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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部終章 信仰から生まれるもの

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第1471話 ああ懐かしき我が領土?

 真っ暗な空間の中に、ハルはただ浮かんでいる。右も左も、上も下もない。ただ自分だけがある。

 透華の記録の世界が終了し、崩壊した先にたどり着いたここはかつて来たエリクシルの居る空間か。

 いや、外部との通信が通じていることからも、恐らくはまだハルはそこに浮かぶ『泡』の中に収まったままだと思って良いだろう。


「つまりはまだここは僕の夢の中ってことだけど。……ん? つまり本来の僕の夢は、この何も存在しない真っ暗闇ってこと?」


《んー、まー、ありそうっすね! 元々ハル様は、夢を見るような通常の構造の脳を持ってませんから。だから強制的に夢の回廊に入り込むこのエミュレーターをもってしても、一般の方のような夢までは再現することが出来なかったと》

《しかし困ったですね。そうするとマスターの夢では、何も存在しないので普通の人がやるように『出口を見つける』ことも出来ないことになります》

《問題ねーです! 破壊しちまえばいいんですから!》


「それも難しそうだよ白銀。例の夢の泡の破壊は、僕が前と後ろを同時に視界に収めることで、視界外は描写しない、という性質を強制的に崩壊させて、バグによる自己崩壊を誘発するものだ」


 しかし、最初から何も生成されない世界では、矛盾もまた発生しない。最強のほこと最強の盾が共に最強のままでいる方法は、一切戦わないことである。


 一応、過去の肉体から解放され自由に振る舞えるようになったハルは、あの時と同じようにこの泡を崩壊させようと試みていた。

 だが、世界は変わらず沈黙を保ったまま。そこに何の変化も起こらなかったのだ。


「参った。どうしようか。『世界の果て』でも目指して、超高速で飛ばしてみるか?」


《案外いいかも知れないっすね。『何もない』ということは、空間の構成も初期状態のまま変わらないということ。つまりはハル様を内部に留めておこうとする力もまた働かないということっすので、『画面端』まで到達できればそのまま普通に抜け出せるかも知れないっす》


 ゲームでよくある無限の空間。ああいった場所は走っても走っても永遠に抜け出すことは叶わない。

 しかしそれは、ゲームの方からプレイヤーを一定の場所へと留め続ける強制力が働いているからだ。


 ここも一見同じに見えるが、本当に何もないならその強制力も存在しない。

 そして無限の空間もまた存在しないので、本当に何もないなら逆に脱出は簡単なはずである。本当に何もないなら。


「……まあ、そう簡単にはいかないだろうけど。脱出できないならそれはそれで、逆に見えてくることもある。エメ」


《はいっす! データ取りは任されたっす!》


 ハルはそんな『画面端』を目指し、一方向に向けて高速で移動し続ける。こうしていれば、いずれはこの空間の限界部分に到達するはずだ。

 しかし、半ば予想通り、行けども行けども、ハルがその果てへとたどり着くことはないのであった。


 だが、たどり着けないならば逆に、ハルをこの場に留めるなんらかの力が働いているはず。その力が何なのか判明すれば、逆にそれを使って脱出を計る事だって出来るはずだ。

 ……まあ、困るのは単純に、この世界の広さが元々人間の常識では計れないほど普通に広いだけだった、というオチが待っていることなのだが。


「とはいえ、今までの例から見てもそう広い空間だとは思えない。だからこそ何かしらのギミックが整備されているはずなんだが……」


《エメ。どーです? 見つけたです?》

《ちょーっと待ってくださいよお白銀ちゃん、ハル様も。はい、何かあるのは確実っす。ごくごく微小な反応ではありますが、周囲に何らかの力場が形成されているのは確かっす。ただ、その反応の正体については、今データを照らし合わせている最中っす》

《つまりマスターは、その力によってどんなに進んでも同じ場所に固定されてしまっていると》


「そんなことだろうとは思った。それって、僕らの使っている空間分割と空間拡張とは違いそうか?」


《違うっすね。確かにそれを使えば、ほんの小さな空間でも無限の距離を見せかけられますが、今回はどうやらまるで別の技術のようです》


 なるほど、厄介なことだ。エメがすぐに答えを出せないということは、通常利用されている技術の引き出しには入っていないということ。

 ノーヒントよりはマシではあるが、解析にはまた時間がかかるかも知れない。


「参ったね、どうも。しかし研究ってのはこんなものか。僕も一度起きて、解析に加わるか?」


《お待ちください》


 ハルがこの地の探索を切り上げようと、そう言い出しそうになったその時、それを止める声がかかった。

 ガザニアだ。考えを求められた時以外はずっと大人しく見守っていた彼女が、ここにきて自分から主張をしてきた。きっと、何か気付いたことがあるのだろう。彼女は空間能力に長けている、心強いかも知れない。


《その反応、直近で覚えがあります。何となくですが、先ほど透華という少女が使っていた力と似ているのでは?》

《あっ! 確かにです! エメ! なんで気付かなかったです! 悪い子、悪い子です!》

《ひーんっ! ごめんなさい~~! つい癖で、既存のデータベースから探しちゃってましたー!》

《まあ、空木うつぎもおねーちゃんもまるで気付けていなかったですし……》

《しーっ! 言っちゃダメです空木!》


 盲点もうてん、というものだ。透華の使っていた力は、神様にとっても未知の能力であるので仕方がない。逆に類似性に気付けたガザニアが、流石といったところか。


「……しかしどうする? 僕も君らも、透華の能力にはお手上げだ。あの力はまだ誰も使えないぞ?」


《確かに、実際に能力の再現は出来ません。しかし、そこはあくまでハル様の夢の中。内部の事象じしょうは、ただ脳波を弄ってやるだけで、簡単に再現が可能です》

《いかんです! こいつは既に前科一犯! マスターの頭弄らせるのは危険です!》

《おねーちゃん。ガザニアは犯罪幇助はんざいほうじょ程度ではないでしょうか。それも情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地ありです。それを言うなら、空木の方が前科は重いです……》

《空木はいいのです! おねーちゃんが守ってあげます! それになんです? あれです、しんしんそうしつのなんとかです!》

《それならわたしは、》

《エメはだめです! 悪い子!》

《ひいぃ~~っ》


「うーん贔屓ひいきだ。エメも、少し喜んでいるんじゃあない。まあいい、ガザニア。構わない、頼めるか?」


《よろしいならば、喜んで》


 そうして、透華の記録を元に記憶したデータを再現することにより、この空間への強制干渉を試みるハルたちであった。





《実験の内容は、そう複雑なものではありませんよ。あの子の力が、発現した際のデータを丸ごとコピーし、脳内でただリプレイを行うだけのこと》

《そんだけで何とかなるです?》

《もちろん、多少のアレンジは加えることになります。今観測されている、微弱な力を打ち消すように、力の方向性を少し弄ってあげます》

《くれぐれも、余計な事すんじゃねーですよ! 白銀が見張ってるですからね!》

《はい。それはもちろん》


 そうして仲間たちの見守る中、ハルの夢に直接外部からの干渉が行われる。

 耳元でつけっぱなしにしていた動画の内容が、夢の中の出来事に影響を与えるといった状況の、超精密版といったところだろうか。いやハルはその状況を知らないが。


 その影響はすぐに表れ、この何もないはずの真っ暗な空間にも変化が生まれる。

 見た目こそ変わらず何もない暗黒の世界のままだが、なんとなく、先ほどまでのような無限に広がる印象はなくなる。どちらかといえば狭く暗い箱の中にでも閉じ込められているような感覚だ。


 そんな世界でハルがその手を伸ばしてみると、今度は逆にあっさりすぎるほどに、簡単にその狭い箱の『壁面』に触れることが出来たのだった。


《中和は、成功しました》


「よくやったガザニア。じゃああとは、僕がこの壁を突破するだけで、と、んん?」


 あとはこの『夢の泡』の膜であろう壁を破れば、泡の外へと出ることが出来る。

 そうすればまたエリクシルに直接接触が出来るとそうハルが思ったところで、変化が起こった。


 知らぬ反応ではない。むしろ、この数か月ハルたちが慣れ親しんだその変化。それは、光の道に吸い込まれるような、ゲーム世界へのログイン反応なのだった。


「……壁面にたどり着けばゴールってことか。まあ、これはこれでいい。再びあの夢世界ゲームに潜ることも、目的の一つだからね」


《ハル様、》


 慌ててハルに呼びかけるエメの声が、急激に遠くなっていく。

 そして視界が晴れると、ハルはもう地に足をつけて、眩しい世界へと降り立っていたのであった。


 見間違えるはずもない。ほんの何週間か前までは、毎夜欠かさず足を運んだ夢世界だ。


「ただ、少々見た目が違うね。いや、実に見覚えのある物体が、こうして視界一杯に広がってはいるんだが……」


 ゲームクリアによって崩壊したその世界には、既にかつてのような大地はなく、見渡す地平も存在しない。

 空は再び青さを取り戻し、太陽も世界を照らしてくれてはいるが、その光は地の底の更に下、虚無きょむの果てへと沈み込むのみだ。


 ならば、ハルが今立っているこの足場は何か、そして一目でここを夢世界だと確信せしめた存在はなにかといえば。


「世界樹、大崩壊を生き延びたのね……」


 そう、見上げる程に、いや背がり返る程にそびえ立つ世界樹のみきと枝葉、そして龍脈に沿って世界中に伸ばしたその根であった。

 ハルは今、その世界樹の太すぎる根を足場として夢世界に立っている。


 視界をいっぱいに埋めるその大樹から目を離して振り返ってみれば、少し離れた位置には時計のように並ぶ十二個のテーブル大地。

 世界樹で建築されたハルたちの領土も、地面はなくともそうしてくっきりと、今もその境界線を維持してくれているのであった。


 果たして何もないよりはいいのか、それとも残ってしまったことが重大な問題なのか。現状判断はできないが、何となく後者寄りではないかと思うハルである。


「アメジストの奴、どう考えても狙ってただろこれを。あいつ今、この世界に居たりするのかな……」


 ぼやきながら、世界樹の根を通って歩き、ひとまずその樹を登ることを目指すハル。

 アメジストとエリクシル。置き去りにしたままの二つの課題に、今こそ向き合う時だった。

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― 新着の感想 ―
世界の壁を超えるレースゲームの再来、にはなりませんでしたかー。むしろ加速度を保存して世界を置き去りにすることを求められていたようですが、ハル様はここでギブアップ、「ハル様がぁ! 画面端ぃ! 境界読んで…
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