第1442話 変異体の生態観察
さて、ハルたちはどうにか龍脈変異体の氾濫ともいえる暴走に持ちこたえられているが、逆にいえばハルたちでも持ちこたえるに精一杯。
そんな中でハルたち以外のプレイヤーはといえば、当然さらなる窮地に立たされているのは想像に難くない。
その想像を裏付けるように各地から、地獄のような光景と悲痛な叫び声の数々が、次々にハルの元へと送られて来ているのだった。
《無理だよこんなのぉ!》
《死ぬ! ぜったいしぬ!》
《ハルさんたーすけーてー!》
《よせ、彼は今動けない》
《そもそも一人でどうにかならないだろ……》
《万全ならきっとやってくれるって!》
《俺達でもどうにもできないってばー!》
《そのための力を貰っただろ?》
《なんにも変わった気がしないよー》
「ふむ? 効果が出るまで慣れが必要か。それとも、個人差があるか」
「どこも防戦一方。押されっぱなしでいるようね?」
「とはいえ実際、僕がどうにか出来る範囲は限られている。これは、例え<龍脈魔法>系が生きていたとしてもだ」
「《結局私たちは、一度に一か所しかモニター出来ない大前提は変わらないですものねぇ》」
ハルもイシスも、どれだけ龍脈の操作に慣れていっても、そのルールだけは絶対だった。
その状態では例え遠隔魔法で助けに入る事が出来ても焼け石に水。この物量は、それだけ絶望的であった。
「出来ることといえば近場から、地道に手助けするしかない。幸い、彼らは僕らの方へと優先的に寄って来ているし」
「なんなんでしょーねー? 元の龍脈が濃いから、いえ世界樹を狙って来ているー? んー、あー。龍脈アイテムかもですねー?」
「あり得るね」
龍脈から生まれたモンスターだから、組成を同じくする(……のだろうか?)龍脈アイテムに引き寄せられる。その可能性は無いではなかった。
「じゃあポイしちゃいましょー。ポイってー」
「よし。まずは実験だね。皆、聞いたかな? まだ仮定の段階ではあるが、龍脈アイテムにモンスター共が惹かれている可能性はあるかも知れない。だから、アイテムが戦力に直結しない所から実験的に、手放してみてくれ」
《我らの大事なアイテムですぞ!》
《その仮定が合っている保証は!?》
《資産をそう簡単に手放せるか!》
《そうして愚者は三途の川に沈むと》
《欲の皮が突っ張ってるとそうなる》
《だから正しい保証がどこにある!》
《終末の日にまで金に固執してどーすんの》
《この作戦が失敗したらただの大損だろ!》
《失敗したらそもそも全損だよ(笑)》
《みんな仲良くな(笑)》
「まあ捨てられない気持ちは分かるよ。あと繰り返すけど、アイテムを戦力として使ってる所は、ひとまずそのまま戦力にしようね」
もしこの最終イベントが失敗に終わり、しかもハルの甘言に乗り資産を全て手放してしまっていたら。その後の没落ぶりを考慮するとなかなか踏み切れないのは仕方がない。
もしやそんな心理も計算に入れた、意地の悪いイベントなのだろうか? そうも思えてくるハルだ。
ただどのみち、確保したまま拠点が壊滅すれば、そんな大事に残した資産も無事で済むとは思えないのだが。
「……捨ててくれるのでしょうか? この状態で」
「ああ。こんな状況でもいくつかの集団はきっと声を聞いてくれるよ。規模の小さな所は特にね」
「そして、それが有効だと分かれば、大きな勢力も後に続くわ? そのはずよ?」
ここまでの大混乱の中での人間心理がどう動くか、流石のルナでも経験はない。
だが、全てのプレイヤーが揃いもそろって、自分の利益だけを優先にしたりはしないとハルの経験では理解もしていた。
《わかったよ! 全部まとめて、投資する!》
《ハルさんを信じて!》
《あーあ。やっちゃった》
《騙されてるよお前ら》
《そうやって最後に一人勝ちする気だぞ》
《今さら下らないこと言うな!》
《騙されたっていい!》
《龍脈通信に突っ込んだのか?》
《ああ。権利は全てハルさんに委任した》
「助かるよ。そうしてくれると、広域スキルの効果もより強力になる」
スキル強化に加え、ステータス強化に各種支援効果、全部乗せで世界全体に強化コマンドが及んでいる。
もはや投票の終わった今、新たな票、つまり施設へのポイント投資が行われても最早ハルが煩わされる事はないのだから。
《あっ、そうか! もう追加してもいいのか!》
《さっきまで禁止されてたから、てっきり!》
《確かに!》
《それならこっちも送るぜ!》
《ゴミを窓からシューッ!》
《窓から投げ捨てろ!》
それに気付いて、ただ捨てるのは勿体ないと思っていた面々も先駆けの者に続く。
そうしてサンプルを取るには十分の、複数の勢力が手持ちの龍脈資源を派手にウィンドウへと向けて投げ捨てた。
そうして資源を捨てた彼らから送られてくる映像を分析した神様たちによって、この仮説の正しかったことが証明されてゆく。
「《んー、相関関係にあると見て間違いないかなぁ。ほらこっち、こっちの、捨てなかった大きな勢力があるじゃん。一部の変異体が、その方角に向けて引き寄せられるように方向転換しているよ》」
「確かに。よく見つけたねマゼンタ君」
「《ボクらの分析能力を舐めすぎー、ハルさんはさぁー》」
龍脈アイテムを捨てても、途端に全てのモンスターが敵意を捨てて見逃してくれる訳ではない。
しかし、ある程度の優先順位のコントロールは可能なようで、よりアイテム量の多い方へと彼らは引き寄せられて行く。
「しかし、これでは敵の押し付け合いになっただけで、根本的な解決には至らないのではないでしょうか?」
「ああ、それなら大丈夫だよアイリ。最後までどうしても資源を手放さない、最悪の業突張りがここに居るからね」
「なるほど! 全ての敵を、この地に引き付けることが出来るのですね!」
「《無茶いうなハル君ー! うちらが過労死するー!》」
「《そうだそうだー! ユキちゃんはともかく、ウチは普通の人間だかんなー!》」
「《私も人間だが!?》」
「《いやそれはどうだろ?》」
まあ、今でも均衡状態の維持で手一杯なのに、これ以上こちらへ来る変異体を増やせば拮抗が崩壊しかねない。
ユキたちのサポートは神様たちが出来るとしても、砲台の数という今からではどうしようもない出力制限点が存在するからだ。
「ならば私たちも、こちらのサポートに入ります。でございます」
そんなハルたちの元に、地上の陣地から変異体の海を渡って、頼もしい援軍が駆けつけてくれたのだった。
*
「ユリア」
「はい。私もハルさんの、力になります。ございます」
「あっちは大丈夫なの? というかよく来れたねあの中を。流石だ」
「私の<天衣>の前には、どれだけ敵の数が居ようとも関係ないです。ございませんです」
「まさに天衣無縫だね」
あらゆる障害をすり抜けて無敵状態で移動ができるユリア。今は樹上大地に滞在していたはずだが、この最終決戦に自己判断でこちらへ来てくれたようだ。
「樹上大地は、今のところ案外平和でございます。足場そのものが、無敵の世界樹で出来ているので、奴らは足元にたむろしているだけです。ございます」
「ヤバいね世界樹」
なので空中を飛ぶ物だけを相手していればよく、かつあの場の戦力はこの世界全体でも屈指の高レベル。
更には加えて、ハルたちの陣地に龍脈変異体が強く引き寄せられるため、交戦も見た目よりは控えめであるようだった。
「しかしながら、やはり敵が多すぎでございます。下に降りて戦うにも地上は数が多すぎて、突撃するにもしきれない。でございます」
「それで君だけでもこっちに来た訳か」
しかし、ユリアを軽んじる訳ではないが彼女一人来ても状況は大きく動きはしない。
やはり、ここは樹上大地に揃えた戦力を最大限活躍させる策を練るべきだろう。
「……んー、最大限ユリアのスキルを活用するとしたら」
《<変身>も使おう!》
《それはいい!》
《またユリアちゃんをいっぱい増やせば!》
「それは無理です。完全隠密スキルの<天衣>だけは、私になってもコピー不可。押しつぶされて、終わりでございます」
《うーん残念》
《そう上手くはいかないかー》
《じゃあ、また武器のコピー!》
《ハルさん印の最強武器を増やせば!》
「良いかもしれないです。ございますけど、レアリティの高いほど<変身>には時間が掛かるから。ございますから……」
「あまり効率の良い手とはいえない、ってことか」
「《んじゃ、運搬役を頼めばよくない? 複製するまでもなく在庫は倉庫に過剰にあるよ?》」
「それがいいでしょうか。持てるだけ持って、往復すれば……」
「お待ちなさいな。貴女、アイテム欄はそこまで広くないでしょう? 一人では限度があるわ?」
「《あー確かに。ルナちー基準で考えちった》」
ルナは斥候兼アイテム運搬の役を担っており、そのストレージ容量は驚異的に成長している。
なのでハルたちは、ルナが同行するだけでアイテム問題はほぼ解決するのだが、ユリアは個人行動に特化して構成しているため、一度の往復では大した荷物を運べない。
「だから、これを持てるだけ持って行きなさい。足りなければ、往復してまた取りにおいでなさいな?」
「これは? なんでしょう。ございましょう?」
ルナがユリアに手渡したのは、小さな印章、バッヂのようなアイテムだった。よくある勲章アイテムのようにも見えるが、これまで見たことのない種類のものだった。
「私の、新たなスキルの副産物よ。これ自体に価値はないわ?」
「ご冗談を。じゃなかった。えーと、ごけんそんを? これも、コピー不可です。ございます」
「確かに! <天眼>によれば、もの凄い希少なアイテムなのです!」
「でもいくらでも作れるわ? きっと、希少なスキルでしか作れないからね? その効果は、アイテム欄に入れておくと私のスキルの対象になるといったものよ?」
「そ、そのスキルとは……」
「私が、遠距離から直接アイテムを送り付ける事が可能になるわ?」
「それは確か、以前に見たあれ……、その逆バージョンということ……」
ルナは以前、戦場に飛び散ったアイテムを手元に回収する力を習得していた。
それが今回の広域スキル強化によって、逆に遠方へアイテムを飛ばすスキルにも目覚めたという訳だ。
「ただしそれにはこの印章によってマーカーをつける必要がある。らしいわね?」
「理解しました。これを連中に渡せば、こちらからの直接支援を受けることが可能、という事ですね。ございますね?」
「その通りよ?」
強力な武器、爆薬、回復アイテム。それらを融通してやるから、キリキリ働けということだ。厳しいルナらしい発想だ。
実際、今は突然の異常すぎる状況に投げ出されて二の足を踏んでいるが、樹上大地に集った彼らも十分に変異体と戦える戦力を有しているはずだ。
あとは、勇気を出して安全地帯から踏み出すだけである。
「ふむ? となるとこれを使って、任意の位置に龍脈アイテムを大量に送り付け、即席の囮役を引き受けさせる事だって出来るという訳か」
《ここここ怖いこと言うんじゃねぇ!》
《やめてくれよ!? やめてくれよ!?》
《そんなんだったら受け取らないかんな!》
「ああ、悪い悪い。志願者だけにするよ」
《この人諦めてねぇ!!》
《翻訳すると『人柱求む』》
《でも敵の故意的な誘導は戦略的に有用ですね》
《分かるけど俺は嫌だぞ!》
《はいはいはい! 私やりたいそれやりたい!》
《ソフィーちゃん!》
「ソフィーちゃんの場合囮じゃなくって、獲物自動引き寄せ装置だね……」
「《だが都合がいいのは確かだとも。ハル、私にも持たせてくれたまえよ》」
「《私もですかねー。うーん。過剰に誘導されて、むしろ軌道がズレたりしませんかねー?》」
龍脈アイテムによって誘導されるという性質が判明し、色々とその活用法も発案されてきた。
これはなかなかに面白い仕様かも知れない。意地が悪いなどと言ったことをハルも反省しなくてはならないだろう。
「……ふむ? ルナ、そのバッヂだけどさ」
「なにかしら?」
「距離の制限はあるの? それと、アイテムの移動は送り付け限定?」
「受け取りも可能よ? 距離の方は、ちょっと分からないわ? まだ実際に、使ったことがないもの」
「大丈夫です! わたくしの目が確かならば、それはゲーム内どこでもやりとり可能なバッヂになるのです!」
「アイリが言うなら安心だね」
これまた、バランス破壊の能力が出てきたものだ。流石はスキル強化コマンド。生まれる効果にハズレがない。このバッヂもきっとプレミア物だろう。
「それで、何に使うつもりなのかしら?」
「うん。まずそのバッヂを乗せて、世界各地にメテオバーストを飛ばす」
「またメテオバーストなのね……」
「《すっかりうちらの十八番だねぇ》」
「《やっば。メテバの在庫どんくらいあったけなぁ……》」
「……それで?」
「うん。各地の龍脈アイテムをひたすらこの場に溜め込むことで、強制的に世界全土の変異体をここに集められる。……かも知れない」
《おお! そんな手が!》
《処理は全部ハルさんにお任せ!》
《騙されるな!》
《またかよ……》
《だってそうだろ! 資産を奪う気なんだ!》
《なら金塊を抱いたまま沈んで行け》
《もう因果関係は完全に証明されてんだよ》
まあ、はたから見れば混乱に乗じて貴重なアイテムを横取りしようとしているように見えるのも理解している。そこは、各自の決心に委ねるしかないだろう。
まあ、時間が経つにつれ自分の領土だけがずっと脅威にさらされたままの状態になれば、嫌でも理解するしかないかも知れないが。
「《ハル。通常航路では、今は『障害物』に、当たる可能性がある、よ?》」
「確かにその問題があるね……」
「《任っせてーハルさん。こんなこともあろうかと、弾道航行が可能なヤツも開発してあるから!》」
「どんなことがあろう想定だったのよ……」
ルナのぼやきは、残念ながら混乱と喧騒にかき消された。
「《あと、早めに制空権の確保も、したいな。ぼくらも、出るよ?》」
「確かに。飛空艇をここで温存しておく理由もないね」
滅亡不可避の脅威から転じて、少しずつ希望が見え始めた最終決戦。
ただ、それでもなお、地と空を埋め尽くす変異体の物量がまだまだ健在なのは、揺るがぬ真実であるのであった。
「バッヂ」が誤用であることは理解していますが、あえてこのままの表記としています。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




