要など無いと言ってくれているのだろう。
「ユキの提案はありがたいけど、今回は僕もちゃんと着飾るよ。神の威を借りるって事は、神と同じ責務を果たさないといけなくなるしね」
「別にハルさんは気にしなくて良いんですけどねー。そんな事なんてー」
「まあ、相手の為にもなるわ? 『この人は我々と同じ常識が通じる人なんだ』、という安心感を与えることが出来るもの」
常識、マナーというものは、そういった効果を持つものだ。ある種、同じ言語を話す事と近しい親近感を相手に与える。
互いがマナーを遵守することで、自分達は仲間であるということを確認する儀式であるとも言える。全ての参加者が、そこまで意識しているかどうかは、定かではないが。
しかし、そういう意味では完全にこの世界の貴族の流儀に合わせる気も、ハルにはあまり無かった。組し易い相手だと思われるのも、それはそれで問題だ。
多少、傍若無人な振る舞いで人を遠ざけるくらいで丁度良いだろう。
「だからまあ、服くらいは流儀に合わせるよ。どのみち服にそこまでのこだわりは無いしね」
「んー、ハル君がそう言うなら」
「そういう訳でユキ。君もきちんと正装するんだよ?」
「うげ」
「あら、そういうこと? ユキは自分が着飾るのが嫌だったのね? それで仲間を増やそうとしていたと」
「ハルさんには、お見通しでしたね!」
「かなわないよねぇ。……というかそもそも、私も出なきゃダメ? てか出られるの?」
そこはどうなのだろうか。ハルも知らないのでアイリに確認する。アイリによれば、問題なく出られるようだ。
お飾りであるとはいえ、名目上の主役には違いない。お供の参加者は自由に選定できた。
「だってさユキ。胸元の開いた、セクシーなドレスを着るんだよ?」
「うー、さっきの仕返しかよー」
「ユキのおっぱいなら、目立つこと間違いなしね?」
「悩殺ですね!」
「やーめれー。みんなしてー」
堅苦しい場所が苦手な彼女だ、パーティーへの出席はあまり気が進まないようだった。
どうしても無理そうなら参加はしなくても良いとハルが言うと、何が起こるか分からないから参加は止めないとのこと。正直、ハルとしても同じ気持ちだ。
アイリとルナは、完全に政治に意識がいっているようだが、ハルとユキは逆だ。プレイヤーである以上、直接的な方法で仕掛けてくる。つまりは、戦闘が起こる可能性を現実的に見積もっていた。
この際だ、どうせ服を新調するならば、ありったけ新技術も盛り込んで高性能にしてしまおう。
丁度良いことに、試してみたい案がいくつもあった。最近仕入れた、魔道具のコードを早速使ってみよう。
◇
「ルナ、服のデザインの案ってもう出来てるの?」
「ええ、残念なことに、こういうデザインは慣れているもの」
「残念なんだ。ルナちー、あんま好きじゃない?」
「……そういう訳ではないけれど、少し辟易している所はあるわね」
「わたくしも、そのお気持ち分かる気がします……」
お嬢様、王女様コンビがひっしりと抱き合う。かと思いきや、この機に乗じてルナがアイリの体中をわしゃわしゃと撫で回していた。
アイリも最近は負けてはおらず、されるがままではなく、まさぐり返している。互いにきゃーきゃーと声を上げる様子が、騒がしくも微笑ましい。
「こういうの黄色い悲鳴って言うよねー。なんでだろ?」
「さて? カナリーちゃん知ってる? 黄色の神様だけに」
「知ってますけどー、私が黄色い声を上げてるようで癪ですねー、教えるのはー」
しばらくすりすりしていた二人だが、アイリの目線がルナの割と大きな胸に興味深そうに固定され、その手が伸びたあたりでハルが抱えて引き剥がした。
そのままハルの膝の上へと固定する。そういうのは夜になってからすることにしよう。
「おあずけされちゃいました!」
「おあずけって、後で触るんだ……」
「今夜はユキも混じるかしら?」
「え、遠慮しときマス……」
何だかスイッチの入ってしまったアイリの視線が、ユキのその大きな胸に照準固定されるのを、ハルが頬を両側から挟んで引き剥がす。
「えへへへ……、お二人とも大きいから、羨ましいです!」
「アイリちゃんみたいなのも素敵よ? ハルも好きみたいだし」
「こらこら」
「……ルナちーも、おっきいよね。やっぱり大胆に胸元開くのかなぁ?」
「あら、今度は私が標的ね? ……どうしましょうかね? プレイヤーの私は子供に見られるから、そういったアピールはよろしくないし」
以前ハルと並んで歩いた時に『妹』と言われたのを気にしているらしい。とはいえ肉体の方と同じにすると、いわゆる身バレの危険があるのでどうしようか悩んでいるようだ。
ハルと一緒に居る以上、今更な話ではあるのだが。シルフィードなど、同じ学園に通う者にはルナが美月であると当然分かっている。
「ルナちーはその、ハル君とする時は、どっちでしてるの?」
「肉体の方ね。やっぱり興味があって?」
「ルナさん、すごく大人っぽいのです!」
「おやめなさいきみたち。……服の話に戻るよ?」
「そうね。……胸元を開くのは、あまり貞淑ではないかしらね?」
「特にそういった決まりは無いですが、既婚者になるとそういったアピールを止める方も多いですね」
「暗黙の了解ってやつかな」
「はい。わたくしが城に居た頃に観察した結果で、その手の教育を受けた訳ではないですが。わたくし、この体ですしね……」
少し自嘲気味に笑う膝の上の彼女を、後ろから抱きしめて引き寄せる。
ルナもアイリの言を受けて、ふむ、と少し考え込むと、そのままイメージを描き起こしていく。それを見るに、どうやら全員胸元は開かない方向で行くらしかった。
「そうそう、ハル? アイリちゃんはあのパワードスーツを着たいらしいから、あれを手直しする方向で」
「花嫁スーツですので!」
「あれもドレスだもんね、了解。最強の花嫁さんを更に最強にするよ」
「転んだら城が半壊しそう」
安全装置には十分に気を配っている。そんな事にはならないので安心して欲しい。そもそも転ばない。
どうやらルナとユキのドレスも、そのアイリのドレスを基準として似たデザインで統一する事にしたらしい。
各自、それぞれの個性を出した装飾で差別化しつつも、並べて見れば同じデザインであると分かる。そういった作りに持っていくようだ。
あのドレスなら元々布の数も多く、機能を盛り込むにも苦労は無さそうだ。
「うわ。かわいい。……私、似合わなそうだー」
「平気よ、ユキは何を着ても似合うわ? それこそ一枚布のドレスの方が、その肉体美を強調できて良いのでしょうけど」
「ぬのきれいちまい?」
「違うわ、むっつりさん?」
「花嫁さん部隊なのです!」
そういう意図もあるのだろう。花嫁のアイリと揃いのデザインにする事で、全員がハルの妻だと言外に宣言する。
要は、悪い虫が寄ってくるのを避けたいのだろう。二人とも美人である。
「さて、じゃあ何のコードを盛り込もう。やっぱり定番の魔法反射かね?」
「ハル君あれやろうあれ。リアクティブアーマー」
「爆発する花嫁さん……」
「ユキさんはお好きですね、それ!」
確かに前もそんな事を言っていた。反応装甲に何か思い入れがあるのだろうか?
ただ、やはり防御用に使うには危険だろう。顔は露出しているのだ。アイリはもちろん、やんちゃなユキであっても、顔に傷が付くのは避けたい。
それに防御であれば既に、服の上に無限遠の到達不能空間を展開してある。
どちらかと言うと、ルシファーに搭載した方が良さそうな機能だろう、反応装甲は。
「そういえばユキはパーティーにはどっちで出るの? プレイヤーの体?」
「うん……、本体だと、多分とっさに動けないし。どしたん? 本体のが、良い?」
「いいや? これ着る体によって、機能の起動方法がぜんぜん違ってくるからさ」
「あ、そか。まあ、戦闘用ならどっちにしろプレイヤー側だよね」
「そうね。私達はハルやアイリちゃんと違って、肉体のままじゃ戦えないもの」
ハルは素体として<物質化>した、ドレスの素となる結晶パーツを服の形に組み上げながら、ユキへと問いかける。
肉体であれば、ナノマシンによるエーテルネットの信号を利用している。アイリはこれだ。
プレイヤーの体の上に着るのであれば、魔力の流れを信号として利用すべきだろう。まだハルにはそこが不慣れだった。アルベルトもパワードスーツを使っているが、彼は自分で調整を行える。ハルはアルベルトのスーツには手を加えていなかった。
「まあ、着てない時より弱くなる事は無いけど、後できちんとデータ取らないとね」
「またハル君が舐め回すように私の体を観察する気だ!」
「言い方」
「やっぱりユキはむっつりね? ハル? もう実際に舐めまわしてしまいなさいな」
「舐めないっての……」
「私の体でも良いわ?」
「いや自分の分身でやるって」
それが一番簡単で分かりやすい。基本的に、体のつくりも魔力の流れもプレイヤーごとに差異は無い。
それを告げると、なんだか二人ともがっかりしていた。ルナはもちろん、ユキも実は期待していたようだ。やはりえっちだった。むっつりだった。
さて、それはひとまず後回しにして、盛り込む機能を決めていこう。
最初はアトラの鎧に使われていた反射機能をそのまま移植しようとしたハルだが、これも安全性の面から見て直接の採用は見送った。
反応装甲と同じだ。周囲への配慮が必要になる。反射した魔法が、無防備な他のパーティー参加者へ飛ぶ可能性を考えれば、散らさずにその場で防ぎきった方が良い。
「ただ、中のコードは使えるね。魔法の機能を分解して、意味を成さない式と純粋な魔力に分けてしまうもの」
「このコードは革命的ですらあります。どうにかして魔道具だけでなく、通常の魔法にも流用できないでしょうか?」
「そのままじゃ使えないんだよね。その為の命令式を、新しく見つけなきゃならない」
「まずは全てのコードを読み解かないとですね。その中に有るかも知れませんし」
「二人とも、研究は後になさい?」
二人の世界に入りかけたところ、ルナに窘められてしまった。嫉妬という訳ではない、開発が進まなくなるためだ。
どうせならより良い機能を、とは思うが、そうするといつまでも進まなくなる。まずは彼女に従い、現状の知識で完成品をひとつ仕上げよう。
「カナリーちゃんは魔道具に関わってるの? アドバイスとか貰える?」
「うーん、私も苦手なんですよねー、あれはー。もちろんー、プレイヤーの皆さんよりは得意なんですがー」
「おや意外」
「はい。カナリー様は、何でも出来るものかと!」
「オーキッドの几帳面具合には、どうにも付いていけませんー」
「あーねー、カナちゃん相性悪そうだ」
ぽやぽやしたカナリーと、異常なまでに細部まで拘るウィスト。互いの思想の部分でだいぶズレがありそうだった。魔道具の構成もそのウィストが手がけたもの。その緻密さを苦手としているのだろう。
他にも、ハルたちがウィストという真名(というと彼は嫌な顔をするが)を知って以降も、彼の事を『オーキッド』と呼ぶことが少し気になったが、今はそこは置いておこう。同僚の事は正式名で呼んでいるだけかも知れない。
「魔道具のアドバイスではないですがー。反射で散らした魔法は、構成が非常に脆くなっています。分離した魔力を基点として、ハルさんの<MP吸収>などで吸い取ってやれば、本体の魔法も連鎖的に崩せますよー」
「素晴らしいアドバイスだカナリーちゃん」
「流石はカナリー様なのです!」
また何時もの様にはぐらかされるかと思いきや、かなり有用な事を教えてくれた。さっそく盛り込もうとハルは思う。
別に<MP吸収>でなければならない、という事も無いはずだ。そこも魔道具の機能で補ってやれば、ハル以外でも使えるはずだ。
「幽世、現世から取り出した吸収機能でいけるはず」
「一気に大量の魔力を取り込む事になったら、体に悪くはないのかしら?」
「アイリのにはコンデンサも付けるよ。アイリなら大丈夫なはずだけどね」
「私達は?」
「仕様上、なんの問題も無い」
「さよかー」
プレイヤーの体には、元々そういった安全装置が付いている。ただ、せっかく吸った魔力だ、余った分も有効活用できる機能は考えてもいいだろう。
そうして、ハルはその後も主に魔道具関連の新機能をスーツへ盛り込んでいった。
「正装ならぬ、聖装ですねー」
ふとした時にたまに出るカナリーのダジャレだが、今回のは結構気に入ってしまったハルであった。




