第1458話 全自動おせち作り装置の躍進と課題
「はれっ? ハルさん。どうしてここに」
「どうせだからここで食事にでもしようと思ってね。イシスさんこそ、どうしたんだい?」
「いや、そのぉ。ほらっ、視察ですよ、視察! わが社の重要なプロジェクトが、トラブルなく回ってるかどうか、確かめる必要があってですねぇ……」
「元旦からご苦労なことだね?」
「いえ元旦だからこそ、想定外に即応できる社員が現場に居るべきといいますかぁ」
「おなか減ったんだね?」
「はい……」
何となく食べる事が好きそうなイメージのあるイシスだ。同僚から、『食品会社に転職した』と言われる理由も、そうした部分にあるのかも知れない。
まあ確かに、ルナを頂点とするハルたちの会社は今や、この食品産業で一躍有名になっているのも事実なのだが。
また、医療関係の事情に明るい者にとっては、『エーテル過敏症』の治療法を確立したという評価が非常に高く、そちらこそを会社の軸として見ている者もいる。
……現状、ゲーム会社とはなんだったのか、といった印象は否めないのが正直なところだろう。
「じゃあ、食品メーカー勤務のイシスさん。一緒に社員の特権として、お正月からタダ飯にありつこうか」
「やったぁー。言い方はもっとスマートにして欲しいですけどぉ」
「楽しみですね! イシスさん!」
「あらぁー、アイリちゃん、お着物とっても可愛い。私も……、いやいや、もし一人でブラついて終わってたら、ちょう虚しいし……」
そうして、なにかと大変そうなイシスを交えて、ハルたちはイベントに参加することとなった。
人入りはなかなか盛況で、最初からイベント目当てでやってきた者以外にも、何気なく見かけてもの珍しさで入っただろう者もまた結構多い。
新年ならではの気軽さだ。まるでお祭りの屋台を巡るように、今日は予定外の集客もしやすいようである。良い宣伝になったならよいが。
残念ながらというか、当然というべきか、ハルはメニューの内容に驚きはない。事前に、全てチェックしているので当然だ。
ここで、あっと驚く意外なメニューなどあった日には、カゲツを叱らねばならなくなってくる。
最初こそ、味にうるさい頑固な食通のように渋っていたヨイヤミも、すっかり目を輝かせて美味しそうな正月料理の数々に目を輝かせていた。
「あー、ちっちゃい子はやっぱり笑顔が一番ですねぇ」
「そうね? 私もそう思うわ。でもイシス? なんだかその発言、年寄りくさいわ? ハルがうつったかしら?」
「僕を年寄り代表みたいに言わないで?」
「そいやさ、イシスちゃんさ」
「はい、なんでしょうユキさん! ……何度見ても、このユキさんは不思議ですねぇ」
「なぜにウチに緊張するのか。いやね? 緊張すべきは私じゃないというかさ、この状況って、社長のルナちゃんと同席しているって状況だけど、平社員イシスちゃん的には平気なの?」
「…………はっ! ……確かに!!」
「忘れないで欲しいわね……」
確かに、言われてみればそうなるか。休日にのんびりと街を歩いていたら、ばったりと自社の社長にはちあわせて、そのまま食事に連れ去られる。
奢りだタダ飯だと浮かれている場合ではない。何か不興を買えば、その後の自身の進退に響く。
これは、『食事の味など分かったものではない』、というやつだろうか。ハルには、そうした経験はあまりないが。
「まあ実際、私のポジションなんてお飾りみたいなものよ。事実上のトップは、ハルで間違いないんだから。ただの親の七光りね?」
「あー、いやー、そういえば、ルナさんのおうちがそもそも、そこらの社長以上にすごいとこでした……」
「大丈夫だよイシスお姉さん。月乃お母さんも、とっても優しい人だから!」
「身内にだけね?」
「いや怖いですって!」
「まあ、いまさら畏まられても困るわよ。そもそもうちは社員も多く雇っている訳ではない、ただの中小企業だもの」
「アットホームな職場ってやつですねー」
「だいじょぶカナちゃん? そのフレーズ、ブラック感の代名詞じゃない?」
「ブラックなのも事実ですんでー」
「確かに。そだた、そだった」
特に一名、今も元旦から休むことなく仕事に明け暮れている仕事中毒が所属しているのが、その評価に拍車をかけている。
……それと他人事のような顔をしているが、ハル自身もそこそこ大概、ワーカーホリックといって間違いないだろう。
「売り上げ規模はぜんぜん『中小』って感じじゃないですけどねぇ。あっ、そういえば社長」
「だから社長はおやめなさいな。なにかしら?」
「なんか前の職場で、『真の大富豪は中小企業に居る! 私はそっちを狙う!』、なーんて息まいてる同僚がいたんですけど、本当ですか?」
「いえその確率を考えなさいと言いたいところだけれど。あながち嘘とも言えないわね」
「そうなんですね。それはなぜに?」
「報酬の公開義務がないからよ。利益を全て私物化していたとしても、外からでは分からないわ?」
「あー確かに」
「ねえねえお姉さん? 狙うって、そのひと起業するの? 大変そうだね」
「あっ、いや違うよヨイヤミちゃん。婚活でみんなが大企業勤めを狙うところを、違いの分かる自分は逆張りでいく、ってこと」
「……うへぇー。なーんだ」
耳年増なように見えて、たまにこうして年相応な所も覗かせるヨイヤミ。そうしたアンバランスさが魅力だろうか。
そんな彼女たちと共に、新年から自社製品の『まかない』を頂くハルたちだ。
まるで関係ない話だが、この食事の経費処理はいったいどうするのが正解なのだろうか? 平和な中にも、割と難問を見つけてしまった気のするハルなのだった。
◇
「おいしい! おせちは、語り継いでいくべき良い文化だよね!」
「あはは。ヤミちゃん、現金なやーつ。でもさでもさ? こうしてそんな文化をぱぱっと『プリント』して出しちゃうのは、それはどーなんだろ?」
「きっと、大丈夫なのですユキさん! 一説によればおせちは、お正月にお料理をせずともいいようにとの作り置き! なので、お料理せず“ぷりんと”して出すことも、なにも、問題ないのです……!」
「おお、なんだかトンチのきいた言い訳だ。そして勉強したな、アイリちゃん」
なかなか良い言い訳である。クレームが来たらそう答えるとしよう。
……逆に火に油を注ぐだけだろうか?
「……それはどうでもいいのだけれど」
「いいんですか」
「いいのよ。それよりイシス? 気にすべきは味の方だと思わない?」
「いやぁ、その、わたし貧乏舌なんで、これで十分に美味しいと感じるといますかぁ……」
「美味しいのは、私も認めるのだけれど……」
「ルナさんは舌が肥えてますからねー」
社長による抜き打ちチェックは、合格点を得ることが出来なかったのか。まあ当然ではあるのだが。
ハルやユキ、そして恐らくイシスのように、『食べられればそれでよし』、『ジャンクフード万歳』の庶民たちとは違い、常に最高級品と共にあった者ルナ。
そんな彼女の舌を唸らせるほどの物を合成で作り出してしまったら、現行の食品業界などは新年から絶望の淵に沈むより他ないだろう。
「いえ私もね? なにも最高級の品に並べなんて言わないわ?」
「ですかー」
「では、何が気がかりなのでしょうか!? わたくしも、十分に美味しいと思うのですが」
「ええ、そうね? でもこのお料理って、ゲームの中の物の再現なのでしょう?」
「そうだね。イベントで、優秀な評価を取った物をこちらに実体化して、実際に食べられるってのが売りになってる」
「私も頂いたわ? ただ、だからこそ同じものを食べてその差が引っかかる、というのかしら?」
「まあー、仕方ない部分はありますねー。『ゲームと同じ』をうたっているのはいいものの、現行の技術では実際に同じ物を生成するのは不可能ですからー」
「そうよね。無茶を言ったわ?」
ハルたちが食べているこの食材は、原料となる食用のペーストを練り合わせて作った、いわば『食べられる食品サンプル』。本物と差異が出てしまうのは、避けられない。
なるべく近づけるよう技術の粋が詰まっているが、食感をはじめ限界はある。エーテル技術とて、万能ではない。
そもそも、『ゲーム内の味を再現する』とはいうものの、味の再現ロジックが実はまるで異なる。
ハルとカゲツの開発した味覚データベースと、食用ペーストに添付された味、そこがまず微妙に異なり、そしてそもそも人間の舌の構造は個人ごとに誤差がある。ゲームキャラはそこが完全に一定だ。
「正直に言えば、現状こちらで完全再現は不可能、と言っていい。今後の課題だね。カゲツもこちらには手出しが出来ないから、今後もなかなか進まないだろう」
「やっぱり、データ上でぱぱっとやるのとは、物質があると訳が違いますものねぇ……」
「それにさお兄さん? あっちは、『ブース』効果があるのも強敵なんじゃない? それに対抗するには、やっぱりほら! こっちの料理にも、幻覚効果のあるおくすりを入れてだねぇ~~」
「やめんか。摘発される!」
そう、そもそもゲーム内では、味覚嗅覚以外にも全身を使って、美味を演出する特殊効果が存在するというハンデがある。
こちらも様々な香りの粒子を封入することで、それに近づけてはいるが、やはりまだまだ課題は多い。
「あっ、そだ。良いこと考えた。これを採用すれば、全ての問題は一発で解決する」
「そうなの? 聞かせてちょうだいなユキ?」
「ユキさんの案です! きっと、天才的なのです……!」
「……そこは同意するけど、なんだか嫌な予感がする」
「機械のなかにハル君が入ってさ? 料理を<物質化>すんの。そうすれば、完璧な再現が可能。解決」
「確かに解決するだろうけど! 僕が死ぬ! 過労で死ぬ! この装置、既に一般に販売して稼働してるんだぞ!?」
「全国のご家庭で、がんばれハル君」
「さすがにまだ家庭用の普及には至っていないわね?」
そんな馬鹿な話をしながら課題を洗い出しつつも、なんだかんだで料理は全て、美味しく完食したハルたちだった。
カゲツキッチン、番外編で終わったものの実は一部まるごとメインで担えるポテンシャルを持っていたかも知れませんね。




