第1448話 敵よりも早く敵を獲れ!
「……さて、そろそろあの無駄に肥大化したデカブツにも手を付けていきたいところだけど」
「ついにやっちゃうかぁー」
「生き残れる気がしねぇ……」
「なぁに。死んだら寝てる間にハルさんが倒してくれるさ!」
「起きてる間、な?」
「ややこしい!」
「その場合どうなるんだろう?」
「もう戻って来れないのかな?」
「それはちょっと寂しいなぁ……」
「死ぬ前に最後のお別れ済ませとく?」
「縁起でもない言い方すんな!」
「お前らいいから前見ろ前ぇ! 気ぃ抜いて無価値に死ぬんじゃねーぞ!!」
多少は言葉を交わす余裕が出てきたとはいえ、まだまだ敵の波が収まる気配なし。
飛空艇に積まれた龍脈アイテムを目掛け、帝都を滅ぼしたモンスターの約半数が、ハルたちへと殺到する。
これを狩り尽くさない限りは、先の話をするにはまだまだ早い。
「うむっ。気合を入れたまえよ諸君。私の槍とて、全員を同時に守り切るのは難しい。しかしだ、帝城を襲っている巨大モンスターの注意がこちらに向かないだけでも、ありがたいことだね?」
「確かにそうだね。それだけ、まだあの中には溜め込んだ資源があるってことだ」
「それって、私たちのアイテムよりいっぱいあるのかな!?」
「いいやソフィーちゃん。そうとも限らない」
ソフィーが空から、一度体勢を立て直すためにハルたちの居る地上へと下りて来る。空中の『足場』がそれだけ減った、という影響もあるだろう。
確かに彼女の言うように、巨大変異体が帝城を優先しているのは、向こうの資源総量がハルたちよりも多いという可能性はあった。
ただ、敵のターゲット選定要因は量だけではない。距離もまた大きく関係していた。
「例えば、世界中の資源を集めた僕らでも、世界中のモンスターを完全に誘引出来ていた訳じゃないだろう?」
「うんうん! 遠くのヤツは、現地の人にお任せになっちゃってたもんね! あっ、龍脈砲の効果もあったか!」
まあ、そもそも敵の移動速度にも限界があるので、来ようとしても来れないという事情もある。
それを差し引いても、遠方になるほどハルたちの居た中央からの影響を受けなくなっているのは明白だった。
「《この、ボクらの飛空艇に寄ってきた個体の数と、その範囲から計算すれば、おおよその帝国が保有している資源量が計算できるよ》」
「流石だマゼンタ君」
「《ええ、ええ、そうなのよ! 計算によると、おおよそ飛空艇に積んできた半分は、最低でも抱え込んでいると見ていいの!》」
「《横からセリフを取るなよマリーゴールド!》」
「《計算はあなただけの手柄ではないのよ?》」
やはり帝国、侮りがたしというべきか。飛空艇の積載量には限度があったとはいえ、それに匹敵するアイテム量を保持している。
帝城とそれらさえ守り切れば、帝国の、皇帝の実質上の勝利となり、あとは続く世界でゆっくりと復興を行っていけばいい。
「《まーつまりさ、ボクらがこれ以上近づかなければ、戦闘はこれ以上激化しないってワケ》」
「《被害が出ないのはいいことね!》」
「ほっ……」
「よかったぁ」
「あとはコイツら減らしていけば終わりだな!」
「簡単に言ってんなぁ!」
「だってよ、見ろよなこの力!」
「ああ! みなぎるぜぇ!」
この場に参戦した者たちは、選りすぐりの精鋭ばかり。スキル強化の恩恵を受けて、それぞれより上位の力に目覚めていた。
十把一絡げの雑兵のように振る舞ってはいるが、かつてのハルであれば一人相手にするだけでも大変だろう。そんな実力を備えている。
彼らは<天剣>のようなスキルへと到達した者もおり、ヤマトと同じく無消費にて疲れ知らずに敵を粉砕し続ける特性を持つ。
実力はヤマトに及ばないものの、複数の上位スキル持ちが円陣を組んでいるだけで、モンスターの『壁』さえ押し返す鉄壁の守りと化していた。
「俺ら守勢に回ればここまで強かったか!」
「最初からこうしてりゃよかった?」
「敵が勝手に溶けに来てくれるぅ~」
「時間効率考えろ」
「このやり方じゃ中央の量は捌ききれなかった」
「最後は龍脈爆弾頼りだったしなぁ」
「いっそもう一回アレやればよくね?」
「いいね! どうせ帝国の土地だしな!」
「今度はオレらも死ぬっつーの!」
「世界樹がねーんだぞここは」
「クリアできれば死んでもいいやー」
「死にましたが、クリア出来たので問題ありません」
「プレイヤーにとって命なんてチップの一つよ」
「この狂人どもめ!」
……実力が高い者が残るということは、よりゲームに最適化された極端な思想の者が残るということでもあったようだ。
まあ実際、ハルとしても彼らや自分自身の命を犠牲にしても、クリア出来る確約があるならばそうするだろう。
しかし今は、例えここで自爆してもクリアになる保証はない。世界樹の最終到達地点は帝国領の外周であり、あの無敵の守りは存在しないのだから。
「《やっぱりね? 皇帝さんを先に捕まえるのが早いと思うの! きっとそうだわ! この状態を維持していれば勝てはするけれど、お城のバリアが持つとは限らないわ? 限らないの!》」
「確かに、マリーちゃんの言うことも分かる……」
このまま優位を維持して戦っていれば、歴戦のプレイヤーたちが負ける事はないだろう。
セオリー通りに堅実に敵の数を減らし、雑魚が片付いたところで帝城に夢中になっている大物に手を付ける。
ちなみに、肥大化したモンスターはこの場で見えている物だけではなく、龍骸の地を中心とした衛星都市を滅ぼしてこの帝都に集結中だ。
ハルも<龍脈魔法>による遠隔攻撃で、今もその外部の龍脈変異体を潰してはいるが、まだ雑魚を一掃している段階。大物には手が出せていない。
「帝都を目指し行進している連中も合流すれば、よりバリアの寿命も短くなる……」
「ですがー、私たちが皇帝さんと接触するにも、バリアを解除しないといけませんねー」
「そうなんだよね」
バリアを解除するのは簡単だ。あれもまた魔法の一種なので、ハルの力の敵ではない。
ただ、そうすれば敵もまた一気に帝城になだれ込み、資源も皇帝の身そのものも、変異体の濁流に飲まれてあっけなく消えてしまうかも知れない。
そうなれば何のために突入したのか分かったものではないのである。
「《ハルさーん。それだけどねぇ。ちょーい掲示板見てみてよ。ここ、ここー》」
「リコ。どうしたの、って、うげっ……」
リコの指定した書き込みを見たハルは、その内容につい顔を思い切りしかめてしまう。
とはいえ、ハルもこの展開はなんとなく予想していた。ある意味で、期待通りの仕事をしてくれた彼女であった。
◇
《見ているかい、我が宿敵たる魔王ハル。いやその真の姿はっ! 我が盟友にして至高の主人! このオレが真に仕える、神の主いや神の王ハル様っっ!!》
「うーん。知らんなこんなヤツ。なんか怖いから閉じるか」
《待って、待ってくれってぇ! 帝国に潜入したスパイの最高の見せ場じゃあないかっ! ここで正体を明かさないまま、オレの役目は終えられない!》
「いや全員知ってただろ。お前が僕の送り込んだスパイだってこと」
「うん知ってた」
「帝国の機密をベラベラ喋っちゃう謎の男」
「スパイじゃない訳ないじゃん」
「口だけで『帝国の味方』と言ってもねぇ……」
「ただ正体が分からな過ぎたよね」
「そこはお見事」
時おり掲示板に出没しては、帝国の偉業を機密情報まで含めて高らかに語り上げる謎の男。
誰がどう見てもスパイであり、ハルたちにとってはどう見てもリコリスだったそれが、ここで正体を明かすことにしたようだ。出来れば最後まで謎でいてほしかった。
「わー。そんなー。まさかお前だったなんてー。それでどうした、この状況で。この期に及んで、何か伝えるべき情報が残っているとでも?」
《まさに、その通ぉりっ! 帝城を守るバリア装置、オレは今、それを解除できる場所に居るのだっ!》
「だろうね。それ以外にない。まあ、いい仕事だと褒めてはおこう」
《あるぇ~~。まさかのバレバレぇ? ふっ……、さすがはハル様、だっ……! さて、いつ解除してしまおうか!?》
それはすぐにでも、と言いたいところだが、すぐに解除しては先述した問題がある。
リコリスがバリアを一瞬で再起動できるならば、被害は最小限で済むかも知れないが、それが可能な保証もない。
せめて、再起動までの時間を稼ぐ手だてを講じてから、最低限その必要がある。
「モノ艦長。いけそう?」
「《うん。ぼくに、任せてよ。モンスター共を、城から引き離し、なおかつ被害を受けない距離を、保ってみせる、よ》」
言うが早いか、モノは飛空艇を再発進。それを追うように、プレイヤー陣と戦っていた変異体の群れも戦闘をやめて移動を始める。
向かう先は、もちろん帝城。飛空艇が近づくにつれ、彼我の優先順位を次々と切り替えた変異体が、バリアから離れてそちらへと一斉に顔を向けた。
「うわっ、こわっ!」
「こっち見んな!」
「いやこっちを見ろ!」
「俺らも手伝うぜ!」
「今こそ囮作戦を実行する時!」
「ひぇ~、ネジ外れてんなぁお前ら」
状況をいち早く察したプレイヤーが、自身も作戦の一助になると囮役を買って出る。
ルナのマーカーを所持した彼らは、アイテム欄に龍脈資源を転送してもらうことにより即席の誘導役へと変身可能。
飛空艇では誘引しきれなかった細かな群れに、眼前まで接近することで強引に移動を強制させるのだ。
「先を越されましたね。でございます。私が、バリアをすり抜けて潜入しようと思っていましたのに。ならばここは、隠密し限界まで近づいて、最も難しい位置の誘導をこなしてみせます。ご覧に入れます」
「無理しちゃダメだよユリアちゃん! 死んでもいいけど、抱えた資源をブチまけるのは絶対NG! はらわた絶対死守、だよ!」
「はい、ソフィーさん。はらわた絶対死守、でございます」
「言い方考えよう女の子たち?」
はらわたはともかく、危険の伴う作戦だ。下手をうてば、手にした龍脈アイテムを敵に奪われ、いたずらに強化してしまう事にもなりかねない。
それでも、状況を打開するにはやるしかない。突入役は、当然ハルがやる。加えて探査を行うアイリと、アイテム回収のルナ。
二人を抱えて<煌翼天魔>の翼で守り、ハルは未だ『壁』として進路を塞ぐ変異体の大軍に向かい、強行突破の構えを見せた。
《タイミングはオレに任せるんだっ、ハル様っ! キミは、ただひたすら全力でつき進め!》
「……任せるよリコリス。僕に、全力でバリアと正面衝突する間抜けを晒させるなよ!」
《当然っ! 任された! 今だっっ!!》
己の身、そしてアイリとルナを包み込むように、ハルは周囲を魔法の渦によって包み込む。
高速で回転し、触れる者全てを削り取る球体と化したハルたちは、地面を、進路の崩れた建造物を、そしてもちろん敵の体も、強引に粉砕、いや蒸発させながらひたすら進む。
そうしてまさに、バリアへ衝突しようとしたその瞬間。直前にそのバリアは解除され、城内への道が開かれる。
「突破しました! ハルさん! バリアが消失、わたくしたちは、突入に成功しました!」
「ハル!? 魔法を解除した方がいいのではなくて!? 壁を削り取っているようだけれど……!」
「ああ、そうだね。まずいまずい」
危うく、ハル自身の手で帝城を完全に崩落させそうになったあたりで、ようやく悪夢の球体は停止する。
既に城壁を破り城門を破り、ハルたちは城の中。後ろを振り返れば、円形に削り取られた壁と地面が一直線に、地の先まで続いていた。
その先では、一歩でも変異体を遠ざけようと、奮闘する仲間たちの姿が見える。
「わたくしたちも行きましょう! 皇帝は、地下に居るのです! あっちです!」
「よし、またこのまま一直線に掘り進もうか」
「おやめなさいな……」
アイリの<天眼>により位置を特定された皇帝の待つ地下を目指して、ハルたちは比較的お行儀よく、床をぶち抜いて進むのだった。




