第1441話 龍脈変異体
モンスター達はいつまでも、ハルたち、そしてプレイヤーたちに準備の時間を与えてはくれなかった。
ちょうどハルが帝国周辺の龍脈を分断した、その際の衝撃が引き金になったかのように、まだ不定形のエネルギーだった彼らは明確な形を持ち始める。
そして、次々と地上を目指し、移動を開始したのであった。
「……来ます! <天眼>で見えるステータスの詳細が、どんどん明確になっています! 次々と、形を得ているのです!」
「やってしまったねハル君」
「そうだね。衝撃を与えることで、一気に個体にしてしまったよ」
「……氷かなにかなの? 過冷却?」
「温度はだいたい四十度なのです!」
体温までもデータ化して見られるようである。恐るべし<天眼>。
まあそんな冗談はともかく、ハルたちの行動が引き金となったというならば、それは悪いことばかりではない。
敵にとっても準備の時間を切り上げて、早めにハルたちを叩かねばならない焦りがあるということなのだから。
「……影響があったとするなら、恐らくは爆破そのものよりも龍脈の『栓』を抜いたことだろう。自分達の原料がなくなったことを、奴らも察知したはず」
「イシス? 龍脈の力はどの程度抜けたのかしら?」
「《あっ、はい。だいたい七割がた、いやそんなに行ってませんね。よくて六割、抜けてれば良い方じゃないでしょうか?》」
「既に魔物化している部分もあるでしょーしー、読みにくそうですねー」
「でも、半数は一気に敵の総戦力を減らせたというわけね?」
「代わりにこっちのリソースも、一気にゼロになっちゃったけどね」
ハル以外にも、この影響はそこそこ大きい。とはいえ、大半は有事である今には関係のない生産系の消費行動となるが。
とはいえ、ハルやイシス以外にも<龍脈接続>を使っている者は居る。彼らが龍脈からMPを吸収し回復にあてられないのは、痛手であろう。
「なんとかこのモンスター化の原因を突き止められれば、また龍脈を補充できるんだけど……」
「そんな面倒なことをする前に、これらを全部倒して終わりでなくって?」
「そだねー。欲かいて芸術点高めようとすると、逆にグダグダになってクリアターン長引くなんてしょっちゅうでしょハル君。悪い癖だ」
「確かに」
「そもそもー、悠長に解析の時間を与えてくれませんよー?」
「はい! もう、そこまで来てます! ……来ました!」
龍脈のラインを遡り、龍穴を破り飛び出るように、龍脈変異モンスター達が一斉に『噴き出して』来た。
その群れはまるで一つながりの濁流のように空へと飛び上がると、噴き上がった間欠泉の粒が降り注ぐように、地上に向けてこぼれ落ちる。
半数程度は翼を持ちそのまま空をゆき、残りは地上へと着地して四方八方へと高速で駆け始める。
「……世界樹の根で蓋をしていても、おかまいなしか。さすがに、この世界樹の幹で固定されたこの山からは、出て来れないようだけど」
「それでも山の中腹あたりまでは、もう完全に包囲されてしまったのです!」
「空もまるで雲がかかったかのように、一斉にこちらを目指して飛んでくるわね?」
「上等じゃあないか。むしろ、この場で直接湧いてくれた方が手間がなくて助かったのだがね?」
「うんうん。これなら、いっそ最初から山の下で、待機していればよかったよ!」
展開が大きく動いたことを、真っ先に察知してやってきたのはセレステとソフィー。
彼女らにとっては、拠点のピンチなどむしろ狩り放題のボーナスタイム。待ち構える手間すら惜しいと、今にも出撃して行きそうだ。
「アイリちゃん! 敵はどんなタイプなのかな!」
「お待ちください……! いま、頑張って目を凝らしているのです! むむむむむ……、出ました……!」
アイリによれば、新モンスター、龍脈変異体達は、半物質、半エネルギー体といった奇妙な性質を同時に兼ね備えている。
個々で微妙に異なるその割合によって、武器攻撃と魔法攻撃にそれぞれ強力な耐性を持つようだ。
「例えば固着率10%の敵には武器がほとんど効きませんが、90%の相手にはあっさり通るのです!」
「なるほどね。しかし、それは我々にも判別できるのかな? お姫様のように、<天眼>で確認を取ることは出来ないのだが」
「だいじょうぶですセレステ様! 見た目で簡単に、わかるのです!」
「それはありがたいね。で、どのような?」
「武器が通る奴は、見た目がしっかり、がっちりしているのです! 通らない方は逆に、ふわふわエネルギー状なのです!」
「なるほど理解したとも」
「ゴーストタイプってことだね!」
「おばけ! なのですか!?」
「安心してアイリちゃん! ぜんぶ私が、ぶっ殺しちゃうから!」
「頼もしいのです!」
既に死んでいるだろう幽霊は更に殺せるのだろうか? そんな無粋な疑問を、口に出すハルではないのだった。
ともかく、霊魂系とか、精霊系といった分類でよく登場する物理攻撃の通らぬ半透明のモンスター。そうした要素が、今さらながら登場する。
このゲームでは今まで、属性相性はあれど『物理』と『魔法』にさほど区別はなく、ダメージは等しくダメージだった。
そこに今さら差別化要素を入れてくるなど、意地が悪いとしか言えないだろう。
「私は物理攻撃専門でね。固着率の高いものにはまあ有利だろうが、逆はそれはもうどうしようもない。当然、ゴリ押しで片付けてみせる、という気概はあるがね?」
「まあ非効率だよね」
「だろう? ハルがダウンしていなければ、ハルが全てやってくれたのだろうけれど。まあ言っても仕方ない。ではねっ!」
大して作戦会議もせぬうちに、セレステは笑顔を貼り付け、城を出て敵の群れへと突っ込んで行った。
気が早くはあるが、実際のんびりもしていられない。ソフィーもセレステに負けじと、彼女の後へとすぐに続いた。
「あっ! セレステちゃんズルい! 私も行くんだから! ふふーん。私は属性武器で、どっちにも対応ができるんだもんねー!」
「仕方ないので、私もセレステをフォローしてやりますかねー?」
魔法の装備を携えて、ソフィーとカナリーも敵へと向かう。
確かに属性付与装備さえあれば、近接職だけで両方の龍脈変異体に対応が可能。
更にいえば、大軍が一気に押し寄せてくるというシチュエーションの中では、カナリーは最大の力が発揮できる。
「《一番槍はもらった!》」
「《槍だけに! ズルいよ! その射程は!》」
「《ははっ。ソフィーだって、<次元斬撃>の長射程があるじゃあないか》」
「《あっ、そうだった。……とりゃあ! あっ! ハルさんハルさん! <次元斬撃>なら固着率関係なくなんでもぶった切れるみたい!》」
「相変わらず無法だねえ<次元斬撃>は……」
魔法の武器など要らなかったようである。
彼女らの圧倒的な脚力と、そもそも敵の押し寄せるスピードの速さも相まって、早くも接敵した二人が次々と変異体達を切り刻み串刺しにする。
遅れて到着したカナリーが、今度こそきちんと属性武器を発動させて、エネルギー体の率が高い物を目掛けて次々と武器を持ち替え、切れ目なしの異常な連続攻撃をお見舞いしていった。
「《これだけ詰まってれば、なーに振っても当たりますねー。仕方がないから、セレステの介護をしてやりますよー》」
「《はは、すまないね! ソフィーはどうやら個人で完結してしまっているようなので、我々はツーマンセルで別行動といこうじゃあないか!》」
「《不本意ですけどー》」
一方だけを抑え込んでいても、この地を埋め尽くす逆土石流は止めきれない。
土砂が逆に山を駆けあがるような奇妙な光景の中、たった三人でそれをせき止める堤防となっているのは異常でしかない。
しかし、そんな異常な強さと対応力を持つ三人の力を借りても、全ての龍脈変異体を止めきる事はかなわなかった。
「お空はさすがに、カナリー様たちでも厳し、くはないのでしょうか……」
「おー。とんどる飛んどる。カナちゃんにとっては、敵同士の距離が近ければ、地上も空中も関係なしだ」
「空中コンボ、なのです!」
「しかし、あの子たちには地上の敵に集中してもらったほうがよさそうね? 空まで相手にさせては、処理速度が追いついていないわ? ユキ、いける?」
「ほいきたぁ! 任せんしゃい! まったくねー。何処を攻めてると思ってんだか。帝国とゲーマー連合軍さえも、ついぞたどり着けなかった難攻不落の大要塞だよ?」
「《ウチらがお昼に毎日ひたすら射撃管制やってたのも褒めてよねぇ。もー大変だったんだからね? 人目を盗んでお昼寝すんの!》」
「そっちかーいっ」
既に世界樹の上に陣取っているリコと合流するために、ユキもまた『樹道エレベーター』を上がり秘密基地へと入る。
基地責任者たるユキを迎え入れたそこは世界樹の巨大な枝葉の内側で怪しく輝きはじめ、次第にその輝きを強くしていく。
「《クリスマスシーズンに相応しい、ツリーのライトアップじゃ!》」
「《へっへー。食らえモンスターども! リア充の輝きをぉ!》」
そんな過剰にライトアップされた世界樹から、光りすぎて物理的火力を、いや魔法的火力を伴ったイルミネーションが次々と点灯された。
龍脈は枯れたが、龍脈結晶の備えはたっぷりとある。エネルギー比率を多めに構成された変異体は、その輝かしさに耐えきれなかったか、次々と撃沈されていってしまった。
「《あはっ。きっと、ぼっちだったんじゃーん? あいつら》」
「《気を抜くでないリコちん。聖夜の輝きに負けぬ心強き者も、混じっておるのだから!》」
「《なまいきぃー。ウチなら、数秒で目を焼かれるとゆーのに……》」
「《私なんか最初から下向いて早足で通り抜けますよ……》」
「《イシすん!》」
「《味方にも流れ弾撃っちゃったよ!》」
「楽しそうだね君ら……」
要するにこの派手な魔導砲による攻撃は全て魔法判定。固着率の高い、物理攻撃で倒すべき変異体にはまるで効果が出ないのである。
しかしそんなユキたち曰く『心強き者』に対する秘密兵器が、まだ世界樹には隠されているのであった。
「《仕方ない。ここは、ハル君とアイリちゃんの甘々な日々のエピソードを、最大音量でスピーカーからばら撒くか》」
「《テロじゃん。プレイヤーに死人が出るんよそれ》」
「《私も死にます》」
「《イシすん!》」
「《しぬな~~》」
「遊んでないではよやれ。あと僕も死ぬだろそれ」
「《ほーいっ。……魔法で物理攻撃が出来ないとか、安心したな変異体ども? 私らがメテオバーストで培った研究成果を、見せてやろう》」
「《悪い子には、炭なげちゃえ》」
カラフルな弾丸が発射されていたツリーからは一転、一気に炭のように黒い弾丸が変異体達にプレゼントされていく。
聖夜の輝きで撃沈しない者を、強引に叩き落とす為の強硬手段である。
それは高速小型艇メテオバーストの推進装置と同様の理屈で発射される、強硬度の建材の弾丸。
要するに星の属性石からなる魔道具による隕石攻撃の、その先端に物体を配置することで、威力を強引に物理攻撃に変換しているだけなのである。
「《見たか。これが、ブラックサンタ砲!》」
「《この兵器そんな名前なん?》」
「《いや今考えたけど》」
「《まあ強いからなんでもいいっしょ! 炭最強!》」
「飛ばしてるのってアレ炭なの……?」
「《いや。ブラックダイヤモンドだねハルさん。ユキちゃんが<錬金>で量産したヤツ! まあたぶん炭素っしょ》」
それは硬い訳だ。ちなみにダイヤは衝撃に弱いことで有名だが、衝撃を与える方向によっては相当な強度を誇り、そもそもこれはゲームである。
ユキたちはきっと、砲弾として耐えうる加工や方向の研究を重ねたに違いない。
……何を研究しているのだろうか? 冷静に考えると。
まあ何はともあれ、そんな二種の強力な砲台によって、空から世界樹に近寄ろうとする群れも、次々と雨となって落とされてゆく。
弾丸の残量が少々心配になるところだが、暇さえあれば日々実験と開発を繰り返していた研究班だ。その辺も抜かりはないだろう。
「《ユキちゃーん。ウチじゃ、ユキちゃんみたいにうまく咄嗟に判断できないよ。どーしよ》」
「《よっしゃ。そんじゃ、私がまずエネルギー体の割合高い方を魔導砲で撃つから、リコちんは残ったの物理でお願い!》」
「《らじゃぁー》」
そうして地上はセレステたちが、空中はリコたちが、それぞれ対処することにより、この拠点への侵入はどうにか防げそうだ。
しかし龍脈変異体の目指す先はここだけではない。世界中にこの何倍もの群れが、一気に湧き出していたのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




