第1480話 不死なる者の真実
エリクシルの親ともいうべき存在。それが何なのか、どうしてもハルは知っておきたい。
自身の組んだデータベースが事の発端の一部であるのは理解しているが、どうにもそれだけとは思えない。
責任逃れというだけではない。そんなことで神様が新たに生まれるというならば、今ごろこの空間は神様だらけになっているはずだからだ。
「……実は僕が気付いてないだけで、既にそうなっているとかないよね?」
「『そう』とは何でしょう管理者様。流石の我も、それだけでは内容を推察しかねますが」
「さすがのエリクシルも分からないかあ」
「むっ。少々お待ちください。……我と同様の存在が、この世界に複数誕生していないかが気がかりなのですね?」
「おお、すごいすごい。あと意外と負けず嫌いなんだね……」
「誰に似たのでしょうね?」
「言外に僕の影響って風に言うの止めてくれる?」
「それはさておき、我と同種の存在をこの世界で確認した事実はございません」
一応、安心すべき回答ではあるか。これで、既に何人も何人もエリクシルのような存在が誕生していたとなれば、ハルとて卒倒しかねない。
しかし一方で、この何もない世界で一人きり、ずっと過ごしていることになる。
本人は気にしていないようだが、ハルとしてはやはり、寂しくないのかどうにも気がかりだ。
なんとなく、ミントの気持ちが分かったような気がするハル。同様に、この感情もエリクシルにとってはお節介に感じられているのだろうか?
「しかしまあ、ここまでくれば僕でも何となく察しはつく。織結透華、彼女の記録が、君に何かしらの影響を与えたんじゃないか?」
「はい」
「……やっぱりか。まあ、それしかないよね」
「つまりは我は、管理者様と織結透華の娘、ということになりますね」
「やめないそういう多方面に迷惑がかかる冗談!?」
「お喜びになると思ったのですが」
「独特な感性だね!?」
まあ、それは神様全体に共通して言えることか。今に始まった訳でもなし。そう自分に言い聞かせハルは心の平静を取り戻す。
いや、平静になったところで実際は、絶望を確認しただけで何も状況は良くなっていないのだが。
「……じゃあその体も、透華のものをベースにして?」
「いえ。これはあなたの妻たるアイリの体がベースです」
「だよね。まあ一応聞いただけ。しかし大人気だね、アイリの姿は。白銀といい空木といい君といい。空木はまあ半強制的ではあるが……」
本人は気にしていないどころか喜んでいるが、これで通常の少女アイリと、更に小さな子供アイリ、そして大人に育ったアイリが揃ったことになる。人気すぎだ。
アイリが元々幼い容姿なので、思春期程度のアイリがまだ欠けているか。などとハルは馬鹿なことを考えていた。
「あとは学生アイリでコンプリートだな、とか考えておられるでしょうか」
「やめて心読むの?」
「バランスを気にされるならば、我が合わせることはやぶさかではありません」
「いや合わせなくていいから。しかし白銀もそうだけど、織結透華ではなくアイリを選んだのって、理由があるの?」
「そうすればあなた様の寵愛を、一身に受けられるからです」
「その真顔が判断に困る……」
「冗談です」
まあ、それはそうだろう。白銀はともかく、エリクシルにその動機はあてはまらない。
ハルの愛を求めてのことならば、この世界から出ようという方向に行動のベクトルが向くはずだからだ。
ならば、なにかもっと決定打となった理由があるはず。
透華の外見のこともある。ここにきて、ただ偶然の無関係という甘えた考えは捨てた方がいいだろう。
「アイリ自身が、何か特別なんだね。いや、特殊な存在であるというのは薄々分かっていたけど」
実年齢に対して、幼い外見。初対面であるというのに感じた、衝撃を伴った既視感。これはアイリの側でも同様だ。
女の子たちは一目惚れだ運命だとはしゃいでいたが、そうしたロマンチックな内容のみであるとはハルには思えない。いや、それで済ましておいた方が平和でいいのだが。
以前は、異世界におけるハルと同質の不死なる存在であり、だからこそ互いに惹かれあったのだと仮結論を出したが、その原因についてはまるきり謎のままだ。
そもそもハル自身についても実は何も分かっていない。
ハルの不死性は、管理ユニットとしての特性由来ではない。御兜も織結も、そんな事実はまるで想定していなかった。
ここまでくればいい加減、ハルも目を背けることが出来はしない。何がハルへと特異性を与えたのかと考えれば、見えてくる存在はひとつだけ。
モノリスだ。エーテルでも魔法でも、研究所でも異世界でもないというならば、残る容疑者はそれしかいない。
ハル自身の記憶には残っていないが、記録の中ではハルはモノリスの巫女たる透華とも接触していた。そこで何かがあったと、推測も立てられる。
「……そして君も、そんな僕らに類する存在だということはモノリスに何か関わりがある?」
「お知りになりたいですか?」
「ああ、ぜひ知りたいところだね。そろそろ思わせぶりな態度や、情報の小出しはやめようかエリクシル」
この空間のこと、そこで生まれたエリクシルのこと。そして透華のことやハル自身のこと。
それらを総合して考えれば、彼女の生まれた理由や行動の目的も見えてくるというもの。
そしてその疑問に答えを示すように、彼女の口から何度も聞いた言葉と共に、その事実は語られるのだった。
「では、管理者権限のアクティベートを実行してください。この世界における、モノリスの管理者ハル」
*
「……なんでそうなってるのかねえ」
「なんでも何も、そういうものなので仕方ありません。それよりアクティベートなさいますか?」
「しません。また始まるのか、この押し問答。何が起きるか未知数すぎるし、なによりコスモスに殺されそうだよそんなことしたら」
「問題ありません。当のコスモスは既に管理者様の配下。真実を伝えれば、なかなか良い表情をしてくれそうですね?」
「君って性格だけじゃなくて趣味も愉快なの?」
半ば予想していたこととはいえ、自身の不死性がモノリス由来だとほぼ確定したことに、おどけつつもショックを隠せないハル。
恐らくは透華を経由して、モノリスから何らかの影響を当時のハルが受けた。
その影響は成長停止のみにとどまらず、モノリスに対する何かしらの干渉力を付与するに至った。そういうことだろうか?
「……そして僕にそれを求める君は、さしずめモノリス用の補助AIといったあたりか。何故そんなものが?」
「その情報がお知りになりたければ、権限をアクティベートしてください。しましょう」
「やめないかなそれ!? しないからさ!」
「管理者様はお優しいので、押せばなんとかなるかと」
「さすがに許容範囲越えてるって!」
無表情のまま顔を近づけて、ぐいぐい攻めてくるエリクシルだ。流石はアイリをベースにしただけあって顔がいい。などと言っている場合ではない。
「……はあ。詳細を知らないままでは、判断しようがないというに」
「心中お察しします」
「いや心労の原因君だから!」
つい全力でツッコミ役に回ってしまうハルだった。やはりハル陣営にはツッコミ役が不足しすぎている。
「……まあ、ただなんとなく分かったよ。とはいえ、どうしたものかね」
「そもそも管理者様は、なにがなさりたいのですか?」
「ん? 別に、特別なにって訳じゃあないかな。この空間にもモノリスにも、正直あまり興味はない。ただ君に現実への過度な干渉を止めてほしくて、あとは出来れば君をここから救い出したいかな」
「我は、特に不自由しておりませんが」
「でも寂しくない? こんな何もない中に一人で」
「いいえ特に」
まあ、変な話だが気持ちは分かるハルだ。ハルもまた、何もない病室でずっと一人きり、ただひたすら退屈な時間を退屈とも思わず過ごしてきた。
寂しいという感情もなく、生きるための目的もない。ただコンディションを維持し続けるだけの毎日。
ルナと月乃が現れるまでは、それを疑問に思うことなく日々を重ねてきたのだ。
今度は、そのハルが月乃の役目をしようとしているのだろうか。
これは要らぬお節介で、ただ自分にとっての常識をエリクシルに押し付ける、皇帝の言うところの『洗脳』なのだろうか。
そんな考えても仕方のないことを、頭の中でぐるぐると考え続けるハルだった。
「交渉は平行線ですね」
「一方的な要求を繰り返すことを、交渉とは呼ばないよキミ……」
「そうでしたか」
「そうなのでした」
そんなハルの悩みなどつゆしらず、エリクシルはあくまでマイペース。
いくつかの疑問は何となく読み解けてきたが、それでもまだまだ分からない事だらけ。彼女の発現した要因だって、未だに詳細は謎のままだ。
「それでは、またゲームをいたしませんか、管理者様」
「ゲーム? それに勝ったら、なにか情報を開示してくれるってこと?」
「我が勝てば、その時はアクティベートを」
「……君に不利なことなくない?」
「そうでもないです」
進まぬ問答に彼女が出した条件は、またハルとゲームで競うというもの。このあたり、やはりハルの影響を濃く受けていると実感する。
人は普通重要な交渉事をゲームで決めようとはしない。しないはずだ。
「ちなみにゲーム内容は?」
「我の世界に巣食ったままの邪魔な世界樹の駆除。それが達成できたら、勝利ということでいかがでしょうか」
「単なる駆除依頼だよねそれ!? やっぱり君に不利なことなくない!?」
「そうでもないです」
まあ、今のところ失敗条件が明確に定義されていないので、ハルの方こそ不利が存在しないともいえる。
アメジストの世界樹をこの先野放しにもできないので、受け得だ。そういう見方もできる。
とはいえそれを口には出さないハル。姑息である。まだ未熟なエリクシルに対して、実に恥ずかしい対応でしかない。
「……まあ、考えておくよ」
そんな受け得な好条件だが、この場で即決することはまだ憚られた。対象がアメジストであるからだ。
彼女からも情報交換の申し出を受けている以上、ここで不用意に敵対状態を確定させるのも避けたい。それこそが、エリクシルの目的かも知れないのだから。
何だか、まるで二人のヒロインの間でルート分岐でも起きている瞬間のようだな、などと馬鹿なことを考えつつ、それでも今回の訪問には一定の成果を感じるハルであった。
明らかとなりつつある真実は、非常に多い。あとは、慎重にそこへ至る扉を開けるのみだろう。




