第1460話 読める人格と読めない人格
織結家現当主、織結悟。モノリスを管理する三家のうちの一つであり、他の二家当主と比べて年齢は若い。
それに加えて、三家のうちでは影響力を落としていることもあり、軽んじて見られることも多いという。
「お母さん的には、他二人より馴染みがあるわこの人は。精力的に財界に進出している家ですからね? ただ、そうやってあくせく働かないといけない時点で、他の二つから見ると『落ちぶれた』って感じなんでしょうね」
「他の二家は働く必要などないと」
資産の生む運用益だけで、起業が必死に生み出す利益を軽く上回る。それが彼ら旧家ということのようだ。言ってしまえばケイオスの超上位版の生活である。
莫大な賞金を全て運用に回して、ようやく一般人の生活を賄えるレベルであることを考えると、彼らの所持する総資産がいかにバグったレベルか分かるというもの。
相続税などはどう対応しているのか気になるが、本題からズレるので言及するのはやめておくハルであった。
「奥様とならどっちが強いんです?」
「当然、私よ! 織結よりマシってだけで、現状維持に甘んじている連中なんてその時点で落ちぶれてるのも同然。私の敵ではないわ! お母さん最強ですもの!」
「聞いといてなんですが、『どっちが強い』って比べ方、意味わかりませんね」
「どうせお母さんが勝つから問題ないわ!」
こんな脳筋めいた発言をしているが、本当に『強い』から質が悪い。
成り上がりものと蔑まれることもあるが、それだけ月乃の財力と影響力というものは大きかった。
「そんな中、現当主の織結悟はある程度の家の立て直しを成功させた有能な男ではあるようね。とはいえまだまだ、全盛期には程遠いのだけど」
「それは、今回の事件によって?」
「いえ。その前からよ。今回の事件では、インサイダーによる株取引での収益や、他者の内部情報を掴んでの立ち回りによって大きく業績を伸ばしはしたけれども、私としてはそこは特に評価に値しないわね?」
「そうなんですか。それって、長期的に見たら敵を作りすぎて逆に非効率とか、そういうことです?」
「なくはないけど、本質的な失敗ではないわ。敵が生まれたなら、これ幸いと叩き潰して糧とすればいいだけ。私ならそうしてきた。ハル君だってそうする」
「奥様と一緒にしないでくれます?」
まあ、確かにハルも『敵を増やしそうだから自重しよう……』というプレイよりも、『増えた敵ごと粉砕すればいい』という方が好みではあるので、月乃のハル評は間違ってはいないのだが。
「彼の失敗は、勝ち続けられなかったことよ。短期の臨時収入など、敗北するくらいなら無い方がいい」
「その意見は僕好みではありますが、経済の世界では何度負けようとも利益を出せばそれで価値なんじゃないですか?」
「普通の企業ならそれでいいわ」
「奥様や彼らの規模になってくると、そこに価値はないと」
何度失敗しようが事業がコケようが、ただの一発でも爆発的利益が生めれば経営者としては勝利。その理屈は、月乃には通用しないらしい。
勝つのは当然、勝ち続けなければ意味がない。まあ、世界を牛耳る者達の話だ、特に参考にはならないだろう。ハルも話半分に聞いておくことにする。
ただ、確かに今回の敗北によって、皇帝は、織結悟はハルと月乃に目を付けられることとなった。
ハルが自分で言うのもなんだが、これは結構、致命的な話かも知れない。
そうなると確かに、これは月乃の言う通りなのか。
「楽しくなってきたわ? 今回彼は、大きく動いた。そこに生じた隙も大きい。多少の成功などでは賄いきれないくらい、その隙から切り崩してやらなくちゃ」
「うわぁ。しかし、奥様が動くことなんですか?」
「当然! 私のハルくんに逆らったんだもの、その落とし前をつけてやらなくっちゃ!」
「子供の喧嘩に親が出るのやめてくれます?」
「それにね? いつか隙あらば、あの三家のどれかはぶっ潰して配下に置いておきたかったの」
「……それは、例のモノリスの件ですか」
「というよりも、研究所時代のデータね。奴らによって徹底的に闇に葬られた、それをどうしても手にしたい」
確かにそれは、ハルとしても興味はある。この情報社会の中にあって、大災害当時のデータというものは不思議なくらい出てこない。
もちろん、全ての電子機器が一斉に使用不能になるという未曾有の事態、そのような結果になるのも不自然ではない。
しかし、ハルが徹底的に調査してもほとんど出てこないというのはさすがに奇妙だ。月乃にとってもそれは同じ。
一応これまで、消しきらなかった断片のいくつかを発見できた事にまだ人間味を感じるが、しかしその程度しか情報を残していないのは見事を通り越して不気味。
これは、既存の技術では説明のつかない何かしらの方法で、隠蔽工作が行われたと見て間違いないだろう。
「御兜の天智さんも、超能力の使い手でした。恐らくは彼の祖先も。となれば」
「ええ。研究所の連中は、元から超能力開発を行っていたと考えていいわ。私も、その断片を利用させてもらっている」
「あの奥様の秘密の地下室ですね……」
他人に語ったら鼻で笑い飛ばされる陰謀論の中の話を、普通に実行するのが月乃のネジの外れたところだ。研究所もびっくり。
まあ、その月乃と袂を分かたず、こうして今も親密にしているハルも、当事者のルナ本人も、同じくネジの外れた人間なのだろうけれど。
普通ならあの時点で月乃と敵対し、その行いを断罪すべきなのだろう。やはりハルは、正義の味方にはなれはしない。
「……まあ、今はそれより、落ちぶれたという織結もまた、何かそうした特殊な力を受け継いでいる?」
「そこは、対峙したハルくんの方が詳しいんじゃないのかしら?」
「ええまあ。とはいえ、あまりよく分かってないんですよね。夢世界の織結、皇帝は、リアルの彼と自分は別人だというような事を語っていました」
「痛い誇大妄想よね?」
「そう言っちゃったらお終いなんですけどね。ただリアルの彼には本当に自覚がないようですし、そうした二重人格を作り出す超能力、なんて可能性も無いではないかと」
「何の役に立つのかしら?」
「さあ……?」
まあ、限定的ではあるものの色々と活用法はある。特に、ハルのような存在を相手にする際に非常に有用だ。
まず主人格(とここでは定義する)である織結悟は、別人格の行動を本人ですら認識しないという最強のセキュリティを持つ。
ハルのような洞察能力だろうと、エスパー的な読心能力だろうと、決して秘密を暴かれることはない。
秘密に限らず、不要な感情は全て別人格に押し付けることも可能かも知れない。そうすることで、主人格は常に一定の平静を保って、流されることなく活動可能だ。
そうしたメリットを、思いつくままにハルは月乃に語っていった。
「ああなるほど。それはつまり元から、読心能力者とかそういうのが居たからこその、カウンターとしての能力ってことね」
「まだ単なる妄想の域を出ないですけどね。ただ考えてみればあまりにも、それが存在していたら僕に対してメタを張られているなと」
「当然かも知れないわね。研究所を作ったのは彼らの家なんだし、ハルくんたち管理ユニットに有利を取れる能力は必要よね?」
「まあ、あんまり有利取られた気はしないですけどね」
「あら頼もしい」
まあそれは、あれがそもそも能力の限定されたゲーム世界であり、彼がゲーム慣れしていなかったという事情が大きい。ハル同様、彼も特殊能力を封じられていたことだろう。
それに、いくらハルに有利を張っているといっても、そもそもが対抗能力だ。<鑑定耐性>は重要だが、それ単体では何かを起こすことはない。
「そもそも、二重人格ってどういう物なのかしら? ハルくんのそれとは違う?」
「さてなんとも。結局まだ妄想ですからね。ただ、僕の場合並列思考ごとに人格が独立するようなことはありません。全ての情報は共有され、自己を認識している意識はこの僕一人です」
「じゃあつまり、美月ちゃんとえっちしながら分身でアイリちゃんともえっちしたら! 二人の身体を同時に味わっているってことね!?」
「……いやそうなんですけど。普通します? そういう例え?」
目をキラキラ輝かせてなんてことを聞いているのだろうか? 仮にも娘の情事の話であるのに。
「まあそんな事はともかく、つまり僕の力では、エスパーに対しては無力ですね」
「居るのかしらねぇ、リーディング能力者」
さて、どうだろうか。ただ人間の思考の仕様上、よくあるような『音を聞くように心の声を聴く』能力というものは難しいようにハルは思う。
ただし、絶対にないとは言い切れない。現にこの家にまさに、他人の視界に侵入できるヨイヤミという規格外の能力者が居るのだから。
「もし居たら、ハルくんは対策できる?」
「恐らくは。もしヨイヤミちゃんと同種の力だとすればですが、まず前提として僕が侵入を許すことはありません。防壁に引っかかります」
これは別に読心能力を警戒してのことではないが、ハルは元々思考領域への侵入に対して強い耐性を持つ。
超能力者ではなく、自分や自分の同類たちがそうした力を無制限に使い放題のヤバい奴らであるため、“混線”を防ぐためにもそうした防衛機能は必須であった。
その防壁が今までエスパーを検知したことはなく、そんな能力者は居ないか、それとも防壁をものともしない更なる規格外であるか、そのどちらかだ。
「まあこの狭くも広い世界、まだ出会ってないだけかも知れませんけど」
「ハルくん引きこもりだもんねぇ」
「能力半径数メートルとかなんですよきっと」
なんだかバトル漫画の話でもしているような二人だが、二人とも極めて真剣だ。
……いや、真剣な話という体で、この馬鹿話、そしてこの時間を互いに楽しんでいるだけかも知れないが。
「よしわかったわ! 今後は、織結には二重人格能力があると断定して、調査を進めることにしましょう!」
「断定しちゃっていいんですかねえ」
「いいのよ! 無さげだったら、その時はまた別の視点から探って見るわ!」
「まあ確かに。多重人格だと断定してかからなければ、本当にそうだった時に痕跡を見つけられませんか」
中学生のような馬鹿話であろうとも、やると言ったら月乃は全力だ。本気で、二重人格でしか成しえない行動の履歴を洗い出すだろう。
ハルもまた、そちらの線でもう一度情報を洗い直してみよう。
そもそも皇帝の起こした行動にはまだまだ謎が多い。結局、ユリアが人体実験だと怖れた謎の設備の配置計画も、何も起こらず、何のデータも取れずに終わった。
あれはいったい、何をしようとしていたのか。例え織結悟本人に聞いても、答えが返ってくることはない。本当に呆れたセキュリティだ。
「という訳でお母さんはそうするけど、ハルくんはどうするかしら?」
「……そっちも確かに気になりますけど、僕はまずエリクシルの方を追うことにします。もう一度あの世界への道を作って、本人に会って問いただしてみないことには、僕のゲームは本当の意味では終わりませんし」
「ゲーマーって大変ねぇ。サ終したゲームの運営元に乗り込んで、『真エンディングを見せろー』って騒がないといけないなんて」
「いやそれただの悪質なクレーマーじゃないですか!」
確かに、やっていることは大差ない、のだろうか?
いや、これはこのまま放置していたら、第二第三の『クソゲー』が生み出されまた世に出てしまう。これはそれを防ぐための、世のため人のためなのである。クレーマーでは、ないのである。
……自分でも何を考えているか分からなくなってきたハルだった。こういう時こそ、冷めた目で自分を見られる並列思考は強いのかも知れない。
「……奥様と話していると実は自分はバカなんじゃないかと思えてきます」
「それってお母さん天才ってこと! きゃー、うれしー!」
「ある意味尊敬はしますよ……」
そんなこんなで実りがあったのかなかったのか、良く分からないまま月乃との会談は終わりを迎えた。
実は相当に忙しいだろう彼女だ、次の予定の時間が来てしまったようである。
結局彼女にとって、この会話に成果があったのかなかったのか。ハルと月乃は、そうして揃って奥の間を後にしたのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




