第1482話 彼女はそこで何を見たか?
「アメジストちゃんと会うの楽しみ! 元気にしてるかなぁ~」
「気をつけないとだめなんですよー、ヨイヤミちゃんー。あいつは悪い奴なんですから、気を許したら実験台にされちゃうんですからねー?」
「あははは! カナリーちゃんたちって仲悪いよね! だめだよ、なかよくしなきゃ!」
「むむー、さいきんナマイキですねーヨイヤミちゃんはー。お姉さんにそんな口の利き方はだめなんですよー?」
「カナリーちゃんはこっちでは生まれたばっかりだから私がお姉さんだもーん。それにおやつを我慢できない人はお姉さんになれませーんっ」
「むむむむむー、お寝坊さんのくせに言いましたねー?」
ハルと共に学園に出向くのはいつものヨイヤミ、そして今回は日本側で合流したカナリーもついてきた。
エーテルを排したこの学園を『邪悪な場所』と嫌う彼女にしては、この積極性は珍しい。何か気になる所があるのだろう。
一応、名目上は学園内の病棟にてヨイヤミの検診を行うということになっているが、そちらはあくまでおまけ、カモフラージュである。
もちろん検査するまでもなく、見ての通り、回復は本当に順調だ。異常が出るはずもない。
そんなカナリーとふたり同レベルな争いを繰り広げはしゃぐヨイヤミをまずは病棟に連れて来はしたが、その健康さはかつての担当医師も目を見張る優良っぷりだった。
「いや、驚きましたよ。この短期間で、運動能力、言語能力共に驚くべき回復を見せていますね、信じられません。流石はハルさんです」
「いえ、僕の手柄じゃありませんよ。彼女の頑張りあってのこと、いえ、もともと表面に出ていなかっただけで、機能的にはなんら不具合などなかったんです。あとは単に筋肉量の問題ですね」
ハルはその検査結果を、かつての責任者と確認しつつ経過を語る。
もちろん若干の嘘は混じっているが、全てが虚構というわけではない。
もともとヨイヤミの内面は活発で天真爛漫な少女だった。それが表には出ていなかっただけ。
運動機能についてはちょっとズルをしているが、ハルの教えた身体操作を自在に操る才覚は彼女本来のものだ。この点、実はソフィーよりもセンスがいいかも知れない。
「筋肉の戻りが早いですが、これはこちらの方でエーテル治療にてブーストした結果ですね」
「そちらの医院は設備が充実していますね。しかし、やはりエーテルが使えると早い。時代は完全に変わったのだと実感します」
「いえ、まだまだ一般には普及していませんし、先生の技術が不要とされることはないでしょう」
これまでずっと車椅子だった少女が男の子の悪ガキ集団と同様に元気に走り回る様を横目で見つつ、少々の言い訳を挟んでおくハルだった。あまりにリハビリが早すぎる。
ヨイヤミは(当然)筋トレなどしておらず、運動に必要な筋力はエーテルで強引に増強した。
一応、現行技術でも実現可能であるので、月乃の資金力あっての力技であるとハルはうそぶくのだった。
「いえいえ。ここが必要とされなくなるなら、それが一番ですよ。仕事が暇になったのが、唯一の難点でしょうか。なのでこうして来ていただけるのは有難い」
「唐突な訪問がお邪魔でなかったなら何よりです」
「そのうち完全な店じまい、といきたい所ですが、まだしばらくは保険として残しておかねばいけないようで。もう少しばかり、のんびりと過ごせそうです」
「期間が過ぎたら、ぜひうちの病院に。しかし確かに、彼女もまだチョーカー無しでは以前の状態から抜け出せませんしね。あの機能を自前で処理できるようになって、初めて本当の回復、でしょうか」
「おっしゃる通り」
それは、なかなかに時間のかかる作業になるだろうとハルもまた予測する。
今はヨイヤミですら、ハルの補助なしではネットからの情報の過剰流入を防げない。その技術を自分自身で再現するには、かなりの訓練が必要だ。それが、本当のリハビリ期間となるだろう。
ヨイヤミですらそうであるということは、能力が彼女に満たぬ他の患者は余計にだ。
彼らの全てが自分の中にプログラムとしてチョーカーの機能を落とし込めるまで病棟の解体が許されぬとなれば、暇を持て余す職員の退職もまた何時になることやら。
「子供たちもそこは、苦労しているみたいですね。外に出られたとはいえ、結局病院から離れられぬ生活では、息苦しいでしょう」
「それでも、こんな鳥籠のような病棟から自由になれたことには、大きな意味があると私は信じたいものです」
鳥籠、と言われてなんとなく自分のことを意識してしまうハルだった。もちろん目の前の男にそんな意図はない。
ヨイヤミ以外を救い出す気はない、などと断言しておいて、結局他の者にも世話を焼いて、今もこうして気に掛けている。
それは、もしかすると自分自身の境遇と重ねたハルの偽善なのではないかと、ぐるぐると頭の中で無意味に考えてしまうのだった。
「そういえば」
そんなハルの思考ループを医師の言葉が遮る。ルナの持つ病院へと移った子供たちの話になって、何か思いだした事があるようだ。
ハルも無駄な自己診断を抜けて、彼の言葉に集中する。
「子供たちのことを、偉い方々も心配されていたようですよ? 特にシン君が気になったようですね。もちろん、彼らのことです、わざわざ訪ねてくるのには、純粋な善意でなく何かしらの打算があってのことでしょうが」
「お偉いさん? まさかまた雷都氏ですか?」
「いやまさか。ここの学園長、校長ですね。きっと何か学園の広報にでも使いたいのでしょう。貴方も気を付けて」
「ご忠告どうも……」
学園の長が、何の用だろうか? もちろんハルもここの校長の顔は知っているが接点はない。一連の事件と関係のないシロだからだ。
もしかすると本当に接触したかったのは校長ではなく、その上、設立スポンサーである彼らなのではないだろうか?
*
「あいつらの超能力目当てかな? 雑魚ばっかなのにね。あははっ!」
「そう考えるのが妥当だね。しかしヨイヤミちゃん? お友達を雑魚なんて言っちゃいけません」
「友達じゃないもーん! ハルお兄さん先生みたい!」
「同級生でも、だめなんですよー? いえ彼らの年齢とか知りませんがー。あとシンって誰でしたっけー?」
「カナリーちゃんもナチュラルにひどいね……」
「ともかくー、連中も同じ超能力者な訳ですしー、何か私たちにはない視点で感じるものがあったのかも知れませんねー」
「だね」
シンという少年は、直接ハルたちとの戦闘に参加した相手ではない。少年たちの中でも大人しい人物だ。
だが現実に戻っての能力行使では一番高い親和性を示していた少年で、雷都征十郎を罠に嵌める際にも役に立ってくれたのだった。
そんな彼らに興味を示した相手が誰なのか、御兜か織結か。それも気になるが、今はまずアメジストの事が優先である。
ハルたちはいつものように音楽室を目指し、いつものようにそこで魔力を放出すると、現実からは切り取られたガザニアの特殊空間へとジャンプし、ゲームへと『ログイン』したのであった。
「アメジストちゃーん! 遊びに来たよーっ!」
「いえー、私たちはこのゲームに参加する気はもうないのですがー」
「頭が固いよカナリーちゃん! なにもゲームだけが、遊びじゃないんだよ! もっとこう、お外で遊んだりしなきゃ!」
「なん……、だって……?」
「言われちゃいましたねーハルさんー」
遊びといえばゲームなのだ。世の常識なのだ。
……いやまあそんな訳がないことはヨイヤミに言われずとも承知しているハルなのだが、当のヨイヤミはゲーム以外でどれだけ遊んでいるのかと、そう問いただそうとすると、ハルが言葉を発する前に代わりにその問いを投げる声が現れた。
「そういうヨイヤミちゃんは、普段はさぞゲーム以外で遊んでいるのですわよね?」
「んーん! ぜーんぜんっ。アメジストちゃん、みーつけた!」
「これかくれんぼだったんですかー」
「あら、やりますね。わたくし、かくれんぼは得意だったはずですのに」
本当である。ハルも早く見つけたいものだ。
ともあれこの世界の主であるアメジストがハルたちの前に姿を現し、改めて交渉の続きを進行できる状況が整った。
この場ならばさすがに、エリクシルの耳もないはずだ。あちらでは話せぬ内容も、存分に行える。
「ごきげんようハル様。こうしてまた会いに来てくださること、わたくし一日千秋の思いで待ちわびておりました」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、そこまで言うくらいなら本体で出迎えてよね……」
「うふふっ?」
「うふふではないが……」
歓迎されているのか、されていないのか実に分かりにくい。まあ、一応本心ではあるのだろうけれど。
次の機会の約束をしようとしないエリクシルと対照的なアメジストだが、こちらはこちらで癖が強い。もう少し素直な神様は居ないのだろうか?
「まあいい。今日は遊びに来た訳じゃないんだ」
「遊びに来たよ!」
「……まあ、話が終わったら遊んであげてよ」
「ええ、喜んで。ヨイヤミちゃん、何がしたいですか?」
「またあれやりたい! クレイジードリーム遊園地!」
「普通の遊園地にしなさい……」
まあ、この世界で空想から物質を生み出して遊ぶのは想像力の健全な発育にいい影響を与えそうであるし、ハルも強く止めるまではしないが。
「……いや、本当に健全だろうか?」
「今日も一人ツッコミが冴えわたってますねー」
「お兄さんは大変ですねぇハル様?」
「誰のせいだ誰の……、それより本題だアメジスト……」
そう、彼女のペースに乗せられている場合ではない。ここに来た目的を果たさねば。
……どちらかといえばペースを乱しているのはこちら側のヨイヤミのような気もしたが、とにかく、場合ではないのである。
「以前に言った通り、僕らは織結透華の情報が欲しい。とはいえ、手持ちの情報を全て渡せる訳じゃない」
「ですよー? あなたの持っている情報の重要度がどの程度か、分かりませんからねー」
「だから互いに、小出しでどうだい? 両者とも、相手の出したものに見合っていると感じた分だけ、自分の持つ情報を開示する」
「より相手から引き出したければ、自分も相応のカードを切って行く。というゲームですわね」
「その通り」
「面白そうな遊びですわ」
アメジストの手にしている透華の情報が、どの程度有力なものか。それを見極めることがまず先決だ。
彼女の前回の様子から、透華のことは重要視していなかったようにもハルは感じた。
その程度の情報しか持っていないとなれば、ハル側だけが一方的に情報優位性を失うことになりかねない。
なのでまずは、互いに牽制し合いながら互いの底を探ってゆく。そうした駆け引きのゲームをハルは提案したのだった。
「提案は僕ら側だ。なのでまずは、こちらから情報をベットしよう。僕らが出すのは、」
「おまちくださいハル様」
そんなゲームをスタートしようと、ハルが最初のカードを切ろうとするその前に、アメジスト側から待ったがかかった。
ずいぶんと早いタイミングだ。確かに、有無を言わさず強行しようとしたのは確かだが、しかし最初の一手は無条件でアメジストが得をするだけのタイミング。そこで止めるというのは、いかなる意図か。
「どうか、どのような情報もわたくしへ渡さないようお願いします。わたくし、そのお気持ちに応えることはできませんので……」
「……それはどうして?」
「聞くまでもないってことですかー? おのれー、大きく出るじゃないですかー」
「違うんですよカナリー。わたくしとしても、ハル様からの大切な情報、どんなものであれ受け止めたい。しかし、状況が変わりました」
「ん? んん? どういうことなんだろ?」
「つまりですねー、ヨイヤミちゃんー。こいつはここにきて、織結透華の情報を渡すのが惜しくなった、ということですー」
「おお! おお? でもアメジストちゃんから申し込んだ取引だったんじゃ?」
「はい。わたくし出来る女なので、その後より精度を上げるべく、ハル様にお渡しする情報のブラッシュアップに走りました!」
「生き生きしてて腹立ちますねー」
まあ、交渉に臨むにあたって手札をなるべく増やすのは当然のこと。ハルだってそうした。
しかしそこで、交渉の前提をひっくり返す何かを、アメジストは見つけてしまったということなのだろう。
「そこで新たに見つけたものを開示すれば、わたくしの不利になりかねません。それを隠したままハル様から情報を引き出そうとする行為は、恥ずべき背信にあたりますので」
「だから僕にも、何も話すなと」
「はい」
「逃げ隠れしてる時点で恥であり卑怯者ですよー」
要するに、透華が重要人物であるとアメジストに知らせたことが藪蛇になった、ということなのだろう。
まあ、仕方のないことだ。ならばこちらもこちらで、彼女を有利にする情報を渡さずに済んで良かったと思うとしよう。
「つまりお仕事のお話終わりだよね! じゃあ遊ぼう! ハルお兄さんも一緒に!」
「……まあ、それもいいかね」
果たして、アメジスト側が手にした重要情報とは一体何なのか? ハルがそれを考察する暇なく、その手は遊びたい盛りのヨイヤミに引っ張られてしまうのであった。




