第1431話 全会一致の
調査の結果、ハルたちが目星をつけたその条件とは、『プレイヤー全員の承認を得る事』。
全員というのは、本当に言葉の通り一人残らずの全員であり、達成率にして100%だ。そこには、ひとかけらの妥協も許されない。
「これは無理だ。『過半数』でも、『大多数』でもなく、一人も残らず『満場一致』。この人数で、この条件を満たすのは事実上不可能だね」
「それはハルお兄さんでも?」
「もちろん僕でも、ルナでも奥様でも、世紀のカリスマ指導者でも無理だね」
「ほえ~~」
ハルたちは夢世界にログインし、改めてヨイヤミに昼間の答えを解説する。『仕組みの上では可能だが、事実上の達成不可能』な条件がこれだ。
個人の能力が問題ではなく、全体の傾向の問題で無理なのだ。かつての管理者として、ハルは他の誰よりも、それをよく理解しているといってもいい。
別にハルたちも人民の100%の統制など目指してはいなかったが、それでも様々なデータの傾向から、そうした統制など元より不可能だと知っていた。
「龍脈通信と竜宝玉の組み合わせコマンドの中に、それを見つけた。承認率100%が条件で発動可能になるコマンド」
「見た時は、目を疑いました! きっちり、漏れなく賛成が必要なのです! “ほぼ”全員ではなく、全部です!」
アイリもまた、異世界の王国を統治する王族としての立場として、そうした賛成票の獲得には色々と思う所があるだろう。
アイリの場合は王族貴族に根回しをし、彼らの承認を得る作業が主だっただろうが、それでも全会一致が必要となると頭が痛くなる思いのはずだ。
「これ、相手がNPCでも苦労する条件だよねー。支持率とか満足度とか、シミュゲーのそういうパラメータでもひゃくぱーなんて一瞬タッチ出来ればいい方って感じじゃない?」
「そっちは、二律背反の要求でシステム上無理な場合もあるからね」
例えば肉が好みなNPCと、魚が好みなNPCが混在しているだけで不可能になったりする。
こちらは『絶対に無理』な点で少々事情が違うが、どちらにせよ厳しいという認識は変わらない。
「株式でいえば、公開している株を一株残らず買い戻せと言われているのと同じね? そんなものやっぱり、事実上不可能でしょうに」
「限りなく百に近いとか、きゅーじゅーきゅうてんきゅーきゅーなら、いくらでもやりようがあるんですけどねー」
「そうなの? どっちも同じじゃないかな?」
「大人はズルいのでー、後から賛成票を莫大な数追加してやれば、そこは問題なくなるんですよヨイヤミちゃんー」
「大人ってきたいない!」
ルナは『株式の追加発行』と例えて教えていたが、それで伝わる女の子はアイリスくらいではなかろうか?
ヨイヤミは賢いので、なんとか付いてきてくれているようだが。
「……まあ、そんな感じで。この龍脈通信には、日々様々なプレイヤーがポイントやアイテムを注ぎ込んでいる。それは確かに株に似ているかな」
「竜宝玉コマンドではー、その出資率の割合が高いほど大きな効果を出せるんですねー」
「それを使ってハルお兄さんは、スキル強化コマンドを発動したわけだ!」
そう、ハルは特に掲示板機能を独占的に支配できるだけの巨額の投資を行っており、それに付随したコマンドが『スキルの潜在強化』であった。
他プレイヤーの鍛えたスキルの総合値である『ワールドレベル』を、一時的に自分のレベルのように扱える。
その圧倒的な底上げによって、簡単に上位スキルの習得が可能となる。
それをもってハルは帝国を打倒したが、竜宝玉コマンドの力は、どうやらまだまだ序の口であったようだ。
「皇帝が、人口が力となると考えたのも恐らくはこうした情報を見てのことじゃないだろうか。ヴァンが知らないことは少し気がかりだけどね」
「人口を確保していれば、確かに上位のコマンドを独占して発動し放題になるわね?」
「しかしまー、今の帝国じゃ厳しいかもね。国内で意見が割れまくってるし」
「むしろ、流出した人材を吸収しているわたくしたちの方が、まとまりがあるのです!」
「いつのまにか、周りに人が増えてきましたねー」
ハルを頼り、現実へと記憶を、正確にいえば人間関係を引き継ぎたいと集まった者を中心に、『魔物の領域』を取り囲む巨大樹の大地の上にはかなりの移民が集まっていた。
見ようによっては、帝国軍以上の一大勢力が集結していることにもなるが、彼らの方針は『打倒ハル』で一致している訳でもないので団結して攻めても来られない。
そのように一部の集団だけでも意見をまとめる事には苦労するのに、これで帝国やその他の国々まで含めて意志を完全統一するなど、事実上不可能だった。
「こりゃー洗脳するしかないねハル君。催眠かけて、操り人形にして好き放題じゃ!」
「やめんかユキ。危ないことを言うのは」
「お兄さん得意だもんね! 私の体を操り人形にするの!」
「ほら、ヨイヤミちゃんが乗っかってくる……」
……別に、これは断じて妙な遊びではない。あくまで、彼女の体を最適に動かすやり方を、許可を得たうえで実演しているだけなのだから。
「実際のところ、そうした洗脳じみた方法で解決するのは可能なの? ハル?」
「いや。無理そうだ。日本や異世界ならさておき、このゲーム内ではそうしたスキルが存在しない」
「向こうなら出来るんだ!」
「普通逆よねぇ……?」
「世界はハルさんの手の中ですねー?」
あくまで、あらゆる制約や倫理を無視すれば理屈の上では可能になるかも知れない、といった程度である。
ハルを洗脳魔のように言うのはやめていただきたい。
だが、そんな可能性すらこの夢の中にまでは持ち込めない。
ではそんな状況下ではクリアへの道筋は断たれ絶望的なのか? そう問われれば、そんなこともない。
説得も洗脳もしなくても、取れる方法が今のハルにはあるのであった。
◇
「ハッキングをします」
「やってることがあんまり、変わらないのです!」
「結局無法だよねー」
「いやだって合法じゃどうにもならないし……」
恐らくだがエリクシルは、達成可能なクリア条件を設定しろとのハルの要求に、こうした形で応えたのだとハルは思う。
不可能ではないのでハルの要求は満たしつつ、実際にクリアされてこのゲームが終わってしまう可能性も封じる。
これで、システム的に解法が存在しないといった条件ならば、『不具合だから何とかしろ』という文句も言いやすい。
しかし、あくまでハルの要求を守る形での実装なので、文句は言えないというか、これはハル側の落ち度であった。
「なのでハッキングをします」
「イジワルにはイジワルで、対抗するのです……!」
「……これはルールを守っている扱いになるのかしら?」
「修正されてないから、バグじゃないよ」
現実には通用しないゲーマー特有の屁理屈だが、さすがに今回はお行儀よくなどしていられない。
律儀にエリクシルの課した条件を守っていては、例え百年経っても終わらないだろう。
「そうねぇ。それこそハルを頂点とした王国を作って、皇帝のように地道に支持を集めていくなんてやっていられないわよね?」
そんなハルの内心を読んだのだろうルナが、結局正攻法では無理だろうと納得してくれる。
しかも先にも言った通り、そうして苦労を重ねたところで、どうあがいても無理なのだ。
「《でも、そういうのもちょっと楽しそうですよね。見てみたかったかもなぁ、なーんて》」
「イシスさんは帝国でコリたんじゃないのかい?」
「《いやーそれは、ハルさんの作る国ならまた別かなぁって》」
「そう持ち上げられてもね」
ここで、仕事部屋(という名のイシスの娯楽室)で大人しく話を聞いていたイシスも会話に加わって来る。
もしそんなハル王国が実現したら、その龍脈を管理する彼女は要職中の要職だ。『龍脈の巫女』再びである。しかも今度は寝そべりながらのお菓子付き。それは楽しみにもなるだろう。
「みんなで世界を冒険して、街を広げて、一人ひとりのお悩み相談をする!」
「支持率をちょっとずつ、上げていくんですねー」
「途中で飽きるぞーヤミ子よ。無限にお使いクエストが湧いて出るクソゲーだぞーそれはー」
「そうしたらあとはハルお兄さんを応援する!」
「いや僕だって嫌だ」
しかもその悩みとやらは、ゲーム内だけで完結せずに次々現実から持ち込まれてくるのだ。
誰がやるのだろうか、そんな苦行。なんだか管理者時代を思い出すハルである。
「うーん。もしかしたらまた、ハルさんをそうした王様に誘導するための、仕込みなんかもあるんですかねー?」
「またお母さまが一枚噛んでいたりしないでしょうね……?」
「ですが、確かにちょっと楽しそうなのです!」
「まあ、そうだね。そうして理想の王国を発展させるゲームも色々楽しい所はあるだろうけど、今は想像だけに留めておこうか」
そうして理想の王を演じたところで、全ての国民の賛同などは得られはしない。それこそ洗脳でもしない限り。
なのでハルはこうして最初から、裏道にそれることにしたのである。
「さて、具体的な方法だが、<龍脈大河:死水航路>を使う」
「うわ出た」
「『うわ』とか言うなユキ。この<死水航路>だけど、<龍脈遡行>の能力再現スキルという以外にも、色々と用途がある」
「その中に票の改竄能力があると」
「正確には、あるのはアクセス能力だけだね。改竄できるかどうかは、僕の腕次第。簡単かと言われるとそんなことはないが、やるしかないね」
こちらで意識拡張が出来ればまだ、どうとでもなると言えるのだが、残念ながらそれも難しい。
どういう理屈かここでは肉体から切り離されており、意識拡張の為の操作を行うのが不可能である。
幸い処理能力自体は落ちてはいないが、それでもゴリ押すにはいささか数が多かった。
「ならば、少しでもハルさんが楽になるように、わたくしたちで承認の数を増やすのです!」
「どやって? アイリちゃん?」
「それはですねユキさん! 普段、わたくしたちとハルさんがどんなになかよしか、その心温まるエピソードで感動の嵐を巻き起こすのです!」
「うん。暴動の嵐が吹き荒れるねそれは」
「なんと! みなさま、ロマンスはお嫌いでしょうか!」
「……好きな人も居るでしょうけど、実在の人物となれば嫉妬が先に来てしまうでしょうね?」
「《今はクリスマス近くて荒れてる時期ですしねぇ》」
「その感覚はちょっと、分からないけれど……」
「ルナお姉さんも持てる者の側だった! モテざる者の事は、結局わからないんだ!」
「ヨイヤミちゃん? そこは『持たざる者』よ?」
いいや合っているはずだ。ルナも、分かっていて言っているのだとは思うが。
まあ、そんなモテざる者を刺激するような策はさておき、基礎となる支持率のようなものを上げることは重要だろう。
書き換える票の数が少なくなるほど、ハルの負担も減ることとなる。
とはいえ特に奇策を打つ予定は今のところない。ただこれまで通り、現実に作ったゲームを受け皿として、夢の中での関係性を引き出していってやれば、その者は自然とハルの味方になろうはず。そう信じるしかない。
そうして話を締めくくろうとしたところ、まだ聞きたいことがあるとばかりに、ヨイヤミがハルの袖を引っ張るのだった。
「ねーねーハルお兄さん?」
「なにかな? ヨイヤミちゃん。分からない所があった?」
「んーん。だいたい分かったんだけど、一つ気になって。今回はさ? <止水航路>があったからよかったけど、もし無かったらお兄さんどうしてた? エリクシルさんも、クリア条件の変更には応じなかったと仮定して」
「うーん……、難しいね……」
その場合は、さすがに今以上に支持を得るべく皇帝のように広く民を集める必要が出ただろうか?
プレイ期間もその分伸びるだろうから、あまりハルとしてはやりたくない手ではある。
「あっ、もいっこ条件追加。それでいて年末までに、絶対にクリアしなきゃいけないものとします。どんな方法を使ってもね?」
「……鬼か君は。まあ、そうだね。手段を問わないというならば、今でもとれる方法が一つだけあるよ。とりあえずまあ、全てを話して全力で承認を頼み込むんだけど……」
「それでも応じなかった人は?」
「死んでもらう。リアルで。そうすれば無効票になって、無事に承認率100%だ」
「うん。だよね。合ってた合ってた。満足!」
実はこの条件を見た時に、脳裏によぎった『管理者としての答え』がこれだった。
同じものにたどり着いたらしいヨイヤミに感心するべきか、今後の教育方針を考え直すべきか。
ともかく、そんな方法を取る必要性などが出てくる前に、今はチートでもハッキングでも使い、このゲームを終わらせることに全力を尽くすハルである。




