第1452話 裏切りと蝙蝠も使いよう
「しかし、今のを連発できるなら、それで済んだりしない?」
「《連発は、無理だね、ハル。龍脈結晶の消費が、あまりに多すぎて、無駄遣いだし。しかも抑えたとはいえ、船体へのダメージが、馬鹿にならない。ぼくの船を、これ以上壊されたらたまらないよ》」
「《お前の船ではないがな。船はまだ持つ。砲身はそもそも世界樹素材なので損耗しない。だがそもそも、弾頭として使用する竜宝玉が手元にない。元からあれ一発で、打ち止めだ》」
「君の竜宝玉でもないけどねウィスト? 彼方に飛んでっちゃったけど、どうしてくれるのさ」
「《知らん。世界樹で回収すればいいのではないか?》」
どこまで飛んで行ったか知れたものではない砲弾を、見つけるのはともかく回収するのはほぼ絶望的だ。
ハルが今世界樹のある側の龍脈と切り離されているという事を差し引いても、運搬するスピードから考えてこの戦いの最中にはどう考えても手元には戻せまい。
「《あのぅ。ところで、遺跡の起動キーに使う竜宝玉は、どうしたらぁ……》」
「《そうだよオーキッドさぁ。次の作戦に使うための貴重品勝手にぶん投げちゃってさぁ。最寄りの龍骸に宝玉がセットになってる保証はないよ?》」
「《フン。帝国の遺跡を使うのはリスクがあるから、少し遠くとも自領のそれを使うべきとマゼンタ、貴様も言っていただろう》」
「《ぐっ……! それとこれとは……》」
「まあ確かに帝国領の外に行けば、そっちの遺跡は鍵が刺さりっぱなしだから大丈夫だけど……」
しかし、あまり移動に時間をかけていては事態の急変に対処できない危険もある。
やはり、ここは少しこの場を空けてでもハルが同行し、『ワープまがい航法』でイシスを一瞬で送り届けるべきだろうか?
「……幸い、今の砲撃で首を吹っ飛ばされて竜は怯んでいるようだ。ここは一時僕が離れても、」
ハルの気持ちがこの場を離れる方向へと傾き始めたその時、まるで出番を今か今かと待ち構えていたかのように、都合の良すぎるタイミングで<拡声>された大声が周囲一帯に響き渡った。
「《イイイヤッホォォォオオォウッ!! お困りかなっ!?》」
「うげ!」
「この声は!」
「う、うるせぇ!」
「毎度お騒がせの!」
「近所迷惑の!」
「情報屋!」
「《今は近所が無くなったから! セーーーフッ!!》」
「とんだブラックジョークだ。あと接近したら<拡声>抑えてくれ……」
ドラゴンといい、声の大きな者の多い戦場なことである。
そんな耳を塞ぎたくなるほどの大声と共に高速で走り寄って来たのは、派手な緑髪をした『情報屋』の青年。
ハルもこのゲームを開始した初期の頃に、一度言葉を交わしたことがある。
その足ひとつではるばるこのマップの端まで到達した後は、この帝国を中心に活動を続けていたようだ。
「おっとすまない! だがこれは俺のアイデンティティーだ。諦めてくれよな。それよりも、これをお探しなんだろう?」
「……ああ。帝国の竜宝玉、君が持っていたとはね、情報屋」
「別に、驚く事じゃない。ハル閣下、ハル陛下? なら俺が持っていてもおかしくはない事情をよく知ってるはずだぜ?」
「まあ、確かにね」
お互い多くは語らないが、情報屋が現実に記憶を継承しているプレイヤーだというのは、確かによく知っているハル。
情報屋もまた、自分の使っていた連絡手段を突き止められ、ハルが間接的に接触してきたことを皇帝から知らされているはずだ。
そんな二人はそのどちらも、それら現実での事情をそれ以上は口にはしない。
別に、『ゲーム内にリアルの事情を持ち込むな』などと言う気はないが、今その話をしだしても不毛になるだけである。
……続きは、このゲームを終わらせてからリアルで行うこととしよう。
「はい。納得いただきましたぁ。んじゃさ、俺も乗せていってくれよそうすりゃ、一番近いトコで用事が済ませられるぜ?」
「《いやいやいやいや、どう考えてもダメでしょハルさん!》」
「そうです。ございます。この男は皇帝と頻繁に密談を行っていた、帝国のほぼ幹部です。ございます」
「『ほぼ幹部』ってなんやねん! 確かに帝国はお得意様だけど、俺は基本的にフリー! 無所属だから! それに今さらもう何も出来ないって帝国は」
「信用できません」
「《私も信じられないです!》」
「《それよりも貴様、宝玉は幾つ所持している。六個全てあるならば、五個は使わせてもらおう》」
「うん。君はちょっと静かにしていようね?」
再び竜宝玉弾頭を撃ち出したいウィストは黙らせて、ハルは突然姿を現した情報屋の真意を探る。
確かに、今さら帝国が巻き返しを計ることは不可能に近い。皇帝も倒れた今さら。
しかし、まだ諦めずハルたちのラスボス討伐を最後まで邪魔し、ゲームを継続させようとする足掻きではないとも言い切れない。
……とはいえ、目の前の彼の態度を慎重に読み解いていっても、どうにも罠や企みといった感情は見て取れないのがハルの正直な感想なのだった。
「じゃあ、玉だけ渡すわ! 俺はここに残って、閣下のお手伝いをするとしますかね!」
「……いいのかい?」
「問題なしっ。ぶっちゃけ、皇帝が死んだからコウモリしにきただけだしな。好感度稼ぎよこーかんど。俺、無所属だし、長い物には積極的に巻かれたい! 今後は、この情報屋をごひいきに~~」
今日でゲームが終わるとなれば、彼も優位性を全て失い、しかも明日からは敵としてハルから睨まれることとなる。
それを恐怖したために、ここで媚びを売っておこうという考えは、まあ分かる。
実際彼の態度も、口から出た言葉は嘘ではないと告げていた。
「……まあ、いいや。贔屓にするかどうかはともかく、今は議論の時間が惜しい」
竜も再生を終え、体勢を立て直してプレイヤーへの攻撃を再開している。ここで、情報屋とのやり取りにだらだらと時間を使っている場合ではない。
くれるというなら、貰っておけばいいだけの話だ。元より彼を始末して、竜宝玉を奪えば済んだだけのこと。
「よっ、と。じゃあ、任せたよみんな!」
「あいさー! こっちはお任せあれー!」
情報屋から受け取った竜宝玉を、ハルはすぐさま飛空艇へと投げ渡す。
身を乗り出したユキがしっかりとキャッチすると。船は龍脈コマンド起動のために飛び立つのであった。
*
「《ハルさん、ハルさん。これを使うといいの! 世界樹の枝で編んだ、無敵の武具よ? ええ、とっても強いの! でも、持ち手や接続部は普通の素材だから、そこが吹き飛ばないように注意して欲しいの!》」
「ありがと! マリーちゃん!」
ハルの礼は届いたかどうか。去り際に、飛空艇から救援物資が投下され、それを置き去りに船は高速発進しこの場を離脱する。
地面に突き刺さるように空から齎されたのは、マリーゴールドが作っていたらしい世界樹製の装備。
あの竜宝玉弾頭の砲台も、こうして彼女が作ったのだろうか?
世界樹はご存じの通り無敵なので、枝を切って素材にしたりする事は出来ない。
伸ばすのは非常に簡単だが本体から切り離す作業は実に面倒で、素材の在庫はあまり無かったはすだ。
それらの枝をマリーは器用に組み合わせ、編みこむようにして簡素な武器や盾の形へと組み上げていた。
「ほう。ではこの盾は、私が使わせてもらうとしよう。なにぶん戦力には、あまり自信がないからね」
「ヴァンのおっさんじゃん。遠慮なさすぎるっしょ。おっさんも置いてかれたの?」
「私も元帝国幹部、信用には足りないだろう。そしておっさんではない」
投下された盾をすかさず手に取ったのは、情報屋同様に帝国の重鎮だったヴァン。彼の身を覆い隠すほどの巨大なプレートシールド、いや枝シールドは、持つ者に無敵の守りを約束してくれる。
難点があるとすれば、ところどころ小枝や葉っぱが飛び出てチクチクする、といったところくらいか。
「……この枝葉は払っておけなかったのかね?」
「なにせ無敵だからね。絶対に取れないよ。取ろうとすればケガするし、引っかかると確実にダメージを受けるから、気を付けるように」
「仕方がない。……では行こうか!」
「頑張ってね。じゃあルナ。ついでにヴァンにありったけの龍脈アイテムを送り付けておいて。いい囮になる」
「《わかったわ?》」
「酷くないか!?」
無敵の盾を独占するのだ、これくらいは受け入れて欲しい。
巨竜は戦場を離脱した飛空艇内のアイテムに引かれ、足元のプレイヤーを無視しそちらに体を向けようとしている。
それを防ぐには、この場のプレイヤーにもある程度のアイテムを持たせ、釘付けにしておかねばならない。
そのぶん担当者の危険度は増し、この仕事はヴァンの思っている以上の大役だ。
「そんじゃま、俺もご協力しましょうかねっ。こっちにもアイテム頂戴な。俺、運び屋も兼ねてるんでソコソコたっぷり持てますよ~~」
「良いのかい? 多くなればなるほど、ヘイトが増して危ないよ? 世界樹の盾は一個しかないし」
「まっ、信用を勝ち取るにはそれだけ仕事をしないとってね! ……それじゃ、《イヤッホゥゥゥウッ!!》」
「うるせー!」
「参加するならいちいち叫ぶなぁ!」
「集中切れるだろうが!」
大声の<拡声>でドップラー効果を引き起こしながら、情報屋もまたヴァンを追い、さらに追い越し、巨竜の足元へと<疾走>する。
そのうるささが挑発効果を引き起こしたか、それとも彼のアイテム欄に転送された資源に反応しただけか。飛空艇を追おうとしたドラゴンは再びこちらにその身を振り向けた。
「《ホォウッ! ホワァッ!》」
振り向きざまに、巨大な爪が情報屋に目掛けて突き刺さる。しかし彼はその通常攻撃と語るには迫力凄まじい刺突を、高速で駆け抜けることで華麗に不発させていく。
「はええ……」
「流石は世界最速の足と言われた男」
「掛け声はともかく」
「ああ、アレはさておきな……」
「ハルの台頭以降、スピードキングとして語られる事も少なくなったと内心気にしていたからな。ここで名誉挽回などと思っているのでは、って! 私の方に来るんじゃない!」
「《ぶつけるならアンタにしないと、他のお客様を巻き込んだら迷惑だろ、ォオゥッ! 無敵の盾は活用しないと、ォオゥッ!》」
「喋るか逃げるか、どちらかにしたまえ!!」
礼儀作法にうるさく、意外にも律儀なヴァン宰相だった。いや元、宰相か。
文句を言いつつも率先してプレイヤーたちの盾となり、ドラゴンの巨体から放たれる攻撃を受け止め続けている。
「装備を過信するなヴァン!」
「踏みつぶしなんか受け止めたら足が埋まるぞ!」
「言うほど埋まるか?」
「マンガじゃあるまいし」
「地面と挟まれて潰れるだけじゃね?」
「分かっているなら助けたまえ!」
こうした責任感が、高貴なる者の義務というものなのだろうか。ハルには薄い感情だ。
とはいえハルも、傍観者を決め込んではいられない。己自身の為に、このゲームを終わらせる為にも彼らを助け、あの巨竜を討たねばならない。
「……さて、僕も行こうかね。イシスさんたちに頼るまでもなく、アレを倒しきれればそれが一番なんだが」
「ハルさん」
「ん? ユリアちゃん。どうかした?」
「私にも、アイテムを送るようにルナさんに言ってください。ございまください。……んんっ?」
「『ございまください』了解? でも危険だよ? 彼らを見てれば分かると思うけど。それに、ユリアは<天衣>を使っての不意打ちの方がいいんじゃない?」
「だからです。ございます。ヘイトが出たり消えたりすれば、きっと混乱させられます」
「なるほど」
複雑な敵愾心管理が非常に難しいが、確かに有効か。そこはハルがサポートしてやればいいだろう。
そんなユリアがその姿をかき消し、ハルもまた当然アイテムを満載にして自分に注意を引き付けながら、激戦を繰り広げる仲間たちに加わって行くのであった。
*
「遅いぞハルぅ! 危うくお前抜きで倒しちゃうとこだったんだからな!」
「いやすまないねケイオス。じゃあせっかくだから、もう少し後ろで休んでおこうかな」
「いや嘘うそ嘘うそ! 手伝ってくださぁいっ! こいつ、どうしよーもねーんだ!?」
どうしようもないらしい。様々なゲームを渡り歩いたケイオスをしてそう言わしめるのは、なかなかの『クソボス』度合いと言って良いのではなかろうか?
「うん! 確かに! 進んでる様子が、一切ないのがしんどいね! やっぱり斬ったら傷ついて、傷だらけになったら死ななきゃ楽しくない!」
「うん。死ぬのが楽しいという危険そうな発言はともかくとして、優位に向かっている実感が湧いてこないのはしんどいね」
ソフィーもまた、<次元斬撃>で斬り付けても斬り付けてもすぐに塞がってしまう傷口に、本当にダメージがあるのか疑問を抱いてきたようである。
こうした終わりの見えぬマラソンというものは、特に精神的な疲労が積み重なりやすい。
「首を飛ばしても再生しちゃうんだ。多少の傷は、それは気にもとめないだろうけど。まあ士気にも関わる。ここはひとつ、形態変化でも強引に引き起こそうか」
竜宝玉弾頭を受けても全く元通りの再生をしたかに見える竜だったが、よくよく観察してみれば元の姿とは微妙な違いがある。
それは、受けた攻撃に対応して姿を変えるということ。
それがいいニュースか悪いニュースかはともかく、敵に対応を強制させたという実感を得ることは出来るだろう。
ハルは皆の為にも、どうにかそれを引き出して、『終わり』の存在を実感させてやりたいところであった。




