第1466話 想定外の経路を探せ
「詳細出たっすね。やはりといいますか、ハル様が夢に見た研究所のマップデータは、ハル様の眠っていた記憶が励起して映し出されたものではないようっす。あのデータはどこかしら、ハル様の外からやってきています」
「なるほど。それが何処かは?」
「不明っす。分かったら苦労しないんすけどねえ……」
「だろうねえ。あともう一つ気になるのは、夢は完全な当時の再現映像という訳ではなく、微妙にではあるが登場人物が僕の存在に反応したことだが」
「こっちは逆に明確っすね。あれらの登場人物を“操作”していたのは、ハル様自身っす」
「僕に自覚はないが……」
まあ、それが夢ということなのだろう。取り込んだ環境データ、人物データを元に、それらがどう動くのか、無意識のうちにハル本人が計算し実行した。
だからこそ、本来そこに居ないはずのハルに対しても自然に反応したし、ハルが反応して欲しくないときは、まるでゲームのNPCのようにハルを無視して『イベント』を進行していったということか。
「では、モノリスにアクセスした結果こちらに叩き返されたのも?」
「マスターが『モノリスはそういう物』と思い込んでいたので、『そういう』結果が再現されたということです?」
「そこが、よく分からないんすよねえ。マップデータ、人物データのそれぞれは、出どころはともかく既にわたしの方でも完全にトレース可能な状態です。モノリスだってそうです。あれは別に本物の完全再現体なんかじゃない、スカスカのハリボテのはずなんすよ」
《じゃあやっぱり、僕の追体験をすることにより死の恐怖を感じたハルが、自己防衛の意識で目覚めたのかな?》
「見くびるな。と言いたいが、否定もしきれない……」
「そこも含めて不明なんすよ。仕組み上、このエミュレーターでは自然に目が覚めることはない設定になってるはずなんすけど」
一般の人間のように、何かの拍子にいちいち目覚めていては仕事が進まない。これは、ハルも同意の上で組み込んでもらっており、ゲームプレイ中から変わることはない。
だからその仕様を貫通して目が覚めたことには、何かしら想定外の例外処理といった匂いを感じるハルたちだった。
「よし。もう一度潜ってみよう。結局それが一番手っ取り早い」
《危険じゃないかい? 今回は運よく帰って来れただけで、次も同様にいくとは限らないよ? もしこことは別の異世界にでも飛ばされたらどうするんだい》
「問題ないよセフィ。その際はアイリたちに引っ張り上げてもらうから」
《なるほど。君には『命綱』があるんだね》
夢の中だろうが別の世界だろうが、ハルがアイリたちと結んだ魂の絆とでもいうべき繋がりは強力だ。
融合した精神の繋がりを辿って、肉体へと帰って来れるハルこそ、やはりこの実験の適任であるだろう。
「じゃあエメ。懲りずにもう一回だ。ゲームも研究も、泥臭い実験の繰り返しの先にこそ成果は実を結ぶ」
「ゲームに関してその心意気で挑むのは、どうなんすかね?」
「たしかに」
だが逆に、これも何かのゲーム攻略と思えば楽しめるかも知れない。
そんな心意気を胸に、ハルは再び自身の謎の夢と格闘すべく、エメの装置へと入って行くのであった。
*
「今回は、同じルートを辿っても意味はない。別のルートを探すことにする」
《ハルはもう僕には会ってくれないの?》
「いや、会ったらまたセフィ死ぬじゃん……、嫌だよ僕は……」
《えー。あのモノリスを調べるためにも、もう一度おんなじルートをなぞるべきだと思うけどな僕は》
なおも渋るセフィを放置して、ハルは強引に別ルートを模索する。
……そんなに自分の死んだ場面を見て楽しいのだろうか? セフィの感性は、まだまだよく分からないハルだった。
「そもそも、さっきのルートはハズレの行き止まりだ。今回はゴールにたどり着いて見せる」
《意気込んではいますが、ハル様。また今回も『ケージ』スタートですよ? そこを出れば行きつくのは無限の通路。通路内のケージを開く以外に、出来ることがあるのでしょうか?》
《頭固いですジェード! ここは白銀の持っている、研究所マップに任せるです!》
《ですがおねーちゃん。マップの先には、イベントが起こらない限りたどり着けないようですが……》
《そうだよ。だからここは、僕以外のユニットと出会えるかどうか、別のケージを開けてみるのはどうかな?》
「……もっともな指摘だけど、何だかどれを開けても絶対にセフィと当たりそうだから嫌」
なぜだか『確実にそうなるだろう』という直感があるハルなのだった。
だが、廊下に出てケージを開ける以外にどうアクションを取るのか。
アクセス可能なポイントはあまりに限定されており、見る限りそれしか取れる手段はないように思える。
その理不尽をなんとかするのが、ハルの腕の見せ所という訳だ。
「白銀。ケージ周辺の見取り図を開け。いや、間取りやら何やらはどうせ無駄だから見なくていい。その裏側の、配線の構造もデータ化されているはずだ」
《わかったです! あったです! そのケージの中にも、いっぱい配線やチューブなんかが通ってるです》
独房のような管理ユニットを収める部屋だが、この中はただの箱ではない。
その気になれば室外と密閉し棺桶のようにも出来るこの部屋。当然その状態では内部の生き物の生命に支障をきたす。
「通気口、排水溝、水の供給口。それ以外にもあるはずだよね。僕らにとって、必要不可欠な物の供給口がさ。ほら、あった」
《エーテルの放出管をみっけたです!》
管理ユニットたちが自己で体調管理をするにあたり、空気や水のみでは不十分だ。
エーテルの操作に特化し、エーテルネットに最高の親和性を示すハルたちの生命維持には、エーテルの供給もまた欠かせない。
現在、このスタート時においては体内のエーテルはゼロでスタートされているようだが、接触することで体内に取り込めて、現実と同じようにネットに接続できるのはモノリスの例からも明らかだ。
「よし。あとはここからエーテルを出させるだけだけど。白銀。どうすれば噴霧は始まる?」
《生命活動を低下させるです!》
「分かった。心臓でも止めてみるか」
《いやいやいやいや! っす!》
《それはいきなり極端すぎではありませんかハル様? しかもその場合、医療スタッフが飛んで来る展開になるのでは? ……いや。新たなイベントを発生させるという意味では、その展開もまたアリか》
《ある訳ないでしょうジェード。おねーちゃんも、もっとマシな方法を指定してください》
《じゃあ壁の操作パネルに向かって、普通に要請するです。マスターの要請コードはBX92L78です》
「助かるよ。そんなのもう憶えてないからね僕自身は」
当時の呼び方で言うなら病院の『ナースコール』のようにして、パネルを操作し管理室に要請を入れるハル。
要求方法は意外にも口頭だ。寡黙な当時の管理ユニットたちだが、必要があれば喋れるのでスタッフとのコミュニケーションはこうして普通の会話で行う想定でいた。
まあ『必要があれば』の話であって、実際そんな必要があった記憶など特に無いハルなのだが。
「光輝より室内にエーテル供給要請。BX92L78」
ハルがマイクに向かってそう告げると、聞き返されることもなく迅速にケージ内へとエーテルの風が供給される。
それを吸い、体内に取り込み、ようやくハルは『人心地』つく。もはや体内にエーテルの無い自分は、その身の一部が欠けているようにしか思えない。
「ふむ? しかし、残念ながらと言うべきか当然というべきか。このエーテルは何処にもネットワークとして接続されていないようだ」
《まあ当然じゃないっすかね? 研究者の皆さまが把握していない状態でハル様たちに自由にネットワークを形成させていたら、何が起こるか分かりませんもの。そのくらい慎重になるんじゃないっすかね?》
《だろうね。特にハルなんて、何するか分かったものじゃないや》
「失敬な。当時はセフィと僕で何も差異なんてなかっただろうに」
《いやぁ。ハルの方がずっと優秀だったってばー。君が言ったら嫌味だよ、それは。全く気にしないけどー》
自覚がない。管理者のスペックなど、横並びの均一化された物ではないのだろうか?
まあ、こうしてこの時代まで生き残ったのがハル一人である時点で、そんな理屈など既に否定されきっているようなものだが。
《それで、どーするです? ネットに繋がってなきゃ、出来ることはあんまねーです。計算力も、マスター一人分でしかねーのです。それにこの状態では扉を開くのも大変ですよマスター》
「だろうね。開きたいなら、一回換気する必要がある。まあ換気された状態でも、体内にエーテルを残したまま外に持ち歩くことは容易だが」
《出たです! マスターの得意技! そうして『禁エー』の学校にも、こっそりエーテルを持ち込んでいたです!》
《それでやるのはゲームっすけどね、にししし! 凄いのかセコいのか、評価に困るっすよねハル様のやることは》
《マスターは凄いに決まっています》
まあ、学園の安全をいつでも根底から覆す事が出来たことをもし上層部の者が知れば、卒倒していたに違いない。
そんなハルの目的が、ただ『授業中にゲーム』でしかなかったと知れば、二重に卒倒することだろう。
とはいえ、地下に隠されたモノリスのことを思えば、変に学園転覆なんて企まなかったことは、ハルにとっても幸いだったか。
特にメリットもないので、そんな企みを抱く可能性も皆無だっただろうけど。
「さて。この時代は外にもネットがある訳じゃないからね。学園でそうしていたように『裏技』を使った抜け道で繋ぐ先もない。ならやることは一つだ」
《どーするです?》
「唯一操作可能な物体、つまり僕の身体を使って、この部屋の脱出をはかる」
《あのー……、ハル様それってえ……》
《ははっ。つまりはハルが、筋肉モリモリの超人少年になって、その部屋の壁を叩き壊すってことだね》
答える前にセフィに言われてしまったが、まあそういうことだ。とはいえ別にムキムキになったりはしない。
今の筋力量のままで、エーテル操作により人体の限界を大幅に超えた力を出せば、この部屋の壁くらい簡単に破壊できるだろう。
ハルは室内に備えられた食料、例の学園でもお世話になっていた『栄養スティック』の初期試作品を強引に頬張ると、餌を得たエーテルを爆発的に増殖させる。
それらを全身に行きわたらせると、ヨイヤミのリハビリに使用したような、そしてやはり学生の時分に『全自動登校』に利用していたような、肉体のエーテル操作によって強力に身体機能を底上げしていった。
《オラァ! です! がんがんぶっ壊すですマスター! ぱんち! ぱんちです!》
《マスター。腕から血が。夢だから、痛くないのですか?》
「いや痛い。何故だろうね? まあ普通の夢を知らないし、こういうものなのか?」
エーテル操作できるということは、肉体の構造も詳細に再現されているということだ。
まあ、今はとりあえずその事はいいだろう。ハルは強化された身体能力で、強引に部屋の壁を破壊。
反動で傷ついた肉体も、治癒能力にケンカを売るような手動修復によって、強引に再生させていく。再生というよりも最早『修理』だ。
「よし。穴が開いた。壁が薄くて助かったよ」
《いや特に薄いようには思えないっすけど……》
《子供を管理する部屋としては、十分すぎる強度でしょうね。まさか、このような暴挙に出る管理ユニットなど居るはずもなく》
《やっぱりハルは僕らの中でもとびきりヤンチャな子だったねぇ》
「いや当時は大人しいことして評判だったから。しらんけど」
とはいえ仕様上は、その意志さえあれば当時から同じことが出来たという証明でもあった。
「ともかく、無事に『別ルート』開通だ。さて、壁の奥は、どこに繋がっていることやら」
《配線配管の、隙間が空いてるです! そこを通って脱出できるですよ!》
「よし。じゃあ行ってみようか。子供の時には出来なかった、施設の探検に乗り出そうじゃあないか」
探検というより脱走、もしくは潜入調査でしかないが、無事にハルは無限回廊を無視してケージからの脱出に成功。
裏配線を伝ってよじ登るようにして、壁の裏の隙間を上へ上へと進んでいく。
そうして、やがて正式なメンテナンス通路へと合流したハルは、そこから扉を開けて、どこか研究所の一室へと潜り込むことができたのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




