第1422話 敵指令室への強行突入!
「見えました! あのケーブルの先が、敵の輸送艦なのです!」
「まだ封印効果を吐き出し続けているようだね。ただ、封印範囲はあそこまで届いていないようだ」
「あくまで起点は、龍脈ということなのですね」
そういうことだろう。恐らくは、封印が自分まで届かないように調整したに違いない。
ハルはアイリを抱えて、逃げ惑う帝国兵を蹴散らし、逆に追い越して、彼らの戻るべき陣地へと一足先に接近していた。
まだ撃ち漏らしは存在するが、丁寧に全滅させるよりも敵大将への挨拶が先だろう。
そのままケーブルを辿るように、ハルは高速で飛翔し輸送艦へと一気に接近する。
多数のケーブルで地面に縫い留められたそれは、この地に満ちた風の力にまかれて、風に揺れる凧のようになりながらも案外しっかりとその場に留まり続けていた。
「ふむ? 狙った訳ではないだろうが、あのケーブルにはこんな効果もあったのか」
「では、あのケーブルを切ったら……!?」
「成す術なく、強風に飛ばされてしまうかもね」
「それはとても、楽しそうな遊びですね!」
侵攻に失敗した哀れな敵将の最後としては、なかなか滑稽で満足感のあるラストに仕上がるだろう。
ただ、今回の目的はあくまでその人物との接触。吹っ飛ばしてギャグ落ちにしてしまっては、いささか本末転倒だ。
「ただ封印用のケーブルだけはもう切っておこう。残したままじゃ、ユキたちが不便だからね」
「《おっ、助かるぅー。城の機能完全にマヒってるからねぇ》」
「《これが大昔にあったという『停電』、っていう奴なんすねぇ。不便すぎっしょ。……おい帝国民たちよ! いずれ君たちは、毎日この不便を強制されることになーるっ!》」
「《そうだぞー。ずっとそんな生活に、耐えられっかぁ?》」
ミナミとユキが、ここぞとばかりに放送を通じて帝国の住民たちを煽っていく。
この世界の便利な生活は全てスキルで成り立っており、それが封じられた生活というのは現代人には堪えるだろう。
現実で例えるならば、ある日突然エーテル技術が一切使えなくなるようなもの。
前時代でいえば、電気がずっと停電したままになるということだ。
……この世界は、実際そうした大災害によって歴史の転換を余儀なくされている。
もうその時代を直に知る世代などほぼ残っていないが、まだまだ歴史の爪痕は深く日本人の心に刻まれていた。思った以上にこの煽りは効くことだろう。
そんな隙あらばの扇動工作はミナミたちに任せて、ハルとアイリは封印ケーブルを切り、輸送艦の浮くテーブル大地に肉薄する。
ハルたちの船と比べると、直方体に近いだけの無骨なデザイン。
しかしその大きさ自体は立派なそれと空中で顔を突き合わせるように、高度を合わせて静止し、ハルは内部へ呼びかける。
「聞け、帝国の将よ! もはや勝負は完全についた。これより僕はそちらに乗り込み、停戦交渉に臨もうと思う!」
「船を下ろし、姿を現すのです!」
ハルたちが呼びかけるも、応答はなし。しばらく待っても、動きは見られない。
「おや? もしや、声が届いていないのかな?」
「外部スピーカーが、無いのかも知れません! 技術力の低さゆえ、仕方のないことなのです……」
「なるほど。それは仕方ないねアイリ。じゃあお互い声が届くように、中に突入して直接お話しようかね?」
「それがいいのです!」
ハルたちがしびれを切らし、といっても大して時間は経っていないのだが、背中の翼に力を集中させる素振りをみせると、そこでようやく敵から反応があった。
どうやらきちんと、拡声機能は用意していたようである。
「《待ちたまえ。いやいや、いささか性急にすぎるよ君は。国家同士のやり取りなんだ。仮にも国家元首なら、もっと段取りには時間がかかるということを、認識してくれないと》」
「おっと。どうやら話は通じるようだね? だが国家同士だなんだと言われてもねえ。結局はゲーム内のお遊びだ。もう少しスマートに行ってほしいところだね」
「《確かにこれはゲームだ。それは認めないとならないだろう。しかし、それでいてここはまた、もう一つの世界であるのも確かなのではないかな? 私はそう思うよ》」
「それは帝国の理屈だね」
確かに、これが『ただのゲーム』の枠に収まらぬ世界であるのはハルも認めなくてはならないだろう。
しかし、とはいえだ、ハルはそれを否定しなくてはならない立場に居る。
あくまでこれをお遊びと断じ、『ただのゲーム』に落とした上で、その世界を早期サービス終了に追い込まねばならないのがハルなのだ。
そんなハルと相対する敵の声は大人の男性。声からするとまだまだ若い。
まあ、これは単なるゲームなので、実際の年齢や容姿など分かったものではないのだが。
「……話を戻そう。船を地上に下ろし、交渉の用意をするように。さもなければ、このまま内部に突入する」
「《それはおかしいね。この場は、君自身が安全を保障した中立地帯だろう? その中立地帯に居る我々の船に、君が約束を破り危害を加えると?》」
「ああ言えばこう言う……、侵略者のくせして……」
「まるで本当の、貴族気取りなのです! よく居るのです、こういうの!」
こころなしかアイリも少々辛辣だ。国の貴族達でも思い出してしまったのか。
確かにこの、世界樹の根と枝で出来た巨大樹のテーブルの上はハルが攻撃しない安全地帯。
しかし、それはあくまで『ゲームのルール』。国家間の取り決めのように、嫌味ったらしく持ち出されるならばハルにも考えはある。
「あー、うん。確かに安全は保証したけど、それはこの地の『住民』に対してであって君ら侵略者に対してではない。あと一応上空も良しとはしたけど領空の権利を明文化した訳じゃない。保証を受けたきゃ地に降りろ。という訳で突入!」
「地面に足が付いてない奴には、なにをしてもいいのです!」
そういうことに決めた。今、決まった。
あくまでこの地ではハルが法律なのである。後にこの件を持ち出して非難されようとも、そもそも侵略側の理屈など重く捉えられはしない。
結局のところ、これは国や世界など語ったところでゲームでしかないのだと、勘違いな彼らに分からせてやろうではないか。
*
外装に一撃で穴を開けて、ハルは飛行船のような艦の内部に突入する。
中は兵士を大量輸送するためかなり広いが、くまなく捜索している時間はない。いや、別に時間をかけてもいいが、その行いは魔王として威厳があるとはいえない。
国だ国家元首だバカバカしいと語りはしたが、演出の重要性はハルもしっかり理解していた。なので。
「アイリ。分かる?」
「はい! 一人だけ、<龍脈遡行>を持ったプレイヤーがあっちに居るのです! 見たことのないアイテムの反応もそちらです!」
「なるほど。流石は<天眼>だ」
アイリの目覚めた<鑑定>の上位スキル。それは容易に、視線の遮られた遠方の対象をも透視してのけた。
ハルはその方向へと向けて、文字通り『一直線に』進むことにした。
「時間が惜しいからね。どれ? こっちだねアイリ?」
「はい! そっち、なのです!」
《か、壁が溶けていく……》
《というか蒸発してないか……?》
《魔王の羽すげぇ》
《脳筋すぎるだろ!》
《これが国家元首のやることかよぉ!》
《魔王だからな!》
《魔導国では力こそ正義!》
《もうホラーじゃん(笑)》
《ホラーの怪物でも道順くらい守るぞ!》
「つまり逆説的に、僕はホラーではないと証明できた訳だ」
「わたくしも一緒なので、なおさらなのです! 怪物はお姫様だっこしたりは、しないのです!」
《じゃあギャグでは?》
「…………」
「……その可能性は、否定できないのです!」
もはやギャグのように溶け落ちる壁に空いた穴を通って、ハルは真っすぐに敵将の待つ座標へと進む。
すぐにそのポイントまでたどり着き、即席でありつつ豪華に装飾された一室の壁を最後にぶち抜いて、ハルはその人物と対面するのであった。
「ドアくらい開けて入って来てくれたまえ。別に鍵なんてかけてやしないよ?」
「いや鍵どうこうじゃなくて部屋から出て地上に降りろよ……」
全くこの場を動く気すらなく、優雅にお茶など飲むお決まりのポーズでハルたちを出迎えたのは、白いスーツの紳士。
整った顔立ちに男としては長く伸びた髪の毛が、よりキザったらしい貴族らしさを演出している。どことなくジェードと雰囲気が似ているだろうか。
ハルもアイリをその場に下ろすと、とりあえずは初対面の挨拶をこなすのだった。
「やあ、ハルだよ。よろしく。一応、この一帯の領主ということになっている」
「存じているとも、魔王陛下。ささ、そんな物騒な翼なんてしまって、どうかそこにかけてくれ。お口に合うか分からないが、最高級の茶葉を用意したよ」
「頂こう」
ハルとアイリは勧められるまま席に座ると、彼の出してくれた飲料アイテムに口をつける。
自慢気に語るだけあって、確かにレアアイテムによって<料理>された最高級のお茶であるようだった。
「ふむ。確かにこれはなかなか」
「厳選されているのです!」
「……出しておいてなんだが、毒の警戒など一切しないのだね?」
「ん? ああ、まあ、そうだね? 普通の飲み物とか久しぶりだったから、つい」
「……??」
「まあ毒なんて効かないってことさ」
「そもそもわたくしが居る限り、毒物を見逃すことなどないのです!」
「なるほど。流石だ」
……『世界樹の吐息』以外の飲料アイテムを口にすることなど、ここのところ一切なかったのでつい普通に喜んで飲んでしまったハルである。
まあ彼からも視聴者からも、『流石は魔王……』と感心されているようなのでよしとしよう。
「さてと、私はこのまま、楽しいお茶の席にしたって構わないのだが、君たちはそうもいかないのだよね?」
「当然。それに、お茶の席にしては、テーブルの上があまり片付いていないようだしね」
「すきま風も、気になるのです!」
「風についてはこちらに過失はないのだが……」
優雅なティーパーティーとしゃれ込むには、テーブルの上に鎮座したアイテムが気になるところだ。物々しいケーブルが何本も生えて、景観を壊している。
この謎の箱のようなものが封印のためのアイテムであり、彼らの切り札。
「では、会談を始める前に、一つだけ条件を出させてもらう。君の視点を伝えている龍脈通信の配信、それを切ってもらうことが条件だ。君としても、色々と表沙汰にしたくないことはあるだろう?」
暗に、『ハルの秘密を知っているぞ』と言わんばかりの彼の提案。さてその真意は、いったいいかなるものなのだろうか?
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。最後の方一部、入力が完全に消えてしまっていたようです。焦ってました。推測して誤字報告をいただき助かりました。
追加の修正を行いました。名前の誤植失礼しました。報告ありがとうございました。




