第148話 披露宴
「来るとは思っていました。準備は出来ています」
「予想してたんだ、凄いねアイリ」
「えっへん。力で敵わない者が取る行動など、実に読みやすいものです。……世界が違ってもそれが通用して、実は一安心なのですが」
「人間、世界をひとつふたつ超えたくらいじゃ変わらないんだね」
嘆かわしいことである。もっとも、この世界はハルの世界の文化をベースにして作られているので、仕方ない部分もあるのだろうが。
さて、ハルが魔道具作成をプレイヤーに広めて数日、アイリの元に国から知らせが届いた。
彼女の結婚を祝う宴を準備しているので、当日は出席するようにとのこと。急な話もあったものである。そして今更だ。ハルとアイリが結婚してから、もう何週間も経っている。
まあ、国として正式に儀式を行った訳でもないし、あちらからしてみれば『急に結婚なんぞ決めやがって』、という気分なのかも知れないが。
とはいえ、ハルがこうして少し頭に来ているのはそこではない。国であれば、腰が重くなるのも仕方ない部分はあるだろう。
今回の宴、それが決まった経緯に理由があった。
「ようやく来たわね、藤の国のお姫様。いえ、紫チームのお姫様と言った方がいいかしら? 待ちくたびれたわ?」
「待ってないんだけどねえ。ルナは待ってたの?」
「ええ。来なければ叩けないわ?」
「ルナさんには、向こうの世界の貴族のお話をたくさん聞きました!」
「アイリちゃん、あっちは貴族いないからねー」
「実態は大差ないわ?」
どうやら掲示板で忠告してもらった通り、例の姫プレイヤーが動き出したようだ。それもよりによってハルとアイリの結婚に絡んでくる形で。まったく頭に来る事である。
王族であるため、有名税のようなものだと思うしかないが、二人の結婚にケチをつけられたようで良い気はしない。
どうやら大変ありがたいことに、二人の婚姻をわざわざお祝いに来てくれるらしかった。
そこで華やかな世界にお詳しいお嬢様であるところのルナも、アイリと協力して色々と可能性を協議していたようだ。
たまに慣れない掲示板を見てうなっていると思ったが、それを調べていたらしい。
「ネットスラングが分からなくて、うなってるのかと思った」
「その通りよ? 流石の読みだわハル」
「ええぇ……」
「内容が分かれば簡単だってさルナちー。私が言葉教えてた」
「その私が言葉を話せないように語るのは、止めてもらえるかしら……」
あまり仲間のプライベートは詮索しないように、意識して鈍感になっているハルだが、もう少し気にした方がいいのかも知れなかった。
ルナにはいつでも上品でいてもらいたい所だ。掲示板はお嬢様の教育に悪い。
……最近、それとは関係なく発言が危ないので今更だろうか?
「でもルナちー運営さんなんでしょ? 掲示板分からなくて運営の方は大丈夫だったん?」
「数字が分かれば大丈夫よ?」
「わ! 民衆を数字で見る統治者だ!」
「いや、ユーザーから言ってもその方が良い面もあるよ。書き込みする人が全てじゃないし。内容はどうしたって偏るしね」
「あー、ヘビーユーザー目線になるよねー」
「むつかしそうな、おはなしです……」
最近ゲームをやるようになったアイリだが、この辺の事情はまだ実感が沸かないようだ。触るもの全てが楽しい時期。
それを過ぎて、もっと良いゲームを、と求めるようになると多少は分かるだろうか。
「ハル、ユキ。この世界で例えてあげて?」
「貴族の意見は参考にならない」
「民衆は楽をすることばかり考えている」
非常に両極端な例えになってしまった。
「分かるような、分からないような……」
「……聞いた相手が悪かったわね?」
全うなプレイなど、ほぼしてこなかった二人だ。全うな意見も期待できなかった。
「でも掲示板の読み込みなんて、ハル君の方が得意なんじゃあない?」
「数値の集計なら絶対に敵わないわ。ただハルは背景の透視が苦手なの。もったいないわよね?」
「僕はどうしても対個人に目が行っちゃうから」
「ハル君が政治覚えたら世界が取れるのに、ってルナちーボヤいてた」
「要らないって。世界」
人間には個々のクセがどうしてもあるように、社会にもクセがある。大きな流れという奴だ。
ルナはそれを読むのが上手い。ハルだとどうしても個人の好みによる所に傾倒してしまうが、全体の流れは好みに左右されない。そこの判断が苦手だった。
ルナには、よくそういった視点のサポートをしてもらっている。
人は、集まると属性が変わる。個の判断の集合であるはずが、いつの間にか群体としての動きへすり替わる。
個人の心の動きを読む事を重視するハルは、そこをたまに見誤るのだった。
「今回読んだのは個人の動きよ。ハルも、もっと頑張りなさいな?」
「全体を見て一人のプレイヤーの心を読むとか、ルナには戦略ゲームのマップでも見えてるのかな」
「……あまり褒めないでちょうだい。カナリー達の思惑が読めていないのが、恥ずかしくなってくるから」
「いや、そこは仕方ないでしょ。前提情報が不足してる」
「相手も人間じゃないしねー」
「あずかり知れないのです!」
この世界の、このゲームの作りをよく観察することで、運営である神々の思惑も、同じように読めてくるのではないか。ルナはそう考えているようだ。
ただ、それこそハルの役目であるように思う。実際に彼女たちと向き合っているハルが、成すべき事だ。
「またー、ひとを黒幕みたいに言ってー」
「違うの?」
「違いますよー」
「そっか。アップルパイ食べる?」
「食べますー!」
自分が噂されている事を聞きつけて、カナリーが頭上に転移してきてハルの首に巻きつく。もうこれも慣れた光景だ。誰も突っ込まない。
お菓子を与えてあげれば、大抵丸く収まる。
「カナリーちゃんは披露宴に出るの? きっと食べ物いっぱいあるよ」
「またー、人を食いしん坊みたいに言ってー」
「ハル、披露宴、という考えは捨てた方がいいと思うわ。あなた達は主役ではないと思いなさい?」
「えっ、ハル君は新郎さんでしょ?」
「業腹だけれど、この場合の主役はお客の方ね。……だからこそ来るのでしょうけど」
「その為のカウンターが機能して良かったです」
「皇帝さんだ」
「その通りなのです」
アイリがヴァーミリオンで、クライス皇帝に自分たちの結婚祝いを言い訳にして来邦しないか、と持ちかけていたのは今回のためだったのだろう。
なにせ一国の王、入り嫁の姫よりも明らかに格上である。しかも今まで国交を閉ざしていた国、興味は確実にそちらへ流れる。
恐らくは、主賓の立場でハルの上に立ちたいという計画だった紫の姫の思惑を、完全に叩き潰せる形だ。
時を同じくして、クライスからもこちらへ来る算段が付いたと連絡が来た。本来は距離の問題で連絡も移動もままならないが、そこは全て転移でパス出来る。
「んー。結局主役はハル君になると思うけどねー。ハル君だし」
「ユキはずいぶんと持ち上げてくれるね。嬉しいけど、僕は政治は疎いって言ったじゃない」
「私もユキさんに同感ですねー。この世界、結局最後にものを言うのは圧倒的な力なんですよー」
「じゃあやっぱカナリーちゃん出る? みんなきっとひれ伏すよ」
「面倒なので出ませんー。神威はハルさんに預けたままですしねー」
「……それがあったわね。迂闊だったわ。すっかり忘れてしまって」
「そうでした!」
カナリーが気兼ねなくお屋敷で生活出来るように、彼女が無意識に発する圧、神の持つ威圧感をハルが預かっている。
精神の繋がりによって、アイリやメイドさんには同様に“自分の気配”として気にならなくなる様に調整してあるようだが、それ以外の人には別だ。
町を歩くだけで威圧感ばつぐん。気軽に買い物にも行けないオーラを発している。値切るには便利そうだがお金には困っていないハルだった。
普段は意識していない事と、つい自分達の得意分野である政治の考え方で話を進めていたため、ルナとアイリはここには気づいていなかったようだ。
「作戦を詰める前に気づけて良かったわ。そうよね、この国の政治家がどの程度の胆力の持ち主かは分からないけれど」
「はい。頭で考える政治的重要度よりも、根源的な畏怖に身が竦みます。神の気は、それほどのものです」
アイリによれば、威圧慣れした老獪な者であっても、それに逆らう事は出来ないだろうとのことだ。
「カナリーちゃんも不便してたんだね」
「そうなんですよー」
「でも、どうしてもハル君に意識が行っちゃうなら、お姫さんの計画まる潰れじゃない? もう計画練らなくてもいいんじゃないかな?」
「ある意味ユキの言った通りになったね」
「勘でしかないんだけどねぇ」
「勘も侮れないよ。それは無意識の情報統合だ」
「ハル君がまたむつかしいことを言う……」
だが行き当たりばったりでお気楽な三人を尻目に、アイリとルナはそれも踏まえて計画を練るらしい。
アップルパイを、りんごを煮た時の煮汁で作ったアップルティーで頂きながら作戦を詰める。非常に美味しい。ハル達も、邪魔にならないようにそれを見学することにした。
当日まではまだ時間がある。ハルも、<物質化>での物資調達なら役に立てるだろう。
◇
「……こんなところかしら? どうも、自分が感じられない威圧感などというファジーな物を計算に入れるのは不安ね」
「それはもう、すごいのです! わたくしも、ハルさんの中でたまに直接感じるのですが、なんか凄いのです!」
「ヴァーミリオンの住民の反応から推し量るしかないだろうね」
ただ注意しないとならないのが、プレイヤーにはこの威圧は無効な事だ。敵の姫本人を、この神気で圧倒することは出来ない。あくまで現地人への特効だ。
「問題は無いでしょう。どんなじゃじゃ馬かは知らないけれど、他人の権威でマウントを取ろうとする人間が、自分からハルに仕掛けるのは本末転倒よ?」
「その時点で、ハルさんが主役になってしまいます!」
敵の勝利条件は、自分が目立ち、ハルを蚊帳の外に置く事だ、とルナは推定しているようだ。それ以外は悪手でしかないと。
アイリと共に色々と計画していたが、ハルが立っているだけで無駄に目立ってしまう時点で、敵の計画は頓挫したも同然という空気が流れ始めた。
それだけ救いが無い状況だ。
「少し可哀そうになってきた」
「情けは無用よ? そういう勘違いさんは、徹底的にわからせないと。もし直接向かってきたら、その場合はあなたに任せるわ」
「まあ、直接対面すれば、色々と読めるだろうけど……」
「ハル君に任せちゃったりしていいのぉ?」
「事後処理はお任せあれ。どうかお心のままに!」
どうも、暴れるに違いないと思われているようだ。ハル自身もそう思う。
あまりアイリの立場が悪くなる事はしたくはないが、カナリーの言うとおり、圧倒的な力を見せ付ける事も時には必要だ。
そんな風に、始まる前から詰みに嵌っているかのような敵の計画だが、ハルにはひとつだけ懸念することがあった。
敵が詰んでいるのは、ハルが神の威圧を発しているためだ。ならば、そこへの対抗要素があれば、こちらの優位性は薄くなる。
つまりは、敵も神を引き連れて来た場合だ。
「ウィストを、この場合オーキッドを引き連れて来るって可能性は考えなくていいのかな? 相手もきっと契約者でしょ」
「……確かに、憂慮すべき事案ではあるけれど。それは前提として無意味よ? 自分より目立つ存在を連れて来てしまうことになるわ?」
「そうなんだけどね。なんとなくやりかねないと思って、そういう無茶な事」
「まあ、身もふたも無い言い方になるけれど、その場合は完全にハルに任せるわ。神が相手となれば、どう考えてもあなたの領分よ?」
「確実にハルさんが主役になるのです!」
ずいぶんと放り投げた話だが、確かにその場合もう政治どころではないだろう。渦中の貴族さんたちが哀れですらある。
他の神様を見ていれば分かるように、彼らはプレイヤーに御しきれる存在ではない。自由で身勝手な存在だ。連れて来てしまったら、確実に好き放題する。
まあ、ルナやアイリの言うとおり、確実にハルに絡んでくる。最近は神様との因縁も多くなってきたハルだ。
立てた計画とは完全に別ジャンルの話になってしまうが、その時はなんとかハルが対処しよう。ユキではないが、なんとなくそうなるような予感がするハルだった。




