第1445話 極星の導き
世界樹の巨体だけを残し、無残にも吹き飛んだハルたちの支配地、通称『魔物の領域』。
それを遠く見下ろすように臨み、また世界樹を仰ぎ見るように取り囲む『樹上の大地』。そこにハルたちは飛空艇を一度下ろし、決戦の地である帝国の本土へと乗り込むメンバーを選出していた。
「帝国に行くのなら、私を連れて行きたまえ。あの国の事ならば、当然この私が、誰よりも知っているのは自明だろうよ」
「お前は! ヴァン“元”宰相!」
「元宰相! 元宰相じゃないか!」
「どのツラ下げて行くんだお前!」
「戦犯中の大戦犯じゃないか!」
「てめーの面の皮、世界樹の樹皮か!?」
「いや本当にね。無敵の顔面すぎる。どの面下げて戻る気なんだい?」
帝国遠征軍の敗北を決定づけただけではなく、皇帝の求心力さえも低下させることとなった要因。元宰相のヴァンもその帝国行きに名乗りを上げた。
ある意味それだけの偉業を成し遂げた強すぎる影響力を持つ人物ではあるが、その行動はさすがに大胆を通り越して厚顔無恥。もはや感心するレベルともいえるのだった。
「なに。私は帝国を裏切って君についたのだ。なら裏切り者として、徹底して帝国の敵となるのは当然だろう」
「筋が通っているんだかいないんだか……」
一応、『敵を裏切ってハルの味方についてくれた』と言えなくもないが、彼のようなタイプは平気でまた裏切る気がしてならない。
それに、彼は数少ない、現実に記憶を継承できる才能持ちだ。
最後の最後で、このゲームの顛末とはまた別の、持ち帰らなくてもいい情報を持ち出してしまう危険性だってある。
というより確実に、虎視眈々とそれを狙っているだろう。
「……まあいいや。言い争っている時間が惜しい」
「助かるよ」
優雅に髪をかき上げて、すたすた、と飛空艇に搭乗していく。既にゼクスとキョウカなど、元帝国軍の中でも抜きんでた実力を持つメンバーもまた搭乗済みだ。
そのうち何名かは、ヴァンの顔を見て露骨に辟易した、『うげぇ』とでも言いそうな顔を見せているが、やはりヴァンが気にする事はない。心臓にも世界樹の葉脈が通っているのだろう。
「ま、まあ、オレはコイツより先に帝国を裏切ってたし、なんか言える立場じゃないかな……」
「いやゼクス、お前は逆に帝国に迷惑もかけてねーだろ。騙されんなよ?」
「いやいや。そういう君たちも、皇帝を見限りハル君に賛同したという点で、私と同罪じゃないかね? その流れが、彼の支持率の更なる低下を招いたのだ。私だけが罪を問われる謂れはないのではないかね?」
「事実ではあるが、コイツに言われっと素直に受け取れねぇ」
裏切ったのは同じだが、裏切り方にもマナーが必要だと感じさせられるハルである。
確かに事実をベースに語ると元帝国兵は彼を責める権利を持たないが、なんとも気分的には納得できないものがあるのも理解はできた。
「まあ、変な奴も参加しちゃったけど、まだ人数は積めるから気にせずに参加してくれ」
「変とは何か!」
「いや変だろ」
「変なロン毛だ」
「変なのはともかく、私みたいのが行っても役に立つか……」
「さっきの戦いでも大して活躍できなかったしなぁ」
「生き残っただけでも大したものだろうに」
ただやはり、最終決戦の最終メンバーに、自分達が選出されるとなると及び腰になるようだ。それは仕方ない。
かといって全員を連れて行くには多すぎるので、どうしても中から『選抜メンバー』として編成を組まねばならぬ必要があった。
「……ふむ? やはりこの手順を省くために、全員が飛空艇に乗れる数に減るまで削り合いを続けさせるべきだったか」
「ひでぇ!」
「命がけで戦った仲間に言うことかよぉ!」
「魔王だ! 魔王が居るぞ!」
「最初から魔王だったぁ!」
「そうとも。便利だよねこの立場」
普段であれば、志願者のみ、自信なき者は無理に参加せずともよし、と出発しているところだが、今回はそうもいかない。
キョウカのスキルをはじめ、プレイヤーの総数が重要となる場面も多い。
それに、例え戦闘能力が皆無でも、ルナのアイテム移動能力によってプレイヤーは居るだけで『生きた倉庫』として機能するのだから。
……こんな運用想定をしていると分かれば、また非難の嵐が巻き起こるだろうか?
「ならば、私たちを乗せて行ってくれますかね」
「おや? シノさん。そっちの国はいいの?」
「もはやこの状況で、自分の国がどうのと言ってられないでしょう。それに、この方が行くと言ってきかないもので」
「ひひっ! 年末暴れ納めとなりゃあ、参加しねぇ訳にはいかんよな」
「げっ。ヤマトじゃん……」
「『げっ』とはご挨拶だな。戦力だぞ喜べよ」
「いやもうアンタの<天剣>は唯一性を失ったから。それしか出来ない雑魚は来なくて結構」
「素直じゃねぇなぁ」
まあ、実際今でもヤマトは頭一つ抜けて強い人材なのは間違いない。他に<天剣>を使えるプレイヤーが居ても、彼ほどのレベルで運用できるはずもなし。
相変わらずそれ以外のスキルには興味がないので応用の利かなさはネックになるが、彼にはその剣一本あれば十分すぎるだろう。
「ハルさんが押され気味だ」
「珍しい……」
「ってことは強い人なんだな」
「噂ではハルさんをあと一歩のとこまで追い詰めたとか」
「まじかよ信じられん」
「ちょっと見てみたいかも……」
「俺も行ってみるかなぁ」
ヤマトのおかげではないだろうが、飛空艇の席が埋まるごとに、残りのチケットを争うようにして、なんとか最後の追い込みはスムーズにいった。
そうしてプレイヤーを積めるだけ積んだハルたちの船は、無事に帝国に向けてこの樹上大地から大空へと飛び立って行く。
「こうしてシノさんが駆けつけてくださったこと、オメーら涙流して喜べよな!」
「うん。三下くんの三下っぷりは、変わらないようでなんだか安心するよ」
「いや本当に毎度申し訳ない」
「こう見えて幹部なんですけどぉ!?」
混成軍の騒がしい旅は、短いものになりそうである。
*
「さて、景色でも眺めてのんびり行こうか、と言いたい所だが……」
「そうも言ってられんよなぁハルぅ!」
「ケイオス。戻ってたか」
「ひっど! 全く眠くねーのに寝なおすの、大変なんですけどぉ!?」
「いや冗談だよ。すまない。問題ないようなのでまたよろしく」
「次は別の人に頼んでーっ!!」
普段は部外者を入れない本船にまでプレイヤーを押し込んでの船出となっているが、さすがに中枢部であるこのブリッジまでは一般人を入れることはない。
ハルも今だけは肩の力を抜いて、城内や世界樹から避難してきた仲間たちと語り合う。
「ねえねえ。ハルお兄さん? でも帝国までは、そもそも、どんなに頑張ってもゆっくりしか行けないんじゃないの?」
「そうだぜハル! あの空飛ぶ棺桶、メテオバーストをカッ飛ばしたって、数時間はかかる距離だ!」
「そーそー。そこにプラス、この飛空艇の大きさとなると、マップの端までは何日もかけての行程になってたじゃん」
確かにヨイヤミの言う通り、このゲームの広すぎるマップはプレイヤーの移動に対しいつでも厳しい。
搭載スペースも乗り心地も完全に度外視したメテオバーストシリーズでさえ、最低でも数時間はかけての道行きだ。
しかも今日は、既に一度その『宅配』を挟んだ後なので、もし同じ速度を出せたとしてもそれだけで夜が明けてしまうことだろう。
「……じゃあ、今日はどこか適当な『駅』まで飛んで、続きはまた明日の夜、ってことになんのか?」
「仕方ないよね。物理的に、無理なものは無理なんだしさ?」
「いや。今日のうちに、このまま夜が明ける前に帝国行きを強行する。これ以上時間をかけたくない」
「気持ちは分かるがなハル!? ヨイヤミちゃんの言うように、無理なもんは無理だ! 確かにオメーは何時間でもインしてられっだろうが、乗員は全員脱落だぞ! なんの為に乗せたんだって!」
「あははー。飛んでる間に空からぽろぽろと落ちてくんだねー。おっもしろーいっ」
「こわいよヨイヤミちゃん!?」
面白いかどうかはさておき、そうなるのは決して避けられない。
ハルの工作により、参加メンバーを強制的に昏睡状態に陥らせ、ゲームにログインさせ続ける、ということも、不可能ではないのだが。確実に大騒動になるだろう。
「つまり、なにかこの八方ふさがりの窮地を脱する、画期的な策があるんだなハル!?」
「流石はケイオス。良く分かっているね。その通りだ」
「すっごーいっ! どうするのハルお兄さん。ねえどーするの?」
「それはだねヨイヤミちゃん。簡単なことだよ。移動に何時間もかけられないならば、それ以上の速度を出してやればいいんだ」
「……う、うん! そうだね! お兄さんすごいすごい!」
「幼女にすら気を遣われてるぞハルぅ! それが出来ないから苦労してるんじゃろがいっ!」
「まあそうなんだけどさ。出来ないならば、出来るようにしてしまえばいい。それだけのことだよ。ねえモノちゃん」
「うん。技術革新、だね。とはいえ今回は、ぼくらは何かすることなくて、ハルの力、頼りだけどね?」
「ウチとしては、ちょーっち複雑ぅ」
確かに、繊細過ぎる調整を積み重ね、属性石の精製とそれを組み合わせた魔道具技術の粋を集めた最高傑作がこの飛空艇だ。
その最大速度は、多少頑張ったくらいで軽々しく更新できるものではない。
ハルはそれを、一気にメテオバースト以上の速度に更新しようというのだ。技術者のリコとしては、思う所があるだろう。
「うーん。つまり結局、どーするんだろ?」
「……オレは分かってきたぜヨイヤミちゃん。ハルが何かするってんなら、それは魔法に他ならねー。そしてハルが魔法でなんかする時は、どーせバカみたいな力技だ!」
「馬鹿とはひどいな。かなり神経を使う作業なんだよ? だがその通りだ、力技でいく。メテオバースト以上の出力を出したいなら、衝突させる隕石をより巨大化させればいい」
「やっぱバカだったぁーー!!」
「うーん。確かにお兄さんらしー」
これがハルらしいという評価は少々心外かも知れないが、実際バカみたいな解決法なのでバカと言われてしまうのは仕方ない。
より強大になったハルのスキルで、『ミーティアエンジン』で使っている魔法以上の隕石を、<星魔法>を発動させてぶつければいいのだ。
「理屈だけなら、今までも可能、だったんだけどね。でもこの船は大きすぎるのと、船体の保護に使う、虚空属性の魔法と干渉するから、ぼくらの属性石では、無理だったんだ」
「ただでさえ、飛行するための無重力化に星属性を使っていて、周囲を包むフィールドは虚空属性だからね」
互いに消滅させあう対となる相性だ。これ以上一歩でもバランスを崩せば、スピードアップどころか墜落しかねない。強力な<星魔法>の隕石などもってのほか。
「だがこのスキルなら、<煌翼天魔>なら、通常の属性相性を無視してあらゆる属性を融合可能だ」
「なるほど! それを利用して、追加の<星魔法>も発動可能になるんだ! うーん強引!」
「ついでにハルさんは、<虚空魔法>の方も強化して空気抵抗を完全に無視しちゃうつもりらしいよー」
「もう宇宙船だね!」
「きっとこの為の、スキルだったんだろうね」
「んな訳ないだろハルゥ!!」
そう、宇宙空間の移動であれば、地上では考えられないほどのスピードが出る。
その代わり、少しでも計算をミスればそのまま自分たちが星になりそうな勢いで地面や山に衝突するが。
「だが、帝国行きにはこうするしかない。覚悟を決めなよケイオス。では早速、極星の導き、発動する!」
「せめて覚悟する時間くらいくれーっ!!」
そうしてあまりに強引に、ハルたちの船は空を照らす一条の星と化したのだった。




