第1451話 大砲は強ければ強い程いい
そしてついに形をあらわにして、まさに『ラスボス』といった風貌で牙をむく龍脈エネルギーの集合体。龍脈変異体の到達点。
その姿は帝城をはるかに上回る巨大なドラゴン。宮殿の屋根すら覆い隠す翼を備え、がっしりと柱を何本も束ねたような足で二足歩行する、強大な西洋の竜そのものだった。
「龍脈から出るなら蛇っぽい方のドラゴンにしろーっ!!」
ユキのなんとなく同意できそうなその叫びに反応した訳ではないだろうが、この世界に完全に現出したその竜は、繭のように身に纏っていたエネルギーの残滓を、咆哮一声と共に振り払う。
その声は物理的な風圧を伴って、そのエネルギーは衝撃波としての破壊力を伴って、ボスの出現に身構えるハルたちに襲い掛かった。
「対竜防御ーー!!」
「了解!!」
「って対竜防御ってなに!?」
「対爆姿勢の亜種?」
「ドラゴンブレスに備えて盾構えるんだよ! 知らんけど!」
「機動隊みたいに!?」
「まあ最初から防御姿勢とってたし……」
「とっくに対ドラゴン!」
「というか適当言い出したの誰だ!」
「私だよっ!」
そう叫びハリケーンのように叩きつけるエネルギーの暴風の中に飛び出して行ったのはソフィー。
ハルが張った魔法のバリアの範囲内をも飛び越えて、衝撃波のただ中へと飛び込んでゆく。
「うおりゃぁあああっ!!」
そして、己が身を引き裂くエネルギーの奔流にも一切ひるまず、その刀からくり出される<次元斬撃>の刃にて竜の咆哮を空間ごと一刀両断に切り伏せてみせた。
「うん! 成敗!」
「成敗はしてないね。しかし、日に日に非常識になっていくねソフィーちゃんは」
「そっか! まだお通しをぶちまけただけだった!」
「席料のずいぶん重い店だね」
「まんぷくだから、こんなの入らないよ! カゲツちゃんのお料理で、お腹いっぱいになってパワーアップだ!」
料理効果でより手が付けられなくなったソフィーの剣は、海を割り開くように竜の威圧すら斬ってのけた。
巨竜へと続く道は彼女の刻んだ一文字に続く深く長い傷跡と、まさに『根こそぎ』吹き飛ばされた帝都の建築物の残骸だけが残っていた。
「吠えるだけであれかい」
「まあ、次はエネルギー波は飛んでこないっしょ」
「変身直後の専用演出だな」
「言い換えれば変身の余波だけでこれなんだがね」
「ビビってんのか? 結局ノーダメだろ」
「思い上がんな。ハルさんとソフィーちゃんのおかげだろ」
確かに初撃を防ぎきる事は出来たが、常にその結果を維持できるとは限らない。
今は出現時にお約束の、こうした演出込みの攻撃を警戒して防御態勢を取っていたが、そうした鉄壁の防御を維持したまま勝利は難しい。
こちらから攻めて行かねば、決して勝利は得られないのだから。
「……勝利する為に攻撃するにも、また厄介な構造をしているね。あれは部位によって、耐性が異なると考えていいのか?」
「はい! そのようです! 武器攻撃と魔法攻撃、それぞれに耐性を備えた箇所が、体のあちこちに散らばっています!」
ドラゴンの体は奇妙なまだら模様、いや紋様でも描いているかのように、物体としての体とエネルギー体としての体を併せ持つ。
先ほどまでは個体ごとに備えていた攻撃耐性が、一つに集まった今は体中に分散して表現されているようだ。
「結局ぶった切れば、関係ないよね!」
「ソフィーちゃんはいいよなぁ。俺らは攻撃部位選ばなきゃ」
「器用貧乏でよかったぁ。中途半端にどこでも叩ける」
特に近接職は、ただでさえ危険をかいくぐり接近しなければならないのに、そのうえ攻撃部位まで限定されることになる。
ならば魔法職なら楽かといえば、そんなこともない。超巨大敵が相手なら本来は適当に撃てば当たるところ、物理耐性部位を目掛けて、精密に狙いを付けた攻撃を放つ正確さが求められる。
「これって広範囲攻撃はダメってことだよね?」
「そうかも。必ず魔法耐性に接触してダメージ減」
「いや分からないわよ。とにかく被弾面積かせいだ方が効率的かも」
「最後くらい、何も考えずに集中砲火して終わりにしたいよぉー」
ラスボスにありがちな今まで培った力の全てをぶつける成果発表会というよりも、きっちりと考えて攻略しなければいけない相手らしい。
とはいえ、考えてばかりいてもダメージはゼロのままだ。それを体で分かっており、なおかつ耐性を気にする必要のないソフィーが、また真っ先に巨竜に向かって駆けだした。
かなりの速度で駆けてはいるが、ソフィーもなかなかドラゴンに到達しない。大きすぎて、距離感覚がおかしくなりそうだ。
「とうっ! うりゃあ!」
そうして竜からすれば豆粒サイズになったソフィーが、得意の<次元斬撃>で足元に斬り付ける。
全ての耐性を無視して問題なく傷はつきダメージは入るが、かといってそれで体勢を崩すこともない。どうやら、足元を崩して地に堕とすセオリー通りの戦法は難しそうだ。
「私たちもやろう!」
「ああ! 精密狙撃だってやってみせる! 今なら!」
続いてドラゴンに攻撃を開始したのは魔法使い組。次々と、一発で隊列ごと吹き飛ばしそうな魔法の数々が発射されてゆく。
そんないわゆる戦略級の魔法の連打を受けても、やはり竜は大して気にかける様子はない。
魔法無効の部位にダメージを減算されていることもあるが、そもそもの問題として敵のHPが多すぎるのだ。
「くそっ! 効いてないか!」
「この距離からじゃやっぱむり。私たちも近づかないと……!」
「危険すぎる」
「ジリ貧になって戦力減っていく方がよっぽど危険!」
魔法使い部隊も飛び立つように、それぞれの魔法を使って宙を、あるいは地を駆けて竜に肉薄せんとする。
近距離から的確に魔法弱点のエネルギー体に高火力を叩き込まねば、有効打は見込めない。
そんな彼らの先を行くように、近接職のプレイヤーも既に走り出していた。彼らの前衛を張る者として、接敵に出遅れてなどいられない。
「ハル? あなたは行かないの? いえ、つらいのなら、今は彼らに任せて休んでいてもいいけれど」
「ルナ、僕をあまり甘やかさないように。いや、行くけどね。外部のエネルギーをどうするか考えていた」
「確かにねぇ。帝国外からも、まだ合流しとらんエネルギーが集結してきちょる!」
「はい! ユキさんの言うそれをドラゴンが吸収してしまったら、余計に凶悪になってしまうのです!」
そう、あのドラゴンはあれでも、まだ本調子には至っていない。
世界中から龍脈を通って集結しつつあるエネルギー。更に、ハルたちの飛空艇に満載した龍脈アイテムの数々。それらがまだ、『燃料タンク』として後に控えていた。
「……飛空艇のアイテム、もう捨てるか? いやそれより先に、外部のエネルギーを処理しようか」
「《だったらハルさん、ここは私が行きます! ま、任せてくださいぃ……》」
「イシスさん、声震えてるよ?」
「《ええまあ! そりゃ怖いですとも! ですが、<龍脈接続>を持っているのはハルさん以外に私だけ。最大戦力であるハルさんがこの場を離れる訳にはいきませんもの!》」
「そうよ? どのみちイシスに任せるしかないわ? 彼女の覚悟を汲んでおやりなさいなハル」
「わたくしも、お手伝いするのです!」
実際、その通りではある。外部エネルギーの合流を阻止する為にハルが動けば、いかに精鋭揃いの連合軍とはいえ瓦解しかねない。
どのみち、そちらはイシスと飛空艇組に任せるしかないのだ。
「よし、それじゃあイシスさん、これから僕の言う通りに、」
「《いや待て。その前に、オレに考えがある。なにも、合流を阻止する必要もあるまい。合流前に、倒してしまえばいいことだろう》」
*
「ウィスト。何か名案が? 嫌な予感しかしないんだけど……」
「《フン。舐めるなよ? 秘密兵器があると言っただろう。アレを出さぬまま、最後の敵を倒されてなるものか》」
「《ごめんねーハルさん。最後だからさ、大木戸様のわがまま、聞いてあげてよー。それにウチとしてもちょーっと、見てみたいかもぉ、って》」
「まあ、君らがそこまで言うのなら……」
今までずっと、裏方として生産作業に従事させていた彼らだ。ここで一花咲かせたいという思いも理解できるし、ハルとしてもそうさせてやりたい。
……だがなんだろうか? それでいて感じるこの言い知れぬ不安感は。
いや分かりきってはいる。ウィストのこれまでの破天荒すぎる発明品を思えば、この先の展開など容易に予想がつくというものだ。
「……いやいい。好きにするといい! ただし、プレイヤーの皆には決して被害を出さぬように」
「《フッ。当然だ。オレを誰だと思っている》」
「いや君のこと知ってるから不安なんだけど?」
とはいえ、これ以上小言は言わずに任せるハルだ。
そんなウィストやリコを乗せ、着陸していた飛空艇は緊急離陸する。その姿を追うように、鋭くドラゴンの首も反応した。
どうやら、未だ龍脈アイテムを求める性質も健在であるらしい。
「僕が足止めを、」
「《不要だ。奴がこちらに向くなら、むしろ好都合。ハル、お前は足元のプレイヤーを守っておけ》」
「……やはり、不安!」
飛び立った飛空艇をしっかり目で追い、竜は頭をそちらへ向ける。
その巨体で飛びついて小鳥のような船を掴み捕らえる、などというまどろっこしい事をする気はないようだ。代わりに、その口を大きく開く。
食いつく訳でもない。口内には、一目で分かる程の凄まじいエネルギーが集中。誰がどう見ても、ドラゴンブレスを吐き出す前兆である。
「皆! 攻撃を止めていったん退避! 僕がガードする!」
「ひえぇえ~~」
「飛空艇逃げてー!」
「って何で向かって行ってんのぉ!?」
「まさか、俺たちのために囮に!?」
「耐えきれるのか!」
いや、無理だろう。もちろん十分に頑丈に作られてはいるが、あの船が最も重視しているのはスピードと機動性。
龍脈エネルギーを集めて固めたドラゴンが放つ、龍脈砲そのものだろうブレスの直撃に耐えきれる訳がない。
「《竜宝玉弾頭、発射》」
だがそのブレスが放たれるより一瞬早く、先に火を吹いたのは飛空艇の艦首であった。
気持ち程度、言い訳程度に左右に開いた流線形の艦首。その努力の一切を無視して艦首そのものを吹き飛ばすかのように、先端から巨大な爆発が生じる。
爆炎は火薬の量を間違った銃の銃口発火のようにド派手に広がり、“弾丸”をドラゴンの頭目掛けて発砲。
奇妙なことに爆炎の派手さにしては反動はほぼ存在しないようで、船は綺麗にその場で姿勢を維持していた。
そして、最も驚くべきはその威力。もはや爆炎の派手さなどまるで気にもならない。
撃ち出された砲弾は空を裂き竜のブレスをも飲み込んで、その頭を首ごと遥か彼方に吹き飛ばして消滅させていたのであった。
ハルの目にさえ映らない、まさに一瞬の出来事である。
「なんかビリビリするー!!」
「あれっ!? 竜の首がない!? 勝った? かった?」
「あっけ、なさすぎる!」
「だが勝てれば何でもいい!」
「にしても何この振動ー!!」
「吹き飛ばした空気の余波が一気に押し寄せてるんだ。伏せていた方がいい。身を起こしすぎると危ないよ?」
「また余波で死にそうになるのかー!!」
まったくだ。今回そんなのばかりである。
「……竜宝玉弾頭って言っていたね。恐らく、何をしても壊れない竜宝玉を便利な弾丸として使い、ありったけのエネルギーを込めて射出したんだろう。……頭の良い奴が頭悪いことをしている。この大艦巨砲主義め」
「《だが、勝ったのだから問題ないだろう》」
「《いや待って大木戸様! まだ終わってないみたい! 首が再生してる!》」
「《なに……? 生意気な……》」
しかし、そんなウィストの切り札も、一撃で終いにはさせてくれない。
どうやら、敵が保有するエネルギー、その全てを消費させきらねば、勝利は訪れないようだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




