第1474話 卵が先なのか鶏肉が先なのか
ジェードに解析を任せていた研究所のコンピュータ。その記録用メモリの中身も、どうやら透華の能力により当時のまま保存されていたようだ。
この保存性の高さは、実に画期的な能力であるといえる。
基本的に、デジタルデータという物は劣化や破損から免れない。それも、当時の人々が思うよりもずっと早いスピードで。
「いや、素晴らしいですね。時代が進むにつれ、何故か短くなってゆく記録の保存年数。この力は、それに対抗するまさに革命と言えるでしょう」
「なーんか盛り上がっちゃってるっすねえ……」
「これが感動せずにいられましょうか。いや常々思っていたのですよ。エーテル時代に入り更に膨大となった情報に反比例して、更に短くなったデータの寿命。このまま時代が進めば、誰にも参照されず意味もなく消えてゆくデータのなんと多いことか……」
確かに。エーテルネット上のデータは、磁気ディスクやシリコンメモリと比べても更に消失スピードが早い。
ハルとしても、調査の際にそのせいで追いきれなかった情報も多くあった。
「その膨大なデータが消えずに残り続けたら、それはそれで問題っすよ。情報に埋もれて圧死するっす。わたしが思うに、データの寿命ってやつは生み出される情報量と反比例して短くなるんじゃないっすかね。あっ! どうすかこの法則! なんかの賞取れるんじゃないっすか!?」
それもまた確かに、納得のいく話だ。全てのデータが消えることなくそのまま残ったら、無限の容量を持つと錯覚されがちなエーテルネットワークですら一瞬で限界値に達するだろう。
生み出されるデータが多い程、代謝が活発になるのも必然。
「昔は『永遠にネット上に残る』なんてよく言われたみたいだけど、今日まで本当に残った物なんてほとんど存在しなかったね」
「結局は、物質的な限界が存在することを考慮してなかったんすね」
「ですが。この記録能力にかかればこの通り。完璧に当時のままで、破損なくデータが保管されていましたよ」
「解析には苦労しなかったのジェード?」
「私自身、仮にもあの研究所の出身ですから。当時のフォーマットでしたらお任せあれ」
あの研究所のAIにとって、同じ施設のコンピュータなどお手の物ということらしい。
余談だが、彼ら元AIである神様たちが収められていた記録媒体は特別であり、きちんと現代まで白銀のデータを残してくれていた。
石板しかり、保存年数に関してはやはり石が最強であるらしい。
「さて、すぐにでもこの力について研究を進めたいところですが、怒られてしまいそうなのでまずはこちらを」
ジェードは空中にモニターを複数表示させ、メモリー内から抽出した当時の情報を表示させる。
文章とグラフが多めで、写真は少ない。時代を感じさせる資料である。
しかしそれでいて、その資料の数々が何について語っているかは、一目で理解できるハルたちだった。
「モノリスか」
「そのようです。端末のあった場所からして当然かも知れませんが、」
「むぅ。モノリス……」
「コスモス。人の解説中に割って入るのは、感心しませんよ?」
「そっちこそ、感心しないー。モノリスが出て来たなら、私を呼ぶべき」
神々の中におけるモノリス研究の第一人者、いやモノリスに最も憎悪の炎を燃やす者。コスモスがどこからか嗅ぎ付けていつの間にかこの場に姿を見せていた。
確かに言われた通りではあるのだが、同時に彼女が居ると話がややこしくなりそうなので、どうやら誰も呼ぶことはなかったようだ。ハルも同意見である。
「仕方がありませんね。あなたの頭脳もお借りしましょうか」
「んっ。まかせろー」
ぽすん、とハルたちの近くに腰を下ろし、枕を抱いたままだらりと楽な姿勢をとる。当然パジャマだ。
どう見ても研究発表を聞く姿勢ではないが、この場の誰より資料を理解できるのも確かであった。
「さて、気を取り直して。この資料からは、欠損はあれど当時のエーテルネット研究開発の状況が事細かに見て取れます」
「あれ? 欠損データはなかったんじゃないっすか?」
「確かに保存に関しては完璧でしたが、この端末内に存在しないデータはどうにもなりません。ネットワークからは、独立していましたから」
「あの部屋から出られなかったことが悔やまれるね」
もし研究所全ての記録を回収して回れれば、とも思うが、この一台だけでも大きな収穫。ジェードの説明に合わせ、資料が次々とスライドされる。
「ここから読み取れるのは、この開発当初における温度感はどうやら、『画期的な次世代ネットワークの構築』というよりも、『モノリスを使った別次元からのエネルギー抽出』に重きが置かれていた印象が強い、ということです」
「出たな、モノリス。ゆるさない!」
「静粛に。まあ、この部屋の研究者が、特別そこの担当をしていた、というだけという落ちもあるでしょうけどね」
異世界から飛来したモノリスの欠片が保管されていた場所だ。そこだけは、エーテルネットそのものから分岐してモノリスの研究ばかりしていた、という事だってある。
しかしながら、一部のみであってもそこから全体像が浮かび上がってくるのもまた事実。
一丸となってエーテルネットの研究をしているだけの施設なら、こんなデータは掘り出されないはずなのだから。
「ここでいう『別次元』とは、恐らく我々が居るこの世界のことではありません。母体である三つの家、その彼らが見出したとされる特殊な空間のことでしょう」
「記録の中で、あの高そうなスーツの人が語っていたね。彼も、織結の者だったのだろうね」
「ではひとまず、織結家主導の計画と仮定しましょう」
「確かハル様が御兜様から聞き出した情報では、エーテルネットワークはモノリスの内部構造をお手本に構築されたネットなんすよね? そのネットを作ることで、エネルギーが取り出せると分かってたんすか?」
「厳密には、そうではないようです。原初ネットやそれに近しい物の構造は、ここでは構築されていませんね。ですが理論においては、現代よりも進んでいると言っていいでしょう」
便宜的にハルたちが『原初ネット』と呼び、アメジストがその構造を一部再現してエネルギーを取り出していたもの。
今となってはほぼ失伝しており、単なる便利な社会基盤として活用されているが、その本質はエネルギー機関。ネットとしての側面は、カモフラージュだった可能性も出てくる。
ジェードは、資料から読み取れる彼らの野望についてをそのように語っていった。
「なかなか面白い計画です。民衆には、玩具としてエーテルネットを与えて遊ばせておき、自分たちは裏で莫大なエネルギーを手に入れる。権力者の考えそうなことです。実に興味深い」
「具体的にはどうすんすか?」
「私は、もう分かった。モノリスは、人間の意識に反応するから、エーテルネットで人々の意識を束ねて、それを呼び水にする。その為の、ネット」
「正解ですよ。流石はコスモス。出来れば、私に解説させて欲しかったですが……」
「えっ、へん!」
だからこそコスモスは、『意識の創造』に関しての実験を彼女らのゲーム、『フラワリングドリーム』で行っていた。
彼女が言うには、モノリスはどうやら『意識の複製』に対してセーブをかけているらしい。だから、それに逆らい無限に意識を増やすことに成功すればモノリスに対する復讐になるのだとか。
実際の所はまだ明らかになっていないが、仮に成功してしまった場合危険すぎるので、彼女に関してはハルが完全に支配下に置きその機能にロックをかけさせてもらっている。
「確か、この世界で魔力が発生するのも私たち日本人の意識活動が原因なのよね?」
「だからこそ、うちらはプレイヤーって形でこの世界を舞台にゲームしてる」
「ですよー? ただー、詳しい理屈がどうなってるのか、そこは判明してないんですけどねー。でも集まれば集まるほど、いっぱい魔力が生まれますー」
「わたくしたちは、それでとっても助けられたのです!」
「それの地球版、とでもいうべき計画が、あの研究所では進められていたのでしょう」
ハルたちにも身近な魔力に置き換えて考えると非常に理解がしやすい。ジェードの説明をハルたちはそう噛み砕く。
「推測ですが、既に織結家の者達は自分自身の体で実証実験を済ませています。エネルギーの取り出しにも、この段階で成功しているかと」
「けど、自分達だけじゃぜんぜん規模が足りないことが分かったから、国民全てを巻き込んで規模を上げようってそう計画したんすね。なんの説明もナシじゃまずいから、次世代ネットを餌にしたと。うーん。まあ、ありそうっすよね」
「他の二家はどう考えていたかは、不明ですがね」
ジェードの推測に、ハルもほぼ賛同する。しかし、少々現状と噛み合わない部分があり、そこが気になるのも確かだ。
それは何かといえば、現代の織結家はそのエネルギーの取り出しには消極的なこと。そこが、仮説と矛盾している。
まあ、百年以上も時が経てば、考えが変わっても別におかしなことなどないが。
それでも、何かその思考の変化のきっかけになる出来事でもあったのかと、やはり気になってしまうハルだった。
今回見たこの透華の件、というだけでは少々決め手には欠けるか。
「ん。よくやったジェード。これでモノリスの研究も、またちょっと進む」
「あなたは、勝手なことするのをハル様から禁じられていますからね? それはゆめゆめ忘れないように」
「わかったー」
分かっているのかいないのか、気の抜けた返事でコスモスはデータを受け取り自分の部屋へと戻って行った。
まあ、少し不安ではあるが、今回の情報はコスモスにも精査してもらうのは心強いだろう。本当に、少々の不安はあるが。
「……やっぱり気になるのは、彼らが何処にアクセスしてたかその情報だね。ジェードは引き続き、資料からその情報を洗っておいてくれ。コスモスもね」
「お任せください」「《はーい》」
「それが分かれば、透華のことも、もしかすればエリクシルの居る世界のことも、連鎖的に見えてくるかもしれない。これは楽観視しすぎか」
「ですが、全ては一つに繋がっているような気が、わたくしもしてきました!」
そう、アメジストの事も含めて、必ずどこかで繋がっているポイントがある。そこを探し当てることこそが、この三つ巴の競い合いに勝利する鍵だろう。
皮肉なことに、当初はただの『オマケ』であったかも知れないエーテルネットの機能。それが今では完全に主流として逆転し、エネルギー生産については忘れ去られた。分からないものである。
しかし、忘れられた、封印されたのにはそれなりの理由がきっとあるはずだ。
アメジストやエリクシルの行いが、その何かを掘り起こすことに繋がるのならば、ハルとしてはやはり放ってはおけないだろう。
ハルは、新たに得たこの情報を頭に入れて、改めてエリクシルの待つ夢の世界に潜っていくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




