第1433話 終わりへ向かうための準備を
「《さぁ~て、もう一声! もうちょっと承認の票が集まれば、龍骸エリアで楽しい楽しいハンティングイベントが開催できるんだけどなぁ?》」
《いや現状で十分!》
《敵は必要ないってー》
《楽しい採取イベじゃだめなの?》
《楽しくねーべさ》
《やっぱバトルがないとな!》
《こっちはここに住んでるんですけど!?》
《うるせー! リスク承知だろーがー》
《むしろ出て行けー》
《不法占拠者に怒りのドラゴン》
《ドラゴン復活! ドラゴン復活!》
《まーそれは無理》
《さすがにドラゴンまでは絶対届かないか》
《どう頑張っても賛成足りないねー》
《せめてモンスター程度は!》
「《そうそうそーそー! やっぱRPGならバトルあってなんぼ! 愉快なハイキングもいいけどさぁ、多少のスリルと、鍛えた力の発表の場は必要だよねぇ!》」
ミナミが司会を務める、龍骸の地を使った実験への承認呼びかけ。それはハルが主催する『新イベント』として、ホールの集会、生放送にて告知されている。
途中までは、『興味深い』『楽しそうなことをしてる』『新しい』と一気に票は伸びたが、内容がモンスターの出現を含むものに差し掛かると、そこから鈍化してしまった。
さすがに、龍骸の地に居を構えている者も増えてきた今は、そこが直接の脅威にさらされるとなると渋る者も多い。
ミナミはモンスター発生をボーダーラインと設定し達成を煽るが、なかなかそこまでは届きそうにないのが現状だった。
「うっすハル君。進捗どーよ」
「やあユキ。今のとこ、エリアのエネルギー発生量アップとレア採取出現が確定かな。ただ、レアモンスター出現にはちょっと苦戦してる」
「ふむふむ。んー、ミナみんも頑張ってはいるみたいだけどね。すぐには無理そうか?」
「ですが、時間を掛ければ、このくらいは達成できそうです。ございますね。今ホールに居ない人も参加すれば、いずれは」
「だねー。しかしハル君は、そんなに時間かけたくないんでしょ?」
「うん。さっさと発動させて、経過を見たいかな。それにだね、順当に達成されてしまってはもう一つの実験のしようがない」
別にハルは、モンスターを発生させたい訳ではない。まあゲーム的にはその方が映えるであろうが、このゲームには特に盛り上がりを求めてはいない。
いや、夢の中に囚われたプレイヤーたちの事を思えば、お祭り騒ぎでストレス解消させてやった方がいいのだが。
しかし、単にその目標値に到達させるだけなら今でも簡単に出来るのだ。
まだ投入していない、ハルの持つ大量の票を上乗せしてやればそれでいい。現状は、あくまで全て一般プレイヤーの意志に任せている状態だった。
「正直やろうと思えば、僕の一存でモンスターの発生ラインまでなら単独で承認ラインを満たせるんだ。それだけの投資をしているからね」
「でもそれじゃー意味がない」
「うん。その足りない最後の一押しを、いかにして裏技的に埋めてしまえるかが、今後の肝となるわけだ」
その為の実験、その為の事前準備だ。この虚無に飲まれたエリアの検証の他に、そちらの実験もまたクリアのための重要なテストとなる。
故に現状は、足りないことが逆にうってつけ。実験するのに理想的な環境となっているのであった。
「では始めよう。<死水航路>、起動」
「わくわくするねぇー」
「ハッキングの開始でございますね」
龍脈通信のメニューの中に、潜り込むようにしてハルの改造スキルが発動する。
この<龍脈大河:死水航路>は龍脈通信に接続したプレイヤーのログを遡るかのように、このメニューを通して特定できる。
その力の応用によっては、現在行われているイベント投票に、誰が、どの程度、票を投じているかも明らかとなるのであった。
「……ふむ。なるほど。やはり帝国は不参加か」
「そうでしょうね。ございましょうね。ハルさんの主催するイベント、乗るはずがございません」
「だね。もし参加してたらあっさり達成して、争点はもう一段上になっていたはずだ」
「あそこって龍骸にも街作ってんでしょー。だからじゃね?」
「モンスターなど出られたら、統治に支障がでますからね。ございますね」
むしろ街のすぐそばで狩りが出来て楽ではないか。そう考えるのはハルたちくらいということか。
ハルはユキたちにも分かりやすく、それぞれの施設から複雑に伸びているラインを整理。加えて投じられ承認されたポイントを青く、未承認のポイントを赤で分けて表示していった。
「おお。あとこのボールが、こんだけ足りないって感じだね!」
「このラインまで青いボールが溜まれば、モンスターの出現も承認されるのでございますね」
「その通り。なので今から、この赤いボールを青くしてゲージの中に放り込んで行く」
「ペンキ塗りたくってやれ!」
「不正投票でございます」
別にそういうミニゲームがある訳ではないが、あたかもボールに色を付けて放り投げるように、処理は視覚的に表現される。
ハルは承認されていないはずのポイントを選び取ると、<死水航路>によりその属性を変換。属性といっても魔法属性ではない。承認か否かのフラグのことだ。
「これ、“色を塗る”の意外と難しいな……」
「ペンキじゃあかんか」
「うん。スプレーが欲しい」
「どう難しいんです? ございますか?」
「単純にスイッチのオンオフって感じじゃなくて、いちいち本人の意思確認の複雑なルーチンが挟まっているというか」
「一枚一枚契約書でも書かされてるのか!」
「しかも手書きでね。そんなイメージだよ」
「だるいですね……」
本当にめげそうになる。しかし、めげずにハルが根気強く『ボール』に色を塗って投げ入れていくと、程なくゲージは一杯になった。
無事にモンスターの出現コマンドも承認され、不正票も問題なく機能することが証明される。
「《届いたぁー! ふぃい~~、良かった良かった。これでボーダー割ったらどーしようかと、俺ちょっとヒヤヒヤしちまったよーん》」
《苦労人ミナミ》
《そんときゃミナミの責任な》
《ハルさんから叱られるがいい》
《魔王の大激怒!》
《上司から詰められるミナミ……》
《いい……》
「《よくねーっての!》」
《しかし意外だな。案外あっさり》
《そうか? こんなもんだろ》
《それだけゲーマーはバトル好きってこと》
《そうかなぁ》
《そうかも?》
《割と渋る人もっと多そうなイメージだった》
《最後加速したよね》
《おっ。不正か?》
《どうやってだよ(笑)》
まあ不正なのだが、それを証明する手段もない。正直彼らも、これが不正でも公正でもどちらでも構わないだろう。
「バレる可能性は?」
「一応、なくはない。彼らが自分のポイントに関して、逐一きっちり属性のチェックでもしていればね」
「そんな人居ないでございます。そもそも、中身を知らないでしょうに……」
ハルも、居ないとは思う。ただ万一を考え、その心配のなさそうな相手を見繕って書き換えは実行した。
さて、ここからが本番だ。二つの意味で。
本番においては選んでなどいられず全てのボールを片っ端から塗っていく必要があり、その数も今の比ではない。
そして、イベントの実行により、この『虚無の大穴』にいかなる変化が出るのか。それをこれから見届ける必要があるのだった。
*
「はじまりましたか!?」
「まだよ、アイリちゃん。イベントの発動は、これからですからね?」
「はい! わくわくしながら、待つのです!」
世界樹のドームの中に、アイリとルナも招き入れられる。皆、この地の変化が気になるようだ。
ハルはプレイヤー達に準備の時間を与え、指定の時間になったらイベントを発生させると予告している。
狩りの装備を整える者、エリア内に建てた自分の家や施設の守りを固める者。その猶予が終われば、いよいよイベントの始まりだ。
「《臨時便も、大盛況、だね。樹上の民もここぞとばかり、参加するみたい、だよ》」
「よろしくモノちゃん。元々、ゲーマーを集めた集落だからね、樹上大地は。こうしたイベントには、当然参加するだろうさ」
その力の振るい先が、ハルからモンスターに変わっただけのこと。彼らはいつだって、自慢の剣を振るう相手を求めているのだ。
「さて、時間か。では、龍骸コマンドの発令。対象は、全ての龍骸の地だ」
「《こっちも、出向するよ。飛空艇シリウス、発進》」
時刻と共に、ハルとモノによる宣言が同時に発せられた。
同時に、この世界の各地でも、血気盛んなプレイヤーたちの鬨の声が上がったに違いない。
そうして全ての龍骸の地にて、一斉に変化が生じていった。それはまず、目に見えぬ部分、地底の奥から始まった。
「《あっ、ヤバイですハルさん、なんか来ましたー、『ぐあぁー』って。ぎゅんぎゅん吸われてますぅ》」
「落ち着いてイシスさん。大丈夫、たぶん『燃料』を吸い上げてるだけだから」
「《龍脈エネルギーを使って変化を起こすってことですね。まあ考えてみれば当たり前ですが、無料じゃないんですねぇ》」
「しばらくはエネルギー不足になりそうだね」
地中に流れる龍脈からエネルギーを吸い取って、巨大な龍穴の役目もこなす龍骸の地にその力が噴き出す。
無色の力だったそれは属性エネルギーに加工され、各地の特色に合わせて放出されていった。
これだけでも、その地に居る者の生産効率は上がり、各種スキルに恩恵をもたらすだろう。
「……こっちでは何も起きんな?」
「バグってるからね。そうした各属性の味付けをエリアに施す前に、この地はこうした虚無の底に沈んだから」
「よく理解していないのだけど、その虚無は<虚空魔法>とは違うのよね?」
「ややこしかったかな? 適当に呼んでいるだけで、まるで別物だよルナ」
「<虚空魔法>は真空を操りますが、あくまで状態としては『虚空属性がある』、のです!」
更にややこしいのが、こちらは本当に何もないかというとそうでもなく、『バグ状態がある』のが正確であるというのが大変な所だ。
「ここは確か暗黒属性でしたね? 暗いから見えてないだけ、という可能性は? ございますか?」
「それはないのです! わたくしのスキル、<天眼>にも<鑑定>にも、属性エネルギーは映ってこないのです!」
「なるほど……」
「それって、大地が消えてるから発生させる機能がない? そりとも、発生はしてるけど、うちらに見える前に消えてる?」
「それは、見えないので証明できない」
「やっかいだねー」
そう、実に厄介な状態なのだ。更に奇妙なのが、この状態であっても地下の龍脈は生きているということ。
このエリアを横断するようにして走るラインが、虚無をまたいでその先の地へとエネルギーをきちんと通している。
「……ねえハル君? つまり今回も、こうして見ていても変化は特にない可能性が?」
「まあ、あるんだよねえそれも」
「じゃあ私ら、ただ口あけてぼーっと穴を眺めてるだけじゃん!」
「落ち着けユキ、僕は口を開けてない」
「わたくしは、開けているのです!」
目をキラキラさせながら、元気にアイリが宣言した。興味津々で、非常にかわいらしい。
だが口を開けていようがいるまいが、何も変化がなければ間抜けな様子なのは変わりない。雁首揃えて、何をやっているのだという話である。
いかに実験というものは地道な積み重ねが肝要とはいえ、今のハルたちには時間がない。出来れば、なにかしらの成果を持ち帰りたかった。
「あっ! 今、あそこで何か動いたのです!」
「ほう」
「どれかしら?」
「おお、でかしたアイリちゃん! なんとか、釣果ゼロは避けられた!」
「釣りではございませんが……」
一行はまるで湖を覗き込むかのように、虚無をたたえた大穴のふちに寄っていく。
見えやすいようにハルが魔法で照らすその先には、アイリの言う通り確かに、一瞬何かの影が出現しているようだった。
「また見えました! そしてすぐ、消えました……!」
「発生した瞬間に、バグに飲まれてんだろーね」
「ではユキさん、あれは、イベントアイテム、でしょうか!」
「かも知れぬ! 出現の瞬間を捉えるのだアイリちゃん!」
「むむむむむ……!」
目を皿のように開き<天眼>にて見定めようと狙うアイリだが、ハルは別の部分が気になっている。
その危険から集中しているアイリを遠ざけようと、彼女をひょいと抱えてハルはそのまま後ずさった。
どうやら、バグが呑み込んでいるのは穴の中身に発生している物だけではない。
今までもその兆候はあったが、それに輪をかけ目に見えるスピードで、その穴のふちはこちら側へと拡大してきているようだったのだ。




