第1473話 彼女の常識彼の非常識
透華が皇帝と同じ織結家であった。ある種の驚愕をもたらすこの情報は、一方で考えてみれば当然のこと。
あの研究所の創始者の一員なのだから、自身もまたそのどれかに所属しているに決まっている。
それよりも今気にするべきは、アメジストがいったいどのようにして、透華の情報を手に入れたのかの方だった。
「……なぜ透華のことを? あの子は、君らが異世界に渡って間もなく亡くなったはずだ」
「あら? もしや誘導尋問だったのでしょうか。いやん♪ ですが、そう隠すようなことではございませんし。わたくし、知っての通り超能力についての研究が専門の神ですので」
……すこし、話がかみ合わない。これは、アメジストとしては『知ってて当然』な情報ということなのだろうか?
特に開示することも惜しくなどない、そんな情報。なんとなくハルと彼女の間で、そうした情報に対する認識の隔絶が感じられた。
それだけ、ハルがこの件に関しての遅れがある証拠だ。
確実にハルの立場はチャレンジャー。その認識を新たにしつつも、一方でアメジストの反応から、ハルが彼女にない優位性を得たことにもまた気付く。
透華の存在を重要視していないということは、あの事件を知っていればあり得ないことだ。ハルもまた、アメジストにはないカードを一枚その手にしたということに他ならない。
「確かに、存在が公的な記録からは抹消されておりますね。しかしハル様? そのようなこと、特に珍しいことではございませんわ」
「そうなのか?」
「ええもちろん。お察しの通り、なかなか闇深い世界にございます。好き放題に遺伝子を弄っては、失敗作は葬り去る。どうかハル様は、そんな世界の事とは無縁でいてくださいませ」
「いやー。僕自身そんなクソみたいな世界出身だからな……」
ハルが例え無縁でいたかろうとも、残念ながら最初から縁がある。それにその過去は、どうやらハルを逃がしてくれる気はないようなのだから。
「しかし君は、またどうしてそんな秘密の情報を?」
「それは、言えませんわハル様。それこそわたくしの企業秘密。いかにハル様とて、お教えする訳にはまいりません。いい女には秘密が付きものというもの、聞き分けてくださいまし」
「そんなちっちゃな子供みたいなナリして……」
お姉さんぶって諌めようとポーズをとるが、背が低くて逆に見上げる格好になるのがそれを台無しにしている。
まあ、ハルたちの間で姿形など気にしても詮無きこと。逆にこれもまた彼女の魅力の一つだろう。
だが実力の面では、彼女は確かにお姉さんだ。エーテルネット上に一切存在せず、現在の彼らの家を探っても出てこなかった情報を、アメジストはずっと以前から手にしているのだから。
「なるほど。まだまだ知らない事だらけだね」
エーテルネット管理者として、更には異世界の存在という特大の極秘情報を手にして、世界の全てを知ったかのような気になっていたハル。
しかし、現実にはまだまだ、秘された情報がいくらでも眠っているようである。
「……まあ、考えてみれば当然か。君が超能力の研究をするにあたり、そのサンプルがエーテルネット普及後の現代人だけというのも逆におかしな話」
「ええ。それだけではわたくしも、今ほどのシステムは構築できていなかったでしょう。そもそもエーテルネットから探るだけでは、限界がありますので」
「それは言っちゃっていいの?」
「構いませんわ。ハル様に出来ないのですもの。どうしてわたくしなどに出し抜けましょうか」
まあ確かに、言われてみればその通りだ。自惚れる訳ではないが、『ネットで調べて解決する』事ならハルが遅れをとるとは思えない。
「では逆に、わたくしからハル様にお尋ねします。情報交換といきましょう」
「えっ……、大丈夫かなこいつに情報渡して……」
「あーん信じてぇ。見返りとして、わたくしからは織結透華の情報をお出ししますからぁ」
「ますますおっかない」
それだけ、彼女の求めている情報ということだ。そんな足りないピースを与えてしまって、この先アメジストの独走状態とならないだろうか?
だが、透華の情報をくれるという交換条件も魅力ではある。ハルたちの方もその一つのピースが埋まることにより、一気にパズルの全体像が見えてくる事も考えられた。
「……で、その君の求める情報って?」
何より、なんだかんだサービスでここまで喋ってくれたアメジストに報いたいという想いもあるハルだ。それに、神様はこうした取引における約束事は、絶対に破ることはない。
自分でも彼女らに甘いとは思いつつも、ハルはその取引条件について訊ねてしまうのだった。
「はい。わたくしの求める情報は一つ。この地へと至るための、間にある空間のこと。その詳細なデータを、頂きたく存じます」
「君がここに姿を現せているのだから、そこはもう突破しているのでは?」
「そうとも限りませんわ。わたくしは、今は裏口からお邪魔させていただいているので」
「ふむ……?」
つまりは、以前のハルたちと同じく、何かに相乗りすることで強引に侵入してきている状態ということか。
ならばここにこうして来られた時点で、アメジストに勝るカードをハルは手にしたという事になるということか。
しかしそれなら、果たしてその優位を手放して良いものか。
今の優位を維持したまま、強引に勝負をつけてしまった方が良いのではなかろうか?
「お返事は、今この場でお聞きすることはありません。わたくしとしても、彼女に聞かれたくはないですしね? どうか、よくお考えくださいな」
「まあ、僕としても今すぐにでないのは助かるかな」
仲間と相談し、改めて結論を出すべきだろう。一人で決めるには、少々絡み合う事情が複雑だ。
そうして、返答はまた例の学園の中に隠されたあのゲームで行うということに決まり、ひとまずこの場は解散ということになった。
多少強引に切り上げたところを見るに、もしや彼女の滞在時間は限られていたりするのだろうか?
「では、ごきげんようハル様。またお会いできる日を、わたくし楽しみにしておりますわ」
そう言い残すとアメジストは出て来た時と同様、唐突にその姿を消してしまう。
平和に終わったのはいいことだが、なんとなくまた逃げられた感じも否めないハルだ。
さて、そんな神出鬼没、いや神出神没の彼女を、いったいどうすればハルの勝利となるのだろうか?
「……僕も帰るか。現状、この世界で出来ることもなさそうだ」
世界樹以外に何一つ無くなったかつての遊び場。そんな夢の世界にまた別れを告げて、ハルは己の内面へと意識を落とし込んでいったのだった。
*
「おっ、起きた」
「おはようございます! ご無事で、なによりなのです!」
「……アイリ? ああ、すまない。おはよう。ユキもおはよう」
「おお。おはー。……どったの? 夢にアイリちゃんでも出たかー?」
「ふおおおおお! そ、それは、なんとも素敵な夢なのです! あっ! わたくしも、よくハルさんやみなさまの夢を見るのです!」
「じゃあお揃いだねアイリ。いや、とはいえ残念ながら、アイリ本人が出てきた訳じゃないんだけど」
「おやー? それはつまり、浮気ですかー? 別の女、ってことでしょうかー」
「カナリー。言い方が悪い……」
「まあ、詳しくお話しなさいな」
ログインしている間に、寝ている、というより意識を失っているハルを心配し集まってきた女の子たちに囲まれながら、ハルは慎重に身体を起こす。
魂の繋がりのような彼女らとの縁を辿るようにして、ハルの意識はゲーム世界から引っ張り上げられ半ば強引にログアウトを果たす。
まあ、普通の人間で例えれば『単に外部刺激を受けて目が覚めた』ということでしかないのだが。
ハルはセルフチェックを済ませ異常の無いことを確認すると、先ほど体験した不思議な経験について、彼女たちへと語っていくのだった。
「なんと! わたくしに似た女の子が!」
「しかし、ハルの記憶にはなかったのよね? 私も、ハルからそんな話は聞いたことがないわ?」
「寝物語にベッドの上でかー、ルナち~?」
「そうよ? ユキもやってもらいなさいな」
「ぬふわっ!?」
「からかう相手が悪かったですねーユキさんー」
寝物語はともかく、知らぬ情報は話せない。なので一時は何者かが組み上げた虚構の記憶かとも思ったが、アメジストからの情報により、どうやら実在の人物であるようだと明らかになってしまった。
「僕の記憶にない理由も気になるが、それは今は置いておこう。それよりも、あの子のこの能力だ。それを解明することが、切り札になる。そんな気がする」
「それで、アメジストの奴と取引するんですかー?」
「場合によっては」
透華のことを重要視していなかったアメジストは、あの謎の力について知らない可能性が高い。
とはいえだ。ハルたちが情報を明け渡すことにより、逆にアメジストに切り札を握らせてしまう危険性だってある。判断の難しいところであった。
「なるほど! では保留にしましょう!」
「そうね? 向こうにもカードが揃っていないのならば、焦る必要はないわ? 焦らして焦らして、こちらだけではどうにもならなくなって初めて、交渉に臨みましょう」
「あはは。ジスちゃんかわいそ。待ち焦がれて、くねくねしちゃう」
「させとけばいいんですよー。というか、聞きたいならそっちから来いってんですよー、まったくー」
だが彼女が直接こちらに顔を出せば、ハルの力によって抵抗を許されず拘束されてしまう。絶対にそれは出来ない。
アメジストに振り回されっぱなしの印象があるハルではあったが、実は彼女の側から見たら、そうして逃げ続ける以外に選択肢の存在しないクソゲー状態なのかも知れなかった。
そう考えると、ハルが感じるよりも状況は平等のような気もしてくる。
「そして保留にしている間に、もう一つの勢力にも接触するのです! そうして両者から譲歩を引き出して、いいとこどりをしちゃいます!」
「クシるんだね。んー、あんまコウモリ交渉は得意じゃないなぁ私は。どちらかといえば、ねぇハル君?」
「そうだね。敵対勢力が二つあるなら、二つともぶっ潰す方が僕らは得意だ」
「野蛮人、というより絶対強者の考え方ねぇ……」
確かに、アメジストと組みエリクシルに対処する流れになってはいたが、むしろ現状の脅威はアメジストの方という事も十分にあり得る。
ゲームが一応のクリアを迎えた以上、ここはエリクシルと協調し、アメジストと世界樹を夢世界から排除するのが先決かも知れない。
もちろん、ユキと遊ぶ際の野蛮人プレイのように、二人まとめて制圧できればそれが一番言うことはないのだが。
「まあ何にせよ、また潜ってみる必要があるか。あの狭間の世界のデータを詳細にするということは、アメジストとの交渉のカードを増やすことにも繋がる」
「一石二鳥ですねー。つまりー、今度は完全にログインせず、『泡』の破壊をするんですねー」
「そういうことだね」
「装置の起動は、何度だっていけるっすよ! とはいえ、またあの記録の世界が出てくるかどうかは、わたしにも分かりませんが……」
「出てこない方が目的にはスムーズだが、まあ出てきたら出てきたで構わないか……」
あの場で得られる情報には非常に価値がある。とはいえ正直、セフィや透華が死んだ光景を何度も見せられるのはハルも堪えるので、複雑な思いではあるのだが。
そうして、今出てきたばかりの魔法装置に、再び潜り込み横になろうとしたハル。
慌ただしくまた夢の中へと旅立とうとしたそんなハルを、止めに入る声がかかった。ジェードである。
「再ログインは、少々お待ちをハル様。ハル様の持ち帰った記録内のコンピュータ、そのデータの解析が、じきに終わりますので」
どうやら、そんな貴重な当時の情報。その生のデータが、この現代に復元できるようなのだった。




