第144話 紫輝の魔法神
突然の闖入者。それは紛れも無く、この施設の管理者である魔法神オーキッドであった。ハルはAR表示に目を向けつつ、その姿を観察する。
言われてみれば紫に見えないことも無い、程度に染まった白い髪を短く雑に切り揃え、これまた言われてみれば紫に見えないことも無い、黒く沈んだ紫紺のローブを纏った、いかにもな魔法使い。
あまり紫色の主張は強くないようだ。今はフードを上げて、その白い髪をあらわにしていた。
切れ長の目と顔は整っており、愛想が良ければアイドルでもやっていけそうなイケメンだが、その表情は非常に硬い。
目つきなど非常に不機嫌そうで、その顔の美しさが逆に、『敵組織の幹部』、といった雰囲気を発してしまっている。
「夫婦の部屋に突然転移してくるものじゃない。もし僕らがここで、親密度上昇の研究をしていたらどうするんだ」
「それこそやめろ。ゲームのレーティングを上げたいのか、貴様」
「このゲームを全年齢にするの、苦労してそうだね君ら」
「そこは、オレの担当ではないがな。ともかくそちらの配合実験は、自分の家だけにしておけ」
「知的なようでいて、残念な会話です! わたくし、少し新鮮かもしれません……」
堅物そうな見た目と喋り方だが、どうやら冗談は通じるようだ。最初の接触は成功と言える。
こちらの話に取り合わず、問答無用で用件だけ言うタイプだったらやり難いが、意外と話せそうな奴だ、とハルは認識する。
「……普通の研究の方だけど、これも家で出来ない?」
「やめろと言っている。オレの作品をコピーしようとするな」
「あ、そういう理由だったんだ。じゃあ、持ち出し用の作業台を新しく作ってくれないかな?」
「すごいですー。初対面の神を相手に、こんなに堂々と……」
「敬えとは言わんが、貴様はいちユーザーであることを自覚しろ」
どうやら特別扱いはしてくれないようだった。確かに最近は神様と関わる事も多くなって、優遇されていた事も多かったように思う。
彼の言うとおり、このあたりで自分もプレイヤーの一人であるという事の自覚を新たにした方がいいのかも知れない。
「まあ、それはそれとして、コード合成について教えてよオーキッド。説明不足が過ぎるよアレ」
「人の話を聞いていたのか? 貴様は……」
「でも、僕が普通じゃないから君はここに飛んできたんでしょ?」
「……自分の特別さを理解している奴はこれだから困る」
「今日のハルさんは何時になく強気です……!」
思った以上に、不親切なコード合成で抑圧された鬱憤が溜まっていたらしい。初対面であるというのに強気をぶつけてしまった。
それとは別に、彼が案外話しやすいということもある。不機嫌そうなのは口調だけのようだった。
「……貴様の言うように、お前達に目をつけたのは特別であるためだ。コード合成、初の成功者だからな。それが見てみれば、違法コピーに手を染めようとしている」
「どこに法があるのか……」
「いいからやめろ」
「まあ、それは悪かったよ。だけど初? 僕らが? もうオープンして何日も経ってるのに」
「それだけ高難度だということだ」
「みんなそれより、錬金部分を便利に使うのを優先してるだけじゃない?」
「そうとも言う」
「やっぱり」
意味不明でわけのわからない物より、明確なメリットがある物にプレイヤーが飛びつくのは当然だ。
コード合成は見なかった事にして、時間のかかる<錬金>を短縮できる施設として活用しているのだろう。そもそも<錬金>を持っていない者も多い。
「やりたい事はまあ、たぶん分かるけど。不親切すぎるよ、ゲームとして。君はまずこれがゲームだという事を自覚すべきだ」
「ふん。先ほどの仕返しのつもりか? こうして達成者が出たのだ。十分だろう」
「何日も達成者が出ない新サービスは不十分だろう……」
「して、何が分かった?」
「マイペースだな……、まあ神様はみんなそうか。……魔道具についての教育でしょ? ゲームとしてじゃなく、教材として見れば親切な部類だ。ゲーム仕立てにして、それを広めようとしている」
見方を変えれば、ここは現地人すら未知の魔法式が大量に眠る宝の山だ。
ゲームとしてはハードモードでも、研究としてはイージーモードが過ぎる。本来ならもっと完全に手探りで、コードの可視化も出来ないのが当たり前だ。
「でも、もっと楽しくすべきだよね。苦しめて長く滞在させ、魔力を搾り取りたいんだろうけど」
「……ふん。だが貴様は楽しんでいたのではないか?」
「……まあ、多少は」
「娯楽性を前面に出した物など、すぐ飽きる。飽きず続けるのは、こうした知的作業だ」
「飽きない以前に誰も寄り付かないだろ、こんなんじゃ……」
ユーザーズメイドの拡張機能を作るようなものだ。その作業が楽しいし没頭する事はハルも知っているが、その楽しみを見出すプレイヤーはごく少数だ。
大半の者は、自分には関りの無い事と最初から思って手をつけない。
その一部の者から得られる魔力収益だけで十分という事だろうか。確かにこういった内容も、幅を広げる意味では良いとは思うのだが。
「それ故に利便性も出し、事実それが活用されている。貴様の案ずる所ではない」
「むしろ最初から『錬金研究所』で良かったんじゃないかね」
それならもっと、<錬金>を使ってみたいが持っていないユーザーにも、分かりやすかっただろう。だがそれを置いても、本題は魔道具であると主張がしたかったのか。
なんにせよ神様には、色々と独自の考えがあるようだった。
◇
「それで、持ち出しは出来ないの?」
「貴様、自分で言っていただろうが……、ここに人を留めて魔力を徴収していると。ここでやれ」
「アクセスが悪い。ワンタッチで直接転移できるようにしろ」
「利便性ばかりを追求するな。歩いて来い」
「……なかよしさん、なのですね!」
「仲良しさんではない。評価はしているがな」
「まあ、口は悪いけど話しやすいね?」
研究や開発が好きなのだと分かる、そのあたりで彼に対し好印象なハルだ。
だが好印象だからといって、毎回ここまで歩いて来たいとは思わない。確認すべき事項が多すぎるのに、ここでしか出来ないのは不便極まった。
「じゃあせめて、この部屋に直接<転移>させてよ。魔力置かせて」
「却下だ。この部屋も共有のものだ。貴様一人が自由にしていい場所ではない」
「じゃあ専用にして?」
「一時間、二千ゴールドだ」
「出来るのです!?」
思わずアイリからツッコミが入る。ハルも似たような気分だ。コントか何かだろうか?
神様は皆、独自のテンポを持って会話している。御多分に漏れず、オーキッドもそうであるようだった。
しかし、なぜ時間単位での契約なのだろうか。二つの世界で時差が出るため、どちらを基準にしているか曖昧にしないためか。
「それは有難いね。……この部屋で良いの?」
「ここは共有だと言ったはずだ。……ついて来い」
彼に先導されて、来た道を、螺旋階段を下って行く。
薄暗い魔法の塔を下る陰気な魔術師。なかなか絵になっていた。白い髪がロウソクの灯りに照らされて、紫色に輝いている。
彼の冠する、紫要素はずいぶん薄いと思ったが、こうして見ると確かに紫の神なのだと思えた。
「最初は白の神なのかと思ったよ」
「思ってもみない事を良く言う。白の髪とでもかけたつもりか?」
「あ、カナリーちゃんみたいなギャグセンスだね」
「くっ…………」
「今日いちばん、悔しそうです!」
カナリーに対し悪意は無いが、あのぽやぽやさんと比べるのは、このクールな神には堪えるだろう。今後はあまり言わないようにしようと思ったハルであった。
「まあ、僕は好きだよその髪も。協調性は無さそうだけどね」
「よく言われる。もっと合わせろと。だが最低限の色味はキープしている、構わんだろう」
「青色に輝くアイリの銀髪の方が好きだけどね」
「まあ……」
「上げて落とすな」
地上階まで下ってきたが、彼は構わずその更に下に歩を進めていく。こんな階段などあっただろうか?
地下へ向かう階段に三人が入ると、ふっ、と音を立てずに、来た道が蓋をするように塞がった。通常は、入れない空間なのだろう。
「ここに入る条件は?」
「オレの裁量だ」
「ゲーム運営として不適切な発言をどうも」
「元より契約だ何だで不平等は出ている。今更だろう」
「だからって、平等に見せる努力は必要じゃない?」
「平等だ。皆等しく、不平等である」
「……そういうもんかね?」
「どういうことなのです?」
この広い世界、リアルタイムで進行する町の状況。それぞれの生活を持つNPC。その中で、誰一人としてプレイヤーは同じ経験が出来ない。そこを指して言っているのだろう。
ゲームであれば、全てを味わいつくしたいと思う者は多く居る。そのための進行度や、達成度というものが設定された物もまた多いことから、需要が分かる。
このゲームでは、それが出来ない。
契約できる神は一人、訪れる町はそのたびに様相を変え、関わる出会いは一期一会。平等なゲーム体験など皆無であった。
「確かに、あーるぴーじーでは、町の人は何時も同じ反応をしますよね!」
「あのミニゲームに収録されてないような最近の奴では、会話のランダム生成なんかにも力をいれてたりするんだけどね」
「それでもパターンが一定なのは変わらん。住人が突然居なくなる事も無い。結婚する事もな」
「わたくしですね!」
なんだか上手くはぐらかされた気がする。重要なのは、なぜ彼がハルを特別扱いする裁量を下したかという点なのだが、それを聞く前に地下にある部屋へとたどり着いてしまった。
プレイヤーが神を選ぶように、神もプレイヤーを選ぶ。彼らにとって、ハルは何か有益な部分があるのだろう。
「ここだ、好きに使え。ただし破壊はするな」
「約束は出来ないかな。コードの実験で何か爆発するかも」
「安心しろ。そんな危険なコードは入っていない」
これは随分と有益な情報が引き出せたかも知れない。ただ残念とも言える。
暴発で怪我をする心配が無く、コードの実験が出来る安心感が得られた。だが反面、この部屋を破壊できるほどの破壊力を持った魔道具は、作り出せないのが確定したとも言える。
この部屋がシェルター並みの頑丈さを持っていることを願うばかりだ。
ハルは早速、部屋の一角を侵食して<転移>ポイントを作成した。
「ありがとう。だいぶ楽になったよ」
「ありがとうございます! オーキッド様!」
「ウィストだ」
「……ん? なんだい?」
「ウィスト。オレの事はそう呼べ。オーキッドは性に合わん」
「驚愕の新事実です!」
「……『真名』?」
「オレを思春期の少年扱いするな」
「むしろオーキッドが、真名なのでは?」
「やめろ」
どうやら七色神に加わるにあたって、決めた名前が実はお気に召さないらしい。彼らの名前とはそういうものだったのか。……芸名?
彼の契約者にも、そう呼ばせているのだろうか? 今度調べてみようと思うハルである。
それを告げると、用は済んだとばかりにまた転移して、彼はすっと消えてしまった。
「……きちんとご挨拶が、出来ませんでした!」
「終始、彼のペースだったもんね、仕方ない。彼も堅苦しいのは求めてないさ」
「ハルさんは、よく初対面で打ち解けて話せますね。オー……、ウィスト神だけの事ではないですが。わたくし、緊張で固まってしまいました」
「僕にとっては、彼らこそ『ゲームキャラ』ってトコがあるからね」
「町の人、ですか?」
「仲間の人、かな?」
オンラインゲーム特有の、ナビゲーションキャラクターの説明は少し難しい。いつかアイリと、普通のオンラインゲームをやってみたいものだ。
「すぐに戻って来れるようになったけど。どうする?」
「やはりまずは、先ほどのものを完成させてしまいましょう!」
どうやらひと区切りをつけねば、帰るに帰れないようだ。アイリもゲーマーの素質がありそうだ。何時間でもやってしまいそうである。
二人は屋敷へと帰る前に、魔道具をひとつ仕上げてしまう事にした。
◇
「『魔道具作成』は、使う素体を指定して、それを包む形を作っていくようだね」
「ここにきて、簡単です……」
「だね。なぜ最初にこれを持って来ないのか……」
<武器作成>や<防具作成>。または神界で行う建築のように、パーツを組み合わせて道具の形を作る作業が『魔道具作成』メニューのようだ。
最後だけ非常に分かり易い、視覚的に。こういった成形作業の操作に慣れていないと、これも難易度が高い作業になるのだろうけれど。
ハルとアイリはコードから作成した光源の素体をメニューに放り込み、作成を開始する。
「この光源をどんな道具にするか、それを決めるのですね。……ランプ以外に何かありますか?」
「そうだね。例えば、こんなのかな?」
「おお! 光る剣ですー!」
「光るだけだね」
「かっこいいだけですね」
曰くありげな伝説のみやげものだ。光ってて強そう。
もっと本当に強い魔剣なり何なりを、最後の一押しとして視覚効果を加えるなら良いが、これでは間抜けさが際立つだろう。
二人は、やはりランプにすることにした。
「りんごから出たコードだから、偶然出来たりんごの木の枝で外側を作ろうか」
「りんごづくしですね! 光も赤くしますか?」
「赤く、んー……光その物の色をを弄るのは、また別のコードが必要になりそうだね」
「残念ですー。さすがに、調べている時間はありませんね」
「そうだね。ガラスで覆って、ガラスを赤くしようか」
ランプの木枠を、なんとなくりんごの形にして、丸く赤ガラスで光源を包む。
木枠はあまり削り出さずに、自然の枝の歪みをそのまま利用した趣重視の作りだ。おしゃれなカフェなどに置くと良いだろう。
出力を押すと、メニューから出てアイテムとして実体化される。
りんごのランプが、柔らかく赤色で辺りを照らしていた。
「完成です!」
「感無量だね」
「はい! 苦労しましたから! ……ところで、これ、ウィンドウから出てきてしまいましたが」
「うん。……コピーできるね」
「なんということでしょう!」
「……んー、あー、ただこれ、コピー品はアイテムとして判定されないみたいだ。そっちはもう、メニューには入らなくなる」
「そこは対策されているのですね。ですが、それでも凄いことでは?」
「そうだね。この世界の人には関係の無いことだ」
むしろ突然消えないぶん、その方が良い所まである。
それらの活用法、ないし危険性に思い巡らせつつも、今は難関の問題を解けた喜びにふたりは浸るのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告ありがとうございます。(2021/8/11)
「新密度」→「親密度」。……多分、今までに無い密着度合いの研究をしてたんですよ。略して新密度。ルナ的表現ですね。誤字ですね。
※文章の追加を行いました。オーキッドのビジュアルについて、年齢が分かりにくかったので追記を行いました。
彼の見た目は二十台くらいの、すっきりとした青年です。目つきに気をつければ、王子様とか生徒会長をやっていても違和感が無いタイプですね。髪は白くても、おじいちゃんではありません。(2021/11/27)
追加の修正を行いました。報告ありがとうございます。(2022/6/16)




