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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部終章 信仰から生まれるもの

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第1488話 相手の嫌がることをすすんでやろう!

 アメジストがハルたちの行動に介入してきた。これは、彼女にとって『やられては嫌な事』である可能性は高い。

 そこを徹底的に突くのが嫌味なまでに勝利を追い求めるゲーマーの流儀ではあるが、それとはまた別に、純粋になぜ嫌なのかに興味もあるハルである。


 ハルにとって彼女は単純な『敵』ではなく、どこまでいっても『少し目的の違う仲間』なのだ。

 そんな同類、かけがえのない家族のような彼女が、何を目指しているがゆえにこれを嫌がっているのか。それを、ここをきっかけとして見極めたい。そうハルは思うのだ。


「ずいぶんと露骨に止めてくるじゃないかアメジスト。君にとってこれは、そんなにマズいこと?」

「ええ、それはもう、とっても。わたくしの計画は、以前少しお話しましたわね?」

「超能力関係ということくらいしか分かってないけどね」

「その際、ハル様の目を盗み、どうにか実行しようとした作戦があったことを覚えていらっしゃるはずです」

「エーテルネットの個室化か」

「その通りですわ」


 具体的には、今こうして手元に開いているようなメニューを非表示化させることから始まり、他人には決して見えぬ『自分だけの世界』、要はエーテルネット上における個室化を進行させようとしているのだった。


 昨今、エーテル技術の発達に伴う社会生活環境の個室化は前時代以上に議論に上がる。

 一方で、精神的な繋がりまで途切れたかといえば全くそんなことはない。これは議論するまでもないことだ。


 操作メニューの非表示不可も、そうした『隣の人間が何をしているのか分からぬ不安』を抑制よくせいするために設定された項目。

 なるほど現代には少々即していない部分もあり、それの変更を許したところでどうという事はない気もする。


 ただ、アメジストにとってはずいぶんと重要な事である様子。

 彼女の超能力推進計画においては、人間がより個人として集団からの独立性を高めることが必要であるらしかった。


「こうした、本来物質としては存在しないメニューウィンドウが周囲の人間からも確認できる。それはある種の視覚の共有化であり、君にとっては見た目以上に重要だった」

「それにしては、今回は攻めて来ませんでしたねー。ハルさんがグロッキーで、あなたにとってはチャンスだった瞬間があったでしょうにー」

「悔しいですわ。まあ、約束もありましたし。それに、それを置いてなおわたくしにとって重要となる事柄が、ここにはありましたの」

「それが、この世界のスキルレベルなのでしょうか!?」

「その通りですよアイリちゃん」


 なるほど。今回は大人しかったのではなく、更なる優先事項があったということか。


 ここまで聞けば、ハルにも分かってくる。彼女が問題視し、ここ最近は珍しくその余裕を失っている原因。

 それはすなわち、このゲームに設計された『ワールドレベル』の仕様に他ならない。


 考えてみれば、確かに真逆。個々に独自の創造性を引き出すことを全力で後押ししているアメジスト。全体の協調による技術の発展を示唆しさしているエリクシル。

 共に世界の裏側に潜み暗躍している二人だが、一方でその目的は大きく対立しているらしい。


「ワールドレベルは、君の計画の邪魔になる?」

「それだけではございませんわ。単純に、危険です。ハル様のためにも、わたくし、体を張ってでも止めさせていただきます」

「……んー。これは本当っぽいですねー。恐らく、正当な権利を有しているこの状況でもスキルシステムに介入出来た理由がこれでしょー」

「そうなんカナちゃん?」

「なるほど? システム設計者として、クライアント側の危険を伴う無茶な運用には介入できる権利を持っていると」


 現実でいうならば、自社のシステムが犯罪に使われているというような時には、ユーザーに通達なく勝手にシステムを停止できるといったところか。


「とはいえそれを拡大解釈してー、自分の都合の良い方向に誘導しているのも確かでしょー」

「ご想像にお任せしますわ?」

「まあ、心配してくれるのは嬉しいけどね」


 そうした『集団のレベル』が上がることで、彼女にとって何か害になる。個人を重んじる計画からもこれは納得だ。

 では、何が危険となるのだろうか? この世界には今、その『集団』が存在しないことが関係しているのか。

 集団の負荷をハルが一人で受けることになるから、という理屈か。納得できなくもない話だ。


 この話だけでは、まだいま一歩判断をしかねるハルであった。





「ふむ? 考えたところでよく分からないし、ここは皇帝の奴を見習ってみるとしようかね」

「なにすんハル君? ロクなことじゃなさそーだけど」

「うん。それはだねユキ。その危険な危険なワールドレベルをなおも上げようとしてやるのさ」

「おお。自分人質作戦だ」

「やんちゃはお止めになってくださいまし……」


 ハルが再びワールドレベルを強引に上昇させると、再びアメジストによるブロックが入る。

 それにより目的が達成されることはないが、アメジストもまた、その間はハルにかかりきりで対処をし続けなくてはならなかった。


「おやめくださいなハル様。可愛いわたくしに構って欲しいのはよく分かりますが、これはさすがにやりすぎですわ?」

「うんうん。可愛い可愛い。アメジストは美少女で気立てもよくて最高だなー。その可愛い本体で顔見せたら止めてあげるよ」

「あーん。対応が雑」

「『嫌がることは徹底的にやれ』ですよー。今度はこちらが、こいつにリソースを吐かせ続ける番ですー」

「あの常時ハッキング対策、地味に疲れるんだよね」

「仕返しの良い機会だと思われてしまっていますわね……」


 恨みこそ無いにせよ言いたいことは山ほどあるハルだ。少々の嫌がらせくらいは許してもらおう。

 ただ、それにより状況が劇的に変わった訳でもない。常時拘束とはいえ彼女にとっては大した負荷でもないだろう。神様なので、疲労もない。


 ゲーム的に言えば、戦闘開始時に挨拶代わりの弱体を入れた程度のこと。

 ここからボスを撃破するには、当然それだけでは足りはしない。もっと高倍率の妨害であったり、必殺の威力を持つ攻撃を叩き込まねばならなかった。


「仕方がありません。わたくしも、ずっとこのままでは困ってしまいます。なので僭越せんえつながら力ずくで追い返させていただきますわ?」

「やる気だね。君と戦うのは、しばらくぶりだ」

「今度は負けませんので」


 まだまだハルたち側の準備は整ったとはいえないこの段階で、アメジストに実力行使の構えを取らせてしまった。

 とはいえ、いずれはこうなることは確定していたようなもの。それが早いか、少し遅くなるかの違いだけだ。


 ゴスロリ衣装のスカートの端をつまんで優雅にお辞儀をすると、彼女は今まで立っていたハルたちの傍を離れて空中へと浮き上がって行く。

 そうして離れた位置で静止すると、そこから自らの“配下”に向かい、腕を振りかざすと攻撃の開始を命じるのだった。


「では行きますよハル様。絶対に勝てない、イベントバトルのスタートです。どうぞ満足ゆくまで、攻撃を繰り返してみてくださいな!」


 彼女の号令に合わせ、足元の大地がにわかに振動しだす。何が起こっているかは明白だ。

 床板のように綺麗に隙間なく敷き詰められたこの無垢むく板、何を隠そう枝一本を丸ごと一切のカットもせずに利用している超高級品である。


 まるで生きているようなみずみずしさが自慢の建築だ。というか生きている。


「世界樹さんが、敵になったのです!」

「根っこニードルだ! いや枝だっけこっちは?」

「どっちでもいいわよ。……やっぱり、攻撃はまるで効かないわ?」

「負けイベント特有の無敵判定ですねー」


 床材のふりを止めて先端の鋭い触手のように、うねりながら世界樹の枝がハルたちを突き刺して来る。

 ゲーム中はハルが操作し敵プレイヤーにやっていたことを、今度は自分たちがやり返される番になった。


 当時よりもずっと凶悪なのは、足元全てが敵ということ。

 地面の存在しなくなったこの世界においては、世界樹の根と枝だけが地に足の着く土台となる。

 その全てが敵に回るなどという事態は、本当に一切の『足の踏み場がない』状態だ。


「攻撃そのものは大したことないけど、逃げ場が何処にもないのが本当にどうしようってトコだね……」

「空中にもしつこく飛んで来ますねー?」


 ハルたちは魔法で空へと飛び上がるが、世界樹は構うことなくするすると伸びてそれを追う。

 元々の長さなどあってないような基準でしかなく、例え限界まで伸びきったとしてもそこからさらに成長しハルたちを追い続けた。


「やばいでしょこの成長速度」

「違和感すごいぜハル君、あたま、こんがらがりそ。これ、触手がムチ振るような攻撃の速度より、枝を伸ばす成長の速度の方が速い! なんでさ!」

「それはもう、なにせ世界全てに根を張った世界樹ですので。これだけの成長速度がなくては、その偉業は成せませんでした」

「うわー。余裕の解説うぜー! あいつ直接やっつけちゃるか!」

「……気にするのはおやめなさいユキ? どうせあの姿を叩いたところで意味はないわ?」

「だが気分は晴れるぜルナちー?」

「……そうね?」

「あらこわい。……おやめになって? 本当に」


 とりあえずストレス解消にアメジストに殴りかかるか、と瞳に凶暴な炎を灯した二人を遮るように、複数の枝が壁のようにアメジストとの間に突き上がってくる。

 それは次第に交差すると、互い違いに籠目かごめを編むようにしてハルたちの周囲を取り囲んで行く。


「線だけでなく、面も意識し空間全体でお逃げくださいハル様がた。あまり適当にしていると、すぐに追い込まれて囲われてしまいますわよ? ほーら。もうすぐゲームクリアです」

「わたくしたちで、陣取りゲームをされているのです!」

「線を引くスピードが早すぎますよー。楽過ぎてクソゲーじゃないですかー」

「クリアできないよりずいぶんマシです」


 線を引いて敵を取り囲んだらゲームクリア。そんなゲームでもしているかのように、アメジストは空中に巨大な籠を編み始める。

 実際、遊びではなく本当に取り囲まれるだけで手の打ちようがなくなる禁じ手だ。ハルたちもこれはやらなかった。


 無敵の世界樹で四方を囲むのはそれすなわち、脱出不能の牢獄に閉じ込めるようなもの。内部のプレイヤーはそれ以降一切の対抗手段がなくなってしまうのだ。


「はい。つかまえた」


 異常すぎる枝の成長スピードに、ハルたちも回避むなしくその籠の中へと囚われる。

 籠目は体が通れるほどの隙間はなく、しかも今も徐々にその間隔を埋めていた。


「どうか、そのまま大人しくしていていただけると有り難いですわ」

「まあ、攻撃が止むならそれも楽でいいんだが、こっちとしてもそうもいかなくてね」

「あら?」


 そんな陣取りゲームの詰みにはまったかに思えたハルたちだが、何故か次の瞬間にはその籠の外へと脱出を果たしていた。

 アメジストは再びその姿を追い枝を伸ばすが、今度は回避行動を取ることもなくハルの体はその枝をすり抜けてしまう。


「<天衣>を覚えさせてもらった。さて、これで世界樹の攻撃もまた、僕らに対しては効かなくなった」


 あらゆる物をすり抜けて無効化するユリアの<天衣>。唯一、世界樹の無敵性を否定できるこのスキルを、ハルはようやくデータベースより探し当てたのであった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ハル様がダウン中も当然のように大人しくしていなかったことについては解釈一致(?)として、アメジストとしては同業他社の技術の方が脅威だったわけですかー。とはいえ、直接殴り込みをかけるとは、穏やかではあり…
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