第1437話 夢に荷物を運び込む道?
プレイヤーたちがワールド中で開催した距離を越えた大宴会は、ハルとイシスの遠隔視による同時中継でもまだ足りずに、各々が自前で発信を始める盛り上がりを見せた。
龍脈通信の機能、通称『市民ホール』や『掲示板』でその様子を競うように投稿し合い、各地の者たちがそれぞれの様子を見に訪れる。
それは図らずも、皆の心が一つになった瞬間であった。
そんな心温まる様子を見て言うことではないだろうが、この盛り上がりなら得票率の向上も見込めるだろう。
「あは。逆に、楽しすぎてゲーム崩壊させる気がなくなっちゃうかもね」
「それはあり得るだけに危険だねえ……」
その盛り上がりも冷めやらぬなか、起床時間が訪れて現実に引き戻されたハルは今、肉体に戻り活発さを失ったユキと共に、夢から引き上げたそのデータの数々をチェックしていた。
「あっ、このごはん、美味しかったよね。その辺のモンスター肉のドロップを、適当に焼いて食べたやつ」
「ああ。カゲツも乗ってきてくれたしね。やはり<料理>スキルが高い人が居ると違う」
「あの場の、生産力向上バフも生きてるのかな?」
「たぶん<料理>にも乗ってるとは思うけど、味は変わるのかね?」
「雷味、した?」
「はは。それはしないけどさ」
どんな味だろうか、雷味。辛みにも似た、ピリッと舌が痺れるような味だろうか。
「電気刺激によって本来再現不能な味わいを表現する手法ですかぁ」
「カゲツ」
「まーたカゲツちゃん変な商売思いついてるー」
「商用に足るか否かは、実験の結果次第ですなぁ」
「まず実験の許可が下りるかが微妙」
正直、ルナの会社での食品産業へのこれ以上の展開は、今は時期がまだまだ早すぎるのではないかと思うハルだ。
ただでさえ、時代を大きく一つ進めてしまった感があるので、その影響が社会に定着するまでは、しばらく大人しくしておくのが吉ではないかと思うのだ。
ハルたちが時代を席巻するというよりも、時代を生きる人々に任せたいというのが本音ということもある。
そうした創意工夫は、放っておいても勝手に他がやってくれるのではないだろうか。
「しかし、最近は遠征に出ることが増えて、ハルさんに『世界樹の吐息』を飲ませる機会が減りましたなぁ。これはゆゆしき事態ですぅ」
「まだ<窃盗>対策が完全とは言い切れないからね。仕方がないことだ」
という建前である。ハルとしても、旅先でも必死にジュースのグラスをあおる作業は勘弁願いたい。
「ですが、攻略も既に佳境も佳境。ハルさんのステータスアップは、どれだけ追い込んでも足りんことなどないでしょー」
「また反論に困ることを。しかしそう言うなら、もっと別のステータスの上がる<料理>も作ってよカゲツ」
「体力さえあれば大抵はどーにか乗り切れますぅ」
「また反論に困ることを……」
実際、その通りなので困る。特に現在のハルのプレイスタイルでは、体力、すなわちHPMPさえ潤沢にあれば大抵のことはどうにかなってしまうのだ。
その体力を回復するアイテムも、HPを徐々に回復する金リンゴや、MPを瞬時に最大値まで回復する龍脈結晶との相性が良すぎることも逆風だ。
まさに、『体力なんてあればあるだけいい』状態なのだ。この状態で他を生半可に伸ばす必要など感じない。
「……まあ正直、飲料だけじゃなく、食事まで無限に摂らされ続けるのも勘弁だしね。飲んで済むだけまだいい」
「しかもおんなじ物をねー」
「暴食王ハルですなぁ」
「ですなぁ、ではない。で、どうしたのカゲツ? 別に、電撃メニューの提案をしに来たって訳でもなさそうだけど」
「そうれすそうれす。そうでしたぁ。昨日のプレイで、色々面白い内容が分かったよーなので、エメちゃんの所にでも顔を出してはいかがでしょー?」
「ふむ? 重要なことなら、あちらから呼び出しがかかるはずだが。まあ、行ってみようか」
ユーザー同士の『相関図』の作成に加え、ゲーム自体の解析も並行しているエメたち解析班。まさに寝る暇もない状態が続いている。
寝る間も使って攻略を進めるハルだが、そんな彼女たちの存在もあって、愚痴ってばかりもいられない。
ハルはカゲツの勧めるまま、もう通算何連勤目か分からぬエメたちの研究室に、足を運ぶのだった。
*
「エメ。エメ。ハル様きた」
「はっ! す、すみません! つい集中してしまってたんす! 居眠りなんてしてないっす!」
「いやそもそも君たち寝れないだろうに。眠れるならば、寝かせてやりたいくらいだが」
「ほんとに、そう。こんなじょうきょーじゃ、お昼寝の練習もままならない」
「コスモスもお疲れ」
「んーっ」
いつも眠そうにしているが決して眠れないコスモスも、エメと一緒になって常にこのお屋敷の一室でお仕事にいそしんでいる。
ねぼすけな彼女としては珍しいが、扱う内容が『夢』とあってか、己の目指す睡眠機能の実装に何か役立つかも知れないと思っているようだ。
ぱたぱたと走って飛びついてくるコスモスを受け止め、ハルはそのまま抱え上げる。アイリよりも小さいくらいの彼女は、見た目通り非常に軽かった。
「あー……、もう何日もお風呂入ってないから、くさいー……?」
「いや臭くないけど。そもそも君ら、臭くならないでしょ」
「きょうがくのじじつー」
「驚愕のボケ殺しっすよね。ダメっすよハル様。そこは、『美少女の匂いならむしろご褒美だよ』、くらい言わなきゃ。にししっ! あっ、今度リコ様にでも言ってみるのはどうです? あの方なら、わたしたちの状況に近いんじゃないっすかね!」
「ん。そういえばコスモス、特にふだんからお風呂入ってなかった」
「ベッドに潜ってばっかりだからね」
「んー。でも『お風呂でうたた寝』にも、興味はある」
「今度メイドさんに頼んでごらん。そしてエメ。そのリコへの評価は、不敬にはならないのか?」
臭いに違いないと言っているようなものなのだが。
まあ、リコに対する偏見はさておき、そんな話をするためにここに来た訳ではない。カゲツから聞いた、新発見とやらを早いところ聞き出すとしよう。
「ところでエメ、カゲツがなんだか、解析に進展があったようなことを言ってたけど」
「あー、あれっすね! 確かに妙なデータは見つけたんすけど、それが何を意味するのかはまだまだ多くの検証を必要としてまして。ぶっちゃけまだ仮説の段階なのでハル様にお手間を取らせる必要はないかと思ったっす!」
「悪い癖だな。何か変だと思ったらすぐに知らせろ」
「ん。今はまだ、語る時ではないの~」
「意味深キャラはいいからさコスモス……」
「んおおおおお……」
得意げな顔をして意味深発言するコスモスを腕の中でぐりぐりとして黙らせ、ハルはその問題らしいデータを彼女らから受け取っていく。
そこには、確かに今までにはなかったデータの傾向が、無視できないレベルで現れていたのであった。
「……これは、エーテルネットワークの使用量が増大している?」
「はいっす。全体で見れば微々たるもんすけど、これだけ一気に大きく動く事態は通常ではほぼあり得ません。どこにも請求先が無いデータだから誰も気にしてないっすけど、通常の『使用料』に換算すると小さな企業程度なら一晩で吹っ飛びます」
「ふむ……」
現代においては、『サーバー費用』やら『データセンター利用料』などといった言葉は聞かなくなって久しいが、それでもエーテルネット全てが無料で利用できる訳ではない。
それこそ個人のレベルだとほぼ無料に等しいが、通信やリソースの利用には全てきちんと料金が発生している。
エーテルネットが生み出すリソースは無限ではなく、接続された人脳の活動という動かせぬ上限が存在する。あまりにも無秩序に濫用されぬようにと、設定された料金設定だ。
それに照らし合わせれば、中小企業の財政を一晩で傾かせるレベルのデータ。それが恐らく夢世界が原因で発生した事実は決して無視できることではないだろう。
「その時間が何と一致した?」
「はいっす。お察しかもしれないっすけど、ハル様が竜宝玉を起動するのに合わせて、段階的にデータ量が増加してるっすね。もっと正確に言えば、龍脈を活性化させて地下に流れるエネルギー量が増大するのと比例して、データ発生も増えていると思われるっす」
「んっ。ハル様、高額請求!」
「いやあ。コマンドの実行役はイシスさんだからね。請求書は、イシスさんに送ってもらおうかな」
「うへへへへ、イシス様、知らぬ間に個人で払いきれぬ額の請求かぶされちゃいましたねえ。これは、今後お給金から天引きでしょうかあ。タダ働きを延々と続ける日々、わたしの仲間が増えた瞬間っすよおー」
「イシス、今日から一生ハル様の奴隷ー。体で返す?」
「君ら本人が居ないからって好き放題言わないの……、それにエメ、お前にはちゃんと報酬が発生している……」
何故か調査の確認をしているだけで極悪人にされてしまうハルなのだった。
まあ、途中でボケを挟んだハルも悪いのだが。
「まーそれはさておきっす。単にゲーム進行上の一パラメータでしかないはずの龍脈。そしてその内部のエネルギー。ここには、その数値以上の何かが存在していると見てほぼ間違いないでしょう、まあ、その『何か』が、なんなのかイマイチ判然としないのですが」
「……ふむ? データの内容は?」
「わからないー。というよりも、意味を成していないの」
「ノイズってことか」
「いちおう、エリクシルちゃんの壮大な通信のこともあったので、その方向からも調査をかけてはみていますが、そっち方面でも進展はなしっす」
「完全に、無意味なノイズデータってことか……」
ただ、完全なノイズであったとしても、それで無関係とはならないのが夢世界とエリクシルだ。
エーテルネット上のデータの大半を占める意味を成さないノイズデータ。『残留思念』などとも呼ばれるそれは、今回の事件や、その前のアメジストの事件を語る上で無視できない存在となっていた。
特に、エリクシルはそうした『残留思念』や『無意識』のデータを操る術に長けている可能性があり、そこから生まれた疑惑すらある。
今回のこともほぼ確実に、彼女と関係した事象であるのだろう。
「龍脈内のエネルギーを増やそうとしたから、当該データが生まれたのだと仮定するとしても、問題はあの空間がエーテルネット上には存在しないってところか……」
「うんー。だから、コスモスたちもまだ、この現象をどう扱ったものか決めかねているー」
「でも報告自体はさっさとしようね」
「ハ、ハル様が寝てたもので!」
「まあそれはしょうがない」
正確にはハルも眠らないが、夢世界にログインしている状態ではこちらに残った肉体に呼びかけても決して答えが返ることはない。
普通の人間ならば、肉体への刺激で目覚め強制ログアウトすることもあるようだが、ハルらはそれが無いようにシステムにより制御していた。
「うそ。エメはこの現象を解明した後でハル様に報告し、そこですっごく褒めてもらう気でいた」
「コスモスちゃん!?」
「……まあ、君らは嘘がつけないから、別に嘘ではないんだろうけど」
真実を語らなかっただけである。しかし、この状況ではその自己都合の優先は致命的なミスを誘発しかねないのも確かなので、とりあえず軽くおしおきはしておく事にしたハルではあった。
「エメへの正式な制裁は後で加えるとしてだ」
「ひーんっ!」
「この事実は何を意味すると思う? 仮定でもいい、答えなさい君たち」
「そ、そっすね。やっぱりこちらから、エーテルネット上から夢世界に攻撃を仕掛けられる可能性じゃあないっすか? このノイズの意味さえ解読できれば、それは龍脈パラメータを好きに弄れることと同義っす!」
「……ん~~。現状、それは難かしいと私は思う。それより現実的なのは、エリクシルの目的の推測」
「なるほど」
「こちらの世界と関りのないと思われていたエリクシルも、ここにきて、やはり目的は現実に、エーテルネットにあったんじゃないか。その可能性が強くなったと、私は思う」
「コスモスちゃん、それは少し強引すぎではないっすか?」
「仮定でもいーって、ハル様いった」
「うん。その通りだ」
決めつけは危険だが、謎に包まれていたエリクシルの存在、その目的の輪郭が少しだけはっきりしたのは確かだろう。
問題があるとすれば、この情報を解析し真実に行きつくまでの時間が、ハルたちに残されているかどうかということだ。
「……正直、この情報を活用できるかは少し怪しい。作戦の実行までもう日はなく、その時間がない以上僕らのやることは山積みだ」
「ですね。プレイヤーの皆様の、培った人間関係をこちらへ正しく避難させる。その作業のためには、ぶっちゃけ他のことに意識を割いている余裕なんて一瞬もないくらいっす」
「他の連中も、もっと全力で手伝うべき。リコリスも、ガザニアもー」
「あいつらは深く関わらせると何するか不安」
今回の計画、賛同して協力してくれている神々は多いが、全てではない。彼らにはそれぞれ、彼らなりの目的がある。
ただもし全員が協力し、その力を余すことなく使えたらと思うと、確実に解決には大きく近づくはずだった。
「アイリスちゃんは、まあ新作の開発の方に専念してもらうとして。あっ、そういえばカゲツちゃんの報告は聞いたんすよね。あの子も、最近よくハル様のために働いてくれてますねー。いいことっす!」
「いや……? エメのとこ行けって言ってただけで、特に何も聞いていないが……?」
「あれぇー?」
「えぇっ!? そうなんすか!? 夢の中での味覚について、新たな発見があったって自慢気に言ってたのに!」
「あの女もまた……」
人のことを指摘はしつつ、自分の報告は後回しにしていたようである。まあ、恐らくはこちらの情報の方が優先度は高かったのは事実だろうが。
後になってハルが問いただしてみると、どうやら彼女の主張も『まだデータが完全ではない』、『今回の作戦に使える内容とは思えない』とのことだった。
やはり神様という者は、みな揃ってこんな感じのようなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




