第1434話 足りない票の地道な稼ぎ
虚無へと沈んだ最初の地はともかく、その他のエリアでは既にプレイヤーたちによるお祭り騒ぎが発生していた。
龍骸の地にのみ生成される特殊な<採取>用アイテムや、珍しいモンスターからのドロップ品を求めて、多数のプレイヤーが殺到する。
元よりその地に住んでいる者にとっても、悪いことばかりではない。
モンスターの襲撃を警戒する必要はあるが、増加した土地のエネルギーにより、生産スキルの効率が大幅にアップする。
既に拠点を構え工房を建てている者は、真っ先に、そして最大効率でこの恩恵にあずかれた。
「まあ、僕らがこうして『駅』に使わせてもらっている所は、どこも最低限の武装化を済ませているから、そうそう被害は出たりしないだろうけど」
「おっ♪ ハルさんだ♪ あっちの方はもういいのかな?」
「……良くはないけど、出来ることもあんまりない。ひとまず避難もかねて、こっちの様子を見に来たよ」
「むむむむぅ~~♪ 避難というのは、穏やかじゃないんだぞ♪」
隣接する龍骸の地に、直接様子を見に行くと、そこには先客としてマリンブルーと、今は着陸しているハルたちの飛空艇が存在した。
樹上大地から参加希望のプレイヤーたちを乗客として積み込み、イベントエリアを巡る『足』として活躍中だ。
龍骸の地はエリアごとに属性が違い、採れるアイテムや出会うモンスターの傾向も異なる。
プレイヤーはそれぞれ望みの属性が存在し、そこを目指してこの各駅停船の飛空艇に乗って空の旅と洒落込むのだ。
ハルの調査はまだ終わったとはいえないが、あの場で少々問題が発生した。
そのためアイリたちを避難させるついでに応援を呼ぶべく、こうして合流を急いだのだった。
「それで、問題ってなにかなぁ?」
「うん。虚無の大穴の拡大スピードが増加。隠蔽していた、世界樹のドームを飲み込んで尚も成長中だ」
「あれまー♪」
無敵の防御力を誇っていた世界樹も、全てを消し去る最強のバグの前には対抗できなかったようだ。
根元から飲み込まれるように、穴の中へと消えてしまった。
「……そいつの成長スピードは、際限なく加速中?」
「いや。あるラインを越えたところで、速度増加は落ち着いた。恐らくは、イベントの発生が軌道に乗ったあたりだろう」
「ふむふむー♪ つまりは、『燃料』の供給が安定したから、成長も安定した、ってことだね♪」
「そう考えられる」
穴を拡大させる『燃料』、すなわちアイテムやモンスターの追加発生。本来それらが発生すべきポイントは既に、バグにより虚無が覆い尽くしている。
それらは生成された瞬間に自身もバグの中に消え、穴を構成する材料の一部となってしまったのだ。
ここからも、やはりあそこには何もないように見えて、同質量の何かが存在する、と考えた方がしっくりくる。ハルはそう感じていた。
「つまり~~? あの穴にぽんぽこアイテムを放り投げていけば! いずれはこの世界全てが消滅しちゃう! やったねハルさん♪ 念願のゲームクリアだね♪」
「どっちかといえばゲームオーバーじゃないかなあ……」
その状態で、エリクシルが諦めてゲームを閉じてくれるとは限らない。
もし仮に、そのままでも彼女の目的に影響が出なかった場合、今度はハルの方がクリア手段を永久に失ってしまうのだ。
「……でもでもぉ? きっとこれは、使えるねハルさん?」
「ああ。出来れば活用したい。クリアさせる気のない理不尽な運営に対する、有力なカウンターとなり得るだろうから」
「もしくは禁断の力を手にした末路で自滅するかだね♪」
「不吉なこと言わないの」
しかしその通りで、手を出さないでおくのも賢い選択ではあるだろう。賢者は危うきに近寄らない。
「よーし、わかったぞ♪ ここはマリンちゃんが、一肌脱いで水着になっちゃう♪ グラビア撮影の準備はいいかぁ♪」
「しないしない」
「……もっと過激な個人撮影がお望みで?」
「急にオフモードに戻るな。びっくりするから」
「やーん♪ だってお仕事でアピールしてるだけだと思われるのも、悲しいんだぞ♪」
「はいはい。今はお仕事しようね」
「はーいっ♪」
具体的には、隠蔽の解けた該当エリアに、一般プレイヤーを近寄らせない必要がある。
幸い今は、イベント未発生の『死んだ土地』には誰も目を向ける事などしないが、あれだけ巨大なオブジェクトが崩壊したら目ざとく気づく者も居るだろう。
改めて世界樹で覆うにしても、その『工事』は片手間で完了したりしない。
広大になり、また尚も拡大する穴に猶予をもって対応するため、かかる労力は以前の比ではなかった。
「マリンちゃんと動物さんで、周囲をぐるっと警戒するぞ♪」
「頼んだよ。うちで人海戦術が取れるの、君くらいだからね」
「はーいっ♪」
「すまないね、イベントを楽しんでいるところ」
「なんのー♪ 確かに各地の動物さんをとっ捕まえる計画を立ててたけど、あっちはあっちで楽しそうだしね♪ バグモン、ゲットだぁ♪」
「……大丈夫かな、この子行かせて」
確かにバグった状態のモンスターを上手く<調教>、テイムできればより調査は進むだろうが、それが致命的な引き金とならないだろうか? 不安である。
「ちなみに動物さんはどんな感じかな?」
「ああ。アイリの<天眼>で一瞬だけ、モンスターが生成された瞬間は確認できた。けど、次の瞬間にはもうバグに飲まれて、データは意味を消失していたよ」
「なーんだ♪ 捕まえるのは難しそうだなぁ♪」
お楽しみが難しそうだと分かっても、文句ひとつなくマリンブルーは現地へと向かう。
能天気に見えても、この状態の彼女は実のところ仕事モード。与えられたお仕事最優先だ。
さて、そんな彼女に報いるためにも、ハルも自分の仕事をこなすとしよう。
切り札の確保以前に、推定『ラスボス』を登場させる為にはまだ仕込みがいくつか、必要になるのだから。
*
「あっ、ハルさん。どーもでーすっ」
「やあ、みみか。元気にやってる?」
「はい。ハルさんの言った通り、リアルでも上手く行きそうです!」
「それはよかった」
ドラゴンに乗って飛び去ったマリンブルーを見送り、入れ替わるようにハルが飛空艇の方へと近づいていくと、その姿をみとめて駆け寄ってくるプレイヤーがいた。
みみかというキャラ名をした長く黄色い髪の彼女は、以前よりハルと面識があり、なんとあのユリアの<変身>体の一人にもなっていた人物だ。
彼女の無意識の発言が、その正体を看破する一因になったりもした。
彼女もまたこちらで得た新たな出会いが原因で帝国に付いていたが、ゼクスやキョウカと同時期に、『その関係をリアルに継承する』というハルの約束に乗り、ハル側へと来てくれた一人であった。
「今日はイベントに?」
「はい。キョウカちゃんも一緒に来てるんですよ」
「それはなによりだ」
「キョウカちゃーんっ!」
みみかが呼びかけると、面白いように、びくり、と反応した人物が、大慌てでこちらへ向かってきた。
ゼクスの恋人であるキョウカと、みみかもまた友人関係になっているらしい。
「ど、どうも……、こ、こんにちはハルさん……!」
「やあ。まあ、キョウカちゃんとは、拠点でよく顔は合わせているけどね」
「幹部じゃんキョウカちゃん。凄いんだ」
「い、いえ、私はただの雑用で……」
……そう聞くとハルがキョウカたちを冷遇しているかのようだが、別にそんなことはない。
事実、彼女のスキルは非常に得難いものであり、場合によってはこの先活躍してもらう機会もあるかも知れなかった。
「……あ、あのっ、ハルさん!」
「ん? なにかな?」
「えと、その、みみかちゃんとも、あっちで、お友達のままでいることは出来ますか……?」
「う、うん。頑張って、みるよ……」
「わ、私からも、お願いします。えーとその……、大丈夫です……?」
「まあ複雑化すればするほど労力がかさむのは確かだけど、僕の言い出した事だしね。それに、必要な措置でもある」
ハルが感情の継承作業を行う間にも、こうして日々刻々と新たな人間関係は生まれていく。
一対一の対応表ならともかく、そのように複雑に絡み合った関係値の数々を現実でも的確に再現するには、およそ人間では不可能な経路図構築と人心の誘導、関係管理のスキルが必要とされていた。
例えるなら、十人以上の仲間の感情値が相互に影響するゲームで、アイリがそれらを一つずつ紙に書き出し表にまとめて『うんうん』唸っていた様子。それを思い出すハルだった。
ハルも唸りたい。その数億倍は複雑だろう。エメたちが居なければ絶対に不可能な仕事だ。
「まあ、そんな僕を労ってくれるというのであれば、君たちに一つ仕事を頼みたい」
「は、はいっ……!」
「なんなりと!」
「君たちのそのリアルでの体験談をさ、可能な範囲でいいから、他の人にも伝えて欲しいんだ。出来れば、より広くにね」
「それってホールとか、掲示板でってことですか?」
「そうなる。口頭でもいいよ」
「確かに、今はここにいっぱい集まってますもんね!」
「わ、私は、それは苦手かも……」
「うん。出来る範囲で、やりやすい方法でいいからね」
その行為は余計に、ハルの現実での仕事を増やすだけの結果となるだろうが、それでも今は必要な事だ。甘んじて受けよう。
己の仕事を増やしてでも、そうしてハルに賛同する者を、追加で増やしていかねばならなかった。
「それって、クリアの前により多くの人を救ってくれる、ってことですよね?」
「そう、だと言えればカッコいいんだろうけど。実際には実利目当てさ。このイベントの発生にもあったあの投票。あれの票数を、もう少し増やしたい」
「それが、クリアに必要、なんですか?」
「うん。賛同者が増えないと、クリアできなさそうなんだ。沢山ね」
実際には、賛同しない者の票は強引に書き換えて承認に回す。ただ、その数があまりに多すぎては、ハルの力でもさすがに手が回らなそうだ。
そのため、なるべく素の承認票は、多ければ多いに越したことはない。
「わ、わかりました! がんばります……!」
「そうだ! それなら、このイベントでハルさんの活躍を見せればいいんじゃない? 私みたいに、きっとファンになっちゃうよ!」
「どうかな? 獲物を取られたって、怒られるかもよ?」
「怒られない場所の獲物を狩ればいいんですよ! 具体的には、拠点を攻撃されて困ってる人を助ける!」
「なるほど」
なんだか、普通のゲームの普通の『お使いイベント』のようでもある。
ただ、たまにはそんなゲームらしい人助けに興じるのもいいだろう。ハルは評価稼ぎのためにも、ここぞとばかり自慢の魔法スキルに魔力を流し込むのであった。




