第145話 何の伝説なのか
<転移>用の基点となる自分の魔力を配置したハル達は、ひとまず屋敷へと戻ってきた。
割と根を詰めて取り組んでしまっていたようで、もうお屋敷はお昼ご飯の空気だ。
先に終わって、既に戻ってきていたユキが出迎えてくれる。ご飯どきなので、肉体の方であるようだった。
「ハル君、アイリちゃん、お帰り。もうすぐごはんだよ?」
「ただいま戻りました!」
「ただいまユキ。結構かかっちゃったね」
「珍しいね、二人がそんなに神界にいるの。どうやって呼ぼうか、焦っちゃった」
「普通にチャットで呼び出せば? ああそっか。ポッドにまた潜るの面倒か」
「面倒というか、気づいてなかった、えへ」
「体の時のユキは、ちょっと抜けてるね」
ユキも伴って、三人で食堂へ移動する。
そうして皆で昼食をとりながら、魔道具開発局と、オーキッド改めウィストの事を語って聞かせていった。
「大木戸さんと混同されるのが、嫌だったのかな? 名前変えたの」
「ああ掲示板の……、そんな事を気にするような神じゃないと思うけどね。公式に名前変更したって訳でも無いし」
「掲示板と言えば、やっぱり凄いね、ハル君は。掲示板でも、コード合成は誰も成功してないって話だよ?」
「らしいね。まあ、僕が凄いと言うより、やる気にさせる仕組みを作らなかったウィストが悪いんだと思うけど」
「初回クリアに躍起になる人、普通なら多いもんねー」
まず、コード一つ一つが、何を表す式なのか一般プレイヤーは知らないのだ。ハルとアイリは、物質の構成を表す式を知っていたから、それを除外して取り組めた。そこが大きい。
魔道具用の部分を選り分けられれば、後は普通のプレイヤーでも総当りで何とかなりそうだが、そのスタートラインに立った者がまだ居ないのだろう。
物質部分も含めると組み合わせは更に膨大になる上に、それが不純物となり、魔道具作成は絶対に成功しない。
それは、達成者が居ないのも当然だろう。
「ですがハルさんが仰っていたように、わたくし達には非常に勉強になりました。ウィスト神はこれを伝えるために、コード合成を用意してくださったのだと思います」
「そんなに親切なひとだったんだ」
「いや、陰気な奴だったよ」
「あはは、らしいねー」
他プレイヤーとの関わりも多く、情報収集にも余念が無いユキだ。ウィストの噂も既に多く仕入れていたようだ。
どうやら、契約者に対してもあの素っ気無い態度は変わらないらしい。
ただ、そこが良いという女性プレイヤーや、男性プレイヤーであっても格好良いと感じたり、憧れのような感情で好意的に捉える者は多いようだ。そのあたりがマゼンタと違う所らしい。
「みんなで協力してなんか出来るんだよね。そこで頑張ってるみたいだけど、だめみたい」
「あるね。僕はノータッチだけど」
「やっぱり。それで、ハル君頼りにされてるよ。はやくきてくれー、って」
「敵になったり頼られたり、忙しいね」
「それだけハルさんが注目されているのですね!」
切り替えの忙しいことだ。まあ、敵といってもゲーム上のことで、本気で敵視している人はそう居ないのだろうが。
「教えるのも良いけど、まだちょっとそれにはサンプルが足りないかな。出来たのがこれだけじゃね」
「わ。かわいいランプ」
昼食を食べ終わり、食器の片付いたテーブルに作成したりんごのランプを乗せてユキに見せる。
ユキはそれを手に取ったり、ゆらゆら揺らしてみたり、結構お気に入りのようだった。
「これどうやってスイッチ切るの?」
「切れないよ。オンオフの回路はまた別に用意しないとね」
「つきっぱなしかー」
「流石に少し、使いづらいですよね。試作品ですから、仕方がないですが」
「確かにゲーム内要素としては、不便すぎるみたいだね。MOD制作みたい」
「僕も同じこと思ったよ」
一からプログラミングを行うよりは簡単だが、ゲーム中に遊べるいち要素としては難しすぎる。
既存のゲームに、ユーザーが数値を弄る、グラフィックを変更するといった改造を加える作業の難易度に近いと、ハルとユキは感じた。
その作業も、大きな変更を行うとなればプログラム知識は必須となり、いちからゲームを作るのと変わらないレベルになる事もあるのだが、二人ともここでは割愛した。
「まあ、この世界そのものに対する追加要素を作ってるとも言えるか」
「公式配布のMODツールだね」
「まさしく神の御業ですね。すごいですー」
「アイリ達も同じことやってるんだよ? しかも神の施設に頼らずに」
「ふぇ?」
この世界の住人が行っている魔法の研究が、それにあたる。世界に対する追加要素。自分達の世界を使いやすいように、魔法というパッチで改変していく。
しかもそれは視覚的な分かりやすさは一切無い。コード合成が可愛く見えるような苦難の道だろう。ハルも素直に尊敬する。
その、この世界の人々のことを思えば、分かった事をプレイヤーと共有しておくのも悪くないだろう。
何かをするときに、人手は必要だ。魔道具作成に慣れておいて貰うに越したことはなかった。それでも万人向けとはいかず、人は選んでしまう要素ではあろうが。
「……発表して教えるとなると、もっとレシピが要るよね」
「例え消えないランプだけでも、大発見だし大反響だよ?」
「僕が納得しない」
「ハル君らしいねぇ」
「ですね!」
皆、試しにそのランプを作るだろう。教わった通りに。結果として、スイッチを切る事も出来ないランプが市場に溢れる事になる。
その流れは流石にハルも歓迎できない。技術が成熟した後になって、不良在庫として溢れるのはあまり見たくないとハルは思う。
「最初はこんなだったねー、って懐かしむ事が出来ると思うけどなぁ」
「せめてスイッチは切れないと。懐かしさの主張が目に眩しい……」
「あはは、確かに」
「探索には、重宝されます!」
「お店屋さん用にしよう」
「この世界の人向けにするなら、なおさらスイッチが要るって」
探索で、猛獣に見つからないように隠れる時など、光ったままでは困るだろう。
なんだか二人はすぐにでも発表してしまいたいようだが、ハルとしてはここは譲れない部分だった。
「じゃあ、二人の為にも、またあっちに行って調べを進めるよ」
「わたくしも行きます!」
「私もー」
「ユキさん、退屈かも知れませんよ?」
「あ、アイリちゃんにも脳筋だと思われてるなー。私、こう見えてもプログラムは勉強したんだよ?」
ユキはゲームに関しては勤勉だ。ハルに教わり、プログラム知識はかなり豊富に持っていた。
プログラミング要素の強いコード合成にも、すんなり入っては行けるだろう。ただ、興味の出ない制作物だと長続きはしなそうであるが。
「じゃ、行ってくるね。ルナに言伝お願いね」
「かしこまりました、旦那様。いってらっしゃいませ」
「いってきます!」
「いってらっしゃいませ、アイリ様」
メイドさんに伝言を任せ、ハル達は再び魔道具開発局の地下室へ<転移>するのだった。
「あれ? ハル君、ちょっと……」
*
「私、この体のまま!?」
「おっと」
ついユキを肉体のまま連れて来てしまった。
ユキにとって、お屋敷の外はゲームだ。出来ればキャラクターの体で来たいという気持ちがあるだろう。そこまで気が回らなかったハルである。
まあ、ここは他人の目が入らない閉鎖空間だということで許して欲しい。
「ユキさんを閉じ込めちゃいました! もうこれで逃げられませんよ~!」
「ふえぇ。えっちな事されちゃうのかな、ハル君に」
「しないが……」
「されちゃいます!」
「ど、どんなことだろう……! アイリちゃんは、どんなことされた?」
……しないのだが。
何だか二人で盛り上がっている。その後も会話はエスカレートしていった。女の子同士の時は結構えっちな話などもしているようで、今もそのノリのようだ。
ただ、逃げ場の無い密室にユキを連れ込んでしまったのは事実なので、そこはハルも反省しなければなるまい。反応がかわいいので、次はやらないとは言い切れないが。
「ユキ、帰りたくなったら遠慮せず言うんだよ」
「ひゃい! お、お手柔らかに……、まず何をするのかな……?」
「……合成するよ?」
「そうだった!」
茹で上がっているユキをほどよくスルーしつつ、三人で作業机の前に座る。入力装置となっているそれに触れると、ウィンドウパネルが何枚も浮かび上がり、合成メニューが表示される。
元は薄暗い部屋だった事も相まって、この演出も静かな格好良さをかもし出していた。あの仏頂面の、研究者然とした神様にもよく似合いそうだ。
初回となるユキのために、一通りの操作を見せてハルとアイリが説明をする。
「……うん、だいたい分かった。複雑そうに見えて、基本的にはアイテム集めて合成するゲームと変わらないね」
「そうなのですか?」
「レシピが見えない事を除けばね」
「……そうなんだよねー。ハル君の言うとおり。そこで一気に難易度上げちゃってる。コードも、失敗で出るんじゃなくて、“特定のコードが出る合成レシピ”と考えればわかり易いんだけど」
「同じ組み合わせなら、必ず同じコードが出るからね」
例えるなら、『コードA』を作るためのレシピが、『鉄鉱石とりんご』だと考えるということだ。
下位素材であるりんご等を使い、中位素材であるコードABCを作る。そして、それを使って上位制作物の魔道具を作る合成ゲームだ。
<錬金>要素や、コードによるアイテムの再生成があるためややこしく見えるが、そこだけ抽出して見れば単純な事だ。
後はそのレシピを書き出してやれば、『魔道具Xを作るためのコードABCが欲しいので、りんごなどの素材アイテムを集めに行こう!』、というゲームになる。
「なんでこんな、ややこいのか」
「ややこいです!」
「アイリも言ってたように、この『当たりのコード』部分をこの世界に広めたいんじゃないかな。そのためには、僕らに意味を理解させることが必要になる」
意味不明なコードだからこそ、人はそれが何か考える。最初から素材アイテムAとして与えられた合成なら、そういうものだとゲーム的に理解して、プレイヤーは意味を考える事はしないだろう。
考えさせるために、わざわざ複雑にしていると思えば、意味は通るし理解も出来る。
「でもそれなら、ハル君がレシピとして教えちゃったら意味が無くなるのかな?」
「僕が皇帝とか王子とか通して伝えるから平気。それにどうせ、誰もやらなきゃしばらくは放置されたままだよこれ。そのうち、酔狂な人は出てくるだろうけどね」
「わたくし達の祖先に文化を伝えたように、直接伝えるのでは駄目だったのでしょうか?」
「さてね。そこは彼なりの考えがあるのか。何か出来ない規約があって、抜け道としてこれを使っているのか」
「神の誓約ですね」
「そう言うと神話的だね、アイリちゃん」
「そりゃアイリにとっては神話そのものだからね」
「です!」
だがそんな神の思惑は置いておいて、プレイヤーとしてはもっと分かりやすさが欲しい。具体的に言えばコードの機能の説明が欲しい。
いくつかは判明したが、多くのコードは未だ意味不明なままだ。
恐らく単体では機能せず、他のコードと組み合わせて初めて機能する、補助専用のコードなどもあるためだろう。
偶然組み合わせが一致するまで、そのコードは用途が分からない。
「さて、そういう時はどうするんだっけアイリ」
「先人に学びます!」
「そうだね。ランプという一応の完成も見たことだし、そこをゆっくりやっていこうか」
「ハル君ハル君。先人って? 参考書とか?」
「欲しいね、参考書。この場合、仕様書がもっと欲しいけど」
「完成された魔道具のことです!」
それが先人の役目をする。
完成された魔道具には、当然、内部にコードが使用されているだろう。その魔道具の機能と、使われているコードを照らし合わせれば、おおよそのコードの役目が見えてくる。
なので、ハル達のしようとしている事は、まず魔道具を手に入れ、それを分解しコード化することだった。
「でも魔道具手に入れるなら何でここに。……あ、<錬金>で作るのか」
「ユキ正解。<錬金>で作れるレシピの最上位に、伝説っぽい武器防具がある。あれはきっと魔道具だ」
「それを分解して、コードを取り出すのですね!」
「仮にも今のエンドコンテンツだよあれ。それを作る目的が分解のためって、ハル君らしいねぇ」
神の武具のような位置づけの、カッコいい名前の付いた武具。それの作成も未だ一人として到達者が居なかった。
まず単純に、使う素材のレア度が高すぎるため。アトラ鉱を初めとする最上位素材を潤沢に使ったそれは、今の上位ユーザーですらおいそれと手が出せない。
作ってみて強いかどうかも分からないのだ。それなら幽体研究所で強化にあてる。
誰か人柱(損を覚悟で最初に作ってみる人)が出て、強かったら自分も作れば良い。皆そう考える。
次に、これも単純。使う時間が長すぎる。
<錬金>スキルには、合成が完了するまでの待ち時間がある。ハルやルナも、ギルドホームの素材を作るのにだいぶ悩まされている。
伝説武具を作成するには、まずその材料となるアイテムを合成しなくてはならない。その材料を作るための材料も、別途必要。
そうしてネズミ算式に膨れ上がった時間は、到底一人ではまかなえない。<錬金>専門のギルドなど出てきて、組織的に分担作業すればまた別だろうが、ゲーム内コミュニティはまだそこまで成熟していなかった。
「でもこの施設ではそれが無い」
「話題沸騰だよ。みんなそれに夢中だから、コード合成が流行らない面もあるっぽい」
「だろうね。錬金ギルド作ろうって言ってた人は泣いてるかもだけど」
「あはは、ありそう」
「ご愁傷様なのです……」
時間がかからない代わりに、大量の魔力が必要になるのだが、そこはハルだ。それこそ問題にならない。
ハル達はこの機能を使って、まずは魔道具であろうと予想される伝説の武具を作成していくのだった。




