第1453話 ひっくり返して遊ぼう
竜宝玉弾頭によって頭をまるごと吹き飛ばされたドラゴンは、再生に専念することで今では完全にその傷の修復を終えた。
しかし、形そのものは以前と変わらねど、色や模様には若干の違いが生じている。
「見てごらん。首から上が、なんとなくスピリットみを増してるでしょ?」
「ええっとぉ、『スピリットみ』はよく分かりませんが、こーれはドラゴンさん、焦って再生する前に自分の模様を塗り間違えたかぁ? これは盛大なミステイク!」
「あの耐性分けって、ドラゴンさんが手描きで毎回塗り分けてたのか……、大変だね……」
「ま、よーするにぃ! エネルギー体の割合が、砲撃前より増してるってことですねハルさん!」
「そういうことだよ」
魔法使いの陣取る後衛の更に奥、そこでマイクを握るミナミは、ハルの隣でそう解説する。
サボっているのではなく、怯えているわけでもない。支援役として、この位置がミナミの戦場だ。
「それでは、比較映像見てみましょーかぁ! はい皆様、スクリーンにご注目! おっと、注目しすぎて事故るなよぉ、お前らぁ! ドラゴンの攻撃を警戒することも忘れんな!」
「じゃあ気が散る映像出すな!」
「こんなデカいのつい見ちゃうって!」
「位置が悪いぞミナミぃ!」
「スクリーン、ドラゴンにかぶってる!」
「もっと左に避けて、左」
「おっと。ご指摘さんきゅー。そうした客観的意見は、実にありがたいよん」
ミナミは“空中にでかでかと現れた巨大モニター”の位置を調節しつつ、そこに砲撃前と再生後の比較映像を映し出す。
これはプレイヤーの使えるメニュー機能の範疇を超えている。<世界■■>によって生まれた、仕様外のミナミの特別スキルだ。
「おおっとぉ、これはぁ? 確かに再生した後は、エネルギー体の割合が増えてるなぁ! 竜宝玉をブチ当てるなんていう物理攻撃で首飛ばされて、物理が怖くなっちゃいましたかぁ? これは、『弱点発見!』と言っていいかぁ!?」
「いいぞ!」
「もっと言ってやれミナミ!」
「へーい。ドラゴンビビッてるぅ?」
「物理トラウマかぁ?」
「まあそりゃビビる」
「あんなデブリミサイルみたいの直撃したらな」
「俺も物理怖い。赤点だった」
「それは何か違う……」
「弱点というより性質?」
「攻撃に対応した形態変化って感じ?」
「いや、再生する際にビビって縮こまってたから弱点だ」
「おっけー! つまりこれは『弱点』だな! 俺が決めた、俺達がそう決めた! よってこの場では、それが真実!」
そう高らかに宣言するとミナミの投射したモニターには、派手に装飾された書き文字により『弱点発見!』とドラゴンの姿に被せるように演出が入る。
これがミナミの能力。前回、『フラワリングドリーム』の時から引き継いだ、他人の失敗した際の録画映像を見せつけると、その映された相手に弱体効果がかけられるという恐ろしいスキルなのだった。
「よっしゃ、多少むりやりでも、何とかなったみたいですねぇハルさん! これで奴が再生して耐性変化した部位には、デバフ入るようになったはずっすよ!」
「よくやったミナミ。いやしかし、言ったもん勝ちだね。あんなの確実にただの仕様じゃあないか」
「俺らの世界こんなもんすよぉ。言ったもん勝ち、言われたもん負け。むしろこじつけでもキャラ付けてくれれば、こっちとしては美味しかったり? 無味無臭より弱点だらけの方が強え!」
「なるほど。学びがある言葉だね」
隙を晒せばすぐそこを刺される世界だが、逆にあえて隙を見せ刺し放題にすることで、その人気を獲得してきたミナミである。
ハルのように完璧を目指しすぎては、ある意味『つまらない』プレイヤーになるということか。
「ただぁ? このスキルはひたすらバステを付与するだけでメリットなどなぁい! 己のミスに恥じ入って小さくなってなドラゴン!」
「確かに、もう少し小さくなって欲しいところだ」
竜宝玉弾頭の威力に対抗して耐性変化をつけた事を、勝手に怖がっていることにされ弱体付与された巨竜。
しかしその巨体から放たれる攻撃の威力はまるで衰えず、むしろより苛烈さを増していた。
「怒っちゃったぁ!」
「そりゃ怒りますよねぇ!」
「法的措置! (物理)!」
「誹謗中傷パンチ! 風説の流布クロー!」
「ぜんぶミナミがやったことです!」
「おいおいおいおい。怒るってことは図星かぁ? またまたネタ頂いちゃうよんっ……、ってー、これはダメそうだなぁ……」
「通る基準みたいのは何処にあるの?」
「それはまず一番が、『本人が気にしているか』なんですけど、今回はモンスターなんで関係ないですね。そうなると、いかに『周囲の賛同を得られたか』ってとこでしょうね」
「ふむ……? これも、なんか無意識データベースが関わってそうな案件だね……」
なんだか面白い所に繋がっていそうなミナミのスキルだが、今はその内容を検証している場合ではない。
多少なりともドラゴンが弱れば、なんでもよし。あとはハルたちが、この状況を有利に活用し畳みかけるのみだ。
「よし! 聞いたねみんな! コイツはどうやら、破壊された部分を逆耐性で再生させてくるらしい!」
「裏表入れ替わりドラゴンだ! オセロドラゴン!」
「うん。実体を持つ黒い鱗と、エネルギー体の白い表皮だね」
「でも両方裏返ったら、あんまし変わらないよハルさん?」
「ああ、だからソフィーちゃん、まずはボード一面を真っ白にしてしまおうか」
「パーフェクトゲームだ!」
戦士が武器で削り、魔法使いが魔法で削る。その部分が共に裏返り続けるとしたら、大局的には変化はない。
「よって魔法部隊! 一度攻撃を止めて完全に援護に回れ! 『盤面』が一色になったら、攻撃側を切り替える!」
「なるほど!」
「そうなったらクソデカ範囲魔法撃ち放題だな!」
「待ちきれねぇ……!」
「前衛はやくしてー」
「無茶言うなよなぁ!」
「上の方とかどうしろって!」
「私がやる!」
「ひひはっ! まぁた奇妙な戦いになりそうで血がたぎるねえ」
「オレも行く! ニンスパ軌道なら、ドラゴンの上だって跳ねていける!」
かなりの無茶を言っているが、誰一人として臆する者は居ない。それだけの精鋭が、この場には残った。
竜狩りの戦士たちは、陣形を完全突撃用に切り替えて、一斉に巨竜を目掛けて突撃して行ったのだった。
*
「さあ来たまえ! この私がどんな攻撃でも、受け止めてみせる!」
「イイヤッホゥ! じゃあまずは指一本いただきぃ! このまま端から徐々に、ウロコを落としていってやるよ!」
「情報屋! 腕は最後にしないか! 攻撃属性が変わると、私の対処が!」
「無敵の最強盾もらっといてなーに言ってんの」
その身を覆い隠す世界樹の盾を手に取ったヴァンが、その盾より巨大な竜の右腕を真正面から受け止める。
その際の硬直を横取りするように、情報屋が高速で駆け抜けて一瞬でその指を斬り落としていった。
「はは、これは腕が鳴る。この奇妙な紋様の隙間を縫って打撃を通すには、私の槍が最適とは思わないかハル!」
「……気になってるんだけど、セレステのそれってどうなってるの? 結局スキルじゃないんだよね?」
「技術だ!」
神を差別し決して<天>の位を与えぬゲームシステムに見切りをつけて、セレステはその才覚だけで強引にこの技術を磨き上げた。
ある程度思い通りに好きな武器を形作れるという『初期装備』の仕様を悪用し、幾重にも枝分かれし炸裂する槍の花を咲かせる『神槍セレスティア』をゲーム内に再現、その力によって広範囲にその穂先を突き立ててゆく。
無造作に、やたらめったら狙いも付けずに叩きつけているようにしか見えないが、その精密さはまさに神業。
その形のまま壁にでも穿てば、竜の身の模様と全く同じ絵がそこに描き出されることだろう。
「頭痛くなりそうなことしてますねー、相変わらずー。私は楽して、スキル任せにしちゃいますー。ぽいですよー、ぽいーっ」
そんなセレステと同じ神であるカナリーは一転、ゲーム内スキルのみを活用して飛び回る。
各種武器スキルを次々と切り替えて、スキルに内蔵された自動の攻撃モーションにお任せで途切れぬことのない連続攻撃が今回のカナリーの持ち味だ。
彼女のやっている事といえば、装備の切り替えと、その装備に合わせたスキルコマンドの発動指示のみ。
それゆえ彼女は『楽だ』と言っているのだが、それを見た人間のほぼ全てが『楽な訳あるか!』と一斉にツッコミを入れるだろう。
その切り替えスピードと発動スピードはあまりに高速すぎて、本来存在すべき技の切れ目が一切発生しない。
しかもその一瞬で最適な行動を的確に判断し続けて、こちらもまるで模様をなぞるように、一筆書きで巨竜の体表を進んで行った。
……いや、筆もとい武器を次々交換しているので、一筆書きとは呼べはしないだろうか?
「……いやそんなことよりも。カナリーちゃん、そろそろ離れないと危ないよ」
「おおー? おーおーお~~」
体にまとわりつく小さな人間を鬱陶しがり、竜は身じろぎというには激しすぎる旋回を行う。
カナリーをはじめ張り付いていたプレイヤーたちをパラパラと吹き飛ばして、おまけとばかりにエネルギー体の部分から魔法の照射で追い打ちをかけた。
「やらせない!」
「私たちがガードします!」
「うへー、こっちも楽じゃないー」
「攻撃が激しすぎるよぉ!」
「前衛が自力で防いでくれてたのは大きかったんだな」
「私は! 必死に防いでいるが!? 私の支援もしたまえ!」
吹き飛ばされたプレイヤーを魔法のクッションで優しく受け止め、彼らに飛んで行く魔法にはシールドを張って防御する。
そうして窮地から逃れた前衛職たちは、再び狂ったように竜の身へと突進していくのだ。
防御をかなぐり捨て、ひたすらその鱗を剥ぎに来るハンター達。竜視点では見た目よりも余裕がない、いや恐怖すら感じているかも知れなかった。
「……すげぇ。怪物ばっかかよ。いやオレだって! 似たような竜、ぶっ倒したことはある!」
「うん! あの時みたいに、またがんばろう!」
かつて帝国で、龍骸の地に巣食ったドラゴンの一匹をハントした実績をもつゼクスとキョウカのコンビ。
当時の状況よりも力を分けてくれる仲間は大幅に少ないが、その代わり圧倒的に精鋭ぞろい。さらに成長したキョウカのスキルも相まって、当時以上のスピードでゼクスは空を駆けた。
「振り払おうったって無駄だぁ! 俺は、それ以上のスピードで飛んで、お前を切り刻む! 行けええええっ!」
「うんうん! そうだよね! 『足場』が多少動こうが、それに対応して走ればどうってことないよね!」
「いやこらちっと骨が折れるなぁ? しかも非効率だが、下は競争が激しすぎるし仕方ねぇか……」
「うえええええええ!? 何で平気な顔して竜の背中乗ってんの!? ずっと乗ってたのソフィーさんたち!?」
しかし、自分だけの狩り場かと思って飛び立ったゼクスが見た物は、既にその美味い狩り場に文字通り張り付いて鱗を独占している変態剣士二人の姿であった。
「イヤッホゥ! 揃いも揃って空を駆ける連中ばかり! こりゃオレも続かないと、<天駆>の名が廃るか!」
「上がってくんのは構わねぇがな! この弾丸は敵と味方の区別はしねぇ! 着弾地点に割り込んでくんなよな! 命の保証は出来ねぇぜ!」
「だからお前は区別をつけろっての!!」
「はは! 踊れよゼクス! 竜とまとめて、この銃で脳天カチ割ってやるよ!」
「イヤッホゥ! ゴキゲンなアトラクションだ! オレのスピードは銃すら避ける!」
「ああもう馬鹿ばっかり!」
魔法の風で天高く飛び上がったトリガーハッピーの青年の銃から、雨のように弾丸が降り注ぐ。
達人たちはそれすら回避しつつ、執拗に巨竜の身によじ登るように張り付き上体に攻撃をし続ける。
……達人に振り回されるゼクス少年が、少々不憫か。これも、彼女持ちの宿命、なのだろうか?
そうして前衛による決死の攻撃で、竜はその身の物理部分を、ひたすらに破壊され尽くしていく。
黒い鱗は徹底的に砕かれて、身体に残るのは白く輝くエネルギー状の部位が目立ってきた。
「むっ! なんか変かも!」
そんな蹂躙に耐えかねてか、巨竜は再び怯んだように身を強ばらせる。
異変を察知したソフィーが、野生の勘ともいうべき直感にてすぐに追撃を中止。その背から飛び降り距離を取る。
そんな彼女の様子に脅威の到来を予感した仲間たちも、次々と周囲へ散っていく。
一見、総攻撃のチャンスに思えるが、深追いすると危険そうに感じるのはハルもまた同様だ。
「魔法使い隊、最大防御の準備。最初の時みたいに、全体にバリアを張るよ!」
退避した彼らを守るように、ハルと魔法使いたちでフィールドごと守る強力なバリアを展開する。
その構築が終わると同時、出現時と同等の、いやそれ以上の閃光と暴風が、周囲を駆け抜けハルたちに突き刺さったのだった。
*
もはや壮大にそびえ立っていた帝城も、美しい<建築>で街並みを彩っていた帝都もこの場には存在しない。
瓦礫すらも完全に吹き飛ばされて地盤の露出した、ただ戦うためだけの平坦なフィールド。
そこに、全身を輝く白に染めたドラゴンの輪郭が、一回り小さくなった姿で低空に浮遊し再生していた。
その身は物理部位を完全に廃し、一切の物理攻撃を受け付けぬ魔法部位だけとなって、群がる羽虫共を寄せ付けず侵されぬ身となって再誕したのである。
「よし。この時を待っていた! 形態変化でエネルギーをまき散らしてくれたのも、さらによし」
「おおっとぉ!? ドラゴンくん、殴られすぎてたまらず幽体離脱のエスケープかぁ? これは、わが軍の精鋭戦士たちに対する敗北宣言! そう受け取っても構わないんじゃないですかねぇ……!」
すかさず煽りを入れるミナミの言う通り、敵は圧倒的な物理攻撃の嵐に耐えかねて完全な魔法モードに逃げ込んだのだろう。
この形態では、先ほどのような攻撃は一切歯が立たない。魔法攻撃の手段を持たない部隊ならば、これでほぼ詰みとなってしまうことだろう。
だが、ハルたちは違う。残念ながら、ただの得意分野だ。
「よし、待たせたね君たち。そして僕も待っていた。ここからはひたすら、MPの許す限り好きなだけ、あのデカい的に最大火力の魔法を叩き込んでやろうじゃあないか!」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




