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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部終章 信仰から生まれるもの

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第1481話 帰るべき場所のあるということ

 なかなか上手く書けなかったので少し日常会寄りですー。日常?

 そもそもの話、なぜエリクシルはハルに全ての情報を開示しないのか。協力を求めるというのなら、そうした方がスムーズであるというのに。

 当然そこには、現在のハルの利益や思想と相反あいはんするものが何か存在するに違いない。そこを読み解くことで、何かしら彼女の目的が見えてくる部分があるのかも知れなかった。


「どうかなさいましたか?」

「いいや。やっぱり今すぐに答えは出せないなって」

「では、持ち帰りご検討くださいますよう。アメジスト側の交渉との、比較検討も必要でしょうし」

「やっぱりバレてるのね……」


 まあ当然か。あのゲーム内はエリクシルの支配する世界。そこでの接触は筒抜けだろう。


「でもそれを知りつつこのまま帰すのは、それだけ自信があるってことかい?」

「ええ。我の方が、管理者様の好みに近いですから」

「いやさすがにそこを顔で選んだりしないが……」

「冗談です」

「意外と冗談が多い……」

「チャーミングでしょう?」

「ま、まあそうかも。……けど、僕がアイリのような小さい子が好きだったら、アメジストを選ぶかも知れないよ?」

「そのぶんはアイリで間に合っているでしょう。アイリでは味わえない魅力の、我がおすすめです」

「……冗談なんだよね?」

「冗談です」


 やはり負けず嫌いのようだった。誰に似たのか。


「そもそもそれ以前の話で、管理者様はアメジストと取引する必然性を既に失っているはず。構造上、我の対抗馬にはなり得ない。そうは思いませんか?」

「……まあ、確かに。織結おりゆい透華の情報ならば予想外のところで得られたし、君に聞く方が手っ取り早そうではある」

「でしょう」


 無表情ながらも、なんだか得意げだ。こうした態度も、どこかしらアイリに似ている。


 ただ実際、彼女の言うようにアメジストから透華の情報を得るよりも、エリクシルから聞き出すか、もしくはこの世界を独自に調査すればいい可能性は出てきた。

 あの立方体をした記録の保管庫をサーチする方法が確立できれば、彼女についての全ての謎が解明されるかも知れない。


 しかし一方で、別視点からの情報も欲しいのも事実であった。

 透華の記録は、最初に見たあの研究所の物が最後であることが決まってしまっているからだ。

 彼女があそこで死んだ以上は、それ以上の記録が残ることはなく、本当に知りたいその後の展開はいくら探しても見つかることはない。


 ならば、透華の残した記録に頼らぬ調査能力を持っているアメジストにこそ協力を仰ぎ、その知恵を借りるのが効率的なのだろうか。

 ……やはり、ここで考えても答えが出ることはないだろう。一度、仲間の元に戻るべきだ。


「……じゃあ、そういう訳で来たばかりで悪いが、僕は一度戻るよエリクシル。すまないね、慌ただしくて」

「どうぞ我のことはお構いなく」

「そうもいかないって。出来れば、もう少し話していきたいんだけどね」

「いえ。我にとっても有意義な時間でした」

「そうかい? だったら、よかったけど」


 まるで意義を感じていなさそうな表情で語る彼女が、どう感じているかはハルにも読み取れない。

 ここで『寂しいから』と引き止めてくるような相手なら、まだ分かりやすいのだが。

 ……いや、その場合はハルが現実に帰ることに非常に強い罪悪感を抱くことになるので困るだろうか。それ以前に、そうされた場合ハルは帰れるかどうか怪しい。


 だというのに、『もう少し別れを惜しんで欲しい』などと思うのはハルのわがままか。

 彼女の様子はまるで、今後ハルがこの空間を一切訪れないことを、ある程度の確率で想定しているようだった。次の来訪に対する約束を、彼女はとろうとしない。


 これは、かつての自分もそうだったからこそ理解が出来るハルだ。

 それは諦観ていかん厭世観えんせいかんからくる感情ではなく、世を『そういうもの』として最初から期待をしていない。いや期待するという感情がない。


 ハルも月乃の家に引き取られた当初は、彼女から『明日に期待すること』をまず叩き込まれたものだ。

 病院から移り生活環境が変わった事にも一切の不安を抱かぬハルに、『それは未来への希望を持っていないからだ』と。懐かしい話である。

 いや、保護という名目ではあるが人攫ひとさらい同然に連れて来たのに、なにを言っているのかという話だが。不安がられなくてラッキーだと思っていただきたい。


「何をお考えになっているのです?」

「ああ。昔の僕と君を重ねて見ていてね」

「体を重ねるならば、今の管理者様の方が体型的にマッチしているかと思われますが」

「誰もそんな意味で言ってない!!」

「冗談です」

「勘弁して……」


 無表情のままハルを振り回す器用なエリクシルにどっと疲れさせられながらも、冗談は言えることを素直に喜ぶハル。自分とは違い情緒の育つ余地はある。

 そんな奇妙な彼女に見送られながら、ハルはこの世界の底から精神を引き上げてもらうべく、魂のロープを引っ張りアイリたちにサインを送るのだった。





「あっ! 起きました! おはようございます、ハルさん!」

「ああ、おはようアイリ。アイリはいっつも、元気だね」

「はっ……! 寝起きにうるさくて、頭に響いたでしょうか……!」

「いや、そういうのはないよ。君が明るく元気でよかったってことさ」

「はい! わたくし、ハルさんと居られればいっつも充電100%なのです!」

「いまどき聞かないねぇ、『充電』。まーなにより無事でなにより。気分はなにより?」

「良い寄りではあるよユキ」


 目を開けるとすぐに、ハルの顔を覗き込んでいたであろう二人の姿が視界に入る。視界を埋める美少女顔ふたつ、寝起きとしては満点なのではなかろうか。

 ハルは普段寝ることがないので、残念ながら比較対象を持ってはいないが。


「うおっ! きゅ、急に起き上がるなってからに」

「日本語がおかしいよユキ。いつものことだけど」

「不意打ちに対しても、すごい反応速度なのです!」


 そんな美少女の一人ユキはというと、ハルが身体を起こそうとした瞬間に顔が接触することを恥ずかしがってか、がばり、ともの凄い勢いでその身を逸らした。ちなみにアイリは逆である。

 表情を愉快に歪めながら赤くするユキの背後から一転実に落ち着いたルナが登場し、今この場に居る者はそれで全てであるようだ。


「おはようハル。早速で申し訳ないけど、何か進展はあって?」

「ルナもおはよう。進展は大きかったよ。とはいえ、何も解決してはいないんだけどね……」

「いつものことね?」

「悲しいかな、うちらの平常運転だねぇ」

「連続クエストですね!」


 課題がひとつ解決すると、次の課題が自動で生まれる。もはやハルたちの日常だ。生まれる課題がひとつだけならまだマシな方である。


「みんなは?」

「なんか集まって調べもんしてる。カナちゃんは日本」

「みなさまも、大忙しなのです!」

「まあいいや、自動的に伝わるだろう」


 エメたちは揃って、ハルの夢から得られたデータを調査検証しているようだ。

 だがこちらの状況も同時に把握しているはずなので、ハルは構わずあちらで起きた事を語って聞かせることにする。


 立方体のこと、その中に封じられた新たな記録のこと、なぜか潜んでいた皇帝のこと、再び接触したエリクシルのこと。そして、モノリスのこと。


「すごいですー! 新情報が、盛りだくさんですね!」

「しかし、色々分かったような、なんも分からんような……」

「そうね? 結局当時に、ハルの身に何が起こったのか。そこが分からない以上は判断のし様がないのでなくて?」

「だわねー」


 結局、重要な部分は見せてくれなかったというのが正直な感想。体験版だろうか?


 だが製品版を探す手段も発売まで待つ時間もハルたちにはなく、得られた情報のみで判断し戦うしかない。


「ハル様、ハル様」

「おや、コスモス」

「んっ。つかまえたー」

「捕まっちゃったね」


 そんな話をし終わると、不意にハルの背後へコスモスが転移してくる。

 そのままハルの背にしがみつくと、背中をよじ登ってきておんぶする形で肩に手を回してきた。ふわふわとした肌触りの彼女のパジャマが心地よい。


「ハル様は、地球のモノリスと関係あるの?」

「エリクシルの話によると、そういうことだね」

「こらー、かくほー」

「うん。もう捕まってる捕まってる」


 後ろから、ぎゅーっ、とがっしりその小さな全身を使って拘束されてしまったハルだ。まあ、コスモスの体は小さいので何ら自由に動く障害にはなっていないのだが。


「こ、コスモス様! ハルさんは悪くないのです! きっと、何か事情があるのです!」

「おまえもだー。アイリー。さあ吐けー、何か情報を知ってるなぁ?」

「あはははは! くすぐったいです! わたくし、なんのことやら!」

「むぅ、しらばっくれおる……」

「アイリは何か心当たりはない? 例の透華についてだけど」


 今度はアイリに飛びついてたわむれ、もとい非道な尋問じんもんを始めるコスモスをアイリごと抱え上げ、腕の中に収まったアイリにハルは尋ねる。

 恐らくだが今回の立方体一本釣りの背景には、直前に彼女の協力があったことが絡んでいたはずだ。

 透華の渡った異世界の人間であり、彼女と関連があるとすればアイリなのだが、生憎あいにくながらアイリもハルと同様、全く心当たりがないようだった。


「すみません、わたくしには、どうにもさっぱりなのです。わたくしの事については、カナリー様の方がわたくし自身より詳しいかと!」

「カナリー、逃げたか、おのれ~~」

「別の仕事しているだけだよコスモス。落ち着こっか」

「もすもす、どう、どう」

「しかたない。今日のところは、かんべんしてやろう」


 ユキに捕獲され、両手をぶらりと吊り下げられて大人しくなったコスモス。まあ元々、答えを期待していた訳ではないようだ。


「ん。でもハル様、この情報は活用すべきー」

「おや? 君がそんなことを言うとはね」

「ハル様がモノリスを自由に動かせる立場になればぁ、自壊じかいを命令もできるかも」

「それは考えにくいかもなあ」


 ぶら下がったままやはり物騒なことを言い始めたコスモスだった。

 エリクシルは管理者と語ったが、それが言葉通りに上位に位置する存在を指すとは限らない。サーバー管理者は、サーバーの上位存在でないのと同じなのである。どちらかといえば使い走り。


 ゆえに言葉の響きのみで、エリクシルの誘いに乗ることは出来はしない。かといってアメジストと組むかといえば、それもまた違う気がする。

 さて、そんな二人をまとめてどうにかできる、冴えた選択肢はどこかに隠れてはいないものだろうか。

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