第1440話 帝国隔離爆弾!
ハルはポイント権利の書き換えによって、今や世界中のほぼ全ての支配者層から委任を受けた状態となっている。
よって今回は掲示板だけでなく、全ての街の全ての施設に関連した、竜宝玉コマンドの能力を使うことが出来るのだった。
「さあ、プレイヤー諸君。サービス終了記念のコンテンツ大解放だ。鍛えたスキルのその先を、最後に思い切り楽しむといい」
「課金コンテンツ無料! 過去キャラ全開放! ゲームというローソクの最後の輝きじゃ!」
「それはとっても、楽しそうなのです!」
「あまりおススメしないわよユキ? その一時は盛り上がっても、その行いは次回作に響くわ?」
「そうですねー。『そういうことをする運営だ』と評判がつけば、次からは『サ終待ち』されるかもですねー」
「いや私に言われても……」
サービス終了の際に、会社が取る方針は様々だ。最後に派手にサービスするところもあれば、何もせずひっそりと終わることもある。
どちらが正しい判断かは、その会社の方針によるのでなんとも言えない所だろう。
一つのサービスは終われども、多くの場合で提供会社自体はその後も存続していくのだから。
ただ、今回に限ってはそんな事情はまったく気にする必要はない。
終われば全て忘れてしまう、泡沫のゲーム。ついでにいえば、ハルに次回作を作らせる気などさらさら無いのだから。
「《……ハルさん、これ、本当にやっても平気でしょうか?》」
「どうしたのイシスさん。大任に臆しているのだとしたら申し訳ないけど、今は時間が惜しいところだよ」
「《わかってます。けど、これで『水の栓』を抜いちゃったら、それ私たちの強みもまた、なくなっちゃうのでは?》」
「確かに、龍脈視による偵察は出来なくなるし、僕の<龍脈魔法>もまた役立たずだ」
「せっかく派手に力を見せつけたんにねー」
「仕方がないさ。これはエリクシルが『あげてもいい』と判断して僕に割り込ませたスキル。肝心な時ほど役に立たないのは飲み込まないとね」
「そこから逆算すれば、この展開もそこまで驚きませんねー」
ここまで龍脈をずっと重要な位置づけにしておいて、最後はまるで関係ない展開、なんて方が想像しにくい。
まあ逆にいえば、ここまで龍脈に依存させておいて最後にいきなりそれが全て敵に回る展開は、意地が悪いとしか言いようがないのだが。
「けどその代わりとして、広域スキルでプレイヤー全員を強化したんだ。まあ、今度は僕の助けは必要とせず、自分の身くらい自分で守ってくれるだろうさ」
「《……分かりました。では、世界規模のエネルギー枯渇、実行します!》」
以前の龍骸の地でのパーティー以来、竜宝玉はその場に置いたままになっている。
ハルとイシスなら好きな時に、世界中で龍脈コマンドを実行可能な状態が維持されていた。
これにより世界の九割がたの土地を対象に、内部に溜まったエネルギーが栓を抜くように一気に排出されはじめる。
ハルはその現状を、未だ偉業の達成に盛り上がる龍脈通信内に向けて、割り込みをかけるように全体通知していった。
「さて諸君。喜んでくれているところ悪い知らせだ。どうやら既に、最終イベントが始まってしまっているらしい。僕らの方で、既に地下の龍脈内にモンスターの大軍勢が発生しつつあることを確認している」
《そんなっ!》
《こわい!》
《なんとかしてハルさん!》
《このバフはハルさんの?》
《力がわいてくるぜ!》
《また助けて!》
《しにたくないよー!》
盛り上がりの熱量に比例するように、次々と追いきれない速度でプレイヤーたちの発言が飛んでくる。今のハルには、少々きつい。
この緊急事態においては、一転し冷静で正確な内容こそが重視される。ハルは手に入れた権限を駆使し、全てのホールにおいて『感情に任せた発言』の反映を封鎖していった。
「落ち着いてみんな。残念だが僕は、さっきの投票で力を使い果たしている。いや万全だったとしても、全ての土地を同時に助けることは出来ない」
「祭りの時みただろーお前らー。最初と最後の土地では、何時間も間が空いちゃうぞー」
「そう。だから、身を守る為の力を与えた。全員のスキルが、軒並み大幅強化されているはずだ」
ハルはごく簡単に、ワールドレベルが個人レベルにも反映される、帝国戦争の時のハルと同じ状態に全ての人間がなっていることを彼らに告げる。
あの圧倒的なハルの力を思い出したのか、彼らの表情は少しずつ落ち着いていっているようだ。
「ついでに、敵の弱体化の為に龍脈の枯渇コマンドも実行済みだ。敵は龍脈の中から攻めてくる。僕が手にしていない竜宝玉を所持している国の指導者。出来れば君らも同じようにした方がいいよ」
イシスのコマンド実行によって、世界の大部分ではエネルギーが徐々に減っていっている。
しかし、それは強化とは違い全体をあまねくカバーすることは、残念ながら出来ていない。
ごく一部、帝国をはじめとした独力でドラゴン討伐を成した国々。その管理地域は今も龍脈内にたっぷりと『モンスターの素』をたたえたままだった。
それらの通告をうけて、世界全体が慌ただしく、終末に向けて一気に動き始める。
あらゆるホール内には人が詰めかけ、掲示板の流れは目で追えないほど。実際のプレイヤーたちの動きも、まさに堰を切ったと言わんばかりの人の濁流と化していた。
「《うわぁ。この混乱だけで、めっちゃ人死に出たりしないでしょうか……》」
「このゲーム、プレイヤーの体は無駄に頑丈さ。その辺は心配ないよイシスさん」
まだ残っている龍脈内の力を辿り、イシスは各地の実際の映像をモニターしている。
唐突なハルの宣言にパニックになっている者もおれど、既に新たに与えられた強力な力を、確かめ戦いに備えている者も少なくない。
「《きっとゲーマーですね。この人らは》」
「だね。彼らが、この決戦の主戦力となるだろう」
いかに秘めたる力が覚醒したといっても、全ての人間がハルになれる訳ではない。
選んだスキル構成、そしてそのスキルをどれだけ鍛え、伸ばしたか。それにより到達点は大きく異なるだろう。
当然、日課のように己を鍛え上げているゲーマーほど、爆発的に伸びる。彼らにはぜひ勇者となって、この最終戦争から人々を救っていただきたい。
「……そーゆー意味では、うちの周囲は平和そのものだねぇ。『そーゆー奴ら』ばっかりだし」
「確かに、樹上大地には大きな混乱はないようね?」
「ハルさんに戦争を仕掛けた者たちなのです! この程度で怖れていては、情けないのです!」
「ただー。そういう連中を、ちょーっとこの辺に集めすぎましたかねー?」
「……うっ」
勇者となり世界を救うべき人材を、魔王城の傍に集めすぎたか。魔王だけ倒すならそれでいいが、力の一極集中は世界同時危機においては弱さとなる。
「……まあ、そもそもこの周囲が、最も激戦地になるってことでさ」
「ですねー。それは確かにー」
世界全土の龍脈を支配するハルたちの、まさに総本山。この城のある霊峰を中心に、ここに近ければ近い程、龍脈は濃く太く、強力な物となっている。
それだけ内に秘めるエネルギー総量も膨大で、普段はハル軍の生産力を支えるそれも、今は莫大な数の敵を生み出す原料となってしまった。
そんな脅威に対処するには、この精鋭たちを集めておいたのは逆に正解だったのかも知れない。
「まあ、どのみち全員叩かなきゃいけないんだ。それに、世界最後の日に各地の国が無事に残っているかどうかは、言うほど問題じゃあないし」
「ゲームってそゆとこあるよね」
「最後は被害を気にせず全軍出撃して、敵国を更地にして終わるのです!」
ゲームプレイヤー。終わり間際を察すると急にプレイが雑になる。共感してくれる者は多いと思っている。それともハルたちだけだろうか?
さて、問題はそれより、無事に今日を世界最後の日と出来るか否か。
言っては悪いが人々の無事よりも、そちらの方が重要度が高いと考えるハルたちだった。
*
「《どうやら、竜宝玉の保有国で次々と、追随するように『栓』を抜く流れが出来てるようですね》」
「よし。それさえやってくれれば、事態は大幅に好転するはず」
「一部が残ってるだけでも、ゼロと比べれば大違いですからねー」
世界全てで完全に『栓』を抜けば、もう何処からも流れて来ることはないが、一か所でも残っていればそこから少量だが流れは生じる。
竜宝玉を自力入手した領主たちが、ハルに続いてくれるか否かが、この作戦の肝だったといえるだろう。
ハルもなんとか体を起こせるまでは回復し、そんな各地の状況を自身でも確認していった。
「《ただぁー……》」
「うん」
「《皇帝のばかやろーはこの期に及んで続く気はないみたいですねー……》」
「だろうね」
それもまた、織り込み済み。このゲームを存続させることが目的の皇帝、帝国が、ハルの終末作戦に賛同するはずなどないのだ。
「《どぉします? 六ヶ所だけとはいえ、『元栓』が残ってるとどうなるか読めませんよぉ》」
「僕にも読めない。逆に救いの神となる可能性だってあるし」
こうしてエネルギーを抜き去ることが、果たして正解かどうかはまだこの段階では分からない。
なので、帝国に無理に栓を抜かせる事に労力を使うつもりはないハルだった。
「とはいえ、協調性のない奴に迷惑をかけられるのもゴメンだ」
「滅ぶなら自分達だけで、滅ぶのです!」
「アイリちゃん? 滅びたいのはこちら側よ?」
「はっ! そうでした! ややこしいのです!」
「まあ彼らも実際、滅ぶというか、せっかく作り上げた国家基盤が維持できなくなれば本末転倒だ。意地を張っても、どこかで折れなきゃいけないだろうさ」
「なので積極的に追い込みますよー」
そんなどちらが正義か分からないような発言を繰り返しながら、ハルたちは事前に進めていた準備の封を解き実行に移す。
帝国が最終イベントで協力しないことは分かり切っていた。ならば、不確定要素となる土地は切り取って、分かりやすく区分けしてしまえばいい、ということだ。
「イシスさん。世界樹爆弾の起動を許可する!」
「どっかんと、やってしまいましょう!」
「《いやそんなこと言われても! 竜宝玉と違ってボタン一つ押すだけじゃないから無理ですよぉ!!》」
「む、そうか。仕方がない。僕が直々に起動しようかね」
「《すみません体調のすぐれないところぉ……》」
「問題ないよ。ありがとうイシスさん」
ハルは、もはや世界全てへと根を伸ばした恐るべき世界樹の、その最先端に仕込んでおいた仕掛けに火を入れる。
地中を地道に運んだ魔道具の数々と、地中で秘密裏に巨大化させた世界樹の組み合わせにて、帝国だけをこの世界から分断するのだ。
「よし、『帝国隔離爆弾』、点火!!」
「消え去れ悪の帝国! なのです!」
「もうどっちが悪かわからーんっ!」
「そもそも、もはや正義だの悪だの言っている段階ではないわね……」
「ですよー?」
まあこの期に及んできゃいきゃいと騒ぎ盛り上がるハルたちは、誰がどう見ても『悪』側なのだろうけど。
だがそれも、最初から魔王を名乗っていたので問題なし。実に便利な理屈であった。
帝国の領土をぐるりと取り囲むように、地下深くに組み込まれた大規模な仕掛けが、ここに発動された。
残念ながら帝国内部までは侵食しきれなかったが、その一歩手前までは完全にハルと世界樹の支配域。その周囲は、完全に封鎖されている。
その境界線の地下にて一気に、埋め込まれた魔法が火を吹いた。
それは大地を龍脈のラインごと吹き飛ばし、一目で分かる『国境線』を形成。更には、そこに壁を作るがごとく、地下に眠っていた世界樹の枝が立ち上がる。
「さあ、これで、帝国周辺の龍脈とこちらは側は、物理的に分断された」
「彼らの龍脈から、力が漏れてくることはなくなったのです!」
「《むっちゃくちゃやりますねー、相変わらずー……》」
自分でもそう思うハルだ。さすがに今回の作戦は、規模が大きすぎた。
離れてモニター越しに見ていたハルたちはともかく、もし目の前で見ていたプレイヤーが居たら腰を抜かしたかも知れない。
そんな、遠隔視のモニターもそろそろ使えなくなるかも知れない。
龍脈からは次々とエネルギーが枯れてゆき、内部に残った物は、既にモンスター化を待つものばかり。
「……この先は、各地のプレイヤーだけが頼りだね。彼らの投稿を『目』として、世界全体を把握していく」
「腕が鳴りますねー」
「頼んだよカナリーちゃん」
「はーい。まあ、他の子らもいますしねー」
地下の魔物が、完全にその身を形作る時は近い。その前に、『材料』を抜き切ることは出来ただろうか?
それともハルたちは、最後の希望を自分たちの手で捨て去ってしまっただけなのか?
それはこれから分かることだろう。もし、どちらに転んだところで、まだまだリカバリーの手は残しているハルなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2024/12/18)




