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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部終章 信仰から生まれるもの

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第1465話 彼の追体験

 セフィが意識を失った後も、過去の再現映像は続いていく。

 彼の言う通り、これがセフィ自身の記憶だとすれば、『その後』の再現などなく記録はここで途切れているはずだ。


 ならばこの先は、ハルが持っている知識をベースに構築したいわば妄想なのか? それとも、ハルでもセフィでもない何者かが、この場のデータを記録していたとでもいうのだろうか?


「研究所内のエーテルが、何かの拍子に記録を蓄えていた可能性」


《ノンノン。今見たように、この時期の研究所はまだエーテルの取り扱いには非常に慎重だった。館内の全てを記録するような広範囲には、散布されていなかったはずさ》


「だね……」


 そもそも、そんな過去のデータが今現在までこうして鮮明さを保って生きているはずがない。

 人知れず地下にでもうずもれて休眠していたエーテルが存在する、などということがあったとしても、記録したデータが無事などまずあり得ない。

 フロッピーやシーディー、ハードディスクが発掘されるのとは訳が違うのだ。


 それに、仮に万が一そんなデータがあったとしても、何故ハルが夢を見ただけでそのデータに都合よくアクセスするというのだ。偶然たまたまでは済まされない。


「……そもそも僕の肉体は今アイリの屋敷、異世界の天空城の上だ。エーテルネットとは縁遠い」


《だから最初からナンセンスな話っすよね。記録説は。これは、サイコメトリー的に土地の記憶を汲みだしたなんて説でも同じっす。参照する土地と、ハル様はそもそも接していません》

《そこは超能力だから、何でもありなのではないですか? 否定するのは早計では》

《分かってないっすねージェード。超能力は魔法と同じ、いえ魔法以上に制限ガチガチっすよー。特に距離による制約は大きくって、あのヨイヤミちゃんですら射程の外に出ると手も足も出ないっすよ》

《そもそもマスターにサイコメトリ能力はありません》

《マスターは最強です! 今、目覚めたです!》


「いやそんな都合よく力に目覚めんって」


《またまたぁ。ハルはいつもやっているじゃないか》


 あれはいつも『覚醒かくせいする予定』を立てて目覚めているのだ。今回の<煌翼天魔こうよくてんま>だってそうである。


 そんなツッコミをしていても始まらないのでハルは反論を飲み込んで、現実的な可能性を改めて考察し始めた。


「……やはり一番可能性が高いのは、犯人が僕だったって説だろうね。僕に自分でも意識していない、なにか爆弾のようなものが埋め込まれていたという可能性」


《マスターが、記録装置にさせられてるです! そんなのだめです! きっと悪いのは、白銀なのです!》

《おねーちゃん。そこでマスターをかばっても結果が変わることはありませんが……》

《いえ、意外と、考えられることかも知れませんよ。当時の事件で、白銀君だけは無事だった。研究所はそんな君に全てのデータを封印し、凍結させた。その君とリンクしたハル様が、夢としてそのデータを再現したと》

《いきなり白銀をわるものにするなですジェード!》

《デリカシーが欠けていると言わざるを得ません。おねーちゃんに謝りましょう》

《理不尽ですねぇ……》


「まあ、僕にせよ白銀にせよ、今の今までセルフチェックを逃れた記録が眠っているなんて事は、ちょっと考えにくいね」


 ハルとて自分の構造を全て熟知している訳ではないが、それでもこんなに鮮明なデータが自分の内部に残されていたなら何かの拍子に気付くだろう。

 それは白銀も同じ。肉体を持たない彼女は、ハル以上に自身に対する理解度は高いはずだった。


 一応、データを所持している可能性は白銀が最も高く、ハルとリンクしている性質上ハルの夢に影響を与える事にも不自然さは最もないが、あまり彼女を不安にさせても仕方ないのでそれを口には出さないハルだ。


「あとはやっぱり、エリクシルからなにかしらの介入があったと考えるのが無難ではある」


《その新人のことは僕は知らないんだけど、まず『どうやって』? そしてその子に『メリットはあるのか』? そこに説明はつくのかな?》


「手段については、正直空想の域を出ないと言わざるを得ない。未知の空間に身を置いている彼女だ。未知の知識や技術を持っているかも知れない。としか」


《とはいえ一番可能性は高そうだね。動機は?》


「彼女もまた、モノリスを何やら気にしていた。だから、何かしらこいつに意味が……」


 そこまで言って、ハルはどうしても排除できない第三の犯人の可能性と向き合うこととなる。

 やはりこじ付けには近いが、この現象を起こしる存在が、『もう一つ』身近に存在することから、無意識のうちに目を逸らすところだった。


「……そうだね。あとは、コイツ自身が犯人である可能性も、無視する訳にはいかないだろう」


《モノリスです! そうです、きっとこいつが、全部()りーです!》

《おねーちゃん。外部の者、いえ物体にすべて押し付けて解決を図ろうというのは、いささか安易と言わせてもらいます》

《ですがこいつは、この家にあるですよ空木うつぎ?》

《それだけですよおねーちゃん。きちんとエーテルからも、魔力からも今は隔離かくりされてます》

《おや。そうなのかいハル? 僕を殺したにっくきモノリスが、この家に?》


「ああ、保管してる。今僕の目の前にあるのと同様のものだね。研究所の地下で拾った」


《そんなそこらの石ころを拾うみたいにー》


 この事件を経て『危険』と判断されただろうモノリスの破片と、カナリーたちAIのデータを収めていた『トワイライトメモリークリスタル』。それらを封印するために、研究所は地下に厳重な密閉空間を建造した。


 それは後日開発されたアンチエーテルの黒い塗料で塗り固められ、エーテルネット普及後も決して外気と接触せぬようにと病的なまでに封を施され、全ての記録から抹消まっしょうされている。


《なるほど。モノリスはそこで、静かに全てを見ていた。そして今ハルの家にあるそれと同一のモノリスがその記録を、ハルの夢へと叩き込んだということか。動機は、まあ、無機物に求めてもしょうがないね》


「何かしらの条件が合致した、ってことで」


 ではきちんと隔離しているのに何故干渉したのか、という問いが最後に残るが、まあ強い磁気を発する石なので、その磁力が微妙に漏れ出ていた、という説明でどうだろうか?


 ……なんだか、皆でモノリスを犯人に仕立て上げたくて仕方ないこの雰囲気、若干じゃっかんの危うさもある。反論のない相手に全て押し付けて思考停止をしかねない。


「……まあ、思考停止でもいいか。今はこの夢そのものに、別に用はないんだから。さっさとこの夢破壊して、エリクシル空間に出ないとだ」


《あれ? 残念だな。じゃあまあ、こっちについては僕の方で考えておこうかね》


「任せる。この中で考えても、何も分からない気がするし」


《もう少しデータを取って欲しい気もするけれどね? あっ、ほら。彼らもようやく、異変に気付きはじめたみたいだよ?》


「エーテルを排出しろ。すぐにだ。管理ユニットもカプセルから強制排出」

「救助に向かいます」

「待て! 防護服を着用、忘れるな!」

「ですが、エーテルは既に正常に排出中で、」

「反論しているうちに着れば済むことだろうが! もういい私がやる!」


「うん。その判断は正しい。エーテルに触れた僕ら管理者は、体内で爆発的にエーテルを増殖させる。だから室内のエーテルを完全に排出した後も、管理者の体に触れれば強引にエーテルネットに接続される危険があるからね」


 手早く宇宙服のような防護服を着こみ、意識のないセフィを所長が装置から切り離す。

 その体は完全に脱力し、外部に一切の反応を示さない。


「《何があった? どんなデータを得た? 実験結果を簡潔かんけつに報告せよ》」

「…………」


 普段から無感情な管理ユニットたちであるが、外部の出来事も人の言葉もしっかりと理解しており、会話も可能だ。特に職員の指示に反応しないという事態は考えられなかった。


「《非常事態だ。医療班はすぐに処置を。おのれ、奴らこんな爆弾を掴ませやがって……》」


 毒づく所長と、慌ただしく動き始めるスタッフ。その中心にあるモノリスは、ただ何も語らずそこにあるのみ。

 エーテルネットに繋がなければ、石が能動的に何かを起こすことはない。


「……まあ後は、なんやかやあって石片を封印するのが決まって終わりか? 僕はこれから、どうすればいいのか」


《せっかくの夢だし、そのモノリスをもっと調べてみない?》


「えっ、嫌だよ怖いし」


《だったらその場から、すぐに離れた方がいいんじゃないのハルは? 自己制御を失った管理ユニットの体を、彼らは無造作に大気に晒しすぎだ。そんなことすればどうなるか》


「げっ……」


 ハルが、先ほど自分で解説したばかりだ。管理者は体内で爆発的にエーテルを増殖させ、接続効率を増していく。

 その管理者たるセフィが、意識を失い自己制御を欠いたらどうなるか。


 当然、体内のエーテルは呼気こきに乗って排出され、それはすぐさま室内の空気に混じって散ることになる。

 そして、エーテルはそんな室内に逃げ場なく立つハルの元に届き。


「……これなんかの悪意あるトラップだろ? 犯人は完全犯罪で僕を殺そうとしているの?」


 セフィと同じ管理ユニットであるハルもまた、そのほんの少しのエーテルだけで、まだモノリスと繋がっているかも知れないエーテルネットに、強制的に接続されてしまうのだった。


 視界は一瞬で暗転し、かと思えば強烈な光に包まれる。

 まるで『メテオバースト』で最高速でも出しているかのような、強烈な疾走感に包まれ勢いよく後方に流れ去る光の先に、ハルは。





《あっ、お帰りハル》


「死んだ」


《いいや生きてるよ。普通に夢からめただけさ》


「……おのれモノリスめ。分子レベルまで分解してやろうか」

「目が覚めたんすね! よかったー! あっ、いや、よくないっすかね? あのモノリスが夢の回廊の鍵で、あれを取ればエリクシルちゃんのゲーム世界に飛べる展開が理想だったっすもんね?」

「いやまあ、そうだけど。あの状況で通信不能なエリアに飛んだら、君らを心配させちゃうから、これで良かったかもしれない」


《そうだねえ。僕と同じように、異世界に飛ばされたのかと勘違いされちゃう。いや? 実際に飛ばされたのかな? でもハルにはこちらに肉体があるから、結果的にその肉体に収まって普通に目覚めるというオチに落ち着いた》


「……怖いこと言うなセフィ。なんだそれは、つまり、夢の中のモノリスに現実と同じ機能があるって事じゃあないか」

「んなわけねーです! 夢は夢、ヴァーチャルです! そんなん、もう完全再現されたシミュレーターです」

「ですが、ならばなぜ強制排出されたのかが気になりますね……」


 白銀の言うことも、ジェードの言うことももっともだ。これまで、回廊からゲームにログインできず、現世に叩き返されるなんて事態は起こらなかった。そこは気になる。


「……僕がセフィの追体験をすることによる、死の恐怖を感じて飛び起きた? 悪夢でガバッと目覚めるってやつだね。……わからん。普段、夢を見ることないからなあ」

「きっと、わたしのエミュレーターが不完全だったんす! そのせいに違いないっす! 任せておいてください、次のver(バージョン)4.4は、こんな事のないようなかんぺきな仕上がりに仕上げておくっすよ!」

「なんで数字がいきなり飛んでるの?」


 ハルが夢を見ている間にも、バージョンアップが進んでいたのだろうか? 働きすぎである。


《たしかにあり得ない話ではある。でも、あまり楽観的に考えすぎない方がいいよハル。特にこのことで、もう一人容疑者が浮上してきたことだしね》


「それって誰のこと?」


《気付いているんじゃない? いや、ハルは優しいから、無意識に可能性を排除しているのかな? ミントだよ。彼女は僕やハルをあわれんで、僕らの“同類”を増やそうとしているんでしょ?》


「モノリスの完璧なエミュレーターを作り出すことで、セフィと完全に同じ状況を作り、完全な同類を?」


 あり得ない。とも言い切れない。しかしどうやって?

 確かに動機の面では当てはまるが、ミントがいきなりこんな誰も知らぬ超技術に覚醒したというのも考えにくい。


 なんだか、謎を解明するはずが、さらに謎を増やしていっている。

 しかし、確実に近づいているのも確かなはずだ。やはり過去の研究所と、モノリスで全ては繋がっている。そう確信するハルたちだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ハル様が都合よく能力に目覚めないと決めつけるのは早計ですねー。鍛え上げた握力が不意に物質の結合の理を超えた融合反応を起こせるようになるかもしれないですし、極め上げた魔法がエーテルを触手のように扱えるよ…
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