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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部終章 信仰から生まれるもの

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第1459話 新時代のお年玉

 世間はまだお正月休み。しかしそんな中でも、忙しい人たちというのは当然いるものだ。この時代になっても、真の完全無人化サービスなどというものは実現にほど遠い。

 ハルたちもまた例にもれず、特に神様たちが今も必死に働いている。エメなどは、『休め』と言っても頑なに拒否するほどだ。


 ハルたちも業種の都合上、本来は正月こそ忙しいはずなのだが、そうした部下のおかげで楽をさせてもらっている。

 実際なら、ゲーム業種一本であってもお正月こそ書き入れ時だろう。

 いかにユーザーの特別収入を、自社ゲームに落とさせるかのキャンペーンの競い合い。そしてその結果生じるトラブル対応。休む暇などないだろう。


「あら、光輝さん。年初だからといって、こんなところで油を売っていてはいけませんよ?」

「奥様」


 そして、この家にも休む気のない人がもう一人。年が明けて間もないというのに、忙しく動き回ってばかりの、ルナの母月乃であった。


 実家、彼女の邸宅でのんびりと過ごすハルたちだが、その家のぬしである月乃はといえば、ほとんど顔を合わせることなどない。

 例年であれば、こんな時にこの場で顔を合わせようものなら、お小言の一つも頂戴しているところであろう。なお、本心はハルにダダ甘なので小言以上の何かがあることはない。


「他人が休む時だからこそ、自分は動くことで他者より上の成果を得られるのです。我が家の人間ならば、心得ておりますね?」

きもめいじておきます」


 ここで、『我が家の人間』と彼女が発言したことに、近くに居た使用人たちがほんの僅かに表情を変える。

 ハルも月乃もそれを察するが、無論気付いた素振そぶりを見せることは一切ない。


 これまでならば、『当家の滞在人』といった程度の呼び方になっていたはずだ。

 まあ、月乃の中での扱いは実は一切変わっておらず、『奥様翻訳機』にかければ同じ翻訳結果になるのであるが、こうした対外的な扱いも少しずつ柔らかくしていくようである。


「とはいえ、最近はなかなか頑張っているようですね。多少羽を伸ばす程度は許してあげましょう。いえ、新年ですし、光輝さんにはお年玉でもあげましょうか」(ハルくんはいっつも頑張ってるもんね! 誰にも文句なんか言わせないんだから! あっ! そうだ! お母さん、一度お年玉ってのやってみたかったの!)

「……奥様?」(……奥様?)


 ……つい混乱して自分自身の言葉にも翻訳機が暴発してしまった。月乃としては少し、はしゃぎすぎではなかろうか?


 当然、今までも月乃が『お年玉』など口にしたことはない。ルナ相手でもそれはない。

 それは彼女が対外的には厳しく接しているというのはもちろん、この家には現金など一円たりとも存在していないという事情もあった。

 そんな中月乃は、何とかして娘やハルにお年玉を渡すという一大イベントを遂行できないか、毎年のように狙っていたのだろう。



 余談ではあるが、この家ほどではないが世間一般においても現金の使用というものは前時代と比較し激減している。

 だがそれに伴ってお年玉文化もすたれたかといえばそうでもなく、むしろ月乃などは積極的に文化継承に動いているほどだ。


 金融界の女帝たる彼女の手によって、可愛らしいぽち袋に入った可愛らしい『お年玉ギフトカード』各種が、先月から積極的に売り出し中。


 単に親が子にお金を渡すだけならば、月乃にとって何の得にもならないが、こうしてギフトカードを噛ませることで、大規模な資金の流れに割って入ることが出来るというわけだ。


 このお年玉カードは、単に現金の代わりとなるプリペイド機能を持つ、だけではない。もちろんそうした面倒のない物が基本だし、子供にはそちらの方が好評だ。

 ただ、結局この商品のターゲット層は親である。親に都合の良い商品を売りつけなければ、儲けがあがることはない。

 使用可能なサービスや店舗を限定する機能は当然として、中身のギフト金額も最初から解放済みではなく段階を踏んで限定解除アンロックする設定が可能となる。


 それは単純な時限解放だけでなく、あたかもゲーム内のミッションのように『なにかを達成したらご褒美』といった使い方もできる。

 これにより、例えばお手伝いをさせたり教育の一環にするなど、能動的に子供を動かすことが可能。子供の方も、場合によってはゲームのように楽しんで現実にお金を得ることが可能だろう。親の腕の、見せどころである。


 ……と、月乃により宣伝されている。


 余談が長くなった。どうやらハルも相当衝撃を受けているようだ。思考が加速している実感がある。


「……とはいえ当然、現金など持ち合わせがありません。あなたに子供向けギフトカードというのも失礼でしょう」

「いえ、お気持ちだけで」


 月乃がミッション制ギフトなど渡してきたら、いったいどんなイタズラが書いてあるか分からない。警戒せねばならないだろう。

 しかもきっと、イタズラをこなしたら馬鹿みたいな大金が報酬として振り込まれることだろう。想像に難くない。

 幸か不幸か、新年特別リアルミッションは発令されることはなかったようだ。


「なので少々風情ふぜいがないですが、直接振り込むこととしましょう。言って御覧なさい光輝さん? いくら欲しいのです?」

「何を試されてるんですか僕は……」


 これは、よくあるアレだろうか? 王や有力者が、偉業をこなした冒険者に投げかける例のアレ。

 好きなだけ報酬をくれてやろうと言いつつ、真の目的はそれに対して冒険者がどう答えるのか、礼儀を知らぬ無礼者ではないのか、見定めているのだ。


 月乃もそんな遊びがしたかったのだろうか?


 ちなみにハルならその国家の全資産を算出して、ぴったりその額を要求して王の反応を楽しむだろう。いや、『姫をよこせ』というのも捨てがたい。悩みどころである。


「あまり、お金の使い道というものを知りませんので。僕には不要なものですよ奥様」


 使用人もこのやりとりに、これはハルの忠誠心を試すなにかしらの儀式なのだと納得したらしい。謎の緊張感から解放されそうな気配に、安堵あんどの息をそっと吐き出す。

 だがしかし、新年にうかれた月乃の攻勢は、ここで終わることはなかったのだ。


「……確かに、この家では不自由をすることなどないでしょうが、そんなことではいけませんよ光輝さん? あなたもそろそろ、お金の使い方というのを覚えなさい。これを持っていくといいでしょう」

「あのー、奥様……?」

「受け取りなさいな」

「はい……」


 月乃が胸元から取り出したのは(どこから出したのだろうか)、お年玉ギフトカード、ではなく真っ黒な特別性カード。ルナにも与えている、例のブラックカードだ。

 反射的に解析しようとするハルの走査スキャンを受け付けないことから、これが本物であることが逆説的に証明される。この黒いコーティングは、あのアンチエーテルの黒い塗料に間違いない。


「受け取ったらついて来なさい光輝さん。使い方を教えましょう」

「なんなんですかねこの状況……」


 使用人たちも、『まったくである』と頷いている。いや、態度には出さないが、きっと心の中ではツッコんでいる。そうに違いない。


 これは、単に月乃が浮かれ上がってはしゃいでいるだけなのか、それとも今後に関わる、何らかの意味を持つ行動なのか。彼女のことなので、恐らくは後者であるのだろう。





「ふあーっ! 疲れるぅ。ハルくん肩もんでー、胸も揉んでいいからー」

「ああ、肩こりならそんな原始的な方法使わなくても、一瞬で解消できますよ。はい」

「おおすごい! じゃなくて、いけず!」

「それより何なんです、これ?」

「なにってハルくんを甘やかしてるとこを、周囲の人間に見せつけてたのよ? うん、お母さんらしい事をした!」

「いや、してませんから。出来てませんから」

「ええっ!?」


 絶対に、また何か新たな陰謀が動き出したのだと思われたことだろう。そのくらい儀式めいた、なにかがあった。あの場の空気は。


「おっかしいわねぇ。あれで周囲には、ハルくんを身内として認めたって伝わったと思ったんだけど……」

「まあ、明らかに態度が緩和かんわしている印象は付いてるでしょうね」


 最近のハルの上げた功績を評価する形で、月乃はハルに無駄に冷たく当たることがなくなった。

 元から表面上のことだけであったが、その効果は劇的であるといっていいだろう。


 口外厳禁であるはずのこの家のこと、だというのにどこかられたか。既に有力者達の間では、ルナの、月乃の娘の相手をハルにするつもりだとうわさが広がっているようだ。


「ああしたさりげないアピールの積み重ねが、人間を動かすに至るのよ」

「いや全然さりげなくないですから。酔ってます奥様?」

「むう! ハルくんが冷たい! あと私は酔うことはないわ」

「そうでしたね」


 つまり素面シラフでこれなのか、と口に出すのは踏みとどまったハルだった。


「それよりハルくん。せっかく久しぶりに会えたんだから、お母さんに事の顛末てんまつを聞かせなさい」

「言うほど久々じゃないでしょうに。最近はずっとこの家に居るんですし」

「いいの! 久々なの! 男子と三日会わざればお母さん我慢できなくなる、って言うでしょ!」

刮目かつもくして見るべしですね」

「舐めまわすように見ちゃう!」

「酔ってるんですか?」

「私は酔わないわ」


 このやりとりが既に酔っている。


 まあ月乃も色々と大変だろうから好きに遊ばせておくとして、近況報告も実際重要なので、ハルは夢世界の顛末について現状分かっていることを彼女に語って聞かせることにする。

 この後、場合によっては彼女の力を借りる必要も出て来ることだろう。


「まず、報告の通り、昨年末の段階で一般人の強制ログイン被害は、全て解消したと見ていいでしょう。その後の経過観察でも、僕らだけを除外してひっそりと計画を続行している、という危険も無いようだと結論付けられています」

「そのようね。防疫ぼうえき管理局のデータでも、平均睡眠時間の値は通常に戻ったわ? これなら情報統制の必要もなく、単なる一時的なブレってことで片付くでしょう」

「睡眠の研究家とか居たら危なそうですけどね」


 まあ、くだんのデータは一般に公開されているものではない。あまり神経質になることもないだろう。

 むしろ月乃が何でしれっと知っているのだろうか? そちらの方が問題だ。


「こちらへの影響としては、事実を記憶として継承けいしょうしてしまった人間が数名。他のプレイヤーの記憶からは完全に夢世界のことは消去されたようですが、逆に僕らの方で、あちらで生まれた人間関係とそれに伴う感情の揺らぎを、引き継いだ者も居ます」

「中途半端なことをしたものね」

「すみません。偽善だと、分かってはいるんですけど」

「いやそうじゃなくってね? どうせやるなら、もっとこう、ハルくん自身に有利なことばっかりこっちに落とし込めばよかったじゃない!」

「はあ……。一応副次効果として、なぜか謎に『ハルというプレイヤーの人気が急上昇した』、という副産物もありましたけど」

「手ぬるいわ! 魔王様として君臨した記憶だけを都合よく引き抜いて、こっちでも新しい国家を爆誕させましょう! 国家転覆こっかてんぷくよ!」

「酔った発言じゃすまないですよ」

「私はシラフよ!」


 よけいに悪い。困ったことに、この人はまだ諦めていないようである。今後も、動向に注意しておかねばなるまい。


「まあ、そうね。でも現実的なラインで、それがベストだったかも知れないわ。あくまで慈善事業として振る舞い、自然にハルくんの人気が上がる。大事は腰を据えて、慎重にじっくりとね。お母さん、焦りすぎていたみたい」

「いやフリじゃなくて慈善事業そのものなんですけど」


 むしろハルとしては、無駄な人気上昇など出来れば削除オミットしたかった感情だ。街ですれ違っただけで、知らないはずの人から目を向けられる事がだいぶ増えた。

 もちろん事業に人気も必要だろうが、秘密の多いハルとしては、注目を向けられる事をそこまで加速させたくはない。アイリのことなど、またこちらでも掘り出されないとも限らない。


「まあいざという時は、お母さんに任せなさい! 噂も記憶も、人の感情だってなんとかしてあげる」

「これほど頼りになる人はいない一方で、これほどおっかない人もまた居ないでしょうねえ……」


 素直に頼りにしにくい理由がよく出ていた。彼女なら、本当に全てなんとか出来てしまいそうだ。


「もう。ハルくんは頼りにだけしていればいいの。まあそれより、気になるのは一般人よりも、織結おりゆいの動向ね。皇帝を名乗ったお笑いの男は、その後どうなったかしら?」

「ええ、それもお話しますね」


 月乃とも、縁浅からぬ者のことだ。当然気になるだろう。

 研究所の創設に関わった家として、ある意味月乃より情報的に一歩先を行く者。今後、彼らがどう動くかによって、ハルや月乃の取るべき行動もまた、大きく変わってくるに違いなかった。

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