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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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1425/1795

第1425話 盤上の混沌を支配する?

「ミナミに影響を受けたのかも知れないね……」

「確かに、あのやり口は以前彼がやっていたやり方に似ているわね?」


 一連の戦後処理を終えて起床ログアウトしたハルは、今度はルナと共に現実側こちらでの対応に追われていた。


 帝国の司令官をその地位から追いやって、それでめでたしめでたしとはいかない。

 彼は夢世界から記憶を引き継いで、こちらの世界で活動できるという他のプレイヤーにはない特性があるからだ。


 そんな彼を、かつてミナミがやったようなやり方、密室で気持ちよく喋らせてその内容をこっそり録画してしまう、でハメたハルだ。

 今ごろ、根に持って顔を真っ赤にし、報復の手段をあれこれ考えていないとも限らない。


「……まあ、なんとなくだけど、彼はそうした短絡的な反応をする相手ではないとは思う」

「あら? そこそこ買っているのかしら? あの男のことを」

「いや。良い人ではないと思うよ、間違いなく。ただ合理的な相手だ。その行動は読みやすくはある」


 ゲームで例えれば、上級者同士に存在する互いの行動に対する信頼性とでもいおうか。絶対に勝ち目がないのに、無謀な突撃を仕掛けたりはしない。

 もちろんあえて、そうした定石じょうせきの裏をかくこともありはするが、それはあくまで基本の上に成り立っている。初心者の考えなしとは訳が違う。


「だからここで彼がいきなり、僕に関する秘密をネット中に暴露ばくろする、なんて心配はしなくていい。まあ、やられても対処なら出来るけどね」

「確かに、自力であなたの秘密にたどり着いたとすれば、優秀ではあるわね? 夢の記憶を頼りに、ここまで調べたのかしら?」

「まあ向こうでの僕は、今はあまり余裕がない。『何でバレたんだ!?』なんて言わないさ」


 特に、ハルもまた記憶の引継ぎを行っているなんてことは考えればすぐ分かるだろう。

 なにせそうでもなくては、夢で、ゲーム内で得た人間関係を外に持ち出す手伝いをする、なんて作業が可能になどならない。


 人員が圧倒的に不足している中で、アイリや神様たちの存在を隠しておくにも限界があった。


「とはいえ、今回は色々と制御できていない部分が多いわね? 情報屋に続いて、あのヴァンという男まで。敵側に秘密に触れた者が出すぎだわ?」

「それもまあ、良いモデルケースと考えよう。僕らの最終目的は、二つの世界の情報を互いに、全ての国民が知るようになることにある」

「そうね?」

「その際に、その事実に触れて、受け止め活用を考えるのは、良い人ばかりとは限らない」

「というよりも、確実に悪用を考える人間ばかりがまず出てくるでしょうね?」

「だからさ、そもそも僕らの味方だけで秘密を握り続けることは、無理な話なんだよ」


 そう言う意味では、まだ彼らは穏便な方であるともいえる。もちろん、秘密を有効活用できる力を持った者に渡った事自体は大変ではあるが。


 一方で、彼らはその秘密の価値を正しく理解しており、いたずらに周囲にばら撒いたりはしない。

 そう言う意味でも、上級者同士の読みやすさといった部分の利点はあると、ハルは感じている。


「……さてそれで、そんなモデルケースな彼をどうするのかしら? サンプルを取るために、泳がせておく?」

「そうもいかないよね。いずれはまあ、全ての事象じしょうが完全に僕の手を離れてもやっていけるようにとは思うけどさすがにまだその段階じゃない。ユリアのこともあるしね」

「結局、彼女の懸念けねんは何だったんでしょうね?」

「さて? それはこれから、直接彼に聞いてみようか」


 ハルは全ての準備を整えたのを確認すると、起床しすぐ調べ上げたヴァン元宰相の連絡先に通信を入れる。

 男の名は万丈ばんじょう。ゲーム内で接触した今、そこから辿って本人に行きつくのに大して時間は掛からなかった。アメジスト及びエメ様様である。


「応じるかしら? 通信はあなたのフィールドよ。それを警戒しない相手ではないでしょう?」

「応じるさ。僕のフィールドだからこそ、他ならぬ僕によってその安全性は保障されている。彼にとってそれはメリットだ」

「とはいえ、他ならぬあなたによって密室での会談内容が全体公開されたばかりよ?」

「……そこはまあ、ヘソを曲げていないことを祈るばかりだ」


 しばらくの間、そうして接続待機状態が静かに続く。彼が通話ルームへの入室に応じるまでは、ずっとこのままだ。

 もちろん。万丈が応じる保証などない。確かに向こうで手を組むとは言ったが、その直後にハルが手ひどく裏切った直後である。むしろ普通のプレイヤーなら怒って無視するのが当然だろう。


 だが、彼はその感情よりも合理性を取る。その確信が、ハルにはあった。

 そして、それを証明するかのように、ほどなくして相手が通話に応じたことを示す反応があったのだった。


「《やあすまない。少し、朝の支度したくに手間取ってしまっていた。本日は少し、寝起きが悪くてね》」

「いや問題ない。悪夢にうなされてやしないか、僕も心配だったんだ。生存報告してくれて何よりだよ」

「《ああ、さすがにあれは、生きた心地がしなかった。首がきちんと繋がっているか、しばらく触って確認してしまったよ……》」


 どうやら、本気で悪夢に飛び起きた朝であったようだ。これは少々申し訳なく思う。ユリアによって胴体から離れた首のこと、起きた後も引きずってしまっていたようだ。

 普通のプレイヤーなら目覚めればリセットされるものの、記憶の継承も良ししである。


「さて、こちらでは初めましてだね。ハルだよ、よろしく」

「《私がヴァン、万丈香流ばんじょうかおるだ。カオルと呼んでくれたまえ。君は、光輝君と呼べばいいのかな?》」

「いや、別にハルのままでいいよ。だいたいそれで通ってる」


 むしろそう呼ばないのは、学園を卒業した今は仕事モードの月乃くらいのものであろう。


「ではカオル、改めてこちらでもよろしく。いい名だね」

「《ああ、そうだろうとも。カオスルーラーの略みたいで格好いいだろう?》」

「は、はあ……」

「《実は私の正式名は、万丈混沌支配者ばんじょうカオルとこのように書いてだね》」

「ふむ? なるほど? しかしどうやら、戸籍の表記はそうなってはいないようだね? これはいけない。実に大変なミスだ。ここは僕が、こっそり正式な名に書き換えておいてあげようじゃないか」

「《やめてくれないか!? ……いや出来るはずが、まさか本当にそんなことが可能? じょ、冗談だろうね?》」

「さてね? 君こそ、予想外の冗談を言ってくるから驚いたよ」

「《……なに。この名前には、少々コンプレックスがあってね。響き自体は気に入っているのだが》」

「そうか。それは申し訳ない」


 不用意に『良い名だ』などと言ってしまった。確かに気に入っている場合ばかりとも限らないだろう。ハルもあくまで『ハル』で通している。


 しかし、この冗談からも、彼がゲーム好きなのは事実だろうと読み取れる。そこそこ、話の通じそうな男ではあった。


「……挨拶はそのあたりでいいかしら? こちらも、一応ご挨拶させていただくわ?」

「《いや、それには及ばない。君のことはよく知っている。当然、君のお母上のことも》」

「そう? なら結構」


 そんなおどけた調子のヴァン、カオルだったが、ルナが話に入って来ると途端にゲーム内と同様の態度に戻る。

 女性が苦手、いやこれは、ルナとその背後の月乃への警戒を隠そうともしない態度か。まあ身内ながら、それは全く以て仕方のない反応だと言えた。

 ルナもこんなことは何時ものことだとばかり、特に気にする様子もない。


「さて、それじゃあ本題に入ろうか」

「《ああ、頼むよ。私も暇ではないのでね。しかし正直驚いたよ、その日のうちにここを調べ上げてくるとは。やはり情報戦では、君の方が一枚上手いちまいうわてか》」

「その割には落ち着いて見えるけど」

「《皇帝、織結おりゆいの奴から聞かされてはいた。こちらでは情報は全て筒抜けと思った方がいいと。ここまでとは》」


 まあ、彼と通じているのだからそれも知ってはいるだろう。あの脅しをかけた事件は、織結にかなりの警戒心を植え付けることには成功したようだ。


「《そんな君が、どんな要件かな? 別にこちらで釘を刺されるまでもなく、私はもう帝国には付かないよ。もちろんこのリアルでもね》」

「別にそれは心配してないさ。君の真意を言葉で確認したかったというアレ、別に全てが嘘じゃない。君の態度から、本心だろうとは分かっていた」

「《なら、退路を断つのは止めて欲しかったのだがね。あれがなければ、あのまま帝国にも属してスパイの真似事だって出来ただろう》」

「却下よ? そうしたら貴方のような人は、吸える甘い汁はその状態でも、吸えるぶんだけ吸おうとするでしょうに」

「《それは当然》」


 悪びれる風でもなく、カオルは語る。そういうところは、とことん合理的だ。

 その結果やはり帝国が有利だと感じたならば、当然のようにそちらに戻るだろう。それは確実に封じておく必要があった。


「いくつか聞きたいことはあるが、まずは明日以降、帝国軍はどう動くのか、それを聞きたい」

「《どうもこうも、空中分解になるだろう。私という頭を失い、ユリアもまた軍には戻れまい。加えて、内部情報の暴露により統率は乱れに乱れる。纏まった行軍はしばらく無理だ》」

「なるほど。まあ、妥当なとこだろうね」

「《その間に、引き抜き工作でも続けると良い。ずいぶんやりやすくなるだろう》」


 それは当然、進めさせてもらう。帝国が混乱している今、人心は離れハルたちの計画に引き込みやすくなる。

 そうして大多数が軍から離反すれば、数の差も均衡きんこうしし今までのような一方的な攻め手も打てなくなるはずだ。


「《それよりも、この機に一気に帝国本土に逆侵攻をかけないのかね? 協力するよ、私も》」

「……いや、それをする気はない。というよりも、本来僕は帝国にかまけている暇はない」

「そうね? 侵攻が収まったのならば、本来の目的を果たすべきよ?」

「《ゲームクリア、だったか。アテはあるのかね?》」

「なくはない。ただ決め手に欠ける。竜宝玉関係の何かなのは確かだけれど」

「《一応、参考になるかは分からないが、皇帝の奴はクリアにも人口は必要だろうとは考えていたようだ。だからこそ、人員を帝国に囲い込んでそれを果たさせないようにしていた訳だ》」

「ふむ……?」


 確かに、参考にはしたほうがいい情報だろう。ハルもまた、龍脈通信の仕様から人口、というよりも意思の統一による力の集中はなにかしらの意味を持つとは思っていた。


 そうしてハルたちの攻略は、ついに帝国を抑え込んで本来の目的へと動き出す。

 ただ、残りの竜宝玉のことを考えても、やはり最終的に皇帝との直接対決は避けられない可能性は高そうなのであった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2024/12/4)

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― 新着の感想 ―
相手は妖怪幼女攫いですからねー。幼女ではないと分かった時点でどんな目に遭うか分からないのですし、下手な行動は出来ませんねー? はい。当人は地上に放し飼いにされていた妖怪首置いてけの脅威から逃れられたと…
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