第1427話 各駅停車で参ります
そうして数日間をかけて、ハルたちは各地に点在する龍骸の地、『駅』を各駅停車で回りながら龍脈の支配地域を広げていった。
各駅にはその周囲のエリアから、豊富な龍骸の地の資源を求めてプレイヤーが集まり新たな集落を形成している所がほとんどだ。
その中には、ハルの領地周辺にそびえる樹上大地エリアへの移住希望者もおり、今までもモノがそんな者たちを定期的に運んできてくれていた。
「ここのところ、は、友好的な人間が、多いね? 今までは、ハルに挑んでやろうと、好戦的な連中が、多かったけど、ね?」
「まあしゃーない。ハル君のあの暴れっぷりを見たら、今さら挑もうとする奴なんかそう居ないっしょ」
帝国軍と一緒になって、打倒ハルを掲げて城を目指して攻め込んで来ていた者たちも、ここの所はおとなしめだ。
彼らは帝国兵という訳ではないが、帝国が攻撃を止めたことで、同時にその勢いを失ってしまっていた。
新たな希望者の補充についてもそうだ。あの戦いを見て、そのうえでハルに挑もうなどという者は少ない。
その代わりではないが、今はハルに付いて行けば、現実に記憶を引き継げるのかも、という希望を持った参加者が多めとなってきている。
「……少々、やりすぎたかな? 反抗的であっても、事実上彼らは僕の国の民になっていると言っていい。その入国希望者の減少は、今後の計画に響く可能性もある」
「奴らゲーマーだから、こちらの戦力としても期待できるんだよねー。まーでも良いんじゃないの? 代わりに、『南側』の人口が増えて行ってるし」
「そう、だね。戦闘能力が、乏しくても、一人は一人、だよ。きっと『南側』の人間も、ハルの役に、立つよ」
「まあ北側の蛮族ばかり増えすぎてもなんだし、いいか」
「そーそ。戦闘が増えるだけだぜハル君」
しばらく対軍戦闘はお腹いっぱいだ。ただでさえ忙しい業務の数々に、日々追われているのだから。
樹上の大地に集まった彼らは、対ハルと親ハル派に分かれ、大きく分けて北と南で住居を隔てていた。
ハルに挑む者らは帝国と協調するために北の、十二時側。ハルの庇護を求める者は逆の南側、六時側。時計の文字盤を二分するかのように、そうして半分ずつエリアを分け合っている。
とはいえ別に敵対している訳ではないので、三時と九時の樹の上で普通に交流も持っていた。
「……とはいっても、南側の民が増えたら増えたで、今度はリアルの仕事が増えるだけなんだけどね」
「彼らを、ぼくらのゲームに招いて、そこで、こちらと同様の関係性を、構築する。複雑で、根気のいる、作業だね」
「放り込んでかき混ぜれば完成ー、っていけばいいのに」
「そうはならないよユキ、さすがにね。いくらアメジストの力である程度の感情パラメータを引き継いでいるとはいえ、雑にボウルに入れてかき混ぜたら、全く違うサラダが出来るだけだ」
新たな出会いは全く異なる人間関係を構築し、それはこの夢とのズレを生じさせる。
その出会いは当人らにとって喜ばしいものも中には含むだろうが、少なくともこの夢の中で現在彼らが望んでいるものとは別物になってしまうはずだ。
その作業はハルと神様たちの力をもってしてなお、複雑で難解極まる作業。正直な気持ちを語っていいならば、もう一人たりとて新たな参加希望者など増えて欲しくはないハルだった。
「……まあ、救済を約束してしまった以上仕方がない。それにゼクスたちをはじめ、きっと今後ゲーム内でも僕側で活躍してくれるだろう」
「実はクリアに人口関係なかったりしてー」
「やめろやめろ、そういうこと言うのは」
「ユキは、どう思う?」
「んー、でもやっぱ、国民集めといて損はないはずさね。なにが来るにしても、ハル君の弱点はそこになる」
「それは、その通りだね」
「クシるんがどう考えてるかは知らんけど、『超強いボスを倒せばクリア』にしてくれるはずもないよね。結果的に、ボスが出るかも知んないけどさ」
「確実に前提条件があるだろうね」
強いラスボスが現れました、みんなで協力して倒しましょう。とはならないはずだ。
どれだけ強いかは知らないが、そこに向けてハルが属性加速砲を放り投げれば終わってしまう可能性だってある。
ならば何が来てもいいように、今日もハルは寝ても覚めても、夢と現の架け橋となるべく奔走するのだ。
新作ゲームの方も、ようやく形になってきて、正式にプレイヤーとしてゼクスやキョウカらを始めとした希望者を招き始めている。
「おっ、見えてきた見えてきた。こっちでも、仕事のお時間だよハル君」
そんな移住希望者たちを乗せたハルたちの飛空艇は、また新たな龍骸の地へと到着する。
ひと時の空の観光を楽しむプレイヤーたちも、客船の窓に一斉に張り付いてその絶景を楽しんでいるようだ。
その地に降りて、ハルはこちらでの仕事の一つ、攻略部分へと取り掛かる。
目指すは、『世界征服』だ。
*
「ここは、簡単だったわね? 斥候系スキルも、必要なかったでしょうね」
「やはり明るいというのは、それだけでやりやすいのです!」
「光の属性竜の居た土地だからね、ここは」
飛空艇から降りたハルたち一行は、その地に隠されているはずの竜宝玉使用の為のダンジョンをまず探索する。
とはいえこの地の物はかなり簡単な方で、土地の性質もあってすぐに発見できた。
光属性の力が満ちたこのエリアでは、湧きだすそのエネルギーが作用しているのかそこかしこが輝いている。
ひっそりと地の底に隠されている遺跡状のダンジョンも、その地面自体が輝きを発していては形無しだ。
「どうやらー、この地に集落をつくった住人達も既に発見していたようですねー?」
「これだけ分かりやすければそうなるか」
龍骸の地には大抵そこに居を構えたプレイヤーたちによる集落、大きなところでは街に発展した物まで存在し、着陸する飛空艇を出迎えてくれる。
大抵は歓迎ムードであり、そこが『駅』となるが、中には敵対的なエリアも存在する。
帝国が陣地を構えたエリアがその代表例で、その場合は衝突は避けられない。
だがこのエリアは特にそんな気配もなく、交易を求める商人や、ハルたちを待っていた移住希望者が殺到し歓迎してくれた。
どうやら彼らは、既に地下の開かぬ扉の事も知っていたようである。
「占有権を主張されずに助かりましたー」
「まあ主張されても、どーせそいつらじゃ開けられないんだしさ。諦めりゃいいのに」
「そもそもハルさんがドラゴンを倒してこの地を解放したのですから、ハルさんの土地なのです!」
「その理論だとアイリちゃん? 帝国が竜を倒した土地は帝国の物になってしまうわよ?」
「であればその土地は、武力によって奪い取るしかないのです……!」
「かげきぃ」
まだ帝国が治める北の果てには遠いが、いずれその時が来たらどうするかは考えておかねばなるまい。
ハルたちはエリアの居住権を奪うつもりは皆無だが、それでも時おり徹底抗戦の構えを取る勢力もいる。
それは、これからハルたちが行うことを考えれば無理もないこと。
その計画の実行のために、宝玉を鍵として開いた遺跡を進んで行くと、一行は最奥の間にある竜宝玉をはめ込む装置にたどり着いたのだった。
ちょうどオーブがすっぽり嵌まるように作られた台座の中に、ハルは慣れた流れで竜宝玉を埋め込むと、システムメニューを操作していく。
「コマンドは当然、龍脈の支配力の向上。さてイシスさん、お仕事の時間だよ」
「《はぁ~い。って、もうそっちまで世界樹の根っこ行ってるんです? 速すぎやしません?》」
「これが無いと始まらないからね。最優先で伸ばしている。……いるのは確かなんだけど、実際、最近はスピードが異常ではあるね」
「《……ちょーっと、不気味じゃないですか? いや、母なる大樹で、今も私のソファーになってくれてる心強い味方なんですけどぉ》」
「推定、アメジストって神様の仕込みだろうからね、これは」
彼女のゲームにてハルたちが世界樹を作り、色々と悪さをして遊んだからか、それとも単なる偶然の一致か。このゲームでも世界樹を通じ、アメジストが何らかの介入をしてきている。
その力は日に日に強大になり、ハルたちの拠点のある霊峰から遠く離れたこの地にも、実に元気に、触手もとい根を這わせて来ているのだった。
「まあ便利だからいいか」
「それ後で苦労するぞーハル君」
「その時は、改めて対応する。今は何を使ってでもエリクシルの計画をくじく」
アメジストに好きにさせすぎれば、それはそれでまた新たな問題を生むだろう。
しかし、ハルたちには贅沢を言っている余裕はない。世界樹の異変を努めて無視し、広域コマンドの効果確認を優先するハルなのだった。
「《はい。こちらでも確認できました。その龍骸エリア一帯の龍脈強度の向上を確認。これより、影響範囲全ての制圧に移ります》」
「よろしくねイシスさん。僕もサポートするから」
「《サポートじゃなくてハルさんが主導してくださいよぉ~~》」
「僕はこっちの操作もあるし」
龍脈の支配、<龍脈接続>スキルに関してはハルに負けぬ実力を持つイシスの協力も加わり、凄まじいスピードで龍脈マップの勢力図が書き換えられてゆく。
ハルたちがこうして『駅』を一つずつ回る、『巡礼の旅』をしている最も大きな理由がこれだ。
広域コマンドによる効果の一つに、一帯の龍脈の支配力を増大させるという効果がある。
そのコマンドの発動時には、普段の何倍もの侵食力にて他者の支配する龍脈を押し返し、全てハルたちの陣地としてしまう。
その範囲は一つ隣の龍骸の地にまで及び、つまりこれを繰り返していけば、簡単に世界全土の龍脈をその手中に収められるのだ。
そうして手に入れた龍脈は、世界樹の根を這わせることで蓋をして、再度取り返されることを防ぐ。
完全に仕様外のチート行為である。なお、一般のプレイヤーたちには、部外秘の独占技術の賜物であると解説している。バレたら大変である。
「《はーい、っとぉ、こんなとこですかねぇ。ハル部長、終わりましたよーだいたいー。チェックおねがいしまーす》」
「誰が部長か。……しかし、早いね。流石は『龍脈の巫女』」
「《もぉー。止めてくださいってその呼び名ぁ。それに、私の手柄じゃなくて、最近はデフォルトの支配力というか、なんというか圧力? みたいのが強まってる気がするんです》」
「ふむ?」
「それも、世界樹さんが悪さをしているのでしょうか!?」
「《たぶんだけど、それは大丈夫だよアイリちゃん。こっちは、元々の仕様っていうか、龍脈その物の効果っぽい。接続している範囲が増える程、効果は強まる傾向にあるから》」
「なるほどね? 今私たちは、世界全体でみてもかなりの範囲を手にしたから」
「何もしなくても侵食が楽になってるってことですかねー?」
そこに更に、龍骸の地のコマンドが加われば敵なし、ということか。
「これなら後半は、エリアに留まる時間も短くて済むようになっていくのかな? 移動時間が伸びるぶん、それはありがたい」
「泊まりがけにならんくてよさげ?」
「さすがに最も遠い所は一日じゃ無理かもね。でも、客船の人たちのことも考えると、セーブ更新は少ない方がいい」
「彼らは彼らで旅行気分を楽しんでるから、別にいいと思うけどねぇ」
「ですよー? 案外楽しそうですよー?」
広すぎる世界の、良い部分と悪い部分だ。その壮大な景色を窓から楽しむことも出来るが、そのぶん移動には相応の時間が掛かる。飛空艇をもってしても。
その関係で、一日で進められる作業量にはどうしても限界があった。
季節は既に冬、年の瀬も近づいている。ハルたちは焦る思いを抑え込みつつ、そうやって着実に一歩ずつその影響力を拡大していくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




