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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部終章 信仰から生まれるもの

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第1463話 記憶の世界か記録の世界か

 ハルは無機質な白い通路を、ひたすらに真っすぐに進んでいく。

 確認するまでもないことだが、やはりここは実際の研究所ではなく、夢の中の世界であるようだ。本物のそれとは、明らかに作りが異なる。


「本物の通路はどう考えてもこんなに長くなかったしね」


《記憶にあるっすか?》


「そこは朧気おぼろげだけど、どう考えてもおかしいだろ」


《記憶はなくても、図面はあるです! マップを使った道案内は、白銀にお任せです!》

《どれどれ? あー、確かに、そういえばこんな感じだったっすね》

《懐かしいですね。というのは嘘になりますか。我々は当時、この中では明確な意識など無かったですからねぇ》

《はっ! こんな話してたらダメです! 空木うつぎが、仲間外れを感じちまうです!》

《おねーちゃん、私は気にしませんが。でも、ありがとうございます……》


 神様の中で一人だけ、空木のみが研究所産ではない。そのことを気遣って、白銀が強引に話題を変えた。気が利くお姉さんである。


 そんな白銀はといえば、この中でも最も長く研究所内に放置されていたAIだ。お姉さんを気取ってはいるが、神様歴では最も若い。

 そのせいか、当時の見取り図などのデータも詳細に残っているようであり、その情報を夢の外からハルへと教えてくれた。


「まあやっぱりこの区画、こんなに長く続いてないよね」


《こんななってたらとっくに研究所の壁をぶち抜いてるです!》

《確かにそうですね。やはりこれは、夢の回廊特有の無限ループと見ていいのでしょう。しかし、こうして見るとマゼンタの『幽体研究所』とどことなく雰囲気が似ていますね》

《マゼンタはここを真似して作りやがったですか!》

《きっとそうなのでしょうね》


 ジェードが言っているのは、『神界』に作られた各神様ごとの特殊施設のことだ。

 確かにマゼンタのそれも、細部こそ違えどこうした近未来を感じさせる非常に清潔な見た目をした構造で、壁一面に同じような扉が並んだ通路が延々と続く構造をしていた。


「まあ、あっちは透明なパネル張りと中央の吹き抜けが、開放感を演出していたけどね」


 一方のこちらは解放感などまるでない。真っ白で明るい通路は、閉塞感へいそくかんこそあまり感じさせないが、狭く窓も存在しない。


 以前に潜り込んだとある人物の夢も、こうした狭い通路の続く宇宙船の内部であった。

 そうした作りに似ているから、この場が夢の回廊として選ばれたのであろうか?


「いや考えすぎか。ヨイヤミちゃんの夢は、開けた遊園地だったからね。ああいう方がやりやすいんだけどなあ……」


《ヨイヤミさんこそ、ご自身の入っていた病棟がマップとして選ばれそうなものですがね》

《ジェード! 失礼っすよ! ヨイヤミちゃんの想像力が、無機質な病棟の記憶に打ち勝ったんす!》

《あなたこそ失礼ではありませんかエメ。それは暗に、『ハル様には想像力がない』と言っているようなもの。まったく困ったものです……》


「いやお前だよジェード。ほんと全方位に失礼な奴だな……」


《そ、そうっすよ! わたしは全くそんな意図で言ってないのに! 失礼しちゃいますよねハル様!?》


「それはそうとエメも無意味に隙を晒したから、あとでおしおきね」


《ひーん!》

《逃げないように捕まえておくです! 白銀に、お任せです!》

《私も手伝いますよおねーちゃん。ぐるぐる巻きにして縛っときましょう》

《空木ちゃんまでどうしてー!》


 外が実に賑やかなので、このずっと見ていると不安に押しつぶされそうになる通路でも気分が沈むことはない。口には出さないが、彼らに感謝するハルだ。

 ただ、外の喧騒けんそうはこの状況を打破する事もなく、気持ちが上向いたからといって、この進もうが戻ろうが変わらない通路に、変化が起こることはなかった。


《思うに、この場所が選ばれたのは恐らくは消去法でしょう。ハル様や我々は、『スキルシステム』等の通常の人類を対象としたシステムの恩恵を受けることが出来ません。ハル様の想像力はうんぬんは、この際関係ないでしょう》


「最初からそう言えジェード。まったく先生は回りくどい」


《ははは、いや失礼》


 その推測にはハルも賛成だ。アメジストの世界でも、ハルだけは他の生徒のように特定の指向性をもった楽しなフィールドが形成されることはなかった。

 まあそれゆえに、自由にやりたい放題の創造が出来てしまったのであるが。


 それと同じように、『ハル専用の夢』というものが構築できないエラーによって、仕方なく作られたのがこの空間。ということか。


「……いや待てよ? じゃあ何で草原じゃないんだ?」


《むー! むーっ!》

《おねーちゃん。エメがなにか喋りたそうにしています。拘束を解いてあげますか?》

《しゃーねーですね。やいエメ! 有益なことを言うですよ!》

《ぷはあっ! それはもちろん、アメジストの奴のゲームじゃないからじゃないっすかね! あっ! ごめんなさい! 分かり切ってること言ってごめんなさい! 猿轡さるぐつわしなおさないでー!》


「まあ、確かにね。デフォルト設定が違うんだから、ブランクマップもまた違うのは当然。その場合、じゃあ“誰が”研究所なんかを初期設定にしたんだって話になるが……」


《考えすぎではないですか? 定義できない場合、その人の記憶から適当な物をピックアップするというだけかも知れません》


「だね。それに、仕組みが分かったところで今はそもそも関係がない」


 必要なのは、マップの生成法則を知ることではなくこの世界からの脱出方法だ。

 どうせ壊す前提の世界、あまり気にしすぎても仕方ない。


《なら気になったんすけどねハル様。どうして、廊下の突き当りの扉しか開けないんすか? 扉ならいっぱいあるじゃないすか、左右に。そこを開けたら、また別のエリアに繋がってるかも知れませんよ?》


「……んー、まあ、そうなんだけどねえ。何となく、開けるのを僕は嫌がっている。いや、『怖がってる』かな? 正確には。この扉を開けた先に、待っているだろう者を見ることを、無意識に怖れているんだ」


《このっ、エメ野郎め! です! マスターを困らせることばかり言いやがってです!》

《さいてーですね。失望しました。マスターが悲しいお顔をしています……》

《ひーんっ! ムチで叩かないで! 冷たい目で見ないでほしいっす! で、でもですね!? そこを無視したままでは、もしや一向に進まないのかなあー、と》

《デリカシーというものが欠けていますねぇ、エメは》


「お前が言うなジェード。しかし、実際そうだ。目を逸らしてばかりはいられない。例え、当時の同僚と顔を合わせる事になってもね」


 結局、どんなに姿が似ていようとも、これは夢なのだ。ハルが何かを気にする必要などないはずである。

 そのように自分に言い聞かせ、感傷を抑え込み、ハルは左右に並ぶ扉の一つに手をかけたのだった。





 それは『部屋のドア』というよりは、大型の金庫室の扉、もっとぞくにいうなら巨大な冷蔵庫の扉のような気密構造をしている。

 空気圧による抵抗を感じながら、ハルはその人間の個室にそぐわぬ形の扉を開き、その内部を覗き込んだ。


 一瞬、中はからのままで、結局この世界にはハル一人だけ、そんな願望ともとれる幻視げんしがハルの脳裏のうりをよぎったが、現実の方は少々意地悪だった。


 そこには、今のハルと同等の背丈をした、雰囲気もまたそっくりな少年が、じっ、と扉を開けたハルの姿を見つめていたのであった。


「……セフィか」


《えっ!? そーなんすか!? 良く分かるっすね!? 憶えてるんすか!?》


「いや、でも彼とは、唯一今も親交がある。なんとなくだが、多分そうだっていう確信があるよ」


 実際の彼と比べると表情もとぼしく、正確には細部の姿形すがたかたちも異なってはいるのだが、きっとそうに違いない。

 根拠はないが、妙な実感がハルにはあり、その感覚が正解だろうと半ば確信を持っているのであった。


《反応を示しませんね。これは、ハル様の夢の中だからでしょうか? それとも》


「まあ、夢だろうがなんだろうが、当時の彼らは、いや僕らは、誰かが部屋に来たから何か反応するなんて情緒は備えていない。こうして状況を観察して、終わりだ。むしろこの子が流暢りゅうちょうにお喋りなんてし出したら、それこそ夢だ」


《それじゃ、NPCなのかどうかも判別つかないっすねえ》


「しかし奇妙だ。オブジェクト扱いなのかも知れないが、今までの夢には夢のあるじ以外の人間は出てこなかった。これもエラーか?」


《傾向を語るにはサンプル数が不足していますよハル様》


「確かにね」


 そんな風に独り言を語るハルに対しても、かつてのセフィの姿をした者は何も反応を返すことなくただ見つめるのみ。

 エメの言うように、これではこのセフィがオブジェクトなのかNPCなのか分かったものではない。


 ……人を物扱いするなと思われてしまいそうだが、ハル自身も、当時の自分達をあまり『人間』として考えられないのだ。ロボットのオブジェが置かれているのとどう違おうか?


《じゃあここは、他の扉もばしばし開けてみるです!》

《おねーちゃん。無神経ですよ?》

《マスターも吹っ切れたです! ならば、ここは背中を押してやる人が必要なのです!》

《そっすね! じゃあハル様! ここは、当時好きだった子の部屋でも見つけましょうぜ、ぐへへへ……》

《エメ! 無神経です! その余計なこと言う口をふんじばってやるです!》

《なんでわたしはダメなんすかー!!》


「だから当時は好きとか嫌いとかそういう感情なんてないと、」


 ハルたちがそんなやり取りをしていると、急に、何の前触れもなく、この場にもう一つの気配が現れる。

 その気配を察知しハルが咄嗟とっさにその方向を向くと、そこには今度こそ予想外の、管理ユニット以外の人物が姿を見せていた。


 どこから現れた、とは言うまい。この場はもとより夢の中、人が出たり消えたりする程度、ごく普通のことだろう。なにせ地形ごと一瞬で切り替わる世界だ。


「むしろ今までが夢にしては変化がなさ過ぎたね」

「あら? 珍しいわね。君たちが自分から外に出ているなんて。えーと、君は……」

「光輝」

「そう、光輝君! 成司君に用事?」

「いや別に」

「そう」


 ハルのぼやきは完全に無視はしているものの、しっかりとハルの存在を認識している。

 こちらは、はっきりと『ゲームのNPC』感のある人物だ。夢の中ということを考えれば、反応しただけでも凄いのかも知れない。


「会話にならないのも、夢と考えれば自然なことか。というよりこれは、夢というより記録なのか? この研究員のこと、僕は本気で憶えてないぞ」


《ハル様が憶えてないなら、誰の記憶、いや記録なんすか?》


「さてね? セフィがどこかに保管していて、それに偶然繋がった。いやいや。乱暴すぎる理屈だ……」


《マスター? 『せいじ』というのは?》


「ああ。セフィの本名? みたいな感じだよ空木。僕は光輝、セフィは成司。さすがに、研究所の人達も僕らを番号で呼ぶのは気が引けたみたいだよ」


《なるほど、ありがとうございます》


「そこから『光輝の書』『創成の書』になぞらえて彼がセフィを名乗った時点で、彼は半分、自らの正体を明かしていたっていう訳だ」


 そんな昔話をしているうちにも、女性スタッフはかつてのセフィを連れて廊下の先へと向かう。

 先ほどまでは、ハルが何枚扉を開こうが同じ通路が続くだけだったその扉も、夢のスタッフが開くことですんなりと本来の研究所の先へと通じている。

 それに乗じることで、ハルも晴れて先へ進むことが出来るというギミックだろう。


「……誰だ? こんな悪趣味な設定した奴は? まあ、誰でもないのかも知れないが」


 ともかく、進まないことには話は始まらないだろう。ハルは自分もそのスタッフの後ろにしれっとつくことで、ひとまずこの無限回廊からの脱出を果たしたのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
いえいえー、きっと日本一の研究所にすべく真面目にやってきた結果、図面を超えて必要になるぐらい増設したのでしょー。もしくは無限に続く一直線に見せかけて、わずかに角度をつけることでただのループの出来上がり…
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