第1429話 作る者と遊ぶ者とお金を払う者
さて、そんな思わぬ弊害がある可能性が見え隠れしているが、ハルとしてはこのまま計画を進める以外に道はない。
せいぜい、見知らぬ人から無意識に恨みを向けられる状態にならぬよう、夢の中での行いには注意する、くらいだろうか?
他は変わらずに、ただひたすら夢で培ったプレイヤーたちの感情をこちらの現実世界に避難させてくるだけだ。
「《ねーねーハルお兄さん。私ちょっと疲れちゃったー。イシスお姉さんも、たすけてぇー》」
「じゃあ、どっかのお店に入って休もっか。って重っ! よ、ヨイヤミちゃん? 急に体重かけるのやめて……」
「《だから重いはレディーに失礼だぞー》」
「うぬぬぬ……、いくらレディーだろうが小さかろうが、人間ひとりは重いんじゃー……」
「《あはは。イシスお姉さん、女の子にあるまじき顔してるぅ》」
「難しい言葉使うなら、相応の振る舞いをしなさーいっ……!」
「こーらっ。往来でふざけないの。おいで。どこか馴染みの店にでも入ろう」
「《はーいっ》」
……改めて考えると、『往来』が通じる子供というのも変かも知れない。今まで病棟の大人たちの影響とばかり責任を押し付けていたが、これはハルのせいでもあるのだろうか?
そんなことを考えつつ、ハルはヨイヤミの足とイシスの腰を救うべく、小さな体を引き取るとその背におぶって休める店に検索を掛けた。
「《ご休憩》」
「……今までの流れから、これも素直に受け止めちゃいけないんでしょうねぇ」
「《あっれー? イシスお姉さん、何を想像したのかなぁ? 単に、お休みするだけなのにぃ》」
「このガキ、後ろからスカートめくって丸見えにしてやろうか……」
「《あっ、待って、それまって! おんぶされた体勢からだと、反撃できない~~》」
「だから騒ぐな騒ぐな……」
やいのやいのと賑やかに、ハルたちは以前も訪れたことのある喫茶店へと足を運ぶ。
ここはちょうど去年、ハルがカゲツのゲームとコラボという形で、食品生成用に大型装置の手配をした店だ。
その縁もあって、他の客に迷惑の掛からないよう特別に、個室を一つ貸し切りにしてもらえたのだった。
「ふぃ~~。《やっと一息つけるー。もう足くたくたー》」
「普段からもっと、体力つけてないとダメよヨイヤミちゃん」
「《イシスお姉さんだって、いっつもゴロゴロしてるくせにぃー》」
「いつもじゃないです。休みの日だけです! ……でも最近は確かに、運動不足かも」
「《おなか出てきた!?》」
「出てません! たぶん!」
「まあ最近は僕らのせいで、平日も休日もないうえに、『寝るのが仕事』みたいになっているからね」
本当に文字通りの意味でだ。職場はまさかの夢の中。肉体的な運動とは、一切が無縁なのだった。
「そのお礼という訳じゃないけど、今日は遠慮なく注文していいよ」
「《うんうん。カロリーを気にせず、肥え太ってくれたまえ!》」
「うぅ、嬉しいけど、太るのは嫌ぁ……」
「あはは……」
と言いつつもイシスは、華やかなお菓子の数々を、次々と注文していくのであった。体重のことは、後から考えるようだ。
「《お姉さんのためにも、雪合戦しよう雪合戦! 雪降らなかったね、こっちも》」
「元気ねぇヨイヤミちゃん。さっきまでバテてたのに。まあこの辺りは降っても、積もったりはしないから」
「《つまんなーい。北国いこ! お兄さん北国!》」
「いや行く用事がないし。ミナミが北に住んでるらしいから、彼に会いに行くくらいかな」
「《あははっ! ミナミなのに!》」
これ以上北に見る物はないから『南観』なのだ。
とはいえ、彼とのやりとりもネット上で全て完結する。だからこそミナミ自身も、中央に住まわずとも問題ないのだが。
こちらでは気軽に<転移>など出来ないので、遠出するにも何か理由が必要なのだった。
「《仕方ない。あとでヴァーミリオンにでも遊びにいこーっと》」
「皇帝に迷惑かけないようにね」
ややこしいが、これはゲームとしての話で、皇帝もまた別の皇帝だ。
生身のまま異世界に行けるヨイヤミであるが、それはそれとして普通にゲームとして異世界にログインしていたりもする。
そうした異世界まるごとをゲーム化した『エーテルの夢』に始まり、今休憩中のこの店とも関わりのあるカゲツの料理ゲーム。それに加えて今開発中の新作と、隠れ蓑であったはずのゲーム事業の方もいつの間にかかなり成長してきたのであった。
「ふむ? 案外、『本業ゲーム屋さん』でも成立するのかもね」
「いきなりどうしたんです? あっちなみに、同僚には『食品メーカーに転職したんだってねー』って言われてます」
「《世間的な評価では、お兄さん医療関係の著名人だよ?》」
「……やはりゲームメーカーでは無理なんだろうか」
「あはは。ほら、次の新作で巻き返しましょう! こんなに頑張ってるんですし!」
「本当にね」
「《頑張ってる部分って夢の奴らの人間関係で、ゲーム部分じゃないけどねぇー》」
「ヨイヤミちゃん! しーっ!」
「《しぃ~~っ》」
アイリがよくやっているからか、『しーっ』のポーズが受け継がれているようだ。家族感を感じて微笑ましいが、残念なことにその指摘は本当にその通り。
ハルが日々追われている仕事はプレイヤーの人間関係の調整であり、肝心のゲーム部分は黒曜や神様たちにお任せだった。
「黒曜。ゲームデザインの方は、問題なさそうか?」
《はい。夢世界の内容をベースに、細部を商業向けに調整して制作しています。既にテスト運用に問題はないかと》
「引き続き任せる。商業部分に関しては、まあアイリスが暴走しすぎないように……」
《御意に》
「ああ確かに、夢の中の話では課金も収益も関係ないですもんね」
「……実は関係していて、『スキルシステム』利用料を僕らが支払ってるんだけど、まあそれは別とすれば関係ないね。夢にお金は持ち込めない」
「《三途の川かな?》」
「また子供らしからぬ例えを……」
「でも『純粋なゲーム』っぽくていいじゃないですか。そこは、私けっこう好きです」
「《でもイシスお姉さんはスキルに恵まれてるじゃん。いいの? そんなお金の代わりに才能がものを言うゲームで!》」
「うっ……、で、でも、廃課金ゲームよりは……」
「難しい問題だね」
課金が強さに直結するゲームは批判も多く、実際規制もされがちだが、実は『諦めがつきやすい』というメリット、というより妥協点が見出しやすいとハルは思っている。
才能やプレイヤースキルが大きく出るゲームはハルも好むところだが、その『諦め』が出てしまうので継続されにくい。
このあたり、プレイする側の好みと作る側が抱える現実で差が出やすい部分であった。ハルも最近は難儀している。
ちなみに、お金も才能も排除すると残るは『時間』がものを言うことになる。いわゆる『廃人ゲー』の誕生だ。ままならないのである。
「そんな感じで今回は、お金を選ばせてもらうことになるとは思う。まあ、アイリスが居るからってところが大きいんだけどね」
お金儲け大好きな、『お金の魔力』を司る神様。
彼女が居る以上、課金要素の導入は絶対だ。ハルたちが企業として活動する時点で、まあ避けられなくはある。
「《属性相性が複雑な廃課金ゲーム!》」
「は、流行らなそうねぇ……」
「《大丈夫! そこは、夢から連れ込んだカップルどもの檻として逃げられなくして、がっぽがっぽ!》」
「なるほど。この事件、転んでもただでは起きないってことですね」
「こらこら。人を詐欺師みたいに言うんじゃない……」
とはいえ、どうしても難しい初動を彼らの数を呼び水として頼るのは事実その通り。言い訳のしようもないのであった。
「……しかし何だか不安になってきたな。黒曜。課金周りって本当に大丈夫? リミッター外れてない?」
《はい。市場平均から見て、多少『高すぎ』という部類には入ると考えられます》
「おい。……ちなみに、お前がそれでオーケーと思った理由は?」
《アイリス様が言うには、『稼げるゲームだからおっけー』、とのことです。収入が見込める構造なので、多少の支出が見えていても受け入れられやすいのだとか》
「事実なので反論しにくい……」
「みんな『先行投資』って言葉に弱いですよね?」
「《自分を騙す魔法の言葉だ!》」
他人を騙すのではない所がミソであろう。運営側は詐欺を働いていない。流石はアイリスである。褒めていいのか微妙である。
《加えてどうやら、『フラワリングドリーム』のリベンジも兼ねているようです。あのゲームは大成功はしましたが、どうしても配信慣れしている人にしか、稼ぐ機会は与えられませんでした》
「まあ、そりゃ仕方ないよね。所詮ユーザー課金では、リターンの為の財源を確保できない。世の『稼げるゲーム』が大抵失敗している理由がこれだ」
いかに非常識な金額をつぎ込む一部のプレイヤーが居たとして、財源がそこしかなければ結局はそのパイを皆で奪い合うゼロサムゲームでしかない。
莫大な課金といえど皆で分ければ雀の涙。結果大して稼げず、投資した者は確定で損を出し、胴元は小金を手に逃亡する。
約束された、早期サービス終了の図式なのである。
「《フラドリはどうやって解決していたの?》」
「プレイヤーに加え、それを応援する視聴者からの課金。更にはその集まった数を目当てにした企業からの出資と広告だね。更に言えばそれも、それこそ奥様の莫大な先行投資あってのこと」
「ホントの意味のやつきちゃいましたねー。もうビックリするくらいお金持ち……」
言ってしまえば結局、『お金があったから儲けられた』。残酷な真理なのだ。
今回はアイリスは月乃に頼らず、己の商才とプライドをかけて手持ちの資金だけでどうにかするらしいが、まあそこはお手並み拝見といったところか。
「僕としては、最悪無事に形になればそれでいい。夢世界の受け皿になれば、早期サービス終了でも構わないさ……」
「《こうして世には、『何で作った』なクソゲーが出る訳だ! 大人は反省しろ!》」
「お仕事ってそういうとこありますよねぇ。誰もが失敗を分かっていても、誰にも止められない……」
子供代表と社会人代表で、見事に反応が割れたのだった。少し面白い。
「ただ、そうなると後は、夢の中のカップルどもをクリスマスまでに現実でもくっつけてやれば終わりなんですね?」
「《片っ端から個室にぶちこんでやれー! そうしたらゲームクリアして、めでたし?》」
「めでたい新年を祝いたくはある。ただ、もう一つ厄介なネタが残ってるんだ」
「《なんかあったっけ?》」
「ユリアちゃんの言ってたことだね」
少女ユリアがその隠密能力により秘密裏に聞き出したという密談。その現場にいたという元宰相のヴァンの首根っこを押さえることにハルたちは成功したが、どうやら事は、思った以上に複雑であるようだった。
最後にそれを解消して、改めて憂いなくゲームクリアに突き進めることとなるだろう。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




