第1432話 誰にも制御できぬ大きな力
竜宝玉によって発動可能となる龍脈通信関連のコマンドにはいくつか種類がある。
まずは、ハルが帝国との決戦で使ったように、ミニチュアタウンの各施設に割り当てられた広域コマンド。
これにはステータスを上下させたり、ハルがやった通りスキルに影響を与えたりと、主にプレイヤーの能力そのものに作用する効果が秘められていた。
物理的な力を発動することが得意な龍骸の地の遺跡とはそこが異なり、互いの得意とする部分を分けていた。
次に、その龍骸の地に満ちる属性エネルギーを一定時間好きに操ることが出来る力。
こちらは、該当する地に対応したミニチュアタウンの施設全てを掌握している者だけが使える特殊な力だ。事実上ハルしか使えない。
例外的にこれだけは物理的威力を伴って発動され、その莫大な力は動くだけで嵐を引き起こすほど。
「そして最後に、どの施設にも関連せず、それでいて全てのプレイヤーに影響する、隠しコマンド」
「それが、例の『多数決コマンド』っつー訳だな!」
「うんうん! 隠しコマンド、盛り上がるよね!」
「……まあ、この竜宝玉メニュー自体が隠れている訳で、使える人がほとんど居ないから僕らしか盛り上がりようがないんだけどね」
ユーザー全体が沸き立つ、いわゆる『お祭り』にはならないのは少し残念か。
ハルはたどり着いたそのコマンドメニューを、ケイオスやソフィーといったまだ詳細を説明していなかった面々に見せつつ、その内容を再確認していく。
コマンドは例の全会一致が必要な使わせる気のないコマンドだけでなく、その下にも段階を踏んで色々と種類が用意されていた。
そこには承認率の段階ごとに難易度を分けて、様々な『イベント』が発動する内容が説明されていた。
「どれどれ。ふーむふむ! 見た感じ、龍骸の地に関わるイベントが多いみたいだね!」
「んだな。一定期間、エリアの属性力が生産量アップ、逆にダウン。特殊モンスターの発生、こりゃ『討伐イベント』ってこったな、きっと」
「楽しそう! さっそく発動しよう!」
「まてソフィーちゃん。待てだ。まずは全部見ようぜ?」
「がるるるるる……」
「お座りもしよっか。ほら、お茶でも飲んで」
「ごはんも欲しいわん!」
ソフィーのためにジュースとハンバーガーが用意され、彼女も大喜びでそれにかじりつく。
申し訳ないが、ハンティングイベントに興じている暇はない。まあ、どうしても必要な素材がそれによって取れるというならば、考えなくもないのだが。
「ふがっ! ほれ、ほのひろほう!」
「飲み込んで喋ろうねソフィーワンちゃん」
「まあ確かに面白い話だわな、色々な意味で……」
ソフィーの指さしたコマンドは、その効果が『かつてエリアを支配していたドラゴンを復活させる』というもの。
これを面白いと取るかどうかは、そのプレイヤーの価値観により大きく左右されるだろう。
あれだけ苦労したドラゴン狩りを、もう一度しなくてはならないのかと頭を抱えるか。
それともあの血湧き肉躍る戦いがもう一度楽しめると興奮するのか。ソフィーはもちろん後者である。
「やろうやろう! 今度はハルさんの力を借りずに、私たちだけでぶっ殺すぞー!」
「……この猛犬ちゃんのお世話はハルに任せるとしてだ。まあ場合によっちゃアリなんじゃねーのハル?」
「ケイオスまで。何のためだい? 竜宝玉を、もう一セットドロップさせたいとか?」
「それもいいな。まあ初回限定かも知れんが」
「そうではないと?」
「ああ。だってよハル。竜が復活すれば、当然そこに今住んでる連中は大慌てになるだろ?」
「……なるほど、帝国の排除か」
「そーゆーこった」
ハルが各地の龍骸の地を巡り、その地の龍脈を活性化させて回る旅は佳境を迎えてきた。
そこで障害となるのが、エリア内にまで領土を拡張し、ハルたちが『駅』を作るのを許さない帝国をはじめとした勢力達だ。
一応、彼らがこの地へと至るために仮設した陣地の数々、彼らにとっての『駅』は無力化したが、帝国本土に近い、彼らが自力攻略した六つのエリアはそうもいかない。
そこに侵入するとなれば、また戦争状態に突入する。今度はこちらが攻める側に転じてだ。
「確かに! 陣地にドラゴン湧かしてぶつければ、その間は私たちどころじゃないもんね!」
「代わりにその後は帝国がより強化されちまうかも、ってデメリットはあるがなー」
「やろうやろう! だいじょうぶ! 今度はドラゴンも先に、私たちがやっつけちゃう!」
「落ち着きなさいソフィーちゃん。ほら、このドラゴンステーキでも食べて」
「おおっ!」
ソフィーが分厚い肉の塊に飛びついているうちに、ハルはこの話題を終わりにすることにした。
確かにいくつかメリットはあるが、それは“真っ当にゲームをする場合”のメリットだ。この段階になって、あえて行う事ではない。
「どうしてもあの地に侵入しなくてはならないとしても、その時は改めて宣戦布告するのが早いさ。今さら搦め手を使うまでもない」
「まあそうだな。飛空艇に精鋭を乗せて出発、いや最悪お前さえ乗ってれば、前線基地の一つや二つ落とせんだろ」
「その隙に遺跡に潜り込んで作業を終えればいい。乱暴なやり方だけどね」
ドラゴンを出せば確かに混乱はするだろうが、もれなく面倒すぎる後処理がついてくる。味方勢力の『駅』の被害だって甚大だ。
それならその労力を最初から帝国そのものに向ければ、早い話なのだった。
「……それに、ドラゴンの復活は当然というべきか、必要票数が大きい」
「……確かに。この承認を集める苦労を考えりゃ、手間ばかりでやる価値ねーな」
効力、そして影響力の高いコマンドほど、必要となる全体の『票』もまた大きくなる。ドラゴン達の復活には当然、大きな賛成票が必要とされた。
現状は反対が圧倒的多数を占めるだろう予測からして、不足分を埋めるハルの労力もまた膨大。
本命であるゲームクリアイベントを前に、無駄な力を使っている場合ではないのであった。
「むぐっ……! もぐもぐ! ぷはぁっ! ごちそうさま! それじゃあ、この下位コマンドたちは試さないまま、一番上にいくのかな?」
「いいやソフィーちゃん。本命の前に一度、何かであらかじめテストはしておきたい」
「目論見通りお前がハッキングできるか、チェックは必要だもんな」
「それもある」
「他にも何かあんのか? 狙いが」
「うん。このコマンドは全て、龍骸の地に影響したものだ。となれば一つ、反応をチェックしておきたい場所があってね」
「ほう……」
「なるほど! あそこだね! ……どこだろう!?」
それは、一般的なユーザーには、最初から無かったものとして関りのない地。
気にはなっているが、龍脈通信上でも黒く塗りつぶされて、一切の反応を示さないため最近は話題にも上らないエリア。
ハルが最初に黒竜を打ち果たした、この城から最も近い龍骸の地なのだった。
*
「《さぁてぇ! 魔王ハルさんから新イベントの発表だぞぉ! 喜べお前ら! やる気のない運営に代わって、ハルさんが楽しい祭りを開いてくれっぞ! 目から<水魔法>流して喜ぶがいい!》」
《わぁい》
《お涙タイダルウェーブ》
《目からアイシクルエッジ》
《お前の目凍ってんな》
《ドライアイだったからな、たすかる》
《ちなみになにすんの?》
《待てミナミ、『ハルさん』だぁ?》
《様をつけろよ!》
《忠誠心足りてないぞミナミぃ!》
「《いやだって、あんま『様』付けするとハルさん嫌がるし! 個人的にはめっちゃ尊敬してまっす! 本当でっす!》」
《板挟みのミナミかわいそ》
《だが容赦してやらない》
《中間管理職の苦悩を味わえミナミ!》
「《るっせ! 知るかぁそんなものぉ! いいからイベント内容発表いくぞー!? 今回はなんと、全員参加型の投票結果によって、イベント内容が変わりまっす! 駆け引きの準備はいいかぁお前らぁ!》」
……そんな感じで盛り上がる龍脈通信のホールから、ハルは目を離し目の前の光景に視線を戻す。
計画の発表と誘導は、この調子でミナミに任せておけば問題はないだろう。
ハルは一足先に、効果の発動した際の変化を確認しておかねばならぬこの地に、大地そのものを巻き込んでエリアごと“消失”した龍骸の地へと赴いていた。
世界樹の枝によってドーム状に覆われたこの一帯は、太陽の光を通さず一日を通して薄暗い。
魔法の灯りがなければ、まるで先の見通せぬ闇に落ちることだろう。
「……ここは、何なんですか? ございますか?」
「ユリア。そうだったね。君だけは、世界樹の無敵の守りを突破してこの中に入って来れる」
「安心してください。……してござってください?」
「うーん。そこは『安心するでござるよ』がいいかもね?」
「侍じゃないですメイドです。まあつまり帝国には報告してないので大丈夫でございます」
「助かるよ」
「……そもそも、報告しようにも、忍び込んでも何も分かりませんでしたから。ございましたから」
やはりユリアは、帝国の侵攻ルートからも近かったこの見るからに怪しそうなドームにも調査の手を伸ばしていたようだ。
しかし、入ったところでこの場には何もない。いや正確には『何も無いがある』。ユリアも、困惑をしたことだろう。
「当時はもっと真っ暗で、しかも大穴が空いていましたから。私とは相性が悪かったんです」
「探索自体は視覚に頼ってるもんね君は」
「帝国としても、戦局に影響する秘密兵器とか隠してなければ、それでよかったことですし。ございますし」
実はドラゴンが倒されぬまま世界樹の檻で封印されており、帝国が進軍する瞬間に合わせて解き放つ、とか出来ればハルとしても面白かったが。残念ながら戦争にはこの地は何の影響も及ぼさない。
ただし、今後も影響のないままゲームクリアを迎えるかといえば、そうとも言い切れないハルなのだった。
「……もしかするとここが、最後のイベントの切り札になるかも知れない。いや、ここを使わなくては、クリアは出来ないのかも」
「はぁ。よく分かりませんね。ございませんね?」
「そうかい? ああ、そこは『分からぬでござる』ね」
「はいはいそうでござるね。……ともかく、投票結果を弄って最後のコマンドを発動させれば、それで、終わりじゃないの?」
「うん。そんな優しい相手じゃないはず。コマンド発動の結果、今度はどんな無理難題が顕現するやら」
「このうえまだ何が出てくるってのよぅ……」
ハルとしても、全ユーザーによる承認の末に、その苦労を賞賛し祝福するファンファーレでも鳴り響いてそのままゲームクリアなら、苦労はなくていい。
だが、現実的に考えてどうにもそれはなさそうだ。きっとまだ、何か『課題』が出てくるに違いない。
分かりやすいのは、ドラゴンを超える強大なボスが出現し、それを倒すことがクリア条件だとか。いわゆる『ラスボス』というやつだ。
「そしてそのラスボスは、この世界樹みたいにあらゆる攻撃が通じないとか、君みたいにあらゆる物体を透過するとかね」
「嫌がらせじゃないの……」
「エリクシル、ここの運営としてはクリアしてもらったら困るからね」
何らかの対策をとってくるのは間違いない。まあ、全ては取り越し苦労で、承認率100%は絶対に達成できないと胡坐をかいていてくれてもいいのだが。
その点この地は、そのエリクシルすら匙を投げて見放した地。活用すれば必ず彼女の裏をかける。
エリクシルが制御できているのであれば、地面に大穴が開いたまま放置などされず、龍脈通信のマップでもグレーアウトしたりしていないのだから。
そんな大穴を、時が来るまでぼーっと覗き込んでいたハルだが、隣のユリアは沈黙に耐えきれなくなったか、それとも前からいうタイミングをずっと計っていたのか、思い切ったようにハルへと切り出した。
「そっ、その……、ありがとう、ございました……!」
「どうしたの急に?」
「お姉ちゃんを助けてくれたとかで、その、リアルの方で」
「いいさ。約束だしね。それに、むしろ最初から僕らの問題だったというか、正直まだ解決したかはハッキリしてないというか……」
「で、でも、私はなにも、出来なかったし……」
「そんなことないよ。ユリアの頑張りがなかったら、計画が判明していたかどうか」
実際、あれで『解決』としていいのかハルにもまだ分からない。
ただ、彼女を安心させるためにもこれ以上無駄に不安を煽り、心配をかける必要もないだろう。
そうしてしばらく、『ございます』も忘れ年相応の素の姿を見せるユリアと、何をするでもなく大穴を覗き込むハルであった。




