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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部終章 信仰から生まれるもの

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第1470話 世界とあなたに笑顔でさよなら

「これを開けろって?」

「……!」


 まだ完全に封印されてはいないものの、厳重に保管された異世界産モノリスの欠片かけら。それを透華は指さして、ハルに開封を求めてきた。

 ハルをここへと連れて来たのは、警備をかいくぐるためもあったが、この封を解かせることが一番の目的だったのだろう。


「当時の僕はどうしていたんだろうねえ……」


 そもそも彼女の存在まるごと含めて、全く記憶に存在しないハルだ。

 いくら当時の記憶が薄れているハルといえども、こんな衝撃的な出来事を忘れるはずはないと思うのだが。


 となると考えられる可能性は大きく二つ。彼女を取り巻く一連の事件に関する記憶をハルが消されたか、そもそもこんな事態など当時は起こっていなかったかだ。


 なら何故こんな記録が残っているのかという話にはなるが、これが本当に実在した現象の記録だという証拠もまだ存在しないので、早合点はやがてん禁物きんもつだ。

 もしかすると、非常に精巧な創作ストーリーをエリクシルだかミントだかがハルの夢へと叩き込んで来ている可能性だってある。


 ……まあ、そういった創作の苦手な彼女たちがどのように? というのがこの説から説得力を奪ってはいるのだが。


《どーすんすか? テープバリバリと開けちゃうっすか?》

《あぶねーです! また吸い込まれて、ゲームオーバーになっちまうです!》

《そうなると、またこちらに叩き返されてしまう事になりますね》


「まあそれでも良いといえば良いけどね空木うつぎ。また再スタートすればいいだけのこと。もしかすると、今度はゲームオーバーじゃなくて『ゴール』かも知れない」


 ただ、その保証は今のところ何処にも存在しない。そして仮にハズレだった場合、再びここまでの道程どうていをもう一度繰り返すことになるのはハルとしても少々面倒だ。


「まあ安易に開けず、ここから繋がる他のルートをまずは探してからにするべきか」


 もし正解が『モノリスの封を開ける』事ではないとしたら、成り行きに任せてそれを見逃すのは惜しい。

 ひとまずは、周囲に何か別の『イベントアイテム』でも見当たらないか調査を開始するハルだ。

 幸い、ここは様々な実験用の器具や材料が置かれており、そうしたアイテムの発見には事欠かなさそうである。


「研究データの記録は、まあ当然コンピュータだよね当時は。この状態でも吸い出しは出来そうだが、中身を読み取るのは少々骨だな……」


《それでは、ハル様はただひたすらデータのサーチだけを行っていただければ結構ですよ。こちらでそれをまるごと汲み上げて、中身の解析をいたしましょう》


「そうだな。じゃあジェード、頼んだ」


 ハルは当時のパソコンのたぐいに手を触れると、体内のエーテルを放出させ浸透させる。

 そうして内部の記録メディア、ここではシリコン製のメモリドライブの構造をまるごとコピーすると、脳内に叩き込んだその情報は外のジェードたちに解析を委ねることにした。


 白銀たち支援AIのような重要なデータは『トワイライトメモリークリスタル』を使って保管されていた研究所だが、通常の研究データはこうした普通の保管で助かった、といったところか。


「……ふむ? いや、いっそこうなると、クリアだゲームオーバーだの以前にだ」


《再現された当時の研究データを、根こそぎ引っこ抜いてきたいところっすね! イベントは後回しにして、各部屋のコンピュータを回って全部ぶっこ抜くっす! 大丈夫大丈夫、イベントキャラは話しかけるまで、何十時間でも待ってくれるっすから!》


「例え世界が滅ぶ寸前でもね」


 彼らの『用意はいいか?』の質問に『いいえ』と答え続ければいくらでも待ってくれるのが常である。

 いや、ここでその法則が適用されるかは分からないが、少なくともモノリスの開封を待つ透華は、突如として家探やさがしを始めたハルの奇行にも表情を変えることなく、のんびりと待ってくれているようだった。


「……だめだ。有線のネットワークは死んでいるね。ここからじゃ辿れない」


《現状その夢の中では、ハル様の居る部屋の内部しか描写されてないんすかね。他のコンピュータを再現するには、それが存在する部屋に足を運ばないといけないんでしょうか?》

《それ以前に、そこのパソコンはスタンドアロンが多いです。インターネットどころか、ローカルのネットにもオフラインを貫いてやがるです》

《世界中全てを繋ぐエーテルネットを研究しているのに、妙な話ですねおねーちゃん》


 逆にいえば、自分達の作り上げるエーテルネット以外は、全て信用していないということだろうか?

 まあ実際、機密情報を盗み出そうとするスパイを警戒するならば、当時の環境下では完全に独立させてしまうことが最も単純に効果を発揮するセキュリティではあったが。


「とはいえ何て面倒な仕組みなんだ。研究員たちはストレスが溜まらなかったんだろうか? 仕方がない。面倒だが、『取りのがしたアイテム回収』にダンジョンの道を逆流するとしようかね」


 ボスだったり、最後のイベントを目前にすると道中の取り逃しが無いかと気になるアレである。

 大した物ではないことが大半だが、今回は世界規模の重要情報の可能性だってあった。寄り道だって許されるだろう。


 そう言い訳し、ハルが部屋を後にしようと入ってきた扉に手をかけると、その異変は起きた。


「……んっ?」


《おや? ハル様、なにやってんすか?》

《ドアを開けようとしたのに、いつの間にか後ろに戻ってるです!》


 りずに再び扉へハルは進むも、それに触れた瞬間にハルの体は気付かぬうちに数歩後ろへ戻っている。

 これは、夢の不条理とはまた違う。明らかな物理現象による介入だった。


「勝手にどっか行くなって?」

「ぷう!」


 モノリスを取り出せというお願いを無視して、なにを寄り道しようとしているというのか。そう言いたげに透華は頬をふくらませ、ぷんすか、と可愛く怒ってみせる。

 当時も、ハルはこうして怒られたのだろうか? ともかく、放置の許されぬタイプのイベントのようだった。部屋を出ようとすると、『どこに行く気だ』と呼び止められるアレである。


「じゃあ当時は、僕はこの子の言うことに従ったと、そういう事だね」


《マスターの権限では、そうした行為は可能だったのですか? 越権行為えっけんこういではなかったのでしょうか?》


「指揮系統に関しては複雑でね。もちろん僕らは研究者たちの指示に従ってはいたが、権限自体は上位でもあったりする。曲がりなりにも管理者だからね」


 よってかなりの自由裁量権(さいりょうけん)は認められていた。しかし、自らの意志など持たないハルたち管理ユニットは、その自由を行使することなど皆無かいむだったのだが。


「それにもしかしたら、この子が立場上、最上位の命令権を所持していた可能性もある。僕らにとってね」


《なるほどです! 創始者そうししゃの連中の家の奴らの、まあとにかく一味です!》

《確かに、職員ならばファジーに流すでしょうが、当時のマスターならば自動的に命令に従う可能性もあったと……》

《だから、当時もその部屋でハル様がモノリスを開けたとして不自然すぎるとも言い切れないんすねえ》


 そういうことだ。いうなれば、例え子供だろうと悪人だろうと、起動キーを持っている者にロボットが従い戦うようなものである。


「……じゃあ、仕方ないね。どうやらこの部屋からもう出れないみたいだし、大人しくこの子のお願いに従いますか」


 ハルは再び手を引かれるままにモノリスの保管庫の前まで連れて来られて、それを開けるようにと少女からお願いされる。

 扉や壁を無視して異次元を渡り歩く謎の少女も、出来ることと出来ないことがあるようだった。


 そしてこの程度のロックの解除はハルにとって何のこともなく『出来ること』。

 一瞬のうちに電子制御のセキュリティを解除して、いやセキュリティの存在をまるごと無視して、強引にロック機構を作動させる。


「はい、出てきたよ」

「!!」


 ハルは金庫のような厳重なケースから姿を見せた、ぐるぐるに布で巻かれた破片を透華に示す。

 透華は大好きなおもちゃに飛びつくかのように、中からそれを引っ張り出そうとする。


 そんな危なっかしい彼女と共に、そのかたまりを取り出し地面に置くと、今度は貼り付けられたテープをべりべり剥がして中身を暴く。

 これも、プレゼントの封を喜び勇んで破いて開ける子供のようで微笑ましい。まあ、中のプレゼントの正体を一切考慮しなければの話だが。


 そんなハルの現実逃避をよそに、すぐに布の中からプレゼントがその姿を現した。もはや見慣れた黒光りする石は、透華が抱えるとなんだかいつもより大きく見えた。


「……で、これからどうなる?」


《あんまり、いい結果にはなりそうにないっすねえ……》


 その通りだ。それは、彼女の存在が現代には一切伝わっていないことからも容易に想像できる。


《なにせ、ここに僕という実例がいるからね》


 などとまた自虐ネタに走るセフィを放置し、ハルは透華の行動を注視する。

 彼女は重そうにしながらもモノリスの破片を掲げて、なにやら一心にそれをじっと見つめていた。

 恐らく、視覚だけで観察しているわけではなく、何らかの能力、第六感のようなもので内部にアクセスしているのだろう。


《彼女に接続しないのかいハル? 今なら、この子の能力について何か新たな発見があるかも知れないよ?》


「分かってて言ってるだろセフィ。今この子に繋いだら、自動的にまたモノリスにもアクセスされる。そんなに僕を同じ目にあわせたいのか……」


 もちろん、セフィの言うように危険を冒してでも彼女のデータを取る重要性はハルも理解できる。何か一つ新たな発見があるだけで、今後の大きな進展に繋がる可能性だってあった。

 しかし今は、この先を見届けたいと思ってしまうハルだ。変えることの出来ぬ過去は、どんなルートを辿り今に至ったのか。


 そして、すぐにその瞬間はやってきた。


「……!」

「なにかわかった?」


 力強く、うんうん、と頷く彼女は、続いてしっかりとモノリス片を抱きかかえる。

 そうして片腕で石を抱えたまま、もう片方の手をハルへと伸ばして。


 彼女はにっこり笑うと、ばいばい、とハルに手を振ったのだった。


「待っ、」


 ハルが反射的にその手を握り、彼女を止めようとするも既に遅い。

 笑顔の少女は目を閉じて、ふらりと体の力が抜ける。


 そんな透華の行く末が最後まで描写されることはなく、世界の記録は、その瞬間で完全に途切れてしまったのであった。





「…………」


 予想していたとはいえ、ショッキングな出来事だった。透華はセフィと同じく、その精神を異世界へと飛ばされてしまったということだろう。


「しかも、自分から進んで……?」


《そう、見えたっすねえ……》


 壁も床もない、ただ真っ暗闇の空間に、ハルは今放り出されている。

 気付けば姿も、子供の頃のハルから現在の姿と同じ物へと戻っていた。


《きっと、あの世界は彼女にとって窮屈すぎたんだろうね。そんな中その能力で僕の事件を知ったあの子は、異世界という新天地を目指して、勢いよくモノリスへと飛び込んだ》


「……まあ、家に居場所はなく、研究所でも幽閉ゆうへいされていたからね。ただ、思い切りがいいというか、なんというか」


《価値観そのものが、一般的な人間のそれとは大きく異なるのでしょう。空木は、彼女は希望を見つけたのだと思います》

《です! マスターが、責任を感じる必要はねーのです!》


 とはいえ、本当にあれが当時の再現だというならば、気にするなという方が無理というもの。

 ハルは当時何も感じることなどなかったかも知れないが、だからこそ悔やまれる部分もあろう。


「セフィ。君は、この子の行く末に心当たりは?」


《うん。まるでない》

《やばいじゃないっすか! 精神体になって生きてるならともかく、本当に死んじゃったっすか!? それとも、今もどこかを彷徨さまよっているとかでしょうか! これはまた、研究所の大変な過失っすよ……、どうしましょうハル様……》

《落ち着けです。もしかしたら、どっかの異世界人としてふつーに転生でもしたかもです》

《転生など、存在するものなのでしょうか? いえ、そうでなくとも、彼女の力は空木たちでは計り知れません》

《そうだよ。僕と違って、勝算があったに違いないさ》


「まあ確かに、何かを確信した顔をしていたが」


 しかし、本当に気になる所で記録が終わってしまったものだ。それは、記録者である透華が文字通り『この世を去った』のだから当然といえば当然なのだが。


 あの後研究所では、何が起こったのだろうか?

 実際に封印されていたモノリスの状態から推測するに、管理ユニット以外の人間にも被害が出てしまったことで、彼らは慌てて地下への厳重すぎる封印を行った。

 そして、現場に居合わせ、家の重大な秘密を知ってしまったハルは、能力でその記憶を消去されて、全ては無かったことにされた。という辺りだろうか?


「……分からん。あの記録が本当に本物なのかも、何もかも分からん」


《じゃあ今は気にせず、当初の目的を果たそうよハル。幸い、今度は強制排出はなかった訳だしさ》


「そうだね」


 確かにセフィのいう通り。今ハルたちが目指すのは、過去の真実を解き明かすことではない。

 現在進行形の脅威である、エリクシルの存在を何とかするためだ。


 その為にも、ハルはこの何一つ無くなった夢の中を、彼女の元を目指して進んでいくのであった。

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― 新着の感想 ―
ハル様は魔王なので家探しコマンドは制限がかけられていましたかー。家探しを敢行するには透華からの冷たい視線も、身体の制御を奪ってくる世界の意思にも立ち向かう勇気が必要ですねー。ハル様の場合、壁抜けの術(…
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