第1450話 皇帝の置き土産
「私を殺したところで、」
「もうお黙りなさいな?」
ルナの抜き放った剣が、一切の抵抗もなく皇帝の身を両断する。
戦闘向きの構成ではないルナではあるが、それでもほぼ初期値のまま強化を行っていない皇帝に、その剣を防ぐ術は存在しなかった。
捨て台詞も呪いの言葉も吐く暇なく、そのキャラクターボディは一瞬で消滅し塵となる。
「私程度の攻撃は止められるくらいには、せめて強化しておくべきだったわね?」
ハルさえ止めればそれで済むと考えていた彼に、無視をするなとばかりに自ら止めを刺したルナ。
そこには、ハルに手を下させまいとする彼女の優しさもまた、見え隠れしているようだった。
「……悪いねルナ。嫌な役を引き受けさせちゃったようで」
「なんのことはないわ? 私はただ、敵のプレイヤーを一人倒しただけよ? あなたがどう感じたかはさておき、私に特に感じるところはないわ?」
「はい! ハルさんがやりにくいなら、わたくしたちにお任せなのです!」
「アイリもありがとう。……僕も別に、彼の言葉だけで今さら止まる事はなかっただろうけど。うん。正直かなり的確な嫌がらせだったね。恐れ入ったよ」
なんというのだろうか、的確に弱点を分析されて攻略された気分である。
ハルが普段仕様の穴を突くように攻略しているゲームの運営も、あんな気分であったのだろうか。
「そうした攻略情報が、記憶を継承している協力者にも共有されていると思うと、今から少し憂鬱だね」
「ならばその上で、こちらも対策を取ればいいわ? 今はそれよりハル。外の状況をなんとかしましょう。しゃきっとなさいな」
「……ああ、そうだね。その通りだ」
「終わったらゆっくりと、甘えさせてあげるから」
「それは素敵な提案だ」
「ご褒美目指して、がんばりましょう!」
「ああ」
考えたところで答えの出ぬ問いを、頭の中で延々とループさせている場合ではない。
彼女らの叱咤と激励により、どうしても考えてしまいそうなその呪縛をハルは断ち切って、再びゲームクリアに向けて顔を上げた。
「さて、どうしたものか。手を付けるべきは何だったかな?」
「龍脈資源なのです!」
「そうだね、アイリ。その通りだ。略奪の時間といこう」
「敵のボスを倒したら、宝箱を開けるのです! むむむ、しかし、ここには無いようですね……」
「……普通はないわよね?」
「いや、普通はボスの後ろに宝箱が置いてある」
「常識なのです!」
まあプレイヤーに手間をかけない配慮の為なので、一人用ゲームではなければそんな常識など通用しないのだが。
「まずは、宝物庫の位置を探りませんとね! わたくしに、お任せなのです!」
「よろしくねアイリちゃん?」
「はい!」
アイリの<天眼>により、ハルたちは帝国のアイテム保管庫の位置にあたりを付けた。
こちらもまた、よくイメージする、金銀財宝が積み上げられた巨大な『宝物庫』といった部屋はなく、アイテムのカテゴリー別に複数の倉庫に分けて保管されているようだ。
まあ当たり前といえば、これも当たり前の話である。見栄えがいい以外のメリットが薄い。
「また面倒な。とはいえ救いは、全ての倉庫がバリア内部に収まる範囲で配置されていることか」
「大丈夫よ。チマチマと一つずつ部屋を荒らして回る必要はないわ? 私が近づくだけでいい」
「それは! ルナさんの怪盗バッヂ!」
「……怪盗ではないわ?」
ルナがスキルにより生成したマーカーを貼り付けた周囲のアイテムは、全てルナが自由にアイテム欄に収納、転送できる。
これによって、ハルたちはいちいち宝箱の蓋を開けて中身を検分したり、大荷物を引きずって城の中を駆けまわったりする必要がなくなっている。
そうして次々とハルたちがアイテムを回収し、残り半分ほどとなったあたりで、帝城全体に異変が生じた。
城を包み守っていたバリアが解除され、同時に地面を突き上げるような衝撃が、城全体を襲う。
既に変異体の襲撃によって半壊に至っていた帝城は、その発破にてついに耐えきれなくなり崩れ去る。
まるで皇帝の後を追うかのように、帝国の栄華の象徴は脆くも瓦礫の山と化し、その繁栄に終止符を打ったのだった。
「あれは! 倉庫の下に射出装置が! も、申し訳ありません! わたくしが、気付いておかねばならないものでした!」
「いいや。それを言うなら読んでおくべきは僕だったね。皇帝の言葉に気を取られすぎたか」
「盗られるくらいなら、捨ててしまえということ? それとも資産だけはなんとか逃がして、再起は決して諦めないと? どちらにせよ、往生際が悪いわねぇ……」
そしてその往生際の悪さは、今まさにハルへの嫌がらせとして的確過ぎるほど的確に機能している。
あるいは自身が死んでもクリアだけはさせぬ為に、急いでこの機能を取り付けたと言っても信じるほどだ。
空へと勢いよく飛び上がった倉庫の中身は、しかし賊の手を逃れ帝都の外まで届くことはない。
それを手にしたのは別の賊。上空を網のように覆い尽くしていた、変異体の天井へと衝突してその脱出は阻まれる。
「……そこそこ敵に渡ったか。まあいい。これでやることは非常にシンプルになった。後は奴らを、一匹残らず狩り取って、それでお終いだ」
もう主義も主張も、政治も信念も挟まる余地はない。ただ力だけが、戦う力だけがものを言う原始の世界の始まりである。
*
帝国の龍脈アイテムを喰い取って、その姿を進化させる龍脈変異体に更なる変化が生じた。
ハルの仲間たち、連合軍と矛を交えていた変異体達も、その変化と共に何故だか戦闘を停止する。
戦意を失ったか、それとも体力が、龍脈エネルギーが尽きたかとプレイヤーは首をかしげつつもチャンスと攻勢を強めるが、動きを止めたのは束の間のみ。モンスターはまたすぐに動き出す。
その動きは実に速やかなもので、一切の躊躇もなくプレイヤーたちに背を向けて、戦場から逃走を始めたのだ。
「か、勝ったか?」
「やったか!」
「いきなりフラグ立てんな!」
「やってねぇよどう見ても!」
「でも逃げてるよ!」
「いやこの戦いに撤退もなにもねぇよ」
「奴らを全員ぶっ倒すまでは終わらない」
「絶滅戦争だ!」
「本当にそうなの?」
「そもそもルール説明あった訳じゃないし」
「勝利条件満たしたとかないかなぁ」
「……あるとしても、状況的に満たしてしまったのは敗北条件だろうな」
そう。タイミングとしては、敵が帝国の守っていたアイテムを手にした直後。こちらの優位な条件を満たしたようなタイミングではない。
かといってこれで敗北と言われても納得がいかず、実際に敵の態度以外に状況の変化を示す変化は世界に存在していなかった。
「みんな、警戒は解かないで。ただ、態勢は立て直そう。今のうちに、回復と補給をしておくように」
「ハルさん!」
「無事だったんですね!」
「皇帝は!? 皇帝はどうなったんです?」
「ばっかやろう。倒したに決まってんだろ」
「それで敵も引き上げた?」
「流石はハルさん!」
「いや、すまない。皇帝は倒れたんだが、資源の一部は変異体に持っていかれた。敵の変化の原因はそれだ」
「たっぷり食べて、おなか一杯になったんですなぁ。ウチらも負けずに、美味しいおりょーりで腹ごしらえといたしましょー」
「……ここに至ってもブレないカゲツは流石だよ」
当然ハルには、『世界樹の吐息』が差し出される。最後までコレからは逃げられないようだ。
ただ、今は喉を潤すこの甘さが、疲れた脳に染みるようだった。もちろん錯覚だが。
カゲツの振る舞った料理アイテムをかきこんで、皆、気持ちの立て直しと食事効果のかけ直しをはかる。
これで全て終わりなどということは決してない。ここから必ず、最後の一戦が待っていると誰もが察していた。
「ハル君! おかえり、これ見てこれ! 早速で悪いけどさ。敵の異変は、どうやらここだけじゃないようだぜ?」
「どれどれ?」
飛空艇からハルの元に降って来るように、駆けつけたユキの知らせをハルは受け取る。
表示されたモニタの中には、世界各地のプレイヤーが共有した現地映像。各地のリアルタイムの状況が表示されている。
そこでもまた、変異体が戦闘を止めて撤退、かのように一方向に列を成し進んでいる様子が映されていた。
「北だね、全部」
「うん。この帝国だ。みんな、ここに来ようとしてるに違いない」
「まあ好きにすればいいし、手間がかからなくていいことだけど、何日かかるんだいそれ?」
「んー、だよね。まあ無防備に背中見せてるとこ、現地のプレイヤーが叩けばいいんじゃ?」
ハルとユキが、この世界の面積を思いそう言っていると、画面の中のモンスターに更なる変化が生じる。
放心したようにただ歩き続ける彼らの身が崩れ、液状化するように溶けていく。
「どうやらー、そう簡単にはいかないようですねー?」
「か、カナちゃん! わ、私らがフラグ立てたせいじゃないよ!」
「落ち着けユキ。そんな発言に反応されてたまるか。どうやら、また龍脈エネルギーに戻った、ってことのようだね……」
かといって、大人しく龍脈の中に帰った訳ではない。それは、この帝都に集った変異体の様子を見れば良く分かる。
彼らもまた自身をエネルギーに変換し姿を溶かしているのだが、その向かう先は龍脈ではない。
帝城を襲っていた一際大きな変異体に群がるように、そのエネルギーを集中させているのだ。
「一か所に集まって合体する気だ!」
「ですよー?」
「なんとかしなきゃハル君! 変身中は攻撃しちゃいけないとか、言ってらんないぜ?」
「……そうは言うけどねユキ。どうすればいいの、アレ?」
「……んー。飲むとか!」
「飲めるかっ!」
「ここでさんざん喉をいじめ抜いて鍛えた成果が出るという訳ですなぁ」
「いらんわそんな成果。というかカゲツ、喉をいじめてた自覚あったのね……」
帝城跡地に渦巻くエネルギーの塊と、ハルがこれまで飲んだ世界樹の吐息の総量、果たしてどちらが多いのか? そんなバカバカしい問いを、ハルは脳内から追い出してゆく。
既に命じるまでもなく、撤退する敵を追い勇ましくエネルギー塊に攻撃を加えている者も何名か居るが、その攻撃が手ごたえを生むことはない様子だった。
「ハルさーん! むてきー! こいつ無敵だ!」
「ソフィーちゃん! 今は戻って! 補給しよう!」
「うん! わかった! ごはんだ、ごはん!」
激戦の疲れを一切感じさせず、元気に駆け寄って来るソフィーの<次元斬撃>も通らないとなると、実体化するまでは無敵なのだろう。
ならば、考えるべきは形を持った瞬間にどう出迎えるか。
「……幸いというべきか、帝国の外に潜った連中の通る龍脈は、この地と断絶している。そこで合流を阻止できれば、多少はマシか」
「しかし、それでも十分デカそうだよハル君。まあ、最終決戦ってなら、やっぱこれだけ巨大なボスが居ないと締まらないよね!」
「まあ、燃えるのは確かか」
「そろそろ来るみたいですよー?」
あまり、長々と準備の暇は与えてくれないようだ。
ハルたちは見るからに『ラスボス』なその巨体の覚醒に、一同防御陣形を組み衝撃に備えるのだった。




