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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1446話 この広い世界の限界地点

 景色の全てを置き去りにして、ハルたちの飛空艇は進む。

 まるで巨人が段差を踏み越えるように、さりげなく流れて行く山は、遥か遠くそびえる巨大な山脈だ。

 眼下の景色などは、もはや目で追うのも難しい。まるで星虹の矢(スターボウ)のように一瞬で過ぎ去っていくその光景は、地上をワープ航行でもしているようだった。


「うーん速い。壮観だねこれは」

「……揺れはあまりないようね?」

「船体がしっかりしているからね。あの空飛ぶ棺桶がホラーハウス並みにガタガタしてたのは、密室のすぐ横で隕石をフィルターにぶち当てていたからさ」


 どちらかといえば、異世界で乗る航宙艦こうちゅうかんに近い乗り心地に、ルナやイシスも一安心だ。


 風属性ではなく虚空属性にて空気抵抗をシャットアウトしているので、その部分も姿勢の乱れが少ない理由だろう。

 船体の周囲に生み出した真空の中を飛ぶ様は、現実リアルの『地下鉄』に近いので現代人には馴染みが深いだろう。


「あっ、でも、地下鉄よりは揺れの頻度がテンポ速いですね? 地下鉄はこう、忘れた頃に『ぷしゅ』ってなるくらいなのに」

「良いところに気が付いたねイシスさん。そう、隕石の衝突と同時に、真空圧というか、真空が閉じる際に引っ張られる力も、断続的に発生させて更にスピードを上げている」

「それってぇとアレか? お前さんが<天剣>を器用にかわしてた時の……」

「まあ厳密には多少違うけど、アンタとの、対ヤマト戦で見せた『虚空キャンセル』と原理はほぼ同じだよ」


 周囲の空間に真空を生み出す<虚空魔法>をキャンセルすると、そこに一気に空気が流れ込み、その力で体が一瞬で引っ張られる。

 ハルが<天剣>の異常な攻撃範囲から逃れるために、披露してみせた小技がそれだった。本来の魔法用途とはズレた使い方だが、なにかと便利である。


「じゃあこの船って、後ろから押されながら、前に引っ張られて飛んでるんですねぇ。普通の火を吹くエンジン何処にもないじゃないですか」

「んー、まあよくあるブースターとかバーニアって感じの付けてもいいけど、非効率だしねえ」


 火属性の魔法で派手にロケットのように噴射してもいいのだが、見た目だけで逆に効率が落ちてしまう。

 今はその<火魔法>も、<星魔法>と<虚空魔法>のエサとして全て融合され補助のエネルギーに回っていた。


「しかしハルさん、病み上がりでその、大丈夫なのでしょうか!」

「『頭は大丈夫か』ってことだね」

「ハル君、頭だいじょうぶぅ?」

「言い直さんでよろしいユキ。……確かにこの処理も相当負荷のかかる作業だけど、特に問題はないよ」

「本当よね? 大一番だからって、無理はしていないわよね?」

「平気だよルナ。まあ、無茶といえば多少は無茶だけど、それでも問題ない。強がりじゃあないよ?」

「そうなの?」

「うん。だってもう着くし」


 ハルの言葉に皆が自分のメニューでワールドマップに目を落とすが、言葉の通り、現在位置を示す光点は北の果てへと到達しようとしている。

 言っている傍から世界樹の枝で作った『囲い』を遥か後方へと吹っ飛ばし、飛空艇はついに帝国領内へと侵入した。


「目的地への到着を、確認」

「戦場だ! 戦場が近いよ! モノちゃん、もう降りていーい!?」

「飛び降り降車は、ご遠慮くださーい」

「まだおすわりだね! シートベルトも付けちゃう!」

「当飛空艇は、怪速のため帝国駅には止まりません。むしろハル、そろそろ止めて?」

「うん。止めようと思ってるんだけど、というかもうエンジンは切ってるんだけど。一向に減速しないね?」

「空気抵抗が、ないからね」

「二人とも冷静に言っとる場合かぁ!!」


 ケイオスのツッコミが心地よい。危うくボケっぱなしで終わるところであった。


 宇宙空間では、一度加速すると物体は慣性に従ってずっとスピードに乗りっぱなしだ。それに近い真空の環境下では、この飛空艇も上げに上げた速度を維持したままとなる。

 早く到着してすばらしいのだが、狙った目的地に降りるには厳密な計算と専用の訓練が必要となる。今回はどちらも置き忘れてのぶっつけ本番だ。


「いや空気抵抗が問題なら、真空の<虚空魔法>を解除すればいいんじゃねぇのか? 頭いいぜオレ! 解決だな、ガハハ!」

「そうはいかねぇっしょケイオスちゃん! なんかよく言うだろ、『空気の壁』とかさぁ!」

「うん。ミナミの言う通り、この速度でいきなり通常の大気中に出たら空気の壁に衝突して粉々になるね」

「まあなんか知ってた! てか粉々おっかねぇな!」


 帝国上空で乗員ごと爆散して終わりである。セーブも出来ないので、『何しに来たんだ』という話だ。

 その爆発で最後の敵を倒して勝利、という状況以外では、ただいたずらに足を失うだけで終わりかねない。


「でもでも、ハルさんだけは生き残るでしょーから、別にそれでもよいのではぁ?」

「いい訳ないでしょカゲツ! なんのためにプレイヤーを乗せて来たんだよ!」

「マゼンタ君は真面目ですなぁ」

「まあ実際、不測の事態を考えれば、戦力は多い方がいい。そして安心して欲しい。この状況も、事前に想定済みさ」


 なにもハルだって、ブレーキのことを考慮せずに見切り発車で飛んできた訳ではない。ブレーキをあえて捨ててでも、到着時刻を優先したのだ。

 それはブレーキ役を他に任せる算段が付いているためであり、このまま地の果てを越えて飛び去って行くつもりはさらさらない。というより出来ないのだ。


「ヴァン、このままマップの端に突っ込むけど、平気なんだね?」

「《ええ。私だって死にたくはありませんから。嘘は言いませんよ》」

「なんか知ってんのかアンタ?」

「《知っていますともケイオス君。ただ残念ながら、いかにこの速度で飛んで行こうとも、誰も見たことのない新天地を発見できることは、決してないのだが》」

「見えない壁があるのか!」

「《ありがちだね。その場合、死にますが!》」


 そう、見えない壁があるならば、こんなのんびりとしている場合ではない。死に物狂いで減速しなければ、空気の壁どころか『世界の壁』に衝突してゲームオーバーだ。


「《……厳密に言えば、別に一切出られない訳ではない。しかし、マップに記されたエリアから踏み出したらそこからは、進めば進むほどに移動速度に減衰げんすいがかかるのだよ》」

「なーるほど。それで、大して進まないうちに上限が来るって訳か」

「既にその領域に入ったよ。実際にマップを見てみるといいケイオス」

「おっ。マジだな」

「さっきから光点が、一切進まなくなりましたねぇ」


 ずっとワールドマップを確認していたミナミが、そう補足してくれる。

 事実、この速度であれば、既にマップの端を飛び越えて、表示外の画面の外にでも行っていそうだが、そうなることはない。


 この仕様を知っていたからこそ、こうして限界までスピードを出して、帝国入りを果たせたのだ。


「画面端は有利だが、資源もなんもないとなると、そーとも言えんな」

「《それを捨ててでも、隣接する敵の少なさは有利だとも。それに、まるきり何もない訳ではない。それどころか、他に見ぬ貴重なアイテムも稀に見つかったりするんだよ》」

「例の、スキル封印アイテムとかもそうらしいよ」

「それ逆に良いことばっかじゃね?」

「いや、そうとも言えないさケイオス。その代わりに外は龍脈は弱くて、僕らの居る中央が最も強くなっていると分かっているから」


 どちらも一長一短といったところだ。いや、ハルとしては、デメリットの方が大きく感じる。

 龍脈を全力で活用することによって今の力を得たハルにとっては、多少の便利アイテムの発掘ではメリットが釣り合わなく思う。

 もっとも、ハルがこちらに配置されたら、その時はまたその時で、別の抜け道を探すのだろうけど。


「さて、十分に減速されてきたね。ここからは反転して、帝都を目指して行くとしようか」

「おっしゃあ!」

「おすわり解除だ!」


 決戦の予感に高揚を隠し切れない仲間たちと共に、飛空艇は再び、進路をマップ上へと戻すのだった。





 世界のルールを借りて強引なブレーキをかけることに成功したハルたちの船は、船首をぐるりと後ろに向けて、この帝国の中枢ちゅうすうを目指す。

 主観ではマップから飛び出て相当な距離を飛んだ飛空艇シリウスだが、戻る時はほんの一瞬だった。

 大幅な減衰にかけられた船の速度は、まるで見えないゴムの膜にでも突っ込んだかのように、進めども進めどもその先に届くことはなかったのだ。


「これってさハル君。私らの『宇宙服』と同じような?」

「似てるけど、少し違うかな。僕らのは空間の無限分割と無限拡張だから。でもまあ、結果だけを見れば同じようなものだね」

「うちゅうふく! わたくし、あれ好きです! どれだけぐいーって押し込んでも、届かないのです!」


 そんなハルたちの宇宙服、『環境固定装置』は外に逃がさない為ではなく、中の物を、つまりハルたちの肉体を保護する為にある。

 ……もしかするとこのワールドマップを囲う壁も、そうした内部のプレイヤー保護の為に存在したりするのだろうか?


 そんなハルのとりとめのない考えは、ルナがアイリを呼ぶ声によって中断された。


「アイリちゃん? ちょっとこれを見てちょうだいな?」

「はい! なんでしょう! ……これは、見たことのないアイテムですね! 調べます!」

「マップ外に飛び出た際に回収しておいたわ」


 どうやら、帝国が秘密裏に発掘していたように、ハルたちもマップ外アイテムを手に入れることが出来たようである。アイリが、それを<天眼>で鑑定する。

 とはいえ、このラストバトルで活用するか否かは、慎重に判断した方がいいだろう。不確定要素は戦術のバランスを崩しかねない。


「ヴァン。帝国はどの程度そうしたアイテムの発掘を?」

「《実は大した量ではないのですよ。もちろん皇帝は、スキル封印のアイテムはいくらでも欲しかっただろうがね? だが実際にアイテムを持ち帰ることの出来る者は、そう多くなかった》」

「誰でもマップ外に踏み越えれば入手できる訳ではないと」

「《ああ。進んだ距離が重要になる。進めないくせにね? まったくふざけた話ですよ。常人では、一日かけても何も成果のないまま、朝を迎える》」

「常人では……」

「《そう。主に情報屋が持ち帰ってきていましたよ》」


 あの『イヤッホゥ』と奇声を上げて、高速で<疾走>する情報通の男。その俊足は世界の壁をも乗り越えたのか。

 しかし、この広大なゲームマップを縦断するほどの脚力がなければ成果を持ち帰れないとなると、いよいよデメリットばかりが目立ってくるというものだ。


「《うわさでは、進んだ距離に比例してアイテムの質もよくなっていくとか。今回のそれは当たりかも知れませんよハル君》」

「君ですら噂程度にしか知らないんじゃ、参考にはならなそうだねえ……」


 いかんせんデータの総数が少なすぎる。これももっとゲームが進んで、帝国が現実的に発掘を進められるようになれば、またパワーバランスが変わったりしたのだろうか?


「……まあ、今日で終わるゲームの仕様について考えても仕方ない」

「そーそー。今必要なのは、謎のアイテムじゃなくて敵戦力の分析じゃ! ハル君、今んとこ分かってるのは?」

「うん。すれ違いざまに少し見えたが、どうやら帝都は既に壊滅的な打撃をこうむっている。ほぼ陥落と見ていいだろう」

「情報規制をかけているようですが、龍脈通信にもちらほら悲痛な叫びが出てますなぁ」


 カゲツがまとめてくれた情報が、彼女のメニュー上に表示されている。

 それによると首都だけでなく、帝国の各都市もほぼ壊滅。龍脈変異体は貯蔵されていたアイテムを吸収して、より強力な個体へと進化を果たしているようだ。


「巨大化だ! 巨大ボスだ! ん~~、最終決戦って感じがしてきたねぇ」

「うんうん! ザコをひたすらぶった切るだけじゃ、つまんないもんね!」

「ひひっ。人間の背丈以上のモンは斬り慣れていねぇんだがなぁ」

「落ち着けこの戦闘狂ども」


 龍脈アイテムを求め殺到した変異体は、無事にそれを手にすると、食べるように吸収しその力を増していく。

 ハルたち連合軍の戦いではあまり起こらなかった事態だが、ここ帝国では巨大化の進行が深刻だ。そもそも、龍脈の『栓』を抜いていないここでは通常の変異体の数そのものも数段上。


 そんな雲霞うんかごとく空を埋めて都市を蹂躙じゅうりんしていた変異体が、そのターゲットをこの飛空艇へと変え、身をひるがえし向かってきた。


「来たぞハル! この船に満載されたアイテムが、誘蛾灯ゆうがとうになってやがる!」

「もう外出てもいい!? 外でちゃうね!」


 都市から敵がこちらに向かえば、当然そのぶん防衛も楽になる。そのことに反応し、真っ先に声を上げた帝国の生き残りは、なんだか聞き覚えのある語り口をしていたのだった。


「《諸君っ! ああっ、天より、救いの船が来た……っ! さあ、この機に乗じ、オレの後に続くのだっ!!》」


 その演技過剰な格好付けた態度は、どう見ても、帝国に潜入させっぱなしでいたリコリスのものなのだった。

※誤字報告ありがとうございます。「怪速」はあえての表記になるため、誤字ではありません。紛らわしくて申し訳ありません。(2024/12/24)

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― 新着の感想 ―
ハル様の力をもってしても世界の壁を突き破って果て無きその先へ進むことは出来ませんでしたかー。今回はアレスティングワイヤー扱いされてましたが、隅っこに拠点を構えていた場合は限界点チャレンジが行われていた…
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