第1457話 新年の縁起物にみんなで祈る
元気に先頭を小走りに駆けるヨイヤミに連れられるように、ハルたち一行は元旦の街に出る。
まだまだ動きは危なっかしいが、ここ少しの間でかなりの上達を見せたヨイヤミだ。
「ヨイヤミちゃん? 人の多い所ではあまりはしゃがないようになさいな? あなたも危険だし、周りの人にも迷惑になるわ?」
「はーい。じゃあ、ルナお姉さん手をつないで!」
「いいわよ。離れないようにね?」
「はーい、ルナおかーさん」
「誰が母よ……」
まあ、厳しくも世話焼きなルナは、まるで母親のように感じることは多い。ヨイヤミを相手にすると、特にそうした部分が目立つルナだった。
「お正月なのに、人がいっぱいだね! 元旦ってもっと、お外はしんと静まり返ってて、誰も出歩いてないイメージがあったよ!」
「あー。私も、わたしも。みんな家にこもって、のんびりゲームでもやってるのかと」
「ユキさんはお正月じゃなくてもやってますけどねー」
「確かにわたくしも、お正月はもっと静かなイメージがありました! 場所によって、ずいぶんと違うのですね!」
「まあ、これまで僕らは静かな場所を選んで出かけていたからね」
人気のない住宅地の裏道を通り抜け、皆で探検でもするように、ひっそりとたたずむ神社を目指す。
今日だって、繁華街から外れて同じような路地へと出れば、まるで別世界のようにそうした静かな景色が広がっているはずだ。
ハルも正直、今まで勝手にお正月というものはそういうもの、と無意識で定義づけていたところはある。
だが視点を変えてみれば、クリスマスなどと同様年に一度しかない一大イベントの日。各地で開かれる様々な催しを目掛けて、街へとくり出す人も居るのは考えてみれば当然だった。
「僕も、あまりこうした賑わいには顔を出さないからね。なんだか新鮮だよ」
「そうなんだ!」
「……私が、あまりこの日に出歩くことをしないものね。自然とハルも、そう誘導してしまったのかも知れないわ?」
「いんや。ルナちゃん、考えすぎ。ハル君どうせ、ほっといてもゲームして引きこもってるだけだよ」
「なんてこと言うんだいユキ。事実なだけに、反論しにくい」
「あははっ! ねーねー。おまいりの他には、何をしたんだっけ?」
「みんなで、ひみつきちに行ったのです! そこでカレーを作って、たくさん食べました!」
「わっ。楽しそうー。いいなぁ。私はずっと、ずーっと退屈なだけのお正月だったから、賑やかなのも、のんびりなのも、とっても素敵!」
「これからは、もう退屈しませんよー」
「うん!」
ヨイヤミはずっと学園の病棟で、ずっと静かな、いやハッキリといえば寂しい正月を過ごしてきた。
それは『のんびり』とも『ゆっくり』とも異なり、ただ静かで退屈なだけ。そうした正月は、さぞ味気のないものだっただろう。
「病棟のスタッフもねー。がっくし減っちゃうの、お正月は。そんで私は『手のかからない子』だから、ほっとかれっぱなし。男の子どもは、監視がゆるんで悪だくみし放題ー、ってはしゃぐんだけどね。ほーんと、バカなんだから」
「ヤミちゃんは能力でわるいことしなかったの?」
「私のは、バレようがないもーん。子供のいたずらは、バレるまでがセットというか、ある種バレる前提じゃん?」
「確かにそうね? 見つけてほしい、といった思いもあるのかしら。いえヨイヤミちゃんも十分に子供だけれど……」
「大人びてますもんねー」
「立派なのです!」
「ふふーん! そんじょらのガキンチョとはちがうのだ!」
「そんじょそこら、ね? いえ、まず立派なレディーはそんな言葉使わないものよ?」
ヨイヤミと共に病棟で暮らしていた同年代の男子たちは、せめて精一杯はしゃぎ回ることを選択したらしい。それも分からなくもない。
まあ、対応するスタッフたちのことを思えば、ただでさえ人手の無い日にお疲れさま、としか言いようがないのだが。
後で、彼らの様子も見に行ってみるか、とハルは頭の裏で思案する。
ヨイヤミ同様に彼らも外部の病院に移ることができたが、彼女ほどに回復も社会への順応も早くはないはずだ。
ハルがそんな事を考えている間にも、ヨイヤミの愚痴のような思い出話は続いていた。
「そんでねー、やんなっちゃうの。学園の方に意識を飛ばそうにも、お兄さんお姉さん連中も帰省してるでしょ? あんま人いないんだよねー」
「残っている方は、何をしていたのでしょうか!?」
「うーん、特になにもというか、私と同じで暇してるの! そんなん見てもしょーがないしー、私をさしおいてネットに意識飛ばしてるしてる奴の様子なんて見たら“さつい”わいちゃう! 私がネットしたいんじゃー! ぼけー! って!」
「まあ、だよねー。やっぱ正月なんてみんなネット三昧だ」
「……あっ、でも! たまに人気のない校内に忍び込んでぇ」
そこでヨイヤミが悪い顔をして、意味深に声を低くしながらニヤリと笑顔を作ってきたので、ハルは察して隠蔽対策を万全にする。
現状でも、周囲の注目をあまり浴びないように色々と小細工をしているが、この爆弾は特に的確に処理しておきたい。
「姫はじめとおっぱじめるお兄さんお姉さんが! って、ふごーっ! ふお! むむぅー!」
「……往来の真ん中でそんなお話をする悪いお口はこのお口かしらぁ?」
「むごぉーっ!」
「安心しなよ。会話は外には漏れてないから。だからルナ、その行動の方が目立つよ?」
「……命拾いしたわねヨイヤミちゃん。続きはおうちに帰ってからにしてあげる」
「いやーん。性教育されちゃうぅ~~」
「つよいですねーこの子ー」
「ルナちゃんの跡を継ぐものに相応しい資質だ」
「何の跡取りでなんの資質よ!? ……はぁ。これは、あの学園の生徒の方に文句を言うべきなのかしらねぇ」
「クリスマスの話する?」
「しなくってよろしい」
あの学園の学生たちも、ヨイヤミほどではないものの閉鎖環境に色々とストレスが溜まっているのかも知れない。
そんな、かつての学び舎の将来にも、少しばかりの不安を覚えてしまうハルなのだった。
*
「ハルお兄さん! おなか減った! 私もカレーしたい、カレー!」
「うーん。構わないけど、今日は難しいかもね」
「あれは食べる事そのものよりもね? 待ち時間をのんびりと楽しむものなのよヨイヤミちゃん。だから、今のヨイヤミちゃんだと、待っている間におなかぺこぺこになっちゃうわね?」
「えー! それはだめだ! いくらこうして縛り付けていても、封印が解かれてしまう!」
ヨイヤミはきつめに結い付けられた可愛い着物の帯をぺたぺたと叩きながら、その奥にあるぺこぺこなお腹を主張する。今にも奥の魔物が解放されそうだ。
今日はそこかしこで美味しそうな物を売っていることもあって、彼女のお腹もいちいち反応して、くぅくぅ、と鳴りっぱなしである。
「あーそれならー、面白い催しがやってますよー。カゲツのやつがやっているあの料理のゲームですけどー、まーたリアル展開しているらしくって、今日はお正月スペシャルなんだとかー」
「流石カナちゃん。食べることの予習はかかしてないね」
「ですよー? まあ別にー? わざわざそんな合成食品をお正月から食べなくっても、っては思いますけどねー」
「つまり、その気持ちがあったうえでなお食べたいと、そうカナリー様に思わせる何かがあったのですね!」
それについてはハルも当然知っている。一応、責任者なので。
カゲツの料理ゲームは今もなお好評で、定期的にコンテストなども開催していた。
そのイベントで優秀な成績を獲得した料理の数々は、ゲームを飛び出て実際に合成調理され、ここ現実でも頂くことが可能になる。
今回はわざわざ正月に合わせてリアルイベントを開催し、ハルの提供した装置を使っての大規模な催しとして展開中だ。
「なにもこの忙しい時に無茶しなくても、と思わなくもなかったけど、本人の強い希望だったしね」
「カゲツは味に関しては命かけてますよねー」
「うーん。でもそれってさ、つまりおせちでしょ? 私、おせち別に好きじゃなーい。たいして美味しいとは思わなかったし」
「うわ言いにくい事をはっきり言い切ったよこの子」
「だってだって! そもそも変なこじつけばっかじゃん! 縁起が良いとかいって、あれって本当に意味あるの?」
「それはねヨイヤミちゃん? 確かに『無い』とも言えるし、その反面ある意味では『ある』とも言えるわ?」
「なぞなぞ?」
意味深なルナの発言だが、別に哲学というほどのものではない。彼女の得意とする、集団真理の動きについての話である。
「あれだよねルナちゃん。私もよくわかってないけど、『無い』のは、縁起物を食べて実際に効果が出る料理バフ的なもの、ってことだよね。この場合、おせちはラックアップなのかな?」
「私には、ユキの言うことの方が分からないけど、たぶん、そういうことよ……? おせちを食べただけで何もかも上手くいけば、苦労はしないわ?」
「じゃあ、『ある』のは?」
「それはねヨイヤミちゃん。みんなで、『ある』と思って食べて、その気持ちを共有することで、初めてそれが生まれるわ? その気持ちが人の行動を変え、行動が変われば運命が変わる、ということね」
「人間にとっての『運』というものはー、結局、人間関係がどう作用するかですからねー。そういう意味では、確かに運勢は上向きそうですねー?」
幸運神様のお墨付きだ。ちなみにカナリーの動かす運は、もっと即物的に分かりやすいものなので少し違う。物理法則すら捻じ曲げる強力なものだ。
「ふーん? みんが信じるから、それを自分も信じたフリしてると、上手くいくんだ。お世辞ってこと? あっ! おせちとおせじって似てるよね!」
「良い理解よヨイヤミちゃん。相手の感性に自分を近づけるというのは、非常にレベルの高いお世辞であり、その効果は高いわ?」
「マナーの共有、に近い話でしょうか!」
「なんだかおせち一つで変な流れになりましたねー? 美味しければいいじゃないですかー。カゲツのとこなら平気ですよー」
「そかもね。いこいこっ」
特に難しいことを気にしないカナリーとユキが、今度は二人で先導して会場の方向へと歩いて行く。
ヨイヤミも、特に本気で嫌がっている訳ではなく、遅れまいとまた小走りに歩調を速めた。
「あっ、でも、これもハルお兄さんの言ってた信仰の話に似てるね! みんなが無意識におせちに対して込めた想いが、また新しく神様生んじゃったりして! あはは! どんな人だろ? 名前はー、まあ『オセチエル』でいいや、あはは!」
愉快そうに笑うヨイヤミ、箸が転がってもおかしそうだ。
一方ハルはといえば、どんな話題もその問題に繋がってしまう今の状況に、こっそりと一人頭を抱えるのであった。




