第1485話 正当契約者の権利行使の時間
「理屈は分かるっすけど、具体的にどうするんです? さすがに、わたしでもあの世界に今からスキルシステムを導入するとか無理っすよ? いや、やって出来ないことはないかも知んないっすけど、確実に今まで以上の時間をいただくことになるっす」
「やって出来ないことはないんだね……」
絶対に無理とは言わないあたり、流石はエメというべきか。
しかしハルとしても、あまり時間をかけたくはない。一般人への脅威は去ったとはいえ、アメジストが行動を起こしている以上もたもたはしていられなかった。
ならば、この手がかりのない状況からハルはいったい何をしようとしているかといえば。
「そこで、満を持して私が活躍する場面って訳なんよな?」
「いいえー。わたしですよー?」
要求される状況の難度に頭を抱えるエメの前へと現れたのは、自信満々に胸を張るアイリスとカナリー。
なんとも共通点の見えぬ組み合わせに、エメも不思議そうに首をかしげる。
「頭黄色のちみっこコンビでどうしたんすか? おやつは食堂っすよ?」
「おやつって、カナリーと一緒にすんなよなーおめー。あたしはそんな食いしん坊じゃないんよ?」
「それなら私もちみっこじゃないんですよー? こんなおっぱいのない幼女と一緒にしないでくださいー」
「はいはい。ケンカしないの」
ぶーぶーと反発を続けるカナリーとアイリスを引き離しつつ、個人的に両者とは共通した関わりがあったなと、ハルは心の中だけで再確認する。
カナリーもアイリスも、二つのゲームでハルが最初に降り立った国の神であり、メインでお世話になった『担当』の者だ。
いわばメインヒロイン、と言っていいかは、疑問が残る。特にアイリス。
「んあ? どーしたよお兄ちゃん。お兄ちゃんもでけーおっぱいがいいんか! いや、お兄ちゃんはアイリくらいちっこいのが好きだもんな? カナリーは育ちすぎだもんな?」
「なにおー。逆にぺったんこは、アイリちゃんが居るからもう席はないんですよー? それにハルさんは、お尻派ですもんねー?」
「ふんじゃ、小ぶりで形のいい尻な私の勝ちだわな?」
「なにおー。それこそ私くらい大きくないと価値はないんですよー」
「おめーのはおっきいってより太ってるだけじゃねーのよ?」
「おのれー!」
「……二人とも、おっぱいだのお尻だの連呼しないの」
色が被っているからだろうか、なにかと対立の激しい二人であった。
「いーから、二人は何しに呼ばれたんすか?」
「それなー」
「そうでしたー」
あきれ顔のエメの指摘でなんとか本題に戻ってくれた二人が、ようやくお仕事モードに入る。
今回二人に来てもらったのは、もちろんスキルシステムについての話が関わっている。二人とも、アメジストのスキルシステムとはそこそこ縁深い神様だ。
「スキルシステムだけんどな? あれは別に全部がぜんぶ、アメジストしかわかんねーブラックボックスって訳じゃねーんよ。現に私らは、かなり仕様を制限して使ってたしな」
「そうでしたねー。たしかアイリスのとこでは、ユニークスキルの発生をほぼ封じていたんでしたっけー」
「そーなんよ。……なんせ、ユニーク可にしちまうと誰かさんが死ぬほどバランス崩すって、先輩ゲームが証明しちまってたかんな」
「失礼な。僕ほどスキルシステムに嫌われた者はいないっていうのに」
「まあー、ユニークだろうがコモンだろうがー、ハルさんにやらせたらどちらにせよ、ぶっ壊されちゃったんですけどねー」
「やられちまったよなー?」
……別に、ハルも壊して回ったつもりはないというか、あれも一般プレイヤーにはなるべく悪影響の出ないよう気を配った上ではあるのだが。
「……なんかごめんね? だけど、今は僕のことはともかく、そんなスキルシステムの設定に詳しい君たちに、力になってもらおうかと」
「おーさ。任しとくのよさ」
「お役立ちですよー?」
「なるほどっすね。確かに、そこはわたしじゃ専門外っす。しかしそれでも、夢世界には未だ直接アクセス出来ないっていう壁があるっすよ? いくらスキルシステムをこっちの有利に設定する方法が分かったとして、そこをどーにか出来るんすか?」
「それな?」
「他人事じゃないですよーアイリスー。そこはあなたの担当でしょー」
「いや担当ってもなー。まだ私の力が効果出るか分かったもんじゃねーし、あんま期待しすぎんな?」
アイリスの得意とする彼女固有の能力、それはいわば『お金の魔力』。
エーテルネット上で決済される日本円の動きに連動し、その額に応じた魔力を彼女は得ることができる。
原理としてはそれらのお金を使った人間が無意識に込めた様々な想いが、残留思念のように残り魔力の発生要因となっているとのことだった。
そこまで聞いて、エメもアイリスたちの考えていることにピンときたようだ。手を打って、導き出された正解を言い当てる。
「なるほど! 分かったっすよ! スキルシステムには付き物の、妙に高い使用料! それを逆手にとって、アイリスちゃんの能力で夢世界にまで追跡をかけるって訳っすね! なにせ今回は、エリクシルの使用料をハルさんが立て替えている訳っすし!」
「そうなんよ! アメジストのやろー、ぼったくりやがって!」
「許せないですよねー?」
「許せねーのよな! だが、今回のお支払いはルナちゃんだかんな。ついでに私も相乗りで魔力貰えてるし、毎度お世話になっておりまぁすっ!」
「まあ、ルナというより奥様のお金だけどね」
そう、今回ハルはエリクシルとの交渉の結果、彼女が無断使用していたスキルシステムの使用料をアメジストに立て替え、代わりに支払っている立場である。
夢世界は金銭的には何の利益も生み出さないので、お金の面ではただの損でしかないが、それ以外では大きなメリットがあるのでハルも了承した。
一つは当然エリクシルとの交渉により彼女のゲームにクリア条件を設定させることだが、それ以外にもハルは密かに企んでいたことがある。
それがアイリスの力による魔力の発生。そして今回実行に移す、お金を支払っている立場により生まれる正当な権利者としての力の行使である。
「今もまだ、アメジストへの利用料金の支払いは続いている。これは、夢世界におけるスキルシステムの契約がまだ生きていることを意味する」
「そーよ? そんで、正式な契約で縛られてるってこたぁ、例えスキルシステムの作成者であるアメジスト本人でも、そうそう勝手はできねーってことなんよ」
この縛りは本来クリア前、一般プレイヤーの居るサービス期間中に活用すべく仕込んだものだ。ただハルたちが貧乏くじを引いた訳ではない。
介入してくるだろうアメジストへのカウンターとして、もしくはゲームそのものをハルが有利に進めクリアに繋げる為に。
しかし、結局はクリアにはその布石は使うまでもなく、過剰な保険として今日まで残っていたのであった。
「いや当初の予定では、ラスボスを倒したクリア直前になった段階でスキルシステムから介入を果たしたアメジストが出てきて、それを、権利者として封殺する想定をしていたんだけどね」
「決まったら気持ちよかったでしょうねー。高笑いするアメジストの顔が、一瞬で泣き顔に早変わりですよー?」
「アメジスト側も、そのリスクは分かってたってことっすかね?」
「どーなんかなぁ。もしかすっとお兄ちゃんの攻略スピードが予想よか早くって、介入が間に合わなかった、ってことかもな?」
まあどちらにせよ、平和に終わってなによりということで当時は安心していたものだ。保険があったとはいうものの、実行には多大な労力が必要だったのは確実。
特にハルがかなりの消耗をしていた状態の最終戦では、あの後にもう一戦、という状態は出来れば勘弁してほしかった。
「という訳で、状況は変わったが元々アンチ・アメジストとして仕込んでいた策だ。今こそ使うべきだろう」
とはいえ、その状況の変化は少々ハルたちに向かい風だ。
元々は動いている状態のスキルシステムを、権利者として改変、または最高のタイミングで停止させることで優位に立つという計画。
しかし今は、そのスキルが既に全て停止されている状況である。
まずは、これを動かさないことには始まらない。そこで期待されるのが、やはり、アイリスの能力なのだった。
◇
「既にヒントはあんのよ。お兄ちゃんたちがさっきもやってた龍脈エネルギーの強制増加。あれも、エーテルネット上の現象と連動してんのよさ」
そう、それゆえにアイリスを呼び出した部分が大きい。
期せずして彼女の『お金の魔力』も、本来ただのノイズでしかないエーテルネット上のゴミデータを元に魔力を生み出している。
その様子は、なんとなく謎のノイズから龍脈にエネルギーが生まれるその様子に近しく思える。
「だかんな? 私は思うわけ。力の流れんのがさー、この異世界か夢ん中かが違うだけでな、そこに生じている現象それ自体は同種のモンなんじゃねーかって。そー思うんよ」
「なるほどっすね。そう言われれば、わたしもそう思えてくる気がするっす!」
「やるじゃないかアイリス」
「アイリスのくせにやりますねー」
「『くせに』は余計な!」
アイリスの力には以前も、アメジスト攻略の際に世話になったことがある。もしやアメジストに対し相性が良かったりするのだろうか?
恐らくは、使っている技術が原初ネットに関わる物であり、アイリスの研究は偶然その世界へと足を踏み入れてしまっていたのだろう。
「あれ? でもそーすると、つまりアイリスちゃんの力のベクトルをこの世界じゃなくて、夢世界方向へと捻じ曲げて使用するってことなんすよね? 認識合ってますよね? そうなると、魔力は得られない事になるけど大丈夫そうっすか?」
「!! ま、まじなんさね! それは、やばいんよ……!」
「気付いてなかったんすか……」
「エメ~~。余計なこと言いましたねー?」
「これは、今からでも計画を練り直す、いや中止するしかないのよさ!」
「いや、無理だってアイリス。そもそもさ、最初から君のお金じゃないんだから、今までがボーナスタイムだったと思って諦めな」
「私の金じゃなくても、無駄に消えるのは許せねーってのよさ!!」
「えええ……」
「守銭奴ですねー、本当ー」
その後も猛るアイリスをカナリーやエメとなんとかなだめて、ハルたちは彼女に協力をとりつける。
決め手となったのは、今までそのシステム使用料の動きから魔力を得ることを、アイリスに許可していたことへの恩であったようだった。
……これは実際にはルナのお金、というよりも月乃から出ている資金のため、ただの他力本願に多少の罪悪感があるハルだ。
ともかく、エリクシルと、そしてアメジストとも繋がったお金の流れ、力の流れを縁として、アイリスがその契約に介入していく。
上手く行けばスキルシステムにより通じた糸を辿るように、夢世界へと続く道が作られるはずだった。
「けど油断すんなよなお兄ちゃんたち! これって多分、アメジストがやってたハッキングと理屈は大差ないはずなんよ。だから、うちらはただの後追いの後発。もう対応されてる可能性はあるし、上手く行ったとしても周回遅れのスタートなんさ」
「それでも、なんの突破口もないよりずっとマシさ」
「そっすね! うまく道が通じたら、そこからはわたしの出番っすよ!」
「スキルシステムの設定はお任せですよー?」
実際、スキルシステムの使い方はカナリーたちが誰よりも詳しい。経験値では、開発者のアメジスト以上かもしれない。
そうして改めて夢世界に挑むべく、ハルたちは細すぎる糸を通すように、慎重に道の開通を進めて行くのであった。
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