第1430話 本人すら知らぬままに進む陰謀
ユリアが聞きつけ、彼女の姉もまた巻きこまれる事になるらしい織結達の計画は、思ったよりも深刻であるようだ。
初めはハルも半分ほどは、ユリアが子供らしく大げさに大人達の話を受け取り、陰謀論めいた勘ぐり方をしているのだろうと、そう思っていた。
しかし蓋を開けてみれば、本当に陰謀めいた香りがしてくる、闇の深い事態に発展しているらしかったのだ。
「モノリスの話はイシスさんにはしたっけね? どうやら、それと絡んでいるみたいなんだよ今回は」
「えーと、なんでしたっけ? 確か皇帝の人がこっそり管理しているっていう……」
「《学園にある黒い板!》」
「そう。なにげにヨイヤミちゃんの方が僕らより先に見つけてたヤバいやつだ」
「《学園は私の遊び場だもんねー》」
ハルたちは馴染みの喫茶店を後にして、今は誰も居ないユキの家へと戻り一息つく。
ハルの淹れたブラックのコーヒーを背伸びして飲んで、『うげーっ』と舌を出しているヨイヤミが可愛らしい。
「あれは僕らにとってもまだ謎が多い、マジモンの陰謀要素だよ」
「そうなんですねぇ。私にとっては、夢の世界でゲームやら異世界でゲームやらも十分ヤバいんで、それが特別どうなのか、いまいち分からないですが……」
「《学園の異空間でゲームも追加で!》」
「それはモノリスの次くらいにヤバいね」
ハルたちの管理下にないという意味で。
未だに続いている学園のゲームもヤバくはあるが、アメジストとの約束で半分はハルたちの制御下にある。半分は。
しかしモノリスに関しては、未だに解析不能の制御不能。管理においても、研究所の母体であった三つの旧家が担っておりハルたちの管轄外。織結もその一つだ。
研究所の解体後は隠し場所を学園へと移し、謎の大災害に対する因果関係の究明と、災害にて一度は頓挫した解析と研究の再開を、ほそぼそと継続していた。
「で、そのモノリス、謎の黒い石を管理する三つの家だけど、三家ごとに対応というかやりたい事が分かれていてね」
「いがみ合ってる?」
「《大人は仲良くできないんだから!》」
「いや。そこまで正面切っていがみ合ってはいない。なにせ物が物だ。再び過去の大災害の二の舞になるのは避けたいという恐怖は三家とも同じで、その活用には及び腰さ」
「……実際、その変な石は関係してるんです? もし本当にそうなら、私は壊してほしいかなぁ」
「間接的に関係はしている。ただしその石が意志をもって、世界中に厄災をばら撒いたとか、そういうんじゃないよ」
「《石が! 意志を!》」
「大爆笑だよね」
「いや涼しい顔でコーヒー飲みながら言われても」
直接あの石が何かをした訳ではないが、全ての切っ掛けになったのは確かである。
研究所もなんと始まりはあの石だったという話であり、異世界人の先祖達が強大な魔法により災害を引き起こしたのもあの石から始まっている。
エーテルネットの『設計図』もあの石からで、なんなら、魔法のルーツもそこにある可能性すらあった。なんとも多芸な石である。
「すみません話の腰を折って。方針が三つに割れてるんでしたね?」
「うん。大きく『封印』、『エネルギー抽出』、『技術転用』の三つに分かれている。僕とも親交のある御兜さんは、封印継続派みたいだけどね」
「《ちょーのーりょくお爺ちゃん! 機械とか動かすの!》」
「?? そうなんだ? でもそうなると、あの皇帝は自動的に過激派ってことに……」
「だね。モノリスを解析し、エーテルネット技術以外にも、新たな活用法を見い出すべし、って主張をしているのが織結家だ」
「《でもあんまし学園では見たことなーい》」
「落ち目だからね」
「そんなばっさり……」
「《異次元からエネルギー取り出そう、って話は私も聞いちゃったんだ!》」
「そのヨイヤミちゃんの情報のおかげで、僕らはモノリスを発見できた訳だ」
「《へへへへ……》」
とはいえその密談をしていた者は、実際は特に関係しておらず、エネルギーを取り出していたのはアメジストであった訳だが。
織結もどうやらその試みには興味はあったようだが、彼の目的としているのは単純なエネルギー事業ではなく、更なる技術発展。
かつての研究所のような集団を再び組織し、エーテルネットに続く更なる未来技術を実現させたいと息まいている。らしい。
ハルもこれは、直接確かめた訳でも盗み聞いた訳でもない。御兜翁から、こっそりと聞き出した内情であった。
実際、それを裏付ける物証もあった。彼が情報屋とやり取りしていた通信機。あれはエーテル技術に依存せずまた探知もされない、全く別系統の技術を用いた装置になっている。
「さて、ここまでが前提」
「あっ、そうだ。ユリアちゃんの話でしたね? 彼女のお姉さんが、どう関わってくるんです?」
「そこがまた、少々ややこしい話でねえ……」
「《もう十分ややこしい!》」
ハルもそう思う。ことを秘密裏に進めすぎて、事態が複雑に絡まりすぎだ。
空になったカップにもう一杯めのコーヒーを注ぎ足すと、ハルはその陰謀めいた話についてを語っていくのであった。
◇
「まず最初に言っておくと、ユリアの懸念はほぼ勘違いだ」
「《なーんだ。やっぱり子供っぽい早とちりだったんだね。人騒がせぇ~》」
「ヨイヤミちゃん? お姉さんの考えが確かなら、ヨイヤミちゃんの方が小っちゃいんじゃないかなぁ、って」
「《なにおう!》」
「まあまあ。ユリアはどうやら、姉が非道な人体実験の材料にされるように思って、それでずいぶん焦っていたらしい」
「それは、穏やかじゃないですね?」
「《でも勘違いなんでしょ?》」
「半分はね」
ただ、全てが全て勘違い、という訳でもない。ここが面倒なところだ。
そのせいで、ハルも『勘違いだから安心しろ』とは言えなくなっている。まあ、言ってもきっと納得はしないだろうが。
当事者の一人であるヴァン、こちらではカオルにも問いただしたが、そんな非道な実験の片棒を担ぐ真似はさすがにしない、とのこと。
全面的に信用する訳ではないが、実際の彼を調べてみても、金にはうるさいが行いは潔癖さがあるのは事実のようだ。あれでいて社会貢献なども積極的。
「じゃあ、どのあたりが事実なので?」
「秘密裏に怪しげなことしてる、って部分」
「《やっぱり陰謀なんじゃん!》」
「まあ落ち着けヨイヤミちゃん。怪しげではあるが、実害はない。たぶん」
「あやしいですねぇ。つまりその、モノリス関係のことなんでしょう?」
「うん。そう。例の通信機みたいな、学園内で研究開発していた機器の一部を、外部に持ち出して実験をしようとしている。そのリストの中に、ユリアの姉が所属する会社も入ってたって話さ」
「《大変じゃん! ……何が起こるか知らないけどー》」
「恐らくは、何も起こらない。はず……」
ハルが煮え切らない言い方をするのも、モノリス関連となるとさすがに専門外であるためだ。
一応情報を得てからは最優先で調べ、徹底的に装置の解析もしたが、少なくとも人体に害を成す構造にはなっていなかった。
ただ、例の秘密の通信のように、ハルですら感知できないデータであったりしたらお手上げなのだが。
「でも、それは皇帝の計画なんですよね? 皇帝を見張るか、周囲を調べるかすれば、ハルさんなら分かるのでは?」
「……それがね、分からないんだよ今回は。なにせ、このことは彼自身すら知らない所で動いてるから」
「《そっか! あの人記憶ないんだ! 選ばれてない哀れな奴だから!》」
「こーら。悪役の人の真似しちゃだめでしょー」
「まあ、そういうこと。『皇帝』は知っていても『織結』は知らない所で物事は動いている。だからこそ、関係者の誰にも察知されない」
ついでに言えば、記憶継承者の『選ばれた者』、実行役も自分が何をやっているのかは正確には理解していない。
つまり妙なことに、この現実側に事情を理解している者は一人も居なかったのだ。
ハルが知ることになったからこそ、それがモノリス関係であると初めて割れた。ハルもモノリスを知らねば、謎のまま迷宮入りしかねなかった。
「普通なら、そうして組織的に学園から物の出入りがあれば必ず気付かれる。ただ今回は織結の権限を使われた上に、その織結本人が全く認識していなかったから発見が遅れた。してやられたね」
「《でも結局バレちゃった! もうおしまい!》」
「でもおっかないですねぇ……、会社の倉庫から知らないうちに謎の毒電波が出てて、同僚がある日突然クリーチャーになったりしたら……」
「毒電波って……」
「《でも人体実験じゃなかったらなーにがしたかったんだろ? 納入会社に共通点はないの?》」
「今のところ不明」
むしろ共通点から発覚することを避けて選んだのかも知れない。こればかりは、『皇帝』の方に聞いてみないことには分からなかった。
「でも回収しちゃえばオールオッケーですね。……はっ! 回収したら、毒電波でハルさんがクリーチャーになっちゃう!?」
「クリーチャーから離れなさいイシスさんや」
「《異世界に持って行けば謎の電波も伝播しなーい》」
「電波だけにね。最強の対策かも知れない」
「ズルですねぇ」
……しかし、本当にイシスの言うような危険な不測事態が発生する前に気付けてよかったかも知れない。
二人の手前ハルも『何も起こらない』とは言ったが、一つ気がかりな情報があった。
学園のセキュリティにはハルも目を光らせていると言ったが、実際少し前、モノリスを安置している地下空間に侵入者があった。
当時は三家の勢力争いの一環かとハルは思い、事実しばらく三家は互いにピリピリとしていた。
だがその後は特に進展は見られなかったので気にすることは止めたが、こうなると織結の家がその侵入者と繋がっている可能性も感じられてくる。
「まあ、いずれはきちんと解決しなきゃいけない事態なんだろうけど、今は装置の回収をもって解決としよう」
「《どーせ本体も気づいてないもんね!》」
「このまま、皇帝に忘れてもらえばおっけー、ですかねぇ?」
「そうだね。悪いけど、彼の記憶も意志も引き継がせる訳にはいかない。このまま静かに、夢と消えてもらおう」
ゲーム終了と共に泡沫と消えれば、それで全て綺麗に無かったことになる。ちょっと奇妙な納入指示があった記録が、誰にも気にされずに残るのみだ。
「《結局、さっさとクリアしちゃえってだけの簡単な話だよね!》」
「そっちの進捗はどうですか? あっ、いや、私の仕事が要なのは理解しておりますが部長……」
「部長ではない。いや龍脈を任せきりで悪いね。でもそんなイシスさんの頑張りもあって、『なんとなくこれかな』ってものは絞り込めたよ」
「《おー! どんなのどんなの!? やっぱり、意地の悪い感じだった?》」
「うん。それはもう。たぶん正規の手段じゃ、永遠にたどり着けないんじゃないかね?」
「うわぁ。それって、例えばあの遺跡の扉みたいな、システム上絶対に無理な系のやつですかね?」
「いや、理屈上、攻略可能にはなっている。正規の方法でね。ただ、仕組み上、ほぼ不可能に近い」
「なぞなぞは苦手なんですけどねぇ……」
「《分かった! 世界平和の達成! 可能だけど、ほぼ不可能!》」
「この子はまたひねくれてもー」
「まあ、割と近いよヨイヤミちゃん」
「《むむむっ! なんだろ! 適当に言ったんだけどなぁ!》」
流石というべきか、直感が鋭い。まあ、答えは実際に見てもらった方がいいだろう。
ハルたちはそのログインの時間が、夜が来るまで、しばしそうして穏やかな時を過ごすのであった。
なお、裏側ではハルは分身総動員で、必死の作業に追われていたのは言うまでもない。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




