第1423話 彼と彼女と世界の秘密
「いや、お断りするけど」
龍脈通信による映像共有、いわゆる生放送を切れと要求する目の前の男。まあ、一応要求としては変ではない。
国の重要な決定を行う為の会合。そこでは色々と部外秘となる話も出てもおかしくない。
そんな話を外に洩らさぬために不特定多数の者に聞かれぬようにするのは自然なこと。
しかし、ハルはその催促のために言葉に脅しを含めてきたことが気になったのだ。
「生憎僕の国では、政策の決定をオープンにすることで信用を得ていてね。ここで会議を密室化してしまっては、今後の信頼度にも響いてくる」
「難儀な方針だね」
《言うほどオープンか?》
《独占技術やアイテム多くない?》
《そりゃ政策と技術は別物だろ》
《贅沢言いすぎ》
《政策って例えば?》
《殺すと宣言した者は必ず殺す》
《確かに!》
《竜は殺す、敵国も滅ぼす!》
《物騒すぎるオープンさだ……》
《魔王だからな!》
《次は貴様だ……》
……いや、それも確かにそうなのだが、ハルが懸念しているのは現実との折り合い、この地で得た人間関係の引継ぎ支援のことなのだが。
まあ、納得してくれたなら、それはそれで構わないだろう。
「おっと。ではつまり、この私を始末する場面を、放映できなくては困るということか。なんと恐ろしい……!」
「……わざとらしいなあ。しないと思ってるでしょ? 必要なら実際に僕はやるよ?」
「だが本当に必要があるならば、君は既に実行している。そうだろう? 私が今こうして生きている時点で、対話のために私の生存が必要なのだ」
「この後、不要にならないとは限らないけどね」
実際、彼から情報を引き出す為には生きていてもらった方が都合は良いが、それも絶対ではない。
最低限の目的は、こうして顔を合わせた時点で完了している。
現実の彼の姿は違うかもしれないが、ここでハルと出会ってしまった縁を辿られて、彼の正体にもいずれ行きつくだろう。
「だが、そんな君とて、ありとあらゆる情報を共有している訳ではあるまい。独占技術に関してはもとより、例えば個人的な交友関係なども。……そこの、隣の彼女とかね? どんなご関係なのかな?」
「ハルの妻です!」
「これは可愛らしい奥様だ。しかも所作の一つ一つに品がある。さぞ、名のある家のご令嬢なのだろう」
「あー、そういうところ。お願いをするのに、『秘密を暴露するぞ』と脅しをからめてくる辺りが、要求を飲みたくないと僕に思わせる理由だ。むしろムキになって続行したくなる」
「これは失礼……」
敵はあくまで下手に出るつもりはなく、自分が優位に立って交渉を進めたがる人物だ。
今までもそうやって、会話の主導権を握ってきたのだろう。
なのでここで要求を飲めばまさに思うつぼ。追い詰められているはずの彼のペースで、この会談は進むことだろう。
「さて、アイリのことだったね? 優雅にお茶を飲む姿に気品があるのも当然だ。彼女は何を隠そう王族だからね」
「まぁ。気品だなんて、照れてしまうのです……」
「……自分から公開していくと?」
「正直、地味に話題になっているのは知っていた。あえて触れなかったけどね。アイリとの出会いはゲーム内、『エーテルの夢』というゲームの中。そこのNPCとしての王女が、彼女の正体だよ」
《な、なんだってー!!》
《……どういうこと?》
《NPCが、現実に!?》
《馬鹿、運営操作だったってだけだろ?》
《だ、だよな?》
《あれ? でもエー夢の運営って確か》
《うん。ハルさんのトコだよな》
《秘密ってそういうこと?》
「一応明言しておくが、当時は一切接点がなかったのは確かだ。今は僕の所属会社に運営陣は全て組み込まれているけどね。まあ、後は好きに想像すればいいさ」
《つまり、どういうことだってばよ!》
《つまりゲーム内彼女と結婚する為に?》
《会社の買収を?》
《やりすぎー》
《いいじゃん! 真実の愛って感じ!》
《ただの札束ビンタでは?》
《札束って?》
《い、今は通じないのか……》
《愛ってお金かかるんだなぁ》
「なんと! ハルさんはわたくしを攫うために、世界そのものを買い取ったのですね! ロマンスですー……」
まあ何でもいいが、ハルが思ったのとは違う方向に話が伸びてしまった。少し恥ずかしい。
とはいえ、彼の指摘したハルの秘密に関する話題が、時おり噂に上っているのはハルも知っていた。
無理もない。『エーテルの夢』を知るプレイヤーも、この世界に招かれていることだろう。その者らがハル陣営を見れば、違和感に気付くのも仕方ない。
アイリや神々との関係に、思い当たってもまるでおかしくなかった。
……まあハルとしては、『ローズ様とその一味』に関連付けられなければ何でもいい。そちらの方が、致命的であった。
「悪いが、このゲーム内でバレたところでどうにもならない。その記憶は、リアルには持ち越せないんだからね」
「……それを言うのか。他ならぬ貴方が。……いいでしょう、こうなっては仕方がない。やはりここは、強引にでも接続を切っていただく他ありますまい!」
ハルについての話題が盛り上がる中、唐突にその龍脈通信との接続に乱れが生じる。
次第にモニターにはノイズが走り、操作を受け付けなくなっていく。そしてついに、その接続は完全に断たれ、終いには一切の操作がきかなくなってしまったのだった。
◇
「……よし、これで落ち着ける」
「ずいぶんと警戒をするんだね。またスキル封印までするなんて」
「そんなことをしても、無駄なのです。ハルさんが本気になれば、翼を出す必要すらありません」
「そうだろうとも。だがこれは、君達二人以外の連中に邪魔されないための対処だ。特にあの、ルール無用のユリアを排除するためにはね」
「味方だろう?」
「この世に真の味方が居ると思うか?」
陰謀を張り巡らせる者らしい警戒心だ。なんとなく、雷都征十郎を思わせる。
そんな彼にとって、ユリアの完全透過能力は便利な一方厄介な存在でしかなく、その力を知っているがゆえに、自分にそれが向けられた時の警戒をせずにはいられないのだ。
しかしここで、ハルとアイリはそれについての疑問を胸に互いに顔を見合わせる。
彼は、知らないのだろうか? ユリアのあのスキルは、恐らくは封印不能の上位スキル。ハルたちが手にした新たな力と同列のそれを、彼女は恐らく以前から所持していた。
それを前にしては、テーブルの上の封印装置すら無効。
ただ、知らぬのなら都合が良いのは間違いない。特に、親切に指摘してやることもしないハルたちだった。
「……面白いアイテムだ。しかし、これの力のみで本当に平和維持が出来ると思ってるのかい?」
「それは君の推測だろう。だが、皇帝の奴は本気でそう計画してるのではないかね。きっとゲームをしないんだろう、彼は普段」
「それは言えてる」
全ては運営の気分次第。アップデート内容によっては、こんな封印など覆される可能性はいくらでもある。
現にもう既に、封印されないスキルがこうして存在することが証明されてしまった。
ハルはメニューを開き、そうしたスキルの状態を確認する。
「ああ。無駄だよ。しばらくの間は、龍脈通信には繋げない。私の<龍脈遡行>も封印されてしまったけれど、効果そのものは持続する。検証済みだ」
「ふむ?」
そんなハルのメニュー操作を勘違いしたのか、彼が自分のスキルについて解説してくれた。
ただハルには元からそんな気はなく、構わず<龍脈大河:死水航路>が使用可能であることをしっかりとチェックしていった。
「ああ、申し遅れたね。私はヴァン。帝国内では皇帝直下の、言うなれば宰相のような立ち位置に居る」
「自己紹介すら、安全確保してからですか……、徹底していますね……」
「そう怖い顔で睨まないでくれお嬢さん。これでも敵が多い身でね」
「いや『これでも』も何も、どう見ても敵が多い顔してるけど」
そんな保身に人一倍な様子に国の貴族たちを思い出したのか、アイリの表情が深く凍り付くように冷えていく。
ハルたちに向ける天真爛漫なかわいらしさからは、まるで結びつかない態度であった。信じられないが、当時はずっとこうだったらしい。
そんなアイリの事も、恐らくは他の仲間の事も、このヴァンという男は調べ上げているに違いない。
記憶を現世に持ち越せる彼は、そうしたこちらで得たハルの秘密を手土産に、有利な交渉に臨もうとしたという訳だ。
「いやしかし驚いたよ。自ら秘密を公開することで、私の脅しを無効にしようとは。危ない橋を渡るものだ」
「よく言う。僕が要求に応じようが応じまいが、最終的にバラすつもりだったくせに」
「いや。その辺りのバランス感覚は私はわきまえていてね。こう見えてプロだ。疑惑は疑惑のままに、決して詳らかにならぬラインで綱渡りしてみせたよ」
「何のフォローにもなってない……」
「普段の行動が知れますね……」
常日頃から疑惑と陰謀の世界で寝起きをしていると、隠す気すらなく打ち明ける。封印と情報封鎖で、安心しきっているのだろう。
まったく、とんでもない相手に記憶継承の能力が渡ったものだ。いやむしろ、こうした精神性の持ち主だからこそ力に目覚めた、のだろうか?
「そんな、君たちの事を調べれば調べる程、興味深い事実に私は興奮を隠せなかった。ずっとこうして会いたかったのだとも」
「……帝国の将としてここに来たわけではないと?」
「ああ。帝国なんてどうでもいい」
彼の目的は、どうやらハル自身、いやハルの抱える二つの世界の秘密にあると思っていいだろう。
さて、となると次の要求はどう出てくるか。それにどう対処したものか。
気がかりがあるとすれば脅しから入るような相手だ、あまり、楽しい結果にはなりそうにもないことだろう。
※表現の修正を行いました。最後一行に、『気がかりがあるとすれば』を追加しました。




