第143話 未だ知らぬ魔法式
「この魔法式、コードという名前なのですか?」
「どうだろうね。プログラムの記述をコードと言ったりするから、それに準えているだけかも」
「ぷろぐらむ。……ハルさんの世界の、魔法でしたっけ」
「まあ、魔法式に変わる文字を組み合わせて、複雑な事象を引き起こすのは同じだけど」
ただ、あれを魔法とは呼びたくは無いハルだった。魔法とは、もっと奇跡的であるべきだ。
そのままハルとアイリは、アイテムの残骸として飛び散った魔法式を観察していく。
普段、攻撃魔法などの行使に使う、属性などの情報を内包した式はあまり存在しないようだ。普段使わない式が目立つ気がする。
どちらかと言うと、ハルがやる<物質化>の時に、物質の構成情報として指定する式に近い。
「錬金術の『抽出』で、抽出する内容を指定する式が主になっているようですね。アイテムから、抽出された情報という事でしょうか?」
アイリはより正確な見地をもって理解したようだ。最近は細かい操作はナノマシンの方のエーテルを使って操作してしまうので、この世界の錬金術とは少し疎遠になっていたハルだ。記憶が薄れていた。
アイリによれば、そちらも、使うのはこの式であるとのこと。
「やはりこの施設は、錬金術のための施設なのでしょうか?」
「関連性は強いとは思うんだけど。でもそれなら、『錬金研究所』、みたいにするはずなんだよね」
「確かに。……『魔道具』と銘打っているのは、どのような理由かななのでしょう?」
「……んー、ひとまず、手を動かすか」
既にここが開いてから数日。掲示板や攻略情報をまとめた個人ページを見れば、ある程度の情報は出ているだろう。しかし、今は初回プレイの楽しさを味わいたいハルだった。
それに、恐らくは全て解明されている事はありえない。ならば余計な先入観を持ちたくもなかった。
一人が声を大きくして『こうだ!』と主張すると、根拠が無くてもそれが正しい情報として一人歩きしてしまうものである。特に開始初期というものは。
ハルは次々と合成を行って情報を増やしていく。ただし、明らかに失敗すると分かる組み合わせばかりで。
失敗情報と共に、コードのストックも増えていった。
「鉄鉱石とみかん。鉄鉱石とバナナ。鉄鉱石とモモ」
「差分情報、というやつですね!」
「正解。りんごと銅鉱石。りんごと銀鉱石。ここであえて、りんごと木材」
「成功しちゃいました!」
「性質が近すぎたかー。出来たのは『りんごの木の枝』。効果は無し」
「りんごなのにナシですか?」
「梨ではない」
天然な勘違いをする嫁がかわいい。
「じゃあ、りんごと狼の毛皮。あ、いけたね」
「いけてませんが!」
失敗し、コードが生まれる組み合わせをあえて探る。
その中で明らかになった事がある。おなじ鉄鉱石やりんごを使っても、組み合わせるアイテムによって、飛び散るコードに差異が出るのだ。
飛び散るのは、りんごを構成する情報がそのままではない。半ば、融合相手の物質と交じり合った状態で排出されるようだった。
「……つまりは、りんごと鉄鉱石にも、相性の良い部分は存在する。だが全体として合わないので、合成は失敗する」
「この、数の少ないコードが、変質した情報ですね」
「そうだね。いっぱい有るのはりんごその物の情報だ。その少ない部分だけは、合成成功した」
収集されたコード情報は、専用のウィンドウにストックされる。ありがたい事に、色々とタグ付けやソート、履歴の参照などの機能が盛りだくさんなので、十全に活用し分類を振り分けて行く。
「じゃあ、そろそろコード合成をやってみよう」
「いよいよですね! 何を作りましょうか? いえ、まだ何が出来るかまるで分かりませんが」
「りんご」
「ここであえて!?」
りんごを構成する情報は逆算できた。ならばそのコードを正確に配合すれば、りんごが出来上がるのではないか。その検証である。
結果はハルの思った通り、りんごを生み出す事に成功する。
「なるほど」
「『抽出』した情報を『合成』しているのですね、これは。……実際には、ハルさんの<物質化>でもなければ、元と同じりんごには戻りませんが」
「そこは、ゲームだからね」
ゲームだから。便利な言葉である。大抵の非合理はそれで説明がつく。
「しかし、これじゃまだ『錬金研究所』だね」
「そうですね。まだ錬金術の再現でしかありません。魔道具要素はどこにあるのでしょう?」
「このコード合成、実は消滅したアイテムを作り直せるだけの機能だったり……」
「か、神々がそんな無意味な機能を作るはずが……」
導線が無さ過ぎて不安になってきてしまうハルであった。
『完全ではないけど失ったアイテムも戻ってくるから、失敗を恐れずどんどん挑戦しよう!』、という展開もありえる。その場合、深読みしすぎたのが馬鹿みたいだ。
「……でも間違っては、いないはずなんだよね。勘だけど。こんな、無駄に凝った造形をする神様が、その程度の機能で済ますはずがない」
「確かに、建築にはその方の理念というものが反映されますよね」
例えば、見えない部分まで凝りに凝った作りにする者。例えば、見えない部分は見ないのだから必要なしとばっさりカットする者。
研究の秘匿と共有に同じく、どちらが正解という物でもない。場合により一長一短だ。
しかし、どちらを選ぶかによって傾向が見えるときはある。特にこの建物のように執念を感じるレベルで作りこまれている場合などは尚更だ。
人間であれば、造形で力尽きたという事もあるだろうが、相手はAIだ。内容もまた、病的に凝った作りに違いなかった。
「なんにせよ、もう少し情報を集めてみよう」
「失敗作作りですね!」
コードの生成パターンを集める事が、今は何より必要だ。
りんごの作成に使わなかった、変質したりんごのコード。それが他のアイテムの作成にも使われない事を確定したい。
何にも使われないコードなのであれば、それを使う専用のレシピが存在するはず。ハルはそう考えるのだった。
◇
「……だんだん合成の傾向が見えてきたね。まだ二種合成だけだけど」
「素材のカテゴリによって、相性の良さがあるようですね」
「それを避ければ成功、じゃなかった、失敗する」
「もう完全にコードが出る方が成功になっていますね!」
「アイテムが合成されても、使わないからね」
最初にやった鉄鉱石とりんごのように、相性の悪い組み合わせで各種アイテムを合成して行き、そのアイテムを構成するコードを読み解いていったハルとアイリ。
それにより明らかになったのは、やはり変質したコードは、どのアイテムの構成情報にも含まれないということだ。それだけが未使用の分類に全て余っている。
「錬金術で使う、物質の抽出でもこれらの式は使いません。きっと、このコードは物質の構成情報とは異なっているのでしょう」
「黒曜。<物質化>に使う魔法式と、余りのコードの一致率は?」
「《0%です、ハル様。余りのコードは物質の構成に関わらない、と考えてよろしいかと》」
「……これなら、一歩先に進めそうだね」
物質の構成に関わらないのであれば、ここからがきっと魔道具要素だ。
このコードをどう使えばいいかという問題はあるが、コード合成はただのアイテム再生機能ではない事がハッキリしてきた。
そして分かった事もある。コードの発生には傾向があり、鉄鉱石とりんご、鉄鉱石とみかんなど、似た組み合わせでは同じコードが混ざってくる。
それが恐らく、属性傾向のような魔法要素なのだろう。
「といってもこの式、見たこと無いんだよね。何に使うんだろ?」
「わたくしも、寡聞にして知らず……」
「アイリが知らないってのは相当だよね」
王家において、国のあらゆる知識の閲覧が許されていたアイリが知らないとなると、少なくともこの国では調べ様が無い。
この施設の担当神が守護する、紫色の国、藤の国ならば何か分かる事はあるのだろうか。
「黒曜、これらの魔法式に見覚えは?」
「《二件、一致がございます。一件はアベル王子との会見時、魔力を吸い取る杖の一部から発せられていました》」
「ビンゴかな? あれこそ魔道具だ。関連性はあると見て間違いない」
「《もう一件は、ハル様達プレイヤーの体、その構成部品です》」
「……なるほど。これだね? 見覚えがあるな確かに」
「《その通りでございます》」
「やはり、これが魔道具に関わる事は間違いなさそうですね!」
どうやらそのようだ、とハルも同意する。プレイヤーの体も、言うなれば魔法を発動させるための遠隔操作する道具だ。関連性は高いと言える。
これらの“余りコード”を組み合わせてコード合成すれば、魔道具が作れるのだろう。
問題は、どう組み合わせれば良いのかだ。
「ひとまず、適当に全部混ぜてみる」
「失敗です! 『コードの相性が悪いようです。コードには相性が存在します、相性の悪い組み合わせは調和を崩し、作成を妨げるでしょう』……です!」
「ヒント出してくれるなんて優しいじゃないか。これなら簡単かな?」
「感覚が麻痺してると思います!」
確かに、こんなふんわりした助言でどうにかなるレベルの問題ではないだろう。だが、全く光明の無い真っ暗闇よりずっとマシなのは確かだ。
「相性の良い組み合わせか。りんごから出た物だけを組み合わせてみよう」
「また失敗です! 『コードの組み合わせが意味を成していないようです。魔道具を成立させるには意味の通った組み合わせが必要になります』……です!」
「ですね」
「まずその組み合わせを教えていただきたいのですが……」
「全くだね」
コードそのものの意味が分かっていれば、まだやり様もあるが、意味の分からない物を組み合わせて、意味のある組み合わせを作れとは、また無茶を言うものだ。
例えるなら、アルファベットの分からない人物が、ABCDと文字を並べられて、意味のある文章を作れと言われているようなものだ。
「タイプライターを叩く猿にはなりたくない……」
「おさるさんですか?」
「猿にこの組み合わせを延々と続けさせても、偶然いつかは成功するかもねって話」
「すぐに飽きてしまうと思いますが……」
「そうだね。それに、個体の好みがどうしても出るから、完全にランダムになんかならないんだよね。人間だってそうだ」
「数字の好き嫌いが出るお話ですね!」
考えをまとめる為、アイリには分からないだろう話を口に出して思考してしまうハルだが、アイリもハルのそのクセを理解しているため、静かに相槌を打ってくれる。
後で、シェイクスピアと猿についての話を噛み砕いて説明してあげようと思うハルだった。
「ならば知恵ある人間としてはどうしようか」
「先人に学びます!」
「まず一つはそれだね。先人、つまり既に成立している魔道具を分解して、使われているコードを観察する」
「同じ組み合わせで作れば、同じ魔道具が作れますね」
「しかし、魔道具が手元に無いという問題がある。なので二つ目、実際に使ってみる」
「……危険では、ないですか?」
「流石に式ひとつで大爆発したりはしないと思うけど……」
だがハルも、電荷の値をちょっと逆にしただけなのに大爆発する、反物質というおちゃめな危険物を扱っているのであまり強くは保障できない。
もし何かあっても大丈夫なように、マゼンタの作ったエネルギー変換装置の中に<神眼>を飛ばして作業を行う事にした。
「……んっ、変換機能はオフに出来ました。どうぞ、ハルさん」
「ありがとう。僕じゃ、どうもまだ少し手間取ってね」
アイリとの精神の繋がりを濃くイメージし、ハルを通して施設の操作を彼女にしてもらう。この感覚的な操作がハルはまだ苦手だった。
アイリは直接的な五感の共有が苦手なので、ウィンドウモニターに<神眼>の視界を投影してやるとやりやすいようだ。
そうして二人で、見慣れない魔法式の実験をしていった。
◇
「……使えそうなのは、このコードかな?」
「ですね。この、水を発生させるであろうコードも使えそうなのですが」
「ただそれは、どういう条件下で起動するかまだ分からない部分が多い」
「ですね」
アイリとしばらく実験をし、コードの特徴が少しは掴めてきた。
ゲームとしては、少し反則だろうか? この世界の魔法知識を使って逆算するのは。だが文句は説明不足な魔法神に言って欲しい。この施設をマトモに利用しようと思ったら、それくらいの裏口は必要だ。
やった事といえば単純。既存の魔法の発動式の一部を、コードの式に置き換えただけだ。いくつかは、それで反応を示した。その中のひとつが、水が流れ出すコードであった。
セレステの神域にあった水源などは、もしかしたらこれを使っているのかも知れない。後で遊びに行ってみよう。
ハルは発見した使えそうなコード、光を発するための物であろうそれを基点にして、組み合わせを試す。
相性の良さそうなコードも、生成の経緯から何となく分かる。何度目かの挑戦で、今までとは趣の違うメッセージが出現した。
「『魔道具を成立させるためのコードが不足しています。あと二種類ほどのコードが必要なようです』……具体的になってきましたね」
「親切すぎる。神か」
「神様ですが……、やはり麻痺していますねハルさん!」
「ここまでの道のりが険しすぎたからね」
今までのノーヒントを思えば、雲泥の差だ。あと二種類の組み合わせで成功が保証されているのだ。ここからは脳死プレイの総当りでも許されるだろう。
……正解のコードを所持しておらず、全ての組み合わせを試した上で正解が存在しないという絶望も待っている可能性はあるのだが。
「錬金術ゲームは好きだけど、ここまでの難易度はあまりお目にかかった事が無いね」
「多少はあるのですね……」
「あるよ。レシピ無しノーヒントの奴。素材の総数はこんなに多くなかったから、手探りでも割と行けちゃうけどね」
「やってみたいような、みたくないような……」
「それも失敗作が最終的には金の材料になったり、似てるとこあるかもね」
思い出を語り、雑談を続けながら、組み合わせを色々と試して行く。そうして数十回目の挑戦で、ハルとアイリはついに正解を引き当てるのだった。
「やりました! 『新しい合成メニューが解放されました』、です。……淡白です! もっと褒めてください!」
「苦労したもんね……、よーしよし、えらいぞーアイリ」
「えへへへへへ」
「《一応、称号を付与することで賞賛はされているようです。<コードを読み解く者>、との事です》」
「なるほど。ありがとう黒曜」
「読み解きました!」
アイリを撫で回しながら、ハルはメニューを確認する。
まず完成したコード合成アイテムは、新しく魔道具(素体)というジャンルのボックスへと振り分けられていた。
アイテムの名称は『光源』とシンプルなものだ。ランプの魔道具などになりそうだが、今は光の部分しか存在せず、このままでは使えないようだった。
そして、新しく開いたメニュー部分が、『魔道具作成』。ようやく、魔道具開発局のお仕事が可能になるようだった。道のりが長すぎである。
「なんだか疲れてしまいましたねー」
「集中したもんね。一旦帰ろうか」
「いえ! ここまで来たら!」
「最後までやる?」
疲労はあるが、中途半端では気分が悪いのだろう。アイリは魔道具の完成まで持って行きたいようだ。
ハルとしても同じ気分だが、アイリの健康のためにも少し休憩を入れたい。だが、一度帰ると、またここまで来るのに少し手間がかかってしまう。
「お屋敷でこの作業出来たら良いんだけどね」
「はい。時間がかかりますものねー」
普通のプレイヤーにとっては、どこでやろうが同じかも知れないが、ハルとアイリはこの世界で暮らす者だ。作業するたびにいちいち来るのは、微妙に大変だった。
「施設は魔力じゃないから、コピーも出来ないし……」
「そうです! それなら、<神力操作>でコピーは出来ませんか?」
「なるほど、試してみようかね」
まだ苦手としている操作だが、試してみる価値はあるだろう。ハルは<神力操作>で、部屋の中の情報を読み取っていく。
さてこれをどうやってコピーすればいいのか、そう考えたあたりで、唐突に後ろからかかる声があった。
「やめろ」
陰気で少し低い。いわゆるドスの効いた声。
この部屋に突然現れる知らぬ声の主に、心当たりはひとつしか無いハルだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/4/18)




