第146話 呪われた伝説の装備の伝説
再び魔道具開発局にやってきたハル達は、伝説の武具と位置づけられている、<錬金>でも最高峰の生成物を作っていくことにした。
それは最高位の素材をふんだんに使ったピラミッドの頂点。ひとつ作ろうとするだけで、莫大な素材と時間が必要になる。
「でもこの施設の存在で、随分楽になったんじゃないかな。アトラ鉱にしても、鉄鉱石256個集めれば良い訳だし」
「ハル君。MP」
「おっと、そうだね。でも時間よりは捻出しやすいんじゃないかな」
「まあ、そうかもねぇ。ゴールド稼いで、回復薬をショップで買えばいいもんね」
「鉄鉱石の合成だけで128回かかって、次が64回ですから……」
必死に計算するアイリがかわいい。王女として高等教育を受けた彼女であるが、こういった計算にはあまり馴染みが無いようだった。消費MPも、鉄鉱石の時と上位の鉱石では同一ではないため複雑だ。
ハルやユキなどはゲームで似た計算をする事が多いので割と慣れている。
とはいえハルやユキは今エーテルネットに接続されているため、計算はそちらに任せるズルをしている。答えが出るのが早いのを誇れる事ではないだろう。
「アトラ鉱以外は掘れないし、単一素材の合成じゃないんだね」
「ハル君ほどじゃないけど、掘って解決したら生産専門のプレイヤー要らなくなるし」
「生産でしか作れないアイテムはバランス上必要か」
「あ、それなら分かります! わたくしにも!」
実際の職業を思い浮かべたのだろう。間に職人を挟むことは経済においても重要なことのようだ。
この世界の産業はどんなものがあるのか、少し興味がわくハルだった。後でアイリに教えてもらおうと思う。
さて、それより今は合成の方に集中しよう。二人と共に、必要素材を逆算していく。
伝説の武具、何の伝説なのかは杳として知れないが、とにかく伝説のようだ。その武具を作るには、特に伝説ではない上位の武器を使うらしい。
その武器を作るには中位の武器が必要で、と段階を経ていく。もちろん各段階に、他にも様々な素材が必要だった。
「……レアモンの素材はあんまし要らないみたいだね。私があらかた使い切っちゃったから、心配したよ」
「幽研はレア素材、こっちは汎用素材って感じで分かれてるんだね」
「ただし、数がたっくさんです!」
「そうだねアイリちゃん。希少な物が出るまで粘るか、時間をかけてそこらの物をたっくさん集めるか、その差別化なんだ」
「……言うほどレア素材の必要数少ないか?」
昨夜、ユキと共にレア素材を湯水の如くつぎ込んで強化に費やした事を思い出すハル。ユキも、ワンテンポ遅れて苦笑いする。今の体の事ではないため実感が薄かったようだ。
「そういえばユキさんは、強くなったのですよね!」
「うん。……たぶん?」
「性能試験はあまりしなかったからね。一回の強化は微々たるものみたいだし」
「それに、あっちの体の事だから。今はあまり分からないや、あはは」
相変わらず、ユキの意識は二つの体にはっきりとした境界を作っているようだ。
彼女が語るには、今の体、実際の肉体で居るときは何だか夢を見ている気分だとのこと。夢の感覚がハルにはよく分からないが、よく聞く例えでは普通は逆である。
フルダイブ作品をプレイする事を、夢の世界で遊ぶ事によく例えられている。
なぜ夢なのかと彼女に聞くと、『なんだか頭がぽやぽやして、体も思うように動かせない』、らしい。その答え自体がぽやぽやしていた。
「ハルさんから見て、どう変わっていましたか?」
「体を構成する魔法式の配列が変わっていってたよ。おかげでどの式が何に使うのか結構分かった」
「なるほど! こちらのコードにも同じのが出てきたら役に立ちますね!」
「ハル君にえっちな目で見られたんだー」
「まあ」
「……後は、段階を経るごとに式の数も種類も増えていったね。式間が引き締まった体になった、とでも言うのか」
「ね? じっくり観察されちゃった。体のラインも透視されてたんだよ」
「まあ」
女の子たちはえっちな話題の方がお好みのようだった。ユキも、こちらの体の時は少しその度合いが強まっているようにハルは感じる。
そんな雑談を交えつつ、ハル達は武具の作成作業を進めていくのだった。
◇
「完成です!」
「完成だね。まずは剣」
「『魔剣グランシャット』。大きくて強そうな剣だね。ハル君もてる?」
「別に見た目通りの重さがある訳じゃないからね」
叩きつけると衝撃波を発生させる追加効果があるようだ。やり方によっては剣閃を飛ばせるようで、これぞファンタジーといった戦い方が出来るだろう。
続けて、次々に作っていく。
「完成です!」
「双剣。名前からすると小太刀なのかな?」
「『斬霊刀・幽世、現世』。切れ味良さそうだけど伝説感ないね。ニンスパに出てきそうだ」
「美しいですね! ハルさんが作った剣のようです」
「そうだね。僕の国の剣だよ」
「素敵ですー……」
幽世はMPを、現世はHPをモンスターから吸収する効果があるようだ。
なかなか実用的な武器である。
「また完成です!」
「弓だね。……そういえば、この世界で弓って見たっけな?」
「魔法あるもんね。誰も使ってないよ。……『天弓エルヴンボウ』、定番だ! エルフ、居るの?」
「居ない」
「意味無いじゃん!」
「どんな人たちなのですか?」
「耳が長くて、綺麗な人? こんど私が、耳伸ばしてきてあげるね」
「楽しみですー!」
言外に自分が綺麗だと言っているような物だが、ユキは気づいていないようだ。ハルも突っ込まない。実際にユキは綺麗だ。
弓の効果は、光の矢を放出できる、いわば魔弓だ。伝説と言うにはありふれた効果だが、この世界あまり弓そのものが無さそうだ。十分に特別だろう。
威力の方は伝説級であることを期待する。
「完成です! 輝いてます!」
「鎧だね。これは、人気でなさそう……」
「『光鎧アトラ』。アトラ鉱使いすぎ。ふざけてるのかな?」
「だから、人気が出ないのですか? こんなに素晴らしい鎧であれば、兵達の憧れの的ですのに……」
「それもあるけど、僕ら、ゴテゴテの防具ってあまり好まないからね。好きな人は勿論居るけど」
「おしゃれ装備が基本だもんね。ドレスで戦場に出るんが当たり前なんだよアイリちゃん」
「可憐ですー……」
魔法を散らす効果がある強力な防具のようだ。効果のほうは、ハルも非常に興味がある。この世界においては、非常に大きな恩恵をもたらす装備である。
ただ、ハル自身もあまり鎧で戦うイメージを自身に持っていないので、使うならやはりコードを抜き出して形を変える必要があるだろう。
「こんなところだね」
「おしまいですか? まだ種類はあるようですが」
「素材が無くなっちゃった」
「魔剣と鎧なら、まだ作れそうだけどね。ハル君と一緒に鉱石はいっぱい掘ったんだけど、それ以外はあんまり」
「これでも普通のプレイヤーより収集してるはずなんだけどね。伝説たる所以か」
「凄い世界なのですねー」
「アイリちゃんは真似しちゃダメだよ?」
実はアイリには割と素質がありそうなので、アイリがゲームにのめりこみ過ぎないよう気をつけないといけなかった。
幸い、ハルと一緒にやるのが楽しい、と嬉しいことを言ってくれているので平気だろうが、そのハルがゲーム好きである。自分を省みた方が良さそうだ。
「じゃあ、完成したことだし、これを分解して行こう」
「そういえばそれが目的でした!」
「普通のプレイヤーが聞いたら泣きそう」
この完成品の武具すら素材だ。真の完成品はその中に含まれたコードである。
普通のプレイヤーにとっては憧れの装備、最終目的のひとつであろうこれも、ハル達にとっては通過点のひとつに過ぎなかった。
「分解する前に、少し試してみませんか……?」
「そうだね。少し遊んでも良いんじゃないかなハル君」
「良いよ。性能試験も必要だろうし」
目的はコードだが、そのコードがどんな働きをするかを確認するのが自称伝説の武具を作った目的だ。どの道、性能確認は必要だった。
ユキの言うように、魔剣はまだ作り直せるのでハルの方が気が急いてしまったようだ。案外、コードを出す行為を楽しみにしていたらしい。ここの管理人、魔法神ウィストに言われた、この作業を楽しんでいるという事実を自覚するハルだった。
「ユキ、これ持っててね」
「これなにハル君。ポーチ? あ、きっとえっちなグッズだ!」
「んなわけないが。キミは僕をなんだと思っているのかね?」
「うちゅうふくなのです!」
衝撃の余波でユキに傷が付かないように、環境固定の力場を発生させる装置を持たせると、ハルは魔剣を構える。
衝撃波、と地味な説明だが、仮にも魔法の世界において伝説を語る武器だ、生半可な威力ではないと予想される。
「ふっ!」
ハルが上段から剣を振り下ろし、切っ先を地面に叩きつけると、それだけで前方に向かって地走りの衝撃波が飛んでいく。それは壁に衝突すると、火薬が破裂したような風圧となってハルの頬を強烈に撫でて行った。
壁や地面には傷ひとつ付いていないようだ。ウィストの言うとおり、頑丈な部屋のようである。
「結構つよいんじゃないんハル君? 中級の魔法くらい?」
「そう聞くと微妙感あるけど、剣を振るだけでそれが出るってのは便利なんだろうね」
「はい。危険ですらあります……!」
「普及には慎重にならないとね。まあ、コレに関してはあまり心配は要らなそうだけど」
「どゆこと?」
「衝撃波が出るとき、自動で魔力が吸われてる。100弱くらいかな? この世界の人だと、気軽には使えない」
「なるほど……、しかし、誰でも一発は撃てる事に変わりはありませんね」
一発だけとは言え、新兵を歴戦の兵士と同等に変える武器。ヴァーミリオンの遺産と同様だ。やはり、考え無しに普及させるのは危険のようだ。
魔力を吸う機構があるならばと、ハルは自分から剣に魔力を送ってみる。すると剣はそれに応えるように輝きを増し、振るわれる瞬間を歓喜によって待ち焦がれているような錯覚を、ハルに感じさせた。
そのまま横薙ぎに振り切ると、剣は衝撃波の嵐を放出し、空気をかき乱し、なぎ払っていく。壁へ衝突すると、ずしん、と響く鈍い音が威力の大きさを伝えて来た。
反射してくる剣圧は、アイリが防壁の魔法を張って吸収してくれたようだ。
「慣れれば飛ばせるってのはこういう事か。自分でMP込めるみたいだね」
「ハル君危ないって。生身なんだから。そのうちケガしちゃうよ?」
「ごめんね、心配かけて」
「ご安心ください! わたくしが付いております!」
「プリンセスに守られるナイト様……」
「こらそこ。不名誉なこと言わない」
名誉はともかく、実験をして分かった事は多い。まず<神眼>で解析したところ、魔力を吸い取る機構や、衝撃波を発生させる機構の構成が明らかになった。
分解してみない事にはまだ分からないが、恐らく同じコードが使われているだろう。初めて見る物に加え、ここに来てプレイヤーの体に使われているコードも多く見られた。上位の構成であるためだろう。
下位の、ここでは仮に下位と言うが、りんごから出るようなコードがプレイヤーに使われていないのは、機能が限定的すぎる為と思われる。
「という感じで、この剣の機能は結構分かった。細かい調整用っぽいコードは、分からないところも多いけどね」
「それを組み合わせれば、オリジナルの魔道具が作れるのですね!」
「そうだね」
「着用者の魔力を吸って、全方位に衝撃波をバラ撒く鎧を作ろう」
「罠か! 大惨事じゃないか!」
真顔でユキが面白い事を言う。テンションは違うが、この辺りはキャラクターの時のユキと似通っている気がする。
「誰も得しない上に、着用者まで死んでしまいますー……」
「呪いの装備だね。そう考えると、ありそうな発想だけど」
「じゃあ着用者だけは守ろう。彼は呪いによって、誰も近づけず、孤軍奮闘の旅が始まるのであった。つづく」
「悲劇ですー……」
「もう脱げその鎧」
「脱げないんだよ。呪いだから」
「その方はどうやって生活するのでしょうか!?」
与太話はともかく、使い方次第では有りな発想かも知れなかった。反応装甲のように防御力を上げるために使ったり、全身を攻撃兵器として突進する攻守一体の装甲も作り出せる。
ただ、今回作るべきは基本的な魔道具だ。せっかくだが衝撃波のような攻撃的な部分は置いておこう。目を向けるべきは魔力を吸って扱う機構、及び各種の制御機構だった。
どちらも、何を作るにおいても活用が可能そうである。
「派手なのが良いけど、仕方ないね」
「うん。攻撃性の高いもの教えると、きっと皆それに傾倒しちゃうし」
「攻撃力を高めることにばかり、頭を使ってしまうのですか?」
「プレイヤーの性だよアイリちゃん。私は別にいいけど、ハル君は魔道具の作り方自体を考えさせたいみたいだから」
「もっとほのぼのしたのが良いよね」
「この人はこれと同じ口でガンマレイを起動承認しました」
「減らない口だ。ふさいでやろうか」
「お二人はなかよしさんですねー」
剣をぶんぶんと小刻みに振りながら、<神眼>で中のコードを精査していく。
ユキとアイリが手持ちぶさただったので、二本目の魔剣を合成する。一本はりんごと混ぜてコード化し、中身の確認をしてもらおう。
調整用のコード、ここを調べるのが少し大変そうだ。吸収の調整をする機能。送られた魔力によって威力の調整をする機能。衝撃の発生方向を揃える機能。
魔力量、切り方などを変え少しずつ調査を重ねる。
「ハル君りんご好きなの?」
「ん? これはまあ適当に選んだだけなんだけど、好きだよ?」
「私もすきー」
「今日のおやつは、アップルパイにしましょうか!」
「いいかもねアイリちゃん。一旦もどろっか?」
「もう少し、やっていきましょう!」
そんな、案外凝り性なアイリと共に、ハル達は雑談しながら、その後もしばらく研究を続けていった。




